【完結】スネイプ家の双子   作:八重歯

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285 閉心術!

 

 

 

ソフィア達はナイトバスに乗ってホグワーツに帰る事になっていた。

慌ただしい朝食の後、厳しい冷え込みに備え全員上着やスカーフで身繕いをした。

 

ハリーはマフラーを首に巻きながら胸が締め付けられるような苦しみを感じていた。──シリウスと別れたくなかったのだ。この別れの後、いつシリウスに会えるのかわからない。次の夏休みまで会えないとなると後半年近く離れ離れになってしまう。それに、「シリウスに馬鹿な真似はしないで館で大人しくしていて」と言うのは自分の役目のような気がしたのだ。

セブルスがシリウスを臆病者と言った事が原因でシリウスはこの安全な館を抜け出してしまうのではないか、無鉄砲な計画を練っているのではないかと心配だった。

 

それに、明日は月曜日だ。さっそく閉心術の訓練が待っていると思うと、ハリーは本気で胃がキリキリと痛んだ。

あの夜にロンとハーマイオニーにはソフィアと2人で閉心術を学ぶ事になったと伝え、ハーマイオニーはヴォルデモートの夢を見ないためにはその必要があると心配そうに頷いていたのだ。

 

シリウスに何と言うべきかハリーが思いつく前に、シリウスがそっとハリーとソフィアに視線を向け手招きした。

 

 

「これを持っていて欲しい」

 

 

シリウスは携帯本ほどの、不器用に包んだ何かをハリーの手に押し付ける。隣にいたソフィアは不思議そうに首を傾げた。

 

 

「スネイプが君たちを困らせるようなことがあったら、俺に知らせる手段だ。あいつがジャックの友人だとはいえ、ソフィアはハリーの恋人になったんだろ?嫌なことを言われる可能性が高い。──ここでは開けないで!」

 

 

包みを開こうとしたハリーに、シリウスは小声で注意しモリーのほうを用心深く見る。モリーはフレッドとジョージに手編みのミトンを嵌めるように説得中であり、こちらに意識を向けてはいない。

 

 

「モリーは賛成しないだろうと思うんでね──でも、俺を必要とするときは使って欲しい。いいな?」

「オーケー」

「わかったわ」

 

 

ハリーは上着のポケットに包みをしまい込んだが、何があっても、たとえスネイプから耐え難い屈辱を受ける事になっても使うことはないだろうと思う。もし自分がそれを使い、シリウスが怒ってここから脱走してしまったら──そんな事あってはいけない。シリウスを安全な場所から誘い出すのは、絶対に僕じゃないんだ。

 

 

「それじゃあ行こうか。ソフィア、ハリーを頼んだぞ」

「ええ、任せて」

 

 

シリウスはハリーの肩を叩き、辛そうに微笑む。ソフィアはしっかりとシリウスの目を見て頷いたが、ハリーは言葉が詰まりうまく話すことができなかった。

 

皆が集まっている玄関に移動し、しばらくの別れを口々に告げる中、ハリーはモリーに強く抱きしめられていた。

 

 

「さよならハリー、元気でね」

「またな、ハリー。私のために蛇を見張っていておくれ」

 

 

アーサーはモリーから解放されたハリーと握手をしながら朗らかに言う。

次にソフィアがモリーに抱きしめられ、ソフィアは寂しさと、ようやくホグワーツに戻れることの嬉しさで複雑な中、「モリーさんとアーサーさんも、お元気で」と別れの挨拶を告げる。

 

 

「シリウス──」

「元気でな、ハリー」

 

 

ハリーがシリウスに忠告する前に、シリウスが片腕でハリーをさっと抱き締めた。

ハリーの開きかけていた口から、また、言葉は出る事はなく、次の瞬間にハリーは凍るような冬の冷気へと押し出されていた。

 

護衛につくトンクスとリーマスがソフィア達を追い立てるようにして階段を降りる。背後でバタン、と扉が閉まる音が響き、ハリーは後ろを振り返った。

両側の建物が横に張り出し、12番地はその間に押しつぶされるようにどんどん小さくなり瞬きをする間に、そこはもう消えていた。

 

 

「さあ、バスに早く乗るに越したことはないわ」

 

 

トンクスの声は固く、緊張を孕んでいた。──いや、声だけではなく目も注意深くあたりを見渡している。トンクスと同じく辺りを警戒していたリーマスがパッと右腕を上げれば、ナイトバスがいつもの轟音を立てて突然現れ、あわや街灯に衝突するかと思われたが、街灯の方がぴょんと飛び退き道を開けた。

 

 

ナイトバスの旅は快適とは言えない旅だった。──「ナイトバスに乗ってみたい」と目を輝かせていたロンが乗車後には「もう二度と乗りたくない」と顔を青くして言うほどだ。

しかしかなり早くホグワーツの校門前に到着する事が出来、リーマスとトンクスに手伝ってもらいながらやっとのことでバスから7人分の荷物を降ろした。

 

 

「校庭に入ってしまえばもう安全よ。いい新学期をね、オッケー?」

「体に気をつけて」

 

 

リーマスは皆と握手をし、最後にハリーとしっかりと手を握る。すぐに手を離す事なく身を屈めると、別れの挨拶をしているトンクスとソフィア達を見ながら小声で囁いた。

 

 

「いいかい?ハリー、君がスネイプ先生を嫌っているのは知っている。だが、あの人はジャックの言うように優秀な閉心術師だ。それに、私たち全員が──シリウスも含めて──君が身を護る術を学んで欲しいと思っている。ソフィアも一緒だから、心強いだろう?頑張るんだよ、いいね?」

「うん、わかりました」

 

 

年齢のわりに白髪が混じる髪と、皺が刻まれた疲れたようなリーマスの顔を見ながらハリーは重々しく頷いた。

 

 

リーマスとトンクスに見送られ、校門をくぐったソフィア達は凍った地面を滑らないように気をつけながらトランクを引き摺り、樫の木の玄関扉まで懸命に歩いた。

扉にたどり着いたハリーは後ろを振り返ったが、リーマスとトンクスとナイトバスはもういなくなっていた。

 

確かに、ソフィアと一緒だと考えると嬉しいが、それがあのスネイプとの個人授業だと思うと気分はプラスどころか大幅にマイナスだと、ハリーはため息をつく。

 

ハリーはソフィアの前でセブルスからの嫌らしい精神攻撃と侮辱に耐えなければならないのかと思うと本当に気が滅入った。誰だって恋人の前でそんな情けない姿を晒したくはない。

 

明日のことを考えるとどうしようもなく嫌だったが、時計の針は止まることなく無情に進む。

 

 

 

次の日──月曜日の夜6時。ソフィアとハリーはセブルスの研究室の前にいた。ハリーの蒼白で陰鬱な表情をちらりと盗み見たソフィアは、少し不思議な気持ちになる。

何度もこうしてセブルスに会いに研究室を訪れた事はあるが、まさかハリーと2人でここに来る事になるとは考えてもいなかった。

 

 

ハリーは何度か深呼吸をすると、意を決したようにぐっと唇を結び扉を叩き、部屋に入った。

 

 

部屋は薄暗く、壁に並んだ棚には何百というガラス瓶が置かれ、さまざまな色合いの魔法薬や材料が並んでいる。

ソフィアは部屋を見て、「やっぱり紅茶の用意なんて無いわよね」とそんな場違いな事を思いながら、部屋の奥の暗がりの中に立つセブルスを見た。

 

 

「扉を閉めるのだポッター」

 

 

ハリーは机の上に置かれていた憂いの篩のことが気になり、セブルスの存在に気づかずいきなり冷たい声が響いた事にびくりと飛び上がりすぐに扉を閉める。ハリーは何だか自分で牢屋の扉を閉めてしまったかのような嫌な気持ちになり、恐々とセブルスの方を振り向いた。

 

暗がりにいたセブルスはいつのまにか部屋の中央の明るいところに移動していた。彼が机の前にある二脚の椅子を黙って指差し、ソフィアは抵抗なくいつもより固く質素な木の丸椅子に座り、ハリーはこれから行われる閉心術を一度で習得し、これで最後の個別授業になればいいと真剣に思った。

 

 

セブルスは顔に刻まれる皺の一本一本に嫌悪感を滲ませながらハリーを睨む。憎い男の息子であるハリー・ポッターと、何よりも大切な者の一人であるソフィアが──信じ難いが恋人であり、こうして、隣に座っているなんて、セブルスは今すぐハリーを追い出したい衝動に駆られたが、ダンブルドアの命令とあれば従うしかない。

 

ありありと「不本意である」と無言の圧力をハリーに向けたままもう一脚の椅子を出し、セブルスは憂いの篩が置かれた机を挟み、二人の前に座った。

 

 

「さて、ポッター、ミス・プリンス。ここにいる理由はわかっているな?──閉心術を君たちに教えるよう、校長から頼まれた。我輩としては、君たちが魔法薬より少しはマシなところを見せてくれるよう望むばかりだ」

「ええ」

「頑張ります」

「この授業は、普通とは違うかもしれぬ。しかし、我輩が教師である事に変わりない。であるから、我輩に対して必ず『先生』とつけるのだ」

「はい……先生」

「わかりました、スネイプ先生」

 

 

ソフィアは素直だったが、ハリーはかなりぶっきらぼうに答えた。

セブルスは目を細め、嫌そうにハリーを見たが早く授業が終わってほしいハリーと同様、セブルスも早くこの授業を終わらせたかったため、いつもなら嫌味の一つでも吐くが、すぐに閉心術の説明を始めた。

 

 

「さて、閉心術だ。君の大事な名付け親の厨房で言ったように、この分野の術は外部からの魔法による侵入や影響に対して心を封じる」

「それで、ダンブルドア先生はどうして僕にそれが必要だと思われるのですか?先生」

 

 

ハリーはセブルスはきっと答えないだろうと思ったが、セブルスは一瞬ハリーを見つめ、そして馬鹿にしたように鼻で笑った。

 

 

「君のような者でも、もうわかったのではないかな?ポッター。闇の帝王は開心術に長けている──」

「それ、なんですか?先生」

「他人の心から感情や記憶を引っ張り出す能力だ──」

「人の心が読めるんですか?」

 

 

最も恐れていたことが確認され、ハリーは胃の奥がずしりと重くなった。という事は、やはり僕は本部に向かうべきじゃなかった。もしかしたら──もうあの場所の事がバレてしまったのか?

 

 

「繊細さのカケラもないなポッター。微妙な違いが、君には理解できない。その欠点のせいで、君はなんとも情けない魔法薬作りしかできない」

 

 

ソフィアはセブルスの言葉を聞きながら、確かに魔法薬は繊細じゃないと出来ないものね、と思いつつその先の説明を聞いた。

 

 

開心術を会得した者には一定の条件のもとで相手の心を穿ち見つけたものを解釈できるという。ヴォルデモートは優れた開心術を使い、嘘をつくとほとんどを見破る事が出来る。ヴォルデモートに対し閉心術に長けたものだけが、虚偽を口にしても見破られる事がない。

 

 

──そうか、だから父様はあの人の元にいても疑われないで済んでいるのね。なら、ジャックも使えるのね、きっと。

 

 

「それじゃ、あの人はたった今、僕たちが考えている事がわかるかもしれないんですか?先生」

「闇の帝王は相当遠くにいる。しかも、ホグワーツの壁も敷地も古くからの様々な呪文で守られてるからして、中に住むものの体ならびに精神的安全が確保されている。──ポッター、魔法では時間と空間が物を言う。開心術では往々にして目を合わせる事が重要となる」

「それなら僕はどうして閉心術を学ばなければならないのですか?」

 

 

目を合わせる事が重要ならば、今ヴォルデモートが目の前にいるわけではない。何故閉心術が必要なのか、辻褄が合わないとハリーは眉を寄せた。

 

セブルスは唇を細く長い一本の指でなぞりながらじっとハリーを見据える。その動作を見たハリーは、どこかで見覚えがある気がする、と心に引っかかったが、セブルスのその先の言葉を聞いた途端、心に引っかかっていた事は吹っ飛んでいった。

 

 

「ポッター、通常の原則はどうやら君には当てはまらぬ。君を殺し損ねた呪いが何らかの絆を、君と闇の帝王との間に創り出したようだ。事実の示唆するところによれば、時折君の心が非常に弛緩し、無防備な状態になると──たとえば、眠っている時だが──君は、闇の帝王と感情、思考を共有する。校長はこの状態が続くのは芳しくないとお考えだ。我輩に、闇の帝王に対して心を閉じる術を、君に教えて欲しいとの事だ」

「でも──どうしてダンブルドア先生はそれをやめさせたいのですか?僕だってこんなの好きじゃない。でも、これまで役に立ったじゃありませんか?つまり…僕は蛇がウィーズリー氏を襲うのを見た。もし僕が見なかったら、ダンブルドア先生はウィーズリー氏を助けられなかったでしょう?先生?」

 

 

セブルスは暫く唇に指を這わせたまま沈黙する。やがて口を開いたセブルスは、一言一言、言葉の重みを計るように考えながら話す。

 

 

「どうやら、ごく最近まで──闇の帝王は君との絆に気付いていなかったらしい。いままでは、君が帝王の感情を感じ、帝王の思考を共有したが、帝王のほうはそれに気づかなかった。しかし、君がクリスマス直前に見たあの幻覚は──」

「蛇とウィーズリー氏の?」

「口を挟むなポッター。──いま言ったように、君がクリスマス直前に見た幻覚は、闇の帝王の思考にあまりに深く侵入したという事であり──」

「僕が見たのは蛇の頭の中だ、あの人のじゃない!」

「ポッター、口を挟むなと、言ったはずだが?」

 

 

セブルスが怒りと苛立ちを滲ませハリーを見下ろしたが、ハリーは怒られようがどうでもよかった。ついに問題の核心に迫ろうとしているようにみえ、ハリーは自分でも気づかぬ無意識のうちに座ったまま身を乗り出し、今にも飛び出しそうな緊張した姿勢で椅子の端に腰掛けていた。

 

 

「僕が共有しているのがヴォルデモートの考えなら、どうして蛇の目を通して見たんですか?」

「闇の帝王の名前を言うな!」

 

 

セブルスが吐き出すように言い、ソフィアもびくりと肩を震わせる。ソフィアは数回自分の意思でヴォルデモートとその名を口にしたことはあるが、不意にヴォルデモートの名を聞くとどうしても反射的に身が強張ってしまう。

表情を変えたソフィアを見て、セブルスは強くハリーを睨む。嫌な沈黙が長れ、セブルスとハリーは憂いの篩を挟んで睨み合った。

 

 

「ダンブルドア先生は名前を言います」

「ダンブルドアは極めて強力な魔法使いだ。あの方なら、名前を言っても安心していられるだろうが……その他の者は……」

 

 

セブルスは左の肘の下あたりを無意識にさする。その下の皮膚に焼き付けられた闇の印があることを、ハリーとソフィアは知っていた。

 

ハリーはじっとセブルスを見ていたため、セブルスの視線が自分の右側を微かに見た事に気付く。ふ、と視線を右へと向ければ顔をこわばらせたソフィアがいて、ハリーはあっと息を呑んだ。

 

 

「あっ、ごめんソフィア…」

「…ううん、大丈夫。──スネイプ先生、なら、その蛇はあの人だったのですか?…アニメーガス…とか?」

「いや……あのとき、帝王は蛇に取り憑いていた。それでポッターも蛇の中にいる夢を見たのだ」

「取り憑く…?……それって──」

「それでヴォル──あの人は、僕があそこにいたのに気付いた?」

 

 

ソフィアの言葉を遮り、ハリーは丁寧な声に戻すように努力しながらセブルスに聞く。セブルスはソフィアから視線を外し「そうらしい」と冷たく答えた。

 

ソフィアは、取り憑く、と表現したその言葉が引っ掛かっていた。それならば、蛇は数年前のジニーのようになったと言うことだろうか?体を操られて?

 

──あれは、ジニーの心にあの人の魂の一部が注ぎ込まれたからだったと、ハリーとルイスから聞いた。つまり、その蛇にもあの人の魂が?……魂って、そんなに簡単に分離するものなのかしら…?

 

 

「重要なのは、闇の帝王が自分の思考や感情に君が入り込めるということに、今や気づいているということだ。さらに、帝王はその逆も可能だと推量した。つまり、逆に帝王が君の思考や感情に入り込める可能性があると気づいてしまった──」

「それで、僕に何かさせようとするかもしれないんですか?──先生?」

「そうかもしれぬ。そこで、閉心術に話を戻す」

 

 

長々と何故閉心術を習得しなければならないのか説明をしたセブルスはローブのポケットから杖を取り出す。ハリーはいよいよ始まってしまうのか、とまだ閉心術を習得する事に納得はしていないが身を固くし、緊張からごくりと息を呑んだ。

 

 

「あの──」

 

 

ソフィアはおずおずと手を上げ、セブルスを見る。杖先を上げかけていたセブルスは手を止め「何だ」と冷たく聞いた。

 

 

「あの、スネイプ先生。ハリーは確かに、例のあの人との奇妙な繋がりがあります。閉心術を習得しなければならない理由もわかりました。──ですが、何故、私が……?私が、それを…?」

 

 

ソフィアは今になっても何故自分がここにいるのかわからなかった。ここに来てしっかりと説明されるかと思ったが、セブルスはハリーに対して説明するばかりで自分には何も言わない。──それに、話を聞く限り自分に閉心術が必要だとは思えなかった。

 

 

「……ダンブルドアが、それを望んでいる」

「ダンブルドア先生が?……そう、ですか…」

 

 

明確な説明をしないセブルスに、ここでは言えない──ハリーの前では言えない理由があるのかとソフィアは黙り込む。

ソフィアは誰よりも、セブルスを──父を信用し、信頼している。だからこそハリーのように納得が出来なければ突き詰めるまで疑問を口にすることはない。

 

ソフィアが黙り込んだのを見て、セブルスは杖を自分のこめかみに杖先を当て、ゆっくりと引き抜いた。太い蜘蛛の糸のような銀色のキラキラとしたものが伸び、そのまま憂いの篩の中に落とす。

ソフィアは憂いの篩を知らず、何をしているのかと興味深そうに篩の中に入った銀色の物を見ていた。

 

セブルスは何も説明せずそれから3度ほど銀色の物質を篩へと落とし、慎重に篩を棚の上へ片付け杖を構えてハリーとソフィアに向き合った。

 

 

「立つのだ。ポッター、そして杖を取れ。ミス・プリンスは壁際まで下がりたまえ」

 

 

ハリーは落ち着かない様子で立ち上がり杖を持ち、ソフィアは素直に壁まで向かい背を預けた。

 

 

「杖を使い、我輩を武装解除するも良し。そのほか、思いつく限りの方法で防衛するも良し」

「それで、先生は何をするんですか?」

「君の心に押し入ろうとするところだ。君がどの程度抵抗できるかやってみよう。君が服従の呪いに抵抗する能力を見せたことは聞いている。これにも同じような力が必要だとわかるだろう……構えるのだ。いくぞ。──開心(レジリメンス)!」

 

 

ハリーがまだ抵抗力を奮い起こしもせず、困惑したまま準備もできないうちにセブルスが開心魔法を放った。

 

 

ソフィアの息を飲む音を最後に、目の前の部屋がぐらぐらと回り、消える。切れ切れの映画のように画面が次々に心を過ぎる、過去のことのはずだが、今まさに目の前で行われているかのような鮮明さに目が眩んだ。

 

 

5歳だった。ダドリーが新品の赤い自転車に乗るのを見て、羨ましさで心が張り裂けそうになった。

9歳だった。ブルドッグのリッパーに追いかけられ、木に登る、ダーズリー親子が下の芝生で笑っている。

11歳だった。組分け帽子を被って座っている、組分け帽子がスリザリンでも上手くやれると囁く。──ソフィア達と賢者の石を守る──ソフィアはスネイプを最後まで信じていた──100余りの吸魂鬼が暗い湖のそばでハリーとソフィアに迫ってくる──ソフィアと天文学の塔を登った──。

 

 

──だめだ。

 

 

ソフィアの横顔が見える、目がキラキラと輝いている、好きだ、愛おしい、ずっと見ていたい。

 

 

──見せないぞ。見せるもんか、これは、秘密だ。

 

 

ソフィアとの記憶が近づいてくると、ハリーの頭の中で自分自身の声が聞こえた。

 

途端、ハリーは膝に鋭い痛みを感じた。痛みに呻いていると、目の前に迫っていたソフィアが消え研究室が再び現れた。

ハリーはようやく自分が床に膝をついている事に気付く。片膝を机の脚にぶつけたのだろうか、強く痛む。

 

 

ハリーはセブルスを見上げた。セブルスは杖を下ろし、手首を揉んでいる、その下に焦げたように赤く爛れたミミズ腫れがちらりと見えた。

 

 

「針刺しの呪いをかけようとしたのか?」

「いいえ」

「違うだろうな。君は我輩を入り込ませすぎた。制御力を失った」

 

 

セブルスの冷たい声を聞きながら、ハリーはよろよろと立ち上がり答えを聞きたくないような気持ちで「先生は僕の見た物を全部見たのですか?」と聞く。

 

 

「断片だが。──あれは誰の犬だ?」

 

 

セブルスはせせら嗤い、ハリーは悔しさと恥ずかしさから「マージおばさんです」とぼそりと呟く。──よかった、ソフィアとの事は、見られていないようだ。

 

 

「初めてにしては、まあ、それほど悪くなかった。君は大声をあげて時間とエネルギーを無駄にしたが、最終的には何とか我輩を阻止した。気持ちを集中するのだ。頭で我輩を撥ねつけろ。そうすれば杖に頼る必要はなくなる。──下がれ、ポッター。ミス・プリンス、前へ」

 

 

ソフィアはハリーを心配そうな目で見ていたが、小さく頷きセブルスの前に立つ。ハリーはよろめきながらなんとか壁まで向かい、ようやく一息をついた。ソフィアは、しっかりと侵入を阻めるのだろうか?……きっとできるだろう、ソフィアはどんな魔法だって、かなり上手く使うし。──と、ハリーは乱れた呼吸を落ち着かせるために何度も深呼吸し、頬まで伝った冷や汗をローブの袖で拭った。

 

 

「方法は聞いていたな?」

「はい、先生」

「……では、杖を持て。──開心(レジリメンス)

 

 

セブルスはソフィアが杖を持つとすぐに開心魔法をかけた。

その瞬間、ソフィアはぐらりと視界が周り──そのまま、過去の記憶へと落ちていく。

 

 

研修室から景色が変わり、灰色の天井が見えた。懐かしい景色、ここはスピナーズ・エンドの家だ。

 

 

「ソフィア」

「ソフィア、ねんね?」

 

 

柔らかく優しい声が聞こえた。ソフィアの胸に多幸感が溢れる。何かに寝かされていた、覗き込んだのは──ああ、あの人は、あの人達は──。

 

 

景色が変わる。3歳。エドワーズ孤児院で兄や姉達と遊んでいる、心が躍る──夜になる、幼いルイスと共に寝る──寂しさが胸を刺す──父様は何でいないの──?

 

11歳。ホグワーツからの手紙が届く、ソフィア・プリンスとして生きていくと決めた──。

 

魔法薬学、はじめての父様の授業。父様の態度に困惑する、胸が痛い、苦しい、寂しい、悲しい──。

 

様々な景色が見え、その度にソフィアは今それが起こったかのように感情を揺らせた。悲み、幸福、苦しみ、楽しさ、怒り──。

 

 

ソフィアは今まで生きてきた全てを見た。

そして、気がつけば景色はセブルスの研究室へと戻り、目の前には苦い表情をしたセブルス(父様)が見える──。

 

 

「父様──」

 

 

ソフィアは今見ているこれが、現実なのか、開心術によるものなのかわからなかった。

 

 

「母様──兄様──そう、私──確かに母様と兄様と過ごした時間が──」

 

 

虚な目でぶつぶつと呟くソフィアは夢を見ているかのようにぼんやりとしていた。

ハリーはソフィアの言葉に一瞬──セブルス・スネイプを父と呼んだのかと思いどきりとしたが、その後に続く言葉を聞いて正気を無くしているのだと思った。自分とは違うソフィアの姿に狼狽え、まさかスネイプが何かをしたのかと強く睨む。

 

セブルスは深くため息をつき、杖を下げると低い声で「ミス・プリンス」と呼びかける。

 

 

「──君は、我輩に心の奥まで侵入を許した。阻止できず、抗う様子が一切無く、君が人生で見た事のほぼ全てを──」

「覚えていない事でも……?」

「たとえ普段は記憶の奥底に眠っていようと、一度経験した出来事は脳や心の奥深くに刻まれる」

「……、…心の奥底…」

 

 

ソフィアはぽつりと呟く。

自分の記憶の中に、今まで母と兄の事は無かった。一歳の頃の記憶など覚えているはずがない。しかし、心の奥に確かにあったのだと思うと、胸が締め付けられるような幸福感にソフィアは耐えきれず胸を抑え、その場に力なく膝をつけ、そのまま顔を覆い肩を震わせた。

 

 

「ソフィア……」

 

 

ハリーはどうしていいのか分からず、おずおずとソフィアの元に近付くと震える肩をそっと慰めるように撫でた。

 

 

 

ソフィアの啜り泣く声響く中、セブルスはソフィアを不器用に慰めるハリーを静かに見つめる。握られた拳は震え、手のひらを爪が、口内を歯が傷付ける鈍い痛みでなんとか杖を振り上げる事を抑えていたが、ふつふつと沸き起こる感情を果たしていつまで耐えられるのか、セブルス自身わからなかった。

 

セブルスはソフィアのほぼ全ての記憶の断片を見た。

その中には勿論ハリーがソフィアに告白し、ソフィアが幸せそうに笑いながら頷くところも、DAの会合のことも、そして、誕生日に天文学の塔へ向かい口付けられた場面も全て、見てしまった。──なによりも知りたくなかった、見たくなかった場面だろう。

 

 

「……、…ミス・プリンス、下がりたまえ。──次はポッター、君だ。充分に休む暇があった事だろう」

「…はい、先生。──ソフィア、立てる?」

「ぅ、……ええ…ありがとう…」

 

 

ハリーに肩を借り、ソフィアは壁まで下がるとまたその場に座り込み、ぼんやりとハリーとセブルスが対面する様子を見守った。

 

 

セブルスが開心術をハリーにかけ、その度にハリーは「いやだ!」と叫び苦しげに喘ぐ。今まさにセドリックの死を経験したかのように胸が激しく波打つ中、ハリーはどう抗えばいいのかわからないまま再び開心術をかけられた。

 

 

「──わかった!わかったぞ!!」

 

 

ハリーは床に膝をつき叫んでいた。傷痕がちくちくと嫌に痛む中、今見た記憶を何度も思い返す。そうだ、あの廊下、扉、どこかで見たと思っていた。あれは魔法省で、ウィーズリーおじさんと──そうだ、あそこはたしか──。

 

 

「……ポッター、何があったのだ?」

「わかった──思い出したんだ、いま、気づいた──」

「何を?」

「──神秘部には、何があるんですか?」

 

 

ハリーの言葉に、セブルスは僅かに狼狽える。その事はこいつは知らぬはずだ。何故その言葉を知っている。──神秘部に、何があるのかを、教えるわけにはいかない。

 

 

「何故、そんなことを聞くのだ?」

「それは、いま僕が見たあの廊下は──この何ヶ月も夢に出てきた廊下です。それがたった今わかったんです、あれは──神秘部に続く廊下です。そして、多分ヴォルデモートの望みはそこから何かを──」

「闇の帝王の名前を言うなと言ったはずだ!」

 

 

二人は睨み合った。ハリーの傷痕はまた痛んだがハリーは気にならなかった、今まさに全てが繋がったのだ、間違いなく──この人の様子を見る限り──この先にヴォルデモートが望んでいる何かがある。それを、きっと騎士団は知っていて故意に黙っている。

 

 

「ポッター、神秘部にはさまざまな物がある。しかし、君に理解できる物はほとんど無く、また、関係があるものも皆無だ。──これでわかったか?」

「──はい」

「水曜の同時刻に、またここに来るのだ。続きはその時に行う」

「わかりました」

「毎晩寝る前、心から全ての感情を取り去るのだ。心を空にし、無にし、平静にするのだ。──浮かれた感情に心を傾けると、我輩の知るところになるぞ」

「っ……は、い」

 

 

セブルスの視線がソフィアを捉え、ハリーはその言葉の意味に気づいた。──ソフィアの心を見て、スネイプは僕たちの関係を知ったんだ。

 

歯を食いしばり苦い顔で頷いたハリーはすぐにカバンを取り肩にかけ、ソフィアの方を振り向く。早く戻ろう、そう言おうとしたがハリーがソフィアの名を呼ぶ前にセブルスが静かにソフィアの名を読んだ。

 

 

「ミス・プリンス。君の心は今大いに揺れている事だろう。防御力が低下し、混乱している。このまま帰すわけにはいかん」

「……はい」

「……ポッター、帰りたまえ」

「えっ…で、でも、ソフィアが──」

 

 

ハリーはここにソフィアを一人だけで残しておく事は出来ず、どうしたものかと扉とソフィアをちらちらと見た。セブルスは苛立ちを隠さず腕を組み指先でトントンと叩きながら冷たい目でハリーを見下ろした。

 

 

「後程マクゴナガルを呼びに行く」

「……ソフィア…でも──」

「ハリー、大丈夫……」

 

 

ソフィアは座ったまま力無く微笑む。それでも暫くハリーはここに居たい気持ちと、すぐに部屋から飛び出したい気持ちとの間で葛藤していたが、ソフィアが再び「大丈夫よ」と呟く言葉を聞き、小さく頷くと扉へ急ぎ──一度振り返り、そのまま外へ飛び出した。

 

ハリーが階段を駆け上がる足音が小さくなり消えたころ、セブルスは扉に向かって杖を振り誰も入れないようにした。そして、座り込んだままのソフィアの元へゆっくりと近づき、目線を合わせるようにしゃがみ込み濡れたソフィアの頬を指先で撫でた。

 

 

「……見たのか」

「…ええ……母様と、兄様が私を覗き込んでいた──きっと、私はベビーベットで寝かされていたのね。はじめて…2人の声を聞いたわ……」

「…ソフィア、何故抗わなかった?」

「だって……父様に抵抗しようなんて──。それに…怪我をさせるのも、嫌だったの」

 

 

ソフィアは自分の頬を撫でる手を握り、そのまま視線を手首へと滑らせる。ちらり、と見えている赤黒い傷痕を見てソフィアは辛そうに眉を寄せた。

 

 

「多分、私──父様との閉心術の練習はうまくいかないわ。どうしても怪我をさせたく無い気持ちが強くて──それに、見られて困ることも──」

 

 

ソフィアはそこで言葉を途切らせた。表情は先ほどと打って変わって目が泳ぎあからさまに「まずい」と視線と表情が物語っていた。

セブルスはその目を見てハリーとの事かと思い再び胸の奥に苛立ちや怒りを込み上げさせたが、ソフィアが考えていたのはハリーとのことでは無い。誰にも知られるわけにはいかない、DAの事だった。

 

 

「あー……父様、私が──私たちが、何を企んで、何をしてるかは、お願いだから誰にも言わないでね?」

「…何?──ああ……校則を破っているあれか」

 

 

ハリーの事ばかり考えていたセブルスは何のことか一瞬分からず訝しげに眉を寄せたが、すぐにソフィア達が行なっている会合の事だと気付くと、暫し悩むように考え込んだ。

 

 

「──……言えないのは、魔法契約だな。……ふん。……何があればすぐに私に知られる事になるぞ」

「うーん…それは、困っちゃうわね。──ああ、でもどうせなら実戦のアドバイスとか──」

「ソフィア」

「……冗談よ」

 

 

硬い責めるようなセブルスの声音にソフィアは肩をすくめると、そのままセブルスの胸元に頭を寄せた。こうして話していると、少しずつ感情の整理がついてきた。あの胸を焦がすような様々な激情は、今起こったことでは無い過去の感情だ。あまりにも生々しい景色に、心が惑わされただけに過ぎない。

 

 

「……でも、父様。私が閉心術を学ぶ意味は何?さっき、ハリーの前では…はぐらかしたわよね?」

「それは──ダンブルドアは、理由を言う事はなかったが……閉心術は心を平静にしなければならん。──故に──ポッターが習得するためには、ソフィアが必要だと、考えたのだろう」

「私が?……ふうん?」

 

 

セブルスの心から嫌そうに吐き捨てられた言葉に、ソフィアは意味がわからず首を傾げたが──それなら自分は閉心術を習得できなくても特に問題がないらしい、と思うと少し心が落ち着いた。

 

 

「閉心術……うーん、難しいわ……」

「そうだろうな」

 

 

セブルスは冷えたソフィアの体をそっとローブの中に入れるように包み、背中を撫でる。

 

 

「閉心術は適正に大きく左右される。感情を赴くままに発現させ、揺れ幅が大きい者は……習得に不向きだ。感情を押し殺し隠す事に慣れなければならん。……ソフィアは、苦手だろう」

「そうね…。うーん……なら、ハリーも難しそうね」

 

 

ソフィアからハリーの名を聞いたセブルスは一気に不機嫌になり顔を歪める。ソフィアを一度優しく抱きしめた後、体を離し美しい緑の目をじっと見つめた。

 

 

「…、……もう落ち着いたか?」

「ええ、大丈夫よ」

「……ソフィア。……亡き母と兄を見るために、開心術はあるのではない。過去であり、心をその事に囚われてはならん。わかっているな?」

 

 

真剣なセブルスの表情に、ソフィアは一度気まずそうに目を伏せた。心のどこかで、もう一度母と兄の姿を見たい、声を聞きたいと考え、次の閉心術の時にまた会えるだろうか──と思い、焦がれたのは事実だからだ。

 

 

「ええ……わかってるわ」

 

 

ソフィアは目元を擦り、安心させるために少し微笑むと近くに落ちている自分の鞄を掴み、肩にかけながら立ち上がる。

ふと、セブルスの背後の棚にある憂いの篩を見て、ソフィアはそういえばあれは何だろうか、と指差した。

 

 

「父様、あれは?」

「あれは──……記憶を反芻するためのものだ」

「反芻?……何故、父様はそこに記憶を──」

「ソフィア、もう戻りなさい」

 

 

表情はいつもと比べ柔らかかったが、有無を言わせぬ口調に、ソフィアは肩を落とし、こくりと頷いた。

 

 

 

 

 

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