ソフィアがグリフィンドールの談話室に戻った時、既に談話室にハリーとロンの姿はなく、ハーマイオニーだけが暖炉側のソファに座り、ハウスエルフへの帽子をせっせと編んでいた。
「ソフィア!大丈夫だったの?ハリーから聞いて…」
「うーん、大丈夫よ。ちょっと混乱したけど……今は落ち着いたわ」
ハーマイオニーは編み物の手を止め心配そうにソフィアの顔色を見る。いつもより血の気は引いていたが、ハリーほど悪くはなく口調も表情も落ち着いていた事にハーマイオニーはホッと胸を撫で下ろした。
彼女はハリーから「一人で歩けないくらい正気を失ってた」と教えられ、それほど悪い状況なのか、ソフィアがすぐに習得出来ないほど難しい魔法なのかと気が気ではなかったのだ。
「ハリーは?」
「かなり疲れてたみたいで、もう寝室にいったわ。きっと心の防衛力が落ちてるから…ロンにも見に行ってもらったの」
「そう…たしかに、心が乱されるというか……うーん、過去に起こったことが、今目の前で起きているような…そんな感覚になって、本当に──疲れたわ」
ソフィアは大きくため息をつき、肘掛け椅子に深く腰掛ける。目を閉じれば脳裏に母と兄の顔と、優しい声が蘇り──心が切なく痛んだ。
「二人とも、上手くいきそうなの?」
「どうかしらね……先生は、感情の揺れ幅が大きい人には難しいって言ってたの」
「それは……難しいわね、特に二人には」
ハーマイオニーの真剣な声に、ソフィアは小さく苦笑した。
そもそも、閉心術を教えるのがセブルス・スネイプの時点で、ソフィアはともかくハリーは感情が揺さぶられ上手くいかない事は火を見るより明らかだ。
「そうなのよね……でも、頑張るしか無いわ…」
ソフィアは目を開き、暖炉の中で揺らめく炎を見て呟いた。
次の日、ハリーは閉心術が終わった直後と比べれば顔色はずっと良くなっていたが、そわそわと落ち着かない様子でソフィアとハーマイオニーに寝室に向かう前、またヴォルデモートの感情がなだれ込んできたのだと伝えた。
それも、今までとは比べ物にならないほどの歓喜の気持ちであり、無意識のうちに自分の口から狂った笑いが漏れてしまったほどだという。
ヴォルデモートがそれほど喜ぶ事とは何なのか、今まで探していたものを手に入れたのか、とソフィア達が思い悩みながら朝食をとりに大広間に行き、この後すぐにマクゴナガルにヴォルデモートの感情が伝わったことを伝えなければ──と話していた時、配達された日刊預言者新聞を見たハーマイオニーが悲鳴を上げた。
「どうした?」
「どうしたの?」
あまりの悲鳴に周りの人が何事かと振り返るなか、ソフィア達も驚いてハーマイオニーを見る。ハーマイオニーは答えの代わりに新聞を3人の前の机に広げ、言葉を無くしたまま一面に載っている10枚の白黒写真を指差した。
何人かは嘲笑を浮かべ、何人かは無言で写真の枠を叩き、何人かはこちらを強く睨みつけている。一枚一枚に名前と、アズカバン送りになった罪名が書かれてあった。
そして写真の上の大見出しには『アズカバンから集団脱獄 魔法省の危惧──かつての死喰い人、ブラックを旗頭に結集か?』と書かれていた。
「脱獄?そんな、こんなにたくさん──」
「ブラックが?まさかシリ──」
「しーっ!そんな大声出さないで、黙って読んで!」
ソフィアとハリーの叫びに、ハーマイオニーは慌てて囁き二人の口を手で押さえる。ソフィアとハリーはこくこくと何度も頷きそのまま顔を突き合わせ新聞の記事を読んだ。
昨夜遅く魔法省がアズカバンから集団脱獄があったことを発表した。10人の凶悪犯はマグル界にも影響を及ぼすと考えられて、マグルの首相にもその旨を伝えた事。
ファッジは今回の脱獄には、二年半前に脱獄したシリウス・ブラックが関係していることを示唆し、ブラックを指導者として集結したのではないかと考えている。魔法省が罪人を一網打尽にすることに尽力しているが、警戒するように──と、書かれていた。
「おい、これだよハリー。昨日の夜、あの人が喜んでたのはこれだったんだ」
ロンは10人の脱獄囚の写真を恐々と見ながら呟く。
「こんなの、とんでもないよ。ファッジのやつ、脱獄はシリウスのせいだって?」
「他に、何も言えないわよ。──皆さん、すみません。ダンブルドアがこういう事態を私に警告していたのですが、アズカバンの看守がヴォルデモート卿一味に加担しました。──なんて──ロン、そんな哀れっぽい声を出さないでよ。だって、ファッジは優に6ヵ月以上、みんなに向かって、あなたやダンブルドアを嘘つき呼ばわりしたじゃない?」
怒りを滲ませるハリーに、ハーマイオニーは落ち着き払って言うと勢いよく新聞をめくり中の記事を読み始めた。
ソフィアは大広間を見渡したが、日刊預言者新聞を購読している生徒は少なく、いつも通りの平穏な朝が広がっていた。数日すれば誰もがそのことを知るようになるだろうが、今、大広間では宿題やクィディッチの話題しか聞こえない。
しかし、教職員テーブルでは様子ががらりと変わっていた。マグゴナガルとダンブルドアが深刻な表情で話し合い、スプラウトや他の先生達は食い入るように日刊預言者新聞を見つめている。
囚人を逃すというとんでもない魔法省の失態だったが、アンブリッジはそれほど落ち込んでいるわけでも、落ち着かない雰囲気でもなかった。ただオートミールを口に掻き込み、ダンブルドアとマグゴナガルが何を話しているのかしかめ面をしながらチラチラと見ている。
「まあ──なんて……」
「まだあるの?」
「これって、酷いわ」
新聞を読んでいたハーマイオニーが目を離さずに息を飲みながら掠れた声で囁き、脱獄だけではなくまだあるのかとソフィアとハリーとロンは緊張し不安げな目でハーマイオニーを見る。
ショックを受けた表情のハーマイオニーは、十面を折り返し、ソフィア達に新聞を渡す。そこには、魔法省の役員──プロデリック・ボードが非業の死を迎えたと書かれていた。
職場の事故で負傷したボードは言語障害を持っていたが、徐々に回復の兆しを見せていた。クリスマスプレゼントとして贈られた鉢植えを担当慰者が『悪魔の罠』だと気付かずボードに世話をするようにと渡し、そしてボードが触れた途端、悪魔の罠は彼を絞め殺したのだ。
「ボード……ボードか。聞いたことがあるな」
「私たち、この人に会ってるわ。聖マンゴで、覚えてる?ロックハートの反対側のベッドで、横になったままで天井を見つめてたわ──それに、悪魔の罠が着いた時、私たち目撃してる。あの魔女が──あの癒者の──クリスマスプレゼントだって言ってたわ」
「嘘…私、そんな──気づかなかったわ…」
「たしか──ソフィアはロックハートに話しかけられていたわ」
ソフィアは苦い恐怖感が腹の奥から込み上げてきて、顔色を変えると「そんな……酷いわ…」と声を震わせる。
「僕たち、どうして悪魔の罠だって気づかなかったんだろう?前に一度見ているのに。こんな事件……僕たちが防げたかもしれないのに」
「悪魔の罠が鉢植えになりすまして病院に現れるなんて、誰が予想できる?僕たちの責任じゃない。誰だか知らないけど送ってきたやつが悪いんだ!自分が何を買ったのかよく確かめもしないなんて、まったく、バカじゃないか?」
一年生の時に悪魔の罠を見ていた自分達なら防げたのではないかと苦い表情をするハリーに、ロンはキッパリと首を振る。ロンはまだ事件ではなく事故だと思っていたが──すぐにハーマイオニーとソフィアは首を振って「違うわ」と呟いた。
「悪魔の罠の性質を知らないで鉢植えにするなんて不可能よ。これは、殺人よ。それに──巧妙な手口だわ。鉢植えの贈り主が匿名なら、誰が殺したかなんてわからないもの…」
暗い声で呟くソフィアに、ようやく、ロンはこれが殺人であることを理解し息を飲み、蒼白な顔でぶるりと身体を震わせた。
ハリーは新聞に掲載されたボードの白黒写真──生前のものだ──を見ながら、ふと、その顔にどこか見覚えがあると気がついた。聖マンゴではあまり見ないようにしていたが、この顔は確か──。
「僕、ボードに会ってる。ロンのお父さんと一緒に、魔法省でボードを見たよ」
ハリーは突然思い出した。魔法省で行われる尋問の日に、エレベーターで地下九階まで降りる時に、たしかにこの人はアトリウムの階から乗り込んできたはずだ。
「あっ!──僕、パパが家でボードのことを話すのを聞いたことがある。『無言者』だって……神秘部に勤めてたんだ!」
4人は一瞬目を合わせた。
今まで繋がるわけがないと思い気にもしていなかった事が少しずつ繋がっていく感覚。きっと、まだ気がついていないことも多くあるのだろう。しかし──神秘部は、昨日ハリーが
神秘部について、ソフィア達は誰も詳しく知らなかったが、それでもこの事件が無関係だと楽観的に判断する事は出来ない。
ハーマイオニーは新聞を小さく折りたたみ鞄の中に突っ込むと、勢いよく立ち上がった。
「どこに行くの?」
「手紙を出しに。これって……うーん、どうかわからないけど……でも、やってみる価値はあるわね。…それに、私しか出来ないことだわ」
ハーマイオニーはソフィアに答えた後ぶつぶつと呟き、言葉を口に出すことで思考を整理していく。鞄を肩にかけ、足早に大広間を後にするハーマイオニーの背中を見送ったロンは「まーたこれだ、嫌な感じ」とむすりとした表情で文句を言う。
「まぁ、後で聞きましょう、ね?」
「いったい何をやるつもりなのか、一度ぐらい教えてくれたっていいんじゃないか?大した手間じゃないし、10秒もかからないのに──ハーマイオニーが誰に手紙を出すつもりなのかわかる?」
ロンは気怠げに鞄を肩にかけ立ち上がる。ハリーとソフィアも授業へ向かおうとゆっくりと大広間を横切るように歩くなか、ロンの言葉に「うーん」と唸った。
ハリーは「ハーマイオニーの考えなんて分かったことがない」と首を振ったが、ソフィアはしばらく黙り込み──顎に手を当て指先で唇を撫でながら考えていたが、少し沈黙した後、首を振った。
「わからないわ」
「ソフィアにわからないんなら、僕たちは一生わからないな。──やあ、ハグリッド!」
大広間の扉へ向かえば、ちょうどハグリッドがレイブンクロー生の集団が通り過ぎるのを傍に立ち待っているところだった。ロンが声を掛ければハグリッドは顔を声のした方に向け──。
「どうしたの!?ひ、酷い怪我よ!?」
ソフィアはその顔を見て叫び声を上げた。
ハグリッドの顔中に酷い怪我があり、とくに鼻っ柱を真一文字に横切る生々しい傷はまだ赤黒い血が光っている。ロンとハリーもあまりの怪我に──ホグワーツに彼が帰ってきた時のような怪我だ──息を飲み心配そうに眉根を寄せた。
「いやあ、気にすんな。いつものやつだ。授業の準備に忙しくてな、火トカゲが数匹鱗が腐って……──それと、停職候補になった」
ハグリッドは何でもないとアピールするために腕をぐるぐると振り回したが、どう見ても見え透いた嘘のように見えた。
しかし、ソフィア達は──無理矢理変えられた話題に気を取られ驚きのあまり大きく目を見開き「停職!?」と大声を出す。
近くにいたレイブンクロー生が何事かと振り返り怪訝な顔をし、ソフィア達は慌てて声を落とし「停職になったって?」と再度問う。
「ああ。実を言うとこんなことになるんじゃねぇかと思っちょった。お前さんたちにゃわからんかもしれんが、あの査察は、ほれ、あんまりうまくいかんかった。──まあ、とにかく。火トカゲにもうちょいと粉トウガラシをすり込んでやらねぇと、こん次は尻尾がちょん切れちまう。そんじゃな、ハリー、ロン、ソフィア……」
ハグリッドはため息をつきつつ玄関の扉を開けて石段を下り、暗くじめじめとした校庭を重い足取りで去っていった。
ソフィア達は顔を見合わせ、心配そうな視線を交わした後、その小さくなっていく背中を見守った。