その日、夜の談話室にはハリー、ロン、ハーマイオニーの3人しか居なかった。
いつもハリーかハーマイオニーの隣にはソフィアが座っているのだが、「少し用事があるの」と言い、寮から出て行ってしまった。
その表情は少し思い悩んでいるようであり、ハリー達は先日のルイスの件だろう、と考え深く聞かなかった。
あの授業の後、ソフィアはすぐに「ルイスはルイスで考えがあるのよ」とロンに伝えたが、ルイスの名前が出た途端ロンの機嫌は急降下してしまい──それから、ソフィアはルイスの弁解をする事をやめた。
ハリーも、彼を大切に想っているソフィアにはとても言えないが、ルイスに対してどうすればいいのか分からなかった。
ルイスは友達だ、それは間違いないが、あの憎いマルフォイの味方をする。今年は特に、マルフォイの側に居ると決めてから──騎士団の本部に来ない選択を彼がしてからそれが顕著だ。廊下ですれ違っても視線を向けるだけで笑いかけてくれることも、雑談をする事もない。
どうしてもルイスの姿を見るたびに、悲しみと困惑が煙のように現れた心の奥がもやもやと陰っていた。
談話室で宿題をしていたハーマイオニーは、ひと段落がつくといつものようにハウスエルフ解放の為の帽子を編んでいたが、ふと手を止め思い出したかのようにハリーを見る。
「ハリー、もう決めたの?」
「──え?何が?」
薬草学の宿題をしていたハリーはいきなり話しかけられ──それも、明言しないハーマイオニーの言葉に何の事なのか分からず首を傾げる。
ハーマイオニーは焦ったそうに「プレゼントよ、ソフィアの、誕生日の!」と囁いた。
「あ…あー。ハニーデュークスのお菓子のつもりだったけど…?」
ハリーは毎年ソフィアの誕生日に沢山のお菓子をプレゼントしていた。今年もそのつもりだったが、ハーマイオニーは呆れがっかりしたような大袈裟なため息をつき、編み棒を机の上に置くと「駄目よ」と言い切った。
「あなた達、恋人になったのよ?その、はじめてのプレゼントがいつもと同じお菓子でいいの?」
ハリーは恋人という言葉にどきりとしたが、ハーマイオニーの責めるような言葉にちょっと眉を寄せ「駄目かな?」と聞き返す。
恋人なんて今まで出来たことがないし、そもそも女の子の喜ぶようなプレゼントも、恋人に贈るべきプレゼントも全く検討がつかない。それならソフィアが好きなお菓子をあげるのが1番良いだろう──と、ハリーは思っていたのだが、ハーマイオニーは「駄目」と再び言い切った。
「うーん…。普通って、ほら、その──恋人には何をプレゼントするものなのかなぁ?」
自分で言いながら、ハリーは妙なこそばゆさに頬が赤くなるのを感じる。隣にいるロンが宿題の手を止めニヤニヤとしている事に気づいたが、なんとなくハリーは無視をした。
「それは、あなたが考えないと」
「…例えばだけど、ハーマイオニーのお父さんはお母さんに何をプレゼントするんだい?」
「え?──そうねぇ」
ハーマイオニーは、ようやくハリーが何故どんなプレゼントを用意すればいいのかわからないのかを理解した。
普通の家庭ならば母親に父親がプレゼントを贈る場面を何度も見て、特別な相手へはそうするべきだと自然とわかるものだ。だが、ハリーは今までそんな場面を見た事が無いのだろう。
眉を上げていたハーマイオニーは少し表情を軟化させながら自分の親の事を考えた。
「私のパパは、花束とか、ネックレスとかをプレゼントしていたわ。──ロンのご両親はどうだった?」
「え?うーん……ママは料理が好きだから、ちょっと──ちょっとだけ高い調味料とか、新しい料理皿だったかな」
「……そうか…うーん……」
「まぁ、ソフィアはお菓子でも喜ぶとは思うけど…。恋人として初めてのプレゼントよ?なによりも記憶に残るわ」
ハリーはそんなものかな、と首を捻りながら悩む。
自分はソフィアから貰えるのであれば、何だって嬉しい。きっと飴の一粒でも飛び上がるほど嬉しいだろう。ソフィアはお菓子でも喜んでくれる──とは思うが、ハーマイオニーの言葉を聞いているうちに、そんなものかもしれないな、という気持ちになってくる。
「…じゃあ…ちょっと、考えてみる」
「ええ!──あ、もし本を贈るつもりなら、やめておいた方がいいわ。ソフィアは沢山本を持ってるから被るのは嫌でしょう?あと、バレッタとネックレスは私がもうプレゼントしたわ」
「……、……」
いよいよ何をプレゼントすればいいのかわからなくなり、ハリーは眉間に皺を寄せ唸り、悩み出した。
12月13日。
ソフィアはいつものように目を覚ましベッドの脇に沢山積み上げられたプレゼントの綺麗な箱を見てにっこりと笑った。
差出人が書かれたタグや手紙を見れば、孤児院で過ごした兄弟達やジャック、そしてドラコとマルフォイ家からも届けられていた。
ホグワーツに来てからは手渡しだったドラコも、今年は流石に直接渡す事はできなかった。しかし──友人である事には変わりはないだろう、とプレゼントと「誕生日おめでとう 親愛を込めて ドラコ・マルフォイ」という短い手紙を贈ったのだ。
ドラコの不器用ながらしっかりと温かみを感じる内容に、ソフィアは少し泣きそうな笑顔で微笑み手紙の文字を撫でる。
綺麗な包装紙を全て開き中身を確認していたソフィアは、ふとベッドの周りに引かれているカーテンの先に蠢く人影を見つけ、さっとカーテンを開けた。
「おはようソフィア!」
「誕生日おめでとう!」
「今日もとってもいい一日だったらいいわね!」
「ありがとう、パーバティ、ハーマイオニー、ラベンダー!」
まだパジャマ姿の3人は手に持っていた綺麗な箱や紙袋をソフィアに手渡す。
すぐにベッドから飛び降りたソフィアは目を輝かせ、一人一人をハグし「ありがとう!」と心からお礼を言って誕生日プレゼントを受け取る。
ハーマイオニーからは可愛いパジャマ、パーバティからは外の天気に連動して色が変わるマニキュア、ラベンダーからはソフィアに似合う桃色のグロスリップだった。
他にも友人達からたくさんのお菓子や羽ペンなどが届き、ソフィアは幸せいっぱいの気持ちでハーマイオニーと共に談話室へ向かう。
「ソフィア、誕生日おめでとう!」
「わぁ!ありがとう!」
1人の生徒が誕生日だと言う事に気付き祝いの言葉を言えば、そこかしこから「おめでとうー!」と言う声が響く。フレッドとジョージは特製の悪戯グッズを山ほど用意し、「上手く使えよ」と言って悪戯っぽくウィンクをした。
「ソフィア、誕生日おめでとう!」
「おめでとうソフィア!」
「ありがとう、ハリー、ロン」
2人からのプレゼントもあの山のような包みの中にあり、確かロンは蛙チョコ一箱と、ハリーは黄金色に輝く飴だったと思い出しながらソフィアはにっこりと笑った。
「2人とも、大好きなお菓子をありがとう!宿題をしていて息が詰まった時に食べるわね!」
ソフィアの言葉を聞いたハーマイオニーが何だか納得のいかないような、浮かない表情をしていた事に気づかず、ソフィアはハリー達に囲まれ幸せな気持ちで大広間へ向かった。
その日は平日だったため通常通り授業があり、ソフィアは昼休みに魔法薬学の研究室へ向かう。
この日だけは、家族として短い時間だとしても共に過ごす。勿論、今年もソフィアとルイスは数週間前から時間を合わせ──残念ながら短い昼休みしか互いの時間が取れなかったが──この時を心待ちにしていた。
「ルイス、お誕生日おめでとう」
「ソフィアも、お誕生日おめでとう」
扉の前で待っていたルイスは昔のように優しく微笑み、ソフィアを抱きしめ頬にキスを落とす。
昔はよくやっていたこの行為も、今では久しぶりだと感じてしまうほど間が空いていたことに気づきソフィアは何だか少し寂しく胸がちくりと痛んだ。
「──さあ、行こうか」
「ええ、行きましょう」
ソフィアとルイスは同時に扉を叩き、帰ってきた優しさが含まれている声にくすりと笑いながら扉を開けた。
その日の夜、ソフィアはいつものようにハリー達と談話室で宿題をしていた。
魔法史の教科書を開き、過去の史実を書き留めいてくる中、ソフィアはふと、ハリーの手が一向に動いていない事に気付き首を傾げる。
「ハリー、どこかわからないところでもあるの?」
「え?あー…──うん、そうなんだ。ややこしくて──その、図書館に行きたくて……ソフィア、着いてきてくれる?……ほら、参考になる本を選んで欲しくて…」
「ええ、いいわよ」
ソフィアは時計を確認しつつ、まだ図書館が開いているギリギリの時間だとわかるとすぐに羽ペンを置いた。
ハリーはほっと表情を緩めると、いつも図書館に行くときは手ぶらだったが今日は鞄を肩にかけ立ち上がる。
「行ってらっしゃい」
「頑張ってこいよ」
ハーマイオニーとロンはニヤニヤと笑いながらハリーとソフィアを見送った。
2人のいつもと違う笑い方に、ソフィアは不思議に思ったが「早く行こう」と何故か慌てているハリーに手を引かれてしまい、2人の違和感をすぐに忘れ歩き出した。
寮を抜け出してもハリーはソフィアの手を離す事はなく、ソフィアも離さなかった。
いつもならクィディッチの事や、DAの事を話すハリーが無言で焦るように早歩きをすることにも、ソフィアはたしかに急がないと図書館が閉まっちゃうものね──と、特に気にしなかった。
ただ、ハリーが図書館へ向かうべき方向に行っていない事に気づいた時には流石に「ハリー?」と声をかけ、繋いでいる手に力を込めた。
「図書館はこっちよ?」
「あー──うん、ちょっと、寄り道してもいい?」
「え?──でも──」
「ちょっとだけ」
急がないと図書館が閉まるのに、とソフィアは困ったように眉を寄せたが、それでもハリーは迷いのない足取りで天文学が行われる塔へ向かった。
授業以外は立ち入りを禁じられているため、ハリーは一度ソフィアの手を離すと塔の上階へ向かう螺旋階段の近くで忍びの地図と透明マントを鞄から出し、注意深く近くに教師や見回りの者がいないかを確認する。
困惑した表情を浮かべるソフィアにマントをかぶせ、そのまま自分も中に入ると、「こっち」ともう一度手を繋ぎ、螺旋階段を登り始めた。
頂上に着いた時、そこは暗く人気は全く無かった。
ハリーは1番大きな出窓──いつもはここから教師が星を見ている──を開け、窓際に腰を下ろしてにっこりと安心させるようにソフィアに微笑み隣をぽんぽんと叩いた。
ソフィアはさっきまでしていたのは魔法史の宿題だったけど、天文学の宿題もしたかったのかしら──と首を傾げながら隣に座る。
珍しく、冬の夜空には雲はなく沢山の星が空に瞬いていた。12月であり、寒さはあるがそれでも久しぶりの星空にソフィアは「わぁ…!」と感嘆を漏らす。
「天文学の宿題もあったの?」
「あー、ううん。ここに連れてくる言い訳だったんだ、図書館もね」
「……え?」
ハリーは少し緊張しながら笑い、鞄の中から小さなガラス製の瓶を取り出し、栓を抜いた。
細い口からふわりと水色に光る煙が上がり、それは冬の風に乗って夜空へ広がる。
しばらく瓶の口から揺蕩っていたそれは数分後には消えてしまい、瓶の中も空になった。
ハリーはきょろきょろと何かを探すように辺りを見渡し、何も起こらない事に少し焦っていたが──胸が嫌にドキドキと早鐘を打った──数分後、暗い森の中から銀色の何かがふわふわと現れ、導かれるようにハリーとソフィアの元に現れた。
「ソフィア、ほら──」
「わぁ!──綺麗!」
森の木々の隙間からふわふわと現れたのは銀色に輝く丸くて大きな綿毛のようなものだった。
一つや二つではなく、数えきれないほどの大群が風に揺られながらもソフィアとハリーに近づき、手を伸ばせば指先を掠めてふわりと飛んでいく。
ソフィアは窓枠を持ちながら立ち上がり──ハリーは思わず落ちるのではないかと心臓がきゅっとなり、慌ててソフィアの服を掴んだ──目を輝かせてその銀色の光を手のひらにそっと乗せた。
「綺麗……銀光玉虫ね…!」
その虫は、珍しいものではなかった。
寒い冬の森によく生息している虫で、雪や氷の粒に混じってふわふわと浮いているだけで全く害はない。よく道に迷わないようにと瓶の中に入れて夜道を歩く灯りの代わりや、真っ暗だと眠ることができない子供のために寝室に用意する虫だ。
ただ、これほど大群で現れる事は滅多に無い。一つ一つは淡い光でも、あまりの多さにソフィアとハリーはお互いがはっきりと見えるほどの眩い光に包まれていた。
「うん。──その、ソフィア…誕生日、おめでとう」
その言葉を聞いて、ようやくソフィアはこれがハリーのサプライズプレゼントなのだとわかった。
驚きに目をぱちぱちと瞬かせたソフィアはすぐに銀光玉虫の大群に負けないほどの明るい笑顔を見せ、ハリーに飛びつくようにして抱きついた。
「っ、あぶな──」
「ありがとう、ハリー!とっても嬉しいわ!」
ぎゅっと抱きしめられ、ソフィアの暖かさや頬に触れる髪のくすぐったさや甘い香りに、ハリーの「危ない!」という意識はどこかに吹っ飛んでいき、ドキドキと五月蝿い心臓の音がソフィアにも伝わってしまうのではないかと気が気では無かった。
「ハーマイオニーとハグリッドに手伝ってもらったんだ」
ソフィアと窓枠に身を寄せ合うようにして座っていたハリーは、数が減ってきた銀光玉虫を見ながら言った。
何か特別なプレゼントを、と考えた時に、ハグリッドに森の中にいるとっても安全で綺麗な生き物がいないかを聞きに行き、銀光玉虫の存在を初めて知ったハリーはすぐに図書館へ行きその生き物について調べた。
本当に安全だと言う事をいくつかの本で確認したあと、銀光玉虫を集めるために銀光玉虫のフェロモンとよく似た薬をハーマイオニーと共にこっそりと作ったのだ。
想像以上にたくさんの銀光玉虫が集まってしまったが、なかなかに幻想的な光景であり、ソフィアは魔法生物がなによりも大好きだ。サプライズにしてはいい発想であり、かなり上手くいったのではないかと、ハリーは自分で自分を褒めたくなったほどだ。
「そうなの…ハグリッドとハーマイオニーにもお礼を言わないとね」
ソフィアは足を外に投げ出し、ゆらゆらと動かしながら近くを浮遊する銀光玉虫を指で突く。
最後の一匹は、ソフィアとハリーの周りをふわふわと一周回った後、風に乗って星空へ飛んでいってしまった。
「本当にありがとうハリー。最高の誕生日プレゼントよ」
月と星明かりの下で、ソフィアは本当に嬉しそうに頬を染めて笑う。
ハリーはぽっと心が温かくなっていくのを感じながらソフィアの緑色の目を見つめた。
一瞬、ハリーとソフィアは耳のそばでなっていた風の音が止まってしまった、と思った。
その時、お互いの白い吐息がかかるほどの距離だと、初めて2人は気付く。
ハリーはソフィアと繋いでいる手に無意識に力を込め、ソフィアは少しピクリと瞼を震わせたが、何も言わずにただ、じっとハリーの目を見た。
気がつけば、ハリーは身を乗り出しソフィアの薄桃色の唇に引き寄せられ──キスをしていた。
重なり合ったのはほんの僅かな時間だろう。
ハリーは思ったよりもソフィアの唇って冷たいんだ、なんて場違いな事をなぜか思いながら身体を離し目を開く。
ソフィアは少し遅れて閉じていた目を開き、一瞬目を伏せていたがすぐにハリーを見上げると、照れたようにはにかんだ。
──ソフィアの唇はすごく柔らかかった、でも、氷のように冷たかったな。なんだか、震えていたような気もする。
「──くしゅんっ」
「あっ!──寒いよね、もう戻ろうか!」
ソフィアのくしゃみを聞いて、何故ソフィアの唇が冷えて震えていたのか──きっと寒かったからだ、と思ったハリーは慌てて立ち上がり、ソフィアに手を差し出し窓枠から降りるのをエスコートした。
「ええ……そうね、確かにちょっと冷えるわ」
ソフィアはハリーの腕に自分の腕を絡めると、「風邪をひかないようにしないとね」と言いながらにっこりと笑った。
ハリーは脳どころではなく唇も心臓も肺も指先も──身体中の全てが痺れてふわふわと実体がないような奇妙な心地になりながら、ソフィアと共にグリフィンドール寮へ戻った。
幸せそうに笑いながら手を繋いで戻ってきたハリーとソフィアに、ロンとハーマイオニーはニヤニヤと笑うと、口々に「おめでとう」と祝福をした。
ハリーは照れるやら気持ちが大きくなっているやら気恥ずかしいやらで誤魔化すように宿題を開いたが、ふとソフィアを見るとキスした時の事を思い出してしまい、心臓が痛いほど脈打ち、そわそわと変に興奮し──全く宿題は進まなかった。