ハグリッドが停職候補になった事は二、三日もすると学校中に広まっていた。しかし、そんな事に心を痛める生徒はソフィア達以外にいないようで誰も気にする事はなく、神秘部の職員が1人殺されたことなど誰も知らないだろう。
それよりもホグワーツではアズカバンから死喰い人が10人脱獄した事が話題に上がり、廊下や授業前など至る時間至る所でこそこそと話し合われていた。
ハリーは再び生徒からの視線に晒され、ひそひそ囁かれる対象になったが、今までの敵意や疑念の視線や声ではなく、どこか好奇心が混じったものである事に間違いはないだろう。死喰い人が脱獄したという恐怖と好奇心の中で、日刊預言者新聞の記事だけでは満足できない生徒たちがハリーとダンブルドアが先学期から延べ続けている説明──ヴォルデモートが復活したという説明に真実ではないかと、興味を持ち始めたのだ。
変わったのは生徒だけではなく、教師も廊下で二、三人と集まり切羽詰まった深刻な雰囲気で囁き合い、生徒が近づけばふっと話を止めると言うのがいまや見慣れた光景になっていた。
「きっと、もう職員室では自由に話せないんだわ」
ある日、マクゴナガル、フリットウィック、スプラウトの3人が呪文学の教室の外で額を寄せ合って話しているそばを通り過ぎながらハーマイオニーが小声で言った。
「アンブリッジがいるものね」
「先生方は何か知ってると思うか?」
ロンが3人の教師を振り返ってじっと見ながら言い、ハリーもまたちらりと振り返りながら肩をすくめた。
「知ってたとしても、僕たちの耳には入らないだろう?だって、あの教育令……もう第何号になったんだっけ?」
ハリーはアズカバン脱走のニュースが流れた次の日の朝に寮の掲示板に貼られた教育令を思い出し、少し苛ついたように吐き捨てる。
「うーん。たしか26号だったわ」
教師は自分が受け持ってる科目に厳密に関係すること以外は生徒に対し一切情報を与えることを禁ず。と出された馬鹿馬鹿しい教育令を思い出しソフィアは「本当、馬鹿馬鹿しいわよね」と珍しく毒付く。
実際この教育令は生徒の間で馬鹿にされ散々冗談のネタにされたものだ。
「馬鹿げた教育令よりもハグリッドね…。停職にならなければいいけど……。毎回アンブリッジがいるんだもの、ちゃんと授業できっこないわ…」
ソフィアは心配そうに呟き、ハリーとロンとハーマイオニーも真剣な顔で頷く。
停職候補となったハグリッドと、占い学のトレローニーの授業には毎回アンブリッジがクリップボード片手に査察に訪れているらしく、トレローニーは廊下で──彼女は北塔から殆ど出ないためにごく稀にだが──すれ違うと、目を座らせシェリー酒の臭いを漂わせ、ふらつきブツブツ呟きながら歩いている。
ハグリッドも、トレローニーに負けず劣らず神経が参ってしまっているようで、授業中変にソワソワしたり、挙動不審になり話の道筋がわからなくなったりした。
ソフィア達は必死にサポートしたがそれも限度がある。
ついにハグリッドはハリー、ロン、ソフィア、ハーマイオニーに対し暗くなってから小屋を訪ねるのをはっきりと拒絶した。「お前さん達が捕まってみろ。俺たち全員のクビが危ねぇ」と言うハグリッドに、彼を停職させるわけにはいかない、とソフィア達は言いつけを守り暗くなってからハグリッドの小屋に行くのをやめた。
死喰い人脱獄のニュースはDAメンバー全員に活が入り、いつも少し面倒くさそうにしていたザカリアスでさえ、これまで以上に熱心に練習をするようになった。
しかし、なんと言っても1番魔法の腕が上がり進歩したのはネビルだろう。自分の両親の正気を失わせた死喰い人──ベラトリックス・レストレンジが脱獄した一報は、ネビルに不思議な力を与えたのだ。ソフィア達はネビルに対し何も声をかけなかった──掛ける事が出来なかった。ただ、一言も話さず新しい呪いや逆呪いを練習するネビルに付き合い、本気で向き合った。
「時間よ!──前回の復習は完璧ね。もうみんながプロテゴを使えるようになったし、模擬戦をしてみましょうか」
15分間前回の復習をしていたメンバー達は手を止めソフィアの周りに集まり期待と興奮をの込めた目で見つめる。彼らはほとんど、実戦形式の練習をしたことがない。数名はロックハートが教師をしていた時に決闘クラブに出たが、ほとんど1発の魔法しか発動させていない。
「一度手本を見せたいんだけど……誰か私と組んでくれるかしら?」
ソフィアはぐるりとメンバーを見回したが、皆ぎこちなく表情を硬らせちらちらと視線を交わす。ソフィアの魔法の腕が一自分達よりも優れていることはこのDA会合で理解している、いくら傷薬があるとはいえ負傷は避けられないだろう。
ハリーは自分に視線が集まっていることに気づいていたが──気づかないふりをした。恋人であるソフィアに怪我をさせるかもしれない魔法を使いたくはなかったし、かといって何もせず負けるだなんて情けないことをしたくはなかったのだ。
暫く誰も挙手しなかったが、ついに手が上げられ──皆がその手の持ち主を見た。
「私、やりたいわ」
果敢にも手を挙げたかのはハーマイオニーだった。その表情は緊張で引き締まっているが、目だけはやる気で満ちている。ソフィアはパッと表情を明るくさせると「ハーマイオニー!ええ、やりましょう!」と嬉しそうにハーマイオニーの手を引いた。
「ハーマイオニーは沢山魔法を知っているし、すごく上手だもの!いい勝負ができるわ、私も油断しないようにしないとね」
「私、ずっとソフィアと戦ってみたいって思っていたの。自分の力を試すいいチャンスだわ」
ソフィアとハーマイオニーは部屋の中央に距離を空けて対峙する。
自然とその他のメンバーは下がり、2人を円にするように囲み見守った。
「じゃあ、カウントはハリーにお願いするわ。3カウントでね。──ハーマイオニー、怪我はすぐに魔法薬で治るし、私は無言魔法は使わないわ。……遠慮しないでね」
「あら、優しいのね。勿論そのつもりよ」
ソフィアとハーマイオニーは挑戦的な目でお互いを見る。
ハリーはいつも、誰よりも仲が良い2人がこうして戦う──模擬戦だとはいえ──事により、2人の関係が変わってしまわないかと少し不安だったが今の2人を止めることは出来ない。2人とも、どう見ても目が本気だ。
「じゃあ、カウントするよ。──いち、に、さん!」
「
「
2人はほぼ同時に鋭く呪文を唱えた。ハーマイオニーはプロテゴを選択し、ソフィアは対象を捕縛するためにインカーセラスを唱えたが杖先から出た縄はハーマイオニーに届く前に弾かれて床に落ちる。
「
「
「──くっ!
「
ハーマイオニーが繰り出した炎はソフィアの魔法により吹き飛ばされ、火の粉と同時に宙へ舞い上がったハーマイオニーはちりちりと肌が焼ける感覚に顔をしかめつつ、すぐに反対呪文を自分にかけ、地上に降りた。ソフィアの足元に向かってレダクトを唱えたものの、ソフィアはアクシオでクッションを呼び寄せ対象を逸らす。
砕けたクッションから羽毛が飛び散る中、ソフィアはニヤリと笑うと勝ち誇った表情で杖を横に振るった。
「
無数の羽毛一枚一枚が灰色の狼へと変わりハーマイオニーに牙を剥き飛びかかる。
「きゃああっ!」
ハーマイオニーは思わず叫び、その場にしゃがみ込むと顔の前で腕を交差し目強く閉じた。固唾を飲んで見守っていたメンバーも無数の狼にハーマイオニーが噛まれ血だらけになる様を予想し顔を手で覆い目を逸らしたが──。
「私の勝ちね!」
ソフィアの明るい声が響き、皆が恐々目を開ける。
狼達はハーマイオニーに牙を立てる前に元の羽へと戻り、ハーマイオニーの肩や頭にふわりと舞い降りた。
一瞬、静寂が落ちたがすぐに皆が興奮なら叫び、手を強く打ち合わせる。「すごい!」「こんな戦い、初めて見た!」「2人ともすごすぎるわ!」の声に、呆然としていたハーマイオニーは少々悔しそうに唇を噛んだがすぐに笑い立ち上がった。
「負けちゃったわ。本当に、ソフィアは凄いわね!」
「ありがとう!あなたも凄かったわよ。でも──最後目を閉じないで反対呪文を使って狼を消すか、自分が空に飛び上がって逃げる。そうするべきだったわね」
「ああ、本当ね…流石にびっくりしちゃって」
2人が讃えあう中、ハリーとロンは引き攣った笑みを浮かべ、絶対に2人を本気で怒らせないようにしよう、と心に決めた。
その後はソフィアが力量がほぼ同じメンバーで2人1組を作り、それぞれ模擬戦を行った。1度目の模擬戦ではやはりすぐに戦闘不能状態になるものが多かったが、1度目ならこんなものだろう。むしろソフィアとハーマイオニーのように何度も魔法を繰り出すことができる方が珍しい。
それから時間一杯まで模擬戦を行い、ソフィアとハリーが次回への反省点を告げる。主にソフィアは魔法の選択について伝え、ハリーは魔法が逸れてしまい、相手に当たらなかった場合の改善点を告げた。
回数を重ねるごとにDAメンバーの実力は向上する中、ハリーは自分の閉心術も彼らのように進歩を遂げられたらどんなにいいか、と思わざるをえなかった。
滑り出しから躓いていたセブルスとの授業はさっぱり進歩がなく、むしろ毎回どんどん下手になっている気がしていたのだ。
ハグリッドの停職、進まない閉心術の授業、日に日にひどくなる傷の痛みや、ヴォルデモートの気持ちが伝わる事により自分の出来事とは無関係に揺れ動く感情など──心配事が山のようにある中、ハリーの楽しみといえばDA会合とソフィアのクィディッチの練習に付き合うことだけだった。
実際、ソフィアの飛行術はそこそこうまかった。しかし、自分ならもっと早く飛ぶことができる、そうハリーは思っていた。
ソフィアは持っているファイアボルトの性能を充分に活かしているとは言えず、どうしても嫉妬やら羨望やら──複雑な感情が溢れてしまった。
気がつけば二月になり、ハリーはソフィアと2人きりでホグズミードに行けるのではないかと期待していたが、残念ながらアンジェリーナがこんな日にもクィディッチの練習を入れてしまい、それは叶わなかった。
クィディッチの練習があるのは仕方がない。最近遅くまで勉強をして、クィディッチの練習もへとへとになるまで頑張っているソフィアのために何か甘くて美味しくて素敵なお菓子でも買いに行こうかと考え、ハリーはロンと共に大広間に向かう。
ソフィアとハーマイオニーは既に朝食を食べ始めていて、ハリーとロンが座った時、ちょうど大広間にフクロウ便が舞い込んできた。
「やっと来たわ。もし今日来なかったら……」
ハーマイオニーは見慣れぬフクロウから──少なくとも生徒達が自由に使える学生専用のフクロウではなかった──手紙を受け取ると待ちきれないと急いで封を切り中から小さな羊皮紙を取り出した。
「ねえ、ハリー。お昼ごろ三本の箒に行かない?」
「うん?──うん、いいよ。とくに用事もないし」
ハリーは口いっぱいにトーストを頬張りながら頷く。ソフィアへの差し入れは、午前中の時間だけで充分に買うことができるだろう。
「でも、どうして?」
「いまは説明している時間はないわ。すぐに返事を書かなきゃならないの。──ソフィア、ロン、練習頑張ってね!後で伝えるから!」
ハーマイオニーは片手に手紙を、片手にトーストを一枚掴み立ち上がると急いで大広間を出ていった。
「──練習が午前で終われば、私たちもホグズミードへ行けるわね」
「…終わらないと思う。君とジニーはともかく、スローパーは酷い。次の試合に使い物になるかどうか──まぁ、僕もだけど」
憂鬱そうに言うロンの言葉を聞いて、ハリーはクィディッチの試合に出場できるなら、自分なら文句なんて決して言わない。そう思いむしゃくしゃした気持ちを誤魔化すようにもう一枚のトーストにいちごジャムを塗りたくった。