「アンブリッジはあなたの手紙を読んだのよハリー。それ以外考えられないわ」
「アンブリッジがヘドウィグを襲ったと言うんだね?」
呪文学の授業中、ハーマイオニーが真剣な顔でハリーに頷いた。
「きっと、ヘドウィグの手紙を読んで、昨日の何時かはわからないけどハリーが誰かと密会することがわかったのね。外と交流するには手紙か煙突飛行ネットワークしか──私たちにはないもの…。正確な時間がわからなくても他の生徒が全員寝静まった真夜中から明け方だとは分かるでしょうし……」
そう言ったソフィアは大きなウシガエルに向かって「
呪文学の授業はいつも魔法の練習があり、生徒は皆それぞれ好きな場所で練習しざわついている。秘密の会話をしたとしても聴かれる心配は無いだろう。それに、今日の魔法は五月蝿く鳴くウシガエルに黙らせ呪文を唱えることだ。一度で成功する生徒は稀であり、至る所でウシガエルのゲロゲロと生徒たちのシレンシオの大合唱が響いている。
「昨日は本当に危機一髪だったわね」
「あれだけ追い詰めた事を、アンブリッジ自身が知っているかしら…」
ハーマイオニーは不安げにソフィアを見る。ソフィアは難しい顔をしたまま「わからないわ」と答えた。煙突飛行ネットワークで顔だけを出して会話をしている時に第三者が介入した時、どうなるかはソフィアも知らなかった。そんな場面見た事が無いし、何よりソフィアの家──スネイプ家に煙突飛行ネットワークで出入りする人間は極限られているのだ。
「もし、アンブリッジがスナッフルズを捕まえていたら──」
「──たぶん今朝、アズカバンに送り返されていただろうな」
ハーマイオニーの言おうとしていた事をハリーが引き取って低い声で言う。もうシリウスと話すことは出来ない、あれ程の危険を負わせるわけにいかないと思うと──ハリーはかなり憂鬱だった。
「とにかく、シリウスはもう2度とやってはいけない。それだけよ。ただ、どうやってシリウスにそれを伝えたらいいのかわからない。フクロウは送れないし」
「うーん…ハリーが伝えなくてもいいんじゃないの?ロンから、モリーさん宛てにとりあえず手紙を送ったら?『お母さんの言うことを聞きます。みんなに暫く会えないのが寂しいです』──とか、それらしい文にすれば万が一見られてもただの家族に宛てた手紙だと思うでしょう?学校のフクロウを借りればアンブリッジもどのフクロウを捕まえればいいのかわからないんじゃないかしら……手紙は、ロンが出すんじゃなくて、ジョージかフレッドに頼むとか」
ソフィアは五月蝿いハリーのウシガエルに向け杖を振りながら言う。その発想は無かったのか、ハリーとロンとハーマイオニーは目を見開き顔を見合わせ「いいね!」と興奮したように頷いた。
「そうね!ついでに、私もお母さんとお父さん宛に手紙を出すわ、そうすればさらに撹乱させる事が出来るわ!」
「ええ、それにもうすぐクリスマス休暇でしょう?その連絡をするためにフクロウ便を使う生徒は多いから、土曜日の昼間なら…きっと沢山のフクロウが飛び立って、どの手紙が誰へ向かうかなんてわからないわよ」
ハリーのフクロウは白く美しいヘドウィグだったため、目立ってすぐにアンブリッジに見つかったのだろう。何処にでもいるただの学校のフクロウならばまだ見つかりにくいはずだ。万が一──不可能だとは思うが──全てのフクロウをアンブリッジが捕まえたとしてもハリーの手紙ではなくロンの手紙でただの家族へ送る内容ならば見られたとしても問題は無い。
「ママに手紙を送るよ!ちゃんと忠告は聞いたって言わないと、スナッフルズが疑われるみたいだしな──シレンシオ!」
ロンは杖をクルクルと回しそのままウシガエルに杖先を向けたが、勢いが良過ぎたのかロンの杖先はウシガエルの目を突き刺してしまい、ウシガエルが静かになるどころか、一層五月蝿く鳴きわめいた。
「シレンシオ」
ハーマイオニーが鳴き喚くウシガエルに魔法を唱えれば、ウシガエルは口をぱくぱくと開いていたがその口から何も音は出なかった。
結局うまくシレンシオが出来なかったハリーとロンは追加練習をするという宿題を出されたが、2人はいつもの事とさして気にしなかった。
外はあいにくの土砂降りのため外で次の授業までの時間を潰すことも出来ず、ソフィア達は三階の空き教室に入り空いている席に座る。教室の中は行き場のない生徒達で混み合い、中々にうるさかった。
ソフィア達は早速手紙を書く事にし、鞄の中から羊皮紙と羽ペンを取り出す。ハーマイオニーは両親に、ロンは母親に、ソフィアはジャックに、ハリーは悩んだ挙句──ハニーデュークスへの注文書を書く事にした。ハリーは書く必要は無かったが、アンブリッジを撹乱させるため、そして重要な手紙だけでなく時には普通の手紙を出すのだとアンブリッジに伝えるために出す事にした。
勿論4人ともアンブリッジに見られる可能性を考え、第三者が読んでも何の情報も無い、当たり障りのない内容にしたのは言うまでもない。
手紙を書き終わった頃、アンジェリーナが生徒達を掻き分けハリーとロンの元に現れた。
「許可をもらったよ!クィディッチ・チームを再編出来る!」
「やった!」
嬉しそうなアンジェリーナに負けないほど嬉しそうにロンとハリーが同時に叫んだ。アンジェリーナはにっこりと笑い、アンブリッジから受け取った許可証をひらひらと目の前で振った。
「マクゴナガルの元に行ったんだ。マクゴナガルはダンブルドアに控訴しにいってくれたんだ。──何のことかわからないけど、これがあるから大丈夫とかなんとか言って…手紙を持ってたな──とにかく、アンブリッジが折れた!ざまあみろ!だから、今夜7時に競技場に来てほしい。ロスした時間を取り戻さなくっちゃ。最初の試合まで3週間しか時間がないからね」
アンジェリーナは一気に言い切ると許可証を大切そうに鞄の中に入れ、他のチームメンバーに報告しに行くために生徒の間をまたすり抜けていった。
「良かったわね、これで練習ができるわよ!」
「うん!……マクゴナガルが持ってたのって、もしかしてジャックの嘆願書かな?」
「さあ、わからないけれど…良かったわ!──まぁ、あいにくの天気だけど」
ソフィアが苦笑して窓を見れば、ロンとハリーは雨粒が叩きつけられている窓を見て少し笑顔を翳らせた。
「止めばいいけど。──ハーマイオニー、どうかしたのか?」
ハーマイオニーも窓を見つめていたが、外の様子を見ている雰囲気では無く何か思い詰めて考えているようだった。目の焦点は合わず、顔はしかめられている。その事に気づいたロンが訝しげに聞けば、ハーマイオニーは「ちょっと考えてるの……」と窓を流れる雨粒を見ながら呟く。
「シリ──スナッフルズの事?」
ハリーが小声で聞けば、ハーマイオニーは暫く黙った後ゆるゆると首を振った。
「ううん……ちょっと違う。──むしろ……もしかして……。私たちのやってることは正しいんだし……考えると……そうよね?」
ハーマイオニーの言葉は疑問文だったが、それはハリー達に答えを求めているのではなく、自分の考えを整理するための言葉だった。
ロンとハリーは顔を見合わせ、いつもの掴みどころのない言葉かと首をすくめた。
「なるほど、明確な説明だったよ。君の考えをこれほどきちんと説明してくれなかったら、僕たち気になって仕方がなかったよ」
ロンと嫌味混じりな言葉を聞き、初めてロンがそこにいる事に気付いたと言うような目をしたハーマイオニーは、今度はしっかりとした目でハリー、ロン、ソフィアを見た。
「私がちょっと考えていたのは。私たちのやっている闇の魔術に対する防衛術のグループをは始めるということが、果たして正しいかどうかって事なの」
「ええーっ!?」
「ハーマイオニー、君が言い出したんだろ?」
ロンとハリーは憤慨したが、ハーマイオニーは両手を組みもじもじとさせてソフィアをじっと見た。
「ソフィアはどう思う?」
「え?……うーん……スナッフルズとジャックは賛成だったわよ?」
「そう。そうなの。だからかえって…その、スナッフルズが賛成してるって事は…この考えが結局間違っていたのかもしれないって思って…」
「……うーん…スナッフルズもジャックもどちらかというと好戦的だし、規則や法律を破る方だと思うわ。私も今まで…子どもに教えるにしては少し危険な魔法をジャックに沢山教わってきたから……でも、もしグループを解散したとしても、私はハーマイオニーとロンとハリーには魔法は教えたいわ。何がいつ起こるかわからないもの。毎年何かあって、ハリーは命の危機に何度も直面しているわ。今年が何もないとは限らないでしょう?」
「そう……。そうよね…」
ハーマイオニーは思ったような賛同が得られなかった事に少し不満そうにしたが、ソフィアの言葉をそれ以上否定する事なく、再び考え込んで窓の外をじっと見た。
「ハーマイオニー、君はスナッフルズが賛成したから嫌なのか?」
ハリーはハーマイオニーの考えにまた胸の奥から苛立ちが湧き起こってくるのを感じていたが、隣にはソフィアがいる。ソフィアに癇癪を起こしているところを見られたくなかったし──それにソフィアはハーマイオニーのように考えているわけではない、と何度も自分に言い聞かせ怒りの感情をコントロールしながら聞いた。
「うーん…嫌、というわけでは無いわ。ジャックも賛成しているし、でも、その……スナッフルズの考えや行動が今まで慎重じゃなかったのはたしかでしょ?だから、私は、慎重に考える必要があると思ったの」
ハーマイオニーはハリーが想像以上に怒ってない事に安堵しながら首を振り、自分でもどう判断すべきかわからない、というような情けない顔を見せた。
そのままハーマイオニーは唇を噛み、またじっと窓の外を見続けてしまったため、ハリーとロンとソフィアは顔をチラリと見合わせ肩をすくめた。
残念ながら天候はその後も回復する事はなく、むしろ雨は激しさを増していた。
ハリーとロンがクィディッチの練習に向かった後、ソフィアとハーマイオニーは談話室で今日出た宿題に取り掛かる。
途中でハーマイオニーは珍しく、「今日は、もう寝るわ。考えをまとめないと…」と言い、疲れた顔をして寝室へと向かってしまった。ソフィアは自分も寝室へ行こうかと思ったがせめて宿題を終わらせてからにしよう、と薬草学のレポートに1人黙々と取り掛かった。
8時半ごろ、ジョージとフレッドが戻り「まったく練習にならなかった」という文句を聞かされたソフィアは、窓を打ち付ける大きな雨粒にこれは練習にならなくても仕方がないだろうと苦笑する。
30分後には他のクィディッチ・チームと同じように髪の毛がしっとりと濡れているロンとハリーが戻り、ソフィアだけが残っている事に意外そうな目をしたが、すぐにハリーがソフィアの隣に、ロンは2人の前にどさりと座った。
「練習はあまり出来なかったみたいね」
「そうなんだよ!ほとんどシャワーを浴びに行ったようなもんさ」
ロンは2人の兄と似たような文句を言い、ソフィアが机に広げている宿題を見て嫌そうな顔をした。
やりたくは無いが、ロンは明日提出の宿題をまだ終わらせていない。せめてそれだけでも終わらせないと、明日の目覚めは最悪なものになるだろう。
大きなため息をついたロンは鞄を談話室に置いていくんじゃなかった、と内心で先程面倒臭がり置いて行ってしまった自分を呪いながら羊皮紙と羽ペンを取り出した。
「ハリー、強化薬のレポートは終わった?」
「全然」
「そう、えーと……ここから──ここまでを纏めると良いわ」
ソフィアは積み上げていた参考書の一冊を引っ張り出し、強化薬について詳しく書かれているページを開いてハリーの近くに寄せた。
「ありがとう」
ハリーもロンと同じで宿題のやる気は無かったが、ソフィアの好意を無駄に出来ず、のろのろとした動きでカバンから羊皮紙と羽ペンを取り出した。
机に向かうハリーの前髪から雫が一粒離れ、ぽたりと羊皮紙の上に落ちる。すぐにそれはじわりと広がり羊皮紙の上にシミを作った。
ソフィアはくすくすと小さく笑いながらハリーの頭に向けて乾かし魔法を唱える。ふわり、と温かな風が通過したかと思った頃にはハリーの髪はさらさらに乾いていた。
そのままソフィアはロンの髪も乾かし、「風邪をひかないようにね」と言いつつ暖炉のそばにある積み上げられていた薪を一本取ると炎の中に投げ入れた。
ハリーは頭が乾いて寒さがなくなっただけではなく、ソフィアの笑顔を見て心までぽかぽかと暖かくなってきたのを感じた。
ふいに、ハーマイオニーには絶対に──うるさく言われるだろうからと──言いたくなかった傷痕の痛みの事を、ソフィアには何故か伝えたくなったが、ロンが側に居るときにそれを伝えるのは何となく、嫌だった。
1時間もすればロンは宿題に飽き、寝室に向かってしまった。10時前になった談話室にはソフィアとハリー、そしてハーマイオニーのクルックシャンクスとティティしか居なかった。
それでも暫くハリーは全く頭に入らない魔法薬学の参考書を読んでいたが、同じ文を3度読んだ時に、何でもないような何気なさを装って「そういえば」とソフィアに話しかけた。
「さっきクィディッチの練習が終わった後で傷痕が傷んだんだ」
「まぁ…今はもう大丈夫なの?」
ソフィアは宿題をしていた手を止め羽ペンを置くと心配そうな目でハリーの顔を見つめた。
ハリーは胸の奥に住む名前の付け難い獣が満足げに喉を鳴らすのを聞いた。──ソフィアは今、僕だけを心配しているんだ。
「うん、たぶんまたあいつの感情が伝わったんだと思う。……怒ってた。あいつは何かをさせたがっていたのに、それがうまくいかなくて……」
「怒ってた…?……ハリー、前に…アンブリッジの罰則の時はどうだったの?」
「罰則の時は、喜んでいたと思う。だから僕は何だか惨めな気持ちになったんだ…あいつが喜んでたから。──後、ホグワーツに帰る前の晩も痛んだんだけど、その時はやっぱり怒ってた──と、今ははっきりとわかる。多分、前にダンブルドアが言っていたけど…僕はあいつの気分がわかるんだ」
それが前よりはっきりとね。と、言うハリーにソフィアはぎゅっと眉を寄せ真剣な顔をした。
例のあの人──ヴォルデモート卿の感情が読めるなんて今まではなかった、ただ憎しみや怒りに反応して訳もわからず痛んだだけだ。だが今ではハリーのいうようにさらに鮮明になり、ヴォルデモートの感情が伝わってきている。
それは、やはりヴォルデモートが復活したから、だろうか。
「ハリー、ダンブルドア先生に──」
「言わない。だってダンブルドアはもう知ってるんだもの。また言ったって意味がないさ」
何気なく前髪を指で弄るハリーに、ソフィアは暫く黙っていたが身を乗り出し、そっとその手を取った。近距離でソフィアから見つめられたハリーは何だか体の奥がむずむずするような、脳の奥が痺れるような奇妙な感覚に、思考がぼやける。
ソフィアは優しくハリーの手を額からずらすと、そのまま人差し指で傷痕を撫でた。
「……痛い?」
「ううん、痛くない。けど、なんだか──熱いな」
「熱いの?」
ソフィアは心配そうに眉を下げたが、すぐにハリーは首を振り「多分、ソフィアが触ったから」と照れたように言った。ソフィアは一瞬驚いたように目を開いたが、すぐに悪戯っぽく笑う。
「風邪はひかないで済みそうね?」
「あ──うん、そうかも」
笑いながら手を放したソフィアに、ハリーはとても残念な気持ちになったがもっと触れてほしいなんて伝えるのは気恥ずかしくて出来なかった。
「ハリー、ダンブルドア先生はたしかにハリーの傷が痛むのは、例のあの人の強い感情に関係してると知っているわ。でも、それがいつ起こったのか、どういう感情だったのかは知らないわよね?」
「え?…うん。それはロンとソフィアしか知らない」
ハリーはソフィアの真剣な声に、今まで感じていたくすぐったいような空気が一気に霧散したのを感じた。
「それなら、やっぱりダンブルドア先生にいつ傷が強く痛んだか、どんな感情が伝わったかを伝えるべきだと思うわ。例のあの人の感情を読み取れるなんて、騎士団にとってみればとてもすごい情報だと思わない?」
「すごい情報?そうかな……?」
「ええ、そうよ。少なくとも数時間前に何かがあって、あの人はすごく怒ったんでしょう?何かをさせたがっていたのに、うまくいかない。──この事はきっと、騎士団の誰も知らない情報なの」
ハリーはソフィアの真剣な声につられるように、先程まではどうって事ないと思っていた傷の痛みや伝わった感情について真剣に考えてみた。
たしかに、ダンブルドアは感情が伝わるだろう事は知っている。──だが、それがいつ起こったのか、あいつがどんな気持ちだったかは知らない。
「……でも──」
それでも、ダンブルドアに言いに行く決心はつかなかった。伝えたところで──最近のダンブルドアはいつもそうなのだが──目を合わせず、素っ気ない態度を取られることがどうしようもなく嫌だったのだ。
去年まではしっかりと目を見て関わり、時には心の底から勇気が湧いてくるほどの助言もしてくれたのに今年はまだ一度もまともに目を見ていない、会話をしていない。そのチャンスはいくらでもあったはずなのに、意図的にダンブルドアが自分を避けているような気がしてならなかった。
──ソフィアに、相談してみようか。でも、こんな事を考えるなんて、情けないと思われるのは嫌だ。
でも、と言ったきり黙ってしまったハリーを見つめていたソフィアは、何も言わずにただハリーの言葉を待った。
5年間、近い場所で過ごしていたソフィアには、ハリーが口籠るときには何かを言いたい時なのだとわかっていた。──いや、ソフィアだけではなく、ロンもハーマイオニーもそれを理解していたが、2人はソフィアほど、ハリーに上手く口を開かせる事が出来なかったのだ。
「……ほら、ダンブルドアは忙しいし」
「そうね、騎士団を守って、導かなければならないもの。でも、だからといってあなたの言葉に耳を傾けない事はないわ」
「……そうかな。今年は何だか、僕に関わりたくないように思うんだ」
「私にはダンブルドア先生は、ハリーの事を本当に大切に思っているように見えるわ。夏休み中はハリーを守るために、私をハリーの元に連れて行ってくれたし、その後も本部で守ってくれたでしょう?魔法省での尋問の時だって来てくれたから、あなたは退学にならずに済んだわ。──ただ、そうね、もしあなたがダンブルドア先生に、どこかよそよそしさを感じているのなら……」
ソフィアは一度言葉を切り、深く考えこむように顎に手を当て、そっと自分の唇を無意識のうちに撫でた。
今までとは違い、今年から急にハリーがダンブルドア先生への不信感に似たものを感じているのは何故だろうか?あの人が復活した時にいた本人なのに、騎士団に入ることができないから?目を向けてくれないから?──確かに、ダンブルドア先生ならホグワーツに戻ってきてからすぐにハリーを校長室に呼んで悩みの内を聞きそうなものだわ。
去年と違うところは、やっぱり──。
「多分、例のあの人と魔法省に関係があると思うわ」
「え?」
突拍子もない言葉に、ハリーは訝しげな顔をして首を傾げる。
むしろ、それならば自分の置かれた立場を不憫に思い声をかけてくれるんじゃないか、気にかけてくれるんじゃないか。──そう思ったハリーの眉間にはくっきりと皺が寄り、辛さと悲しさと困惑が混ざった顔で押し黙る。
「今、ダンブルドア先生がハリーを表立って擁護すれば、きっと日刊預言者新聞は大々的に2人を世間の笑いの種にするでしょう?魔法省は──大臣は、ダンブルドア先生が私設団体を作っていると思ってるほどだもの。ハリーとダンブルドア先生がアンブリッジの目の前で何度も会っていたら、きっとまた、馬鹿な事を考えるわ。だから、表立ってあなたを護れないし、話しかけにいけないんじゃないかしら?」
「……」
ソフィアの考えは、ハリーが思っていた事とは真逆だった。
護るために無視をする、護るために深く関わらない、そんなことがあり得るのだろうか。
「……そんな事をする人いる?」
信じられないハリーに、ソフィアはニヤリと笑うと「意外と、多いのよ」と言った。
護るために嫌っているふりをする。
護るために、表立って関わらない。
ソフィアの脳裏に浮かんでいるのは父であるセブルスその人であり、だからこそソフィアはその考えに達したのだ。
大人は、何か大切なものを護るためならば自分の感情を巧みなまでに押し殺し、悟らせないことができるのだと、ソフィアはよく知っていた。
「もし、ダンブルドア先生に言いに行くのが──難しいなら。マクゴナガル先生でもいいわ。きっと伝えてくれるでしょう」
「うーん……」
ハリーはそれでも気が進まなかった。マクゴナガルもこんな事を聞いてもあっさりと「そうですか」と言うだけで終わりそうな気がしていたが、ソフィアの熱意と先程の説明を聞き──マクゴナガルになら、伝えてもいいか、と思う気持ちになった。
何より、もし自分が伝えた情報が騎士団にとって重要なものになるのなら、これ以上に喜ばしい事はないと思ったのだ。騎士団員ではなくても、彼らの力になることができる、それはハリーにとってとても嬉しい事だ。
「今日は遅いから、明日言いに行こうか」
「そうね!──あ、でも職員室にアンブリッジがいる可能性もあるわ。だから……ちょっと細工をしていきましょう」
「細工?」
首を傾げるハリーに、ソフィアは悪戯っぽく笑って変身術の教科書を本の山の中から抜き出した。
「羊皮紙に、傷が痛んだ時の日時とその時の感情。あとは──そうね、それを感じてあなたはどう思ったのか、なるべく詳しく書いてほしいの。それで、その紙を挟んで、マクゴナガル先生に変身術の質問をする、という体で話しかけてその紙を見せるの。きっとマクゴナガル先生なら、私たちの意図を汲み取ってくれるわ」
「……確かに、これならアンブリッジがいてもただの質問をしているように思う!」
早速ハリーは新しい羊皮紙を広げ、ソフィアに言われた通りなるべく詳しくその時の気持ちを書いた。
途中で何度か「こんな事をして本当に意味があるのか」と脳の後ろの方で自分自身の暗い声が聞こえたが、そんな時には羊皮紙を覗き込むソフィアの真剣な横顔を見て気を紛らわせた。
これが何の意味をも持たなくてもいい、ただ、ソフィアが僕のことを考えて、こうして2人きりで過ごせている。──そのチャンスを無駄には出来ないじゃないか。
書き終わったハリーはソフィアに羊皮紙を渡す。ソフィアは一度書かれた文章を真剣に読み大きく頷くと、大切そうに半分に折り畳み変身術の教科書に挟み、鞄の中に入れた。
「明日、昼休みの時に伝えに行きましょう。──ああ、もうこんな時間…強化薬のレポート、あまり進まなかったわね」
「まぁ、明日やればいいかな」
ハリーはすっかりとレポートの存在を忘れていたが、まだ次の魔法薬学までは2日余裕がある。もう真夜中を過ぎている時間で、今からこの難解なレポートを仕上げる事は出来ないだろう。
しかし、ソフィアは器用に片眉を上げると「明日までに仕上げないと。明日は明日で別の宿題が出るわよ?」と忠告した。
OWL試験の学年だからか、教師達は毎回宿題を出し──それも難しいものばかりだ──ただでさえハリーはさらに余分に宿題が出されている。クィディッチの練習もこれから本格的に開始する事は目に見えているし、たしかに、ソフィアの言う事は正しい。
だが、一度やる気を失ったハリーはソフィアの忠告にも「うーん」と曖昧な返事をしてなんとかレポートをしないで済む理由を絞り出そうとした。
しかし、ハリーがレポートを今やりたくない理由はただ単に面倒くさいし、眠いし、──といった学生らしい自分勝手なものである。
「強化薬のレポートが終わるまでは私も付き合うから、頑張りましょう?」
「………じゃあ、少しだけ」
今すぐふかふかの布団に飛び込み眠るという感情よりも、ソフィアと2人きりの時間を長く過ごせる方が魅力的であり、ハリーは一度閉じた教科書をあっさりと開いた。
時々、ソフィアがレポートの間違いを指摘したり、もっと詳しく書いてある参考書を教えるために話しかける以外は、ハリーが羽ペンを走らせる音と暖炉の火が爆ぜる音しか聞こえなくなった。
ふわ、とソフィアは何度目かのあくびを溢し眠たそうに目を擦る。膝の上には温かいティティが微睡んでいて──ソフィアは目を閉じた。
ハリーもまた、眠気を誘う呪文のような言葉の羅列についうとうととしてしまい、思考がぼんやりと霞がかり、目の前の文章と、さまざまな思考が混じり合った。
もし、日刊預言者新聞に、僕はヴォルデモートの気分がわかるといえば脳が火照ったと思うだろう──そもそもどうして僕はヴォルデモートの気分がわかるんだろう、この薄気味悪い絆は何だ?ダンブルドアでも、僕にはっきりと説明できないこの絆は?──ああ、とても眠い──。
意識が落ちた時、ハリーは窓のない廊下を歩いていた。疑問に思う事はない。足音が静寂に反響している。通路の突き当たりの扉がだんだん近くなり、心臓が興奮で高鳴る──あそこを開ける事さえできれば、その向こう側に入れれば──あと、数センチで指が触れる──……。
「ハリー・ポッターさま!」
ハリーは驚いて意識を覚醒させた。
壁にかけられている談話室の蝋燭は全て消えていて、暖炉の火が頼りなく仄かに燻っている。かなり薄暗い中、ハリーは体の半身に感じる重みにふと視線を落とし、ごくり、と無意識の内に生唾を飲んだ。
寝てしまったソフィアが、ハリーの肩に頭を預けている。
俯いていて顔は見えないが、微かな寝息が聞こえる。──完全に、寝てしまっている。
さっきの呼び声は、ソフィアのものではないのか、とハリーはあたりを見回し、ソフィアを起こさないように「誰?」と小声で呼びかけた。
「ドビーめが、あなたさまのふくろうを持っています!」
「ドビー?…ごめん、ちょっと静かにして、ソフィアが起きちゃう──」
テーブルの脇にドビーが立っていた。大きなとんがった耳が山のような帽子の下から突き出ているところを見ると、今までハーマイオニーが編んでいた帽子は全てドビーが被っているのだろう。
その山のような帽子のてっぺんに、ヘドウィグがちょこん、と止まっていた。
「ああ!申し訳ありません…」
「ううん!大丈夫、本当にありがとう!」
「グラブリー-プランク先生が、ふくろうはもう大丈夫だとおっしゃったでございます」
ドビーは口に手を当て、小声でひそひそと話す。
ヘドウィグはハリーの肩に止まろうと羽を広げたが、ハリーの肩に頭を乗せているソフィアがいる事に気付くとかなり気を害してしまったようで「ホー」と怒ったように鳴き、ふわりとハリーの膝の上に降り立った。
ハリーはヘドウィグを撫でながら、ドビーが他のハウスエルフが掃除をしないグリフィンドール塔を1人で掃除している事を知り──ドビー以外のハウスエルフは隠された服を見て侮辱されたと思い、怒ったのだ──ハーマイオニーの行動は全くもって無駄だった。と思いつつ、何か力になりたいというドビーに闇の魔術に対する防衛術を練習する場所を探していると伝えた。
きっとドビーは知らないだろうと思ったが、ハリーの予想はいい意味で外れ、ドビーから『必要の部屋』の存在を聞く。
すぐに必要の部屋が本当にあるのかどうか確認しに行きたかったが、こんな夜中にもし出歩いているのがバレたとしたら全てが無駄になりかねない。
ハリーはぐっとこらえ、ドビーに必要の部屋の正確な場所と出現させる方法を聞いた。
全てを伝えたドビーは部屋中に散らばるハーマイオニーお手製の帽子や靴下を拾い上げ大切そうに身につけ、指をパチンと鳴らしながら落ちたクッションやゴミ屑、暖炉の灰を清掃していく。
そのあともう一度深々とハリーにお辞儀と「おやすみなさいませ、ハリー・ポッターさま」と挨拶をすると、またパチンと姿を消した。
暫くハリーは綺麗になった談話室を見ながらソフィアの暖かさを堪能していたが、数十分後、ソフィアの肩に──ちょっと遠慮がちだったが──手を回し、優しく揺する。
「ソフィア」
「…んぅ──ふぁ……あ、私、寝ちゃってたわ…ごめんなさい、ハリー…」
ソフィアは呂律の回らない舌でそう言うと、気怠げに体を起こし、ふわ、と欠伸をこぼす。目は半分以上閉じていて、今にもまた夢の国へと足を踏み入れそうだった。
「ううん、僕も寝ちゃってた。さっきドビーが来て、ヘドウィグがもう治ったって連れてきてくれたんだ!──その他にも色々あったけど、それは明日言うよ。もうそろそろ寝ようか」
「…レポートは……うーん…半分は終わってるわね、明日、頑張りましょう…」
ソフィアは鞄の中に教科書や宿題を片付けると、ふらふらと立ち上がる。
ハリーも立ち上がり──ヘドウィグが批難的な目で見ながら机の上へと移動した──少しの段差で躓いてしまいそうなほどふらふらなソフィアを女子寮へ続く階段の前まで連れて行く。
「おやすみなさい、ハリー」
ソフィアはハリーの肩に手を乗せ、背伸びをすると頬に軽くおやすみのキスをする。
すぐに踵を落としたソフィアだったが、ふ、と目の前が陰り、視線を上げた。
「──いい夢を見てね、ソフィア」
ソフィアは掠める程度のほんの僅かな頬への感触に、眠たそうにしていた目を見開くと、照れたように笑って「ええ、ハリーも」と、はにかんだ。
ソフィアに手を振り、その姿が見えなくなるまで見送ったハリーは、初めて──挨拶とはいえ──ソフィアの頬にキスができた高揚感で眠気や疲れが吹っ飛び、勝手に上がる口角を手で揉みつつ、男子寮の階段を二段飛ばしで駆け上がった。