ハリーはその日の夜、再びヴォルデモートの感情を受けていた──いや、感情ではなく、自分自身がヴォルデモートとなりその場を見ていた。
ルックウッドにより、ルシウスがボードに服従の呪文をかけてもなお何かを──ハリーとロンはそれを武器だと考えた──取り出すことが出来なかったこと、ボードはきっと取り出すことができるだろうとヴォルデモートに進言し計画を企てたエイブリーが無駄な計画に時間をかけたことを責められ罰を受けた事……。
そのことをハリーは見通しのよい校庭で昼休みの時間を使いハーマイオニーとソフィアに話したが、ソフィアはただ困惑し、ハーマイオニーはじっと空を見つめていた。
「それじゃ、だからボードを殺したのね。武器を盗み出そうとした時、何がおかしなことがボードの身に起こったのよ。誰にも触れられないように、武器そのものかその周辺に防衛呪文がかけられていたのだと思うわ。だからボードは聖マンゴに入院したわけよ。頭がおかしくなって、話すことも出来なくなって。覚えてる?ボードは治りかけていた。それで連中にしてみれば、治ったら危険なわけでしょう?つまり、武器に触ったとき何かが起こって、そのショックでたぶん、服従の呪文は解けてしまった。声を取り戻したら、ボードは自分が何をやっていたかを説明するわよね?武器を盗み出すためにボードが送られたことを知られてしまうわ。もちろんルシウス・マルフォイなら、簡単に呪文をかけられたでしょうね。マルフォイは魔法省にずっと入り浸ってるんでしょう?」
「僕の尋問があったあの日はうろうろしてたよ。どこかに──ちょっと待って、マルフォイはあの日神秘部の廊下にいた!」
ソフィアはハリーの興奮し小声で叫ぶ声を聞きながら自分が知っているルシウス・マルフォイと、今彼らが語るルシウス・マルフォイの乖離に頭を悩ませていた。ルシウスはいつもソフィアとルイスには優しかった。二人が言うような服従の呪文をかけるなんて、犯罪を犯すなんてどうも思えない。
「ルシウスさんが…そんな事を…?」
「ソフィア、その話は後でね。後でルシウス・マルフォイがどんな人間か教えるから」
ハーマイオニーは今はこの問題を明らかにするのが先だときっぱりとソフィアに言うと、ハリーに向かいあいその続きの話を促した。
天啓のように全ての出来事が一つに繋がっていく感覚に、ハリーとハーマイオニーは声を顰めつつ興奮し必死に脳を回転させる。
ソフィアはむっとした表情を浮かべると、静かに立ち上がり校庭を横切った。
思案に夢中であるハーマイオニーとハリーはソフィアが離れていくことに気付かず、少々置いてけぼりだったロンだけがそれに気付き「あ、ハリー、ハーマイオニー」と声をかけたが、すぐに「ちょっと待って」と止められてしまい口を噤む。
暫く悩むように歩き出したソフィアと顔を寄せて話す二人を見ていたが、ロンはすぐに立ち上がるとソフィアの後を追った。
「ソフィア!どこに行くんだい?」
「ドラコに聞きに行くわ。ルシウスさんがそんな事するわけないもの」
当然だと言うようにソフィアは明言し、ロンが呆気に取られている間にもずんずんと大広間に向かう。昼休みの今ならば、きっと昼食を食べに大広間にいるだろう。
しかし、すぐに我に帰ったロンは今のソフィアの思慮のなさと行動力に困惑しながら「ダメだよ」と腕を取った。
「何故?」
「うーん、多分ハーマイオニーとハリーは嫌がると思うし、マルフォイと──ルイスも困るよ」
「どうして?ドラコは私の友達よ?ルイスは私の家族よ?」
「あー……そうか、そこも話さなきゃならないのか……えーと。マルフォイと君はたしかに友人だった。多分、三年生くらいまではね、でもマルフォイがハーマイオニーに……穢れた血って侮辱してから、マルフォイと君の仲は少しずつ変わったんだ。それと──あの人が復活して、僕たちは騎士団に行った。でも、ルイスは僕たちの元にこなかった。死喰い人側のマルフォイについたんだ。今年は、君たちは……僕が見る限り、一度も話してないよ」
「……嘘、そんな」
ロンの言葉にソフィアは激しく狼狽えた。
そんなわけがない、昨日は本気で心配そうに自分を見てくれていた。ルイスが──私から、離れるなんて、そんな事あり得ない。
今のソフィアにとって誰よりも信じられるのは友の言葉ではなく、ルイスの言葉だった。
ソフィアは「嘘よ!」と強い言葉で叫び、ロンの腕を振り払うと静止の声も聞かず大広間へ走った。
大広間の扉を強く開け放ち──何人かがどうしたのだろうかとソフィアを見た──すぐにスリザリン生が座る席を見る。その中にドラコとルイス、そして数名のスリザリン生が談笑しながら食事をしているのを見て、ソフィアは周りの怪訝な目を気にする余裕もなく生徒達を掻き分け駆け寄った。
「ルイス!ねぇ、どういうこと?私と一緒だって──ずっと一緒だって──そう約束したでしょう?」
ソフィアの切羽詰まる声に、周りにいたスリザリン生がヒソヒソと言葉を交わす。スリザリン生にも、ソフィアが今までの記憶を失ったという噂が届いていた。
ルイスは一瞬、目を翳らせ辛そうな顔をしたが瞬き一つで涼しい表情に戻る。ソフィアは記憶を失った。今まで彼女が僕たちのために一線を引いていたその理由も、わからないのだろう。でも、記憶が戻った時に──彼女が守っていたものを壊すわけにはいかない。
「ソフィア。ここは僕たちスリザリン生の居場所だ。──グリフィンドールは向こうだよ。僕らはもう共に食事を取る事はできない。……記憶を失った君でも、この言葉の意味はわかるよね?」
初めて聞いたルイスの冷ややかな声と明確な拒絶に、ソフィアはカッと顔を怒りと悲しみから赤らめ思い切り手を振りかぶり、そのままルイスの左頬を打った。
乾いた音が響き、殴られた衝撃でルイスの前髪がはらりと乱れる。
ドラコは流石に記憶を失ったソフィアに言い過ぎではないかと胸が痛んだが、何かを言う前にソフィアは目に涙を溜め、それが決壊する前にソフィアは走り去っていた。
スリザリン生の馬鹿にするような嫌な笑いが聞こえる中、ドラコは「いいのか?」と小声でルイスに聞いた。
ルイスは走り去って行ったソフィアの背中を見つめたまま「これでいいんだ」と静かに呟いた。
ソフィアは溢れてくる涙を懸命に拭きながら行く当てもなく走り続けた。ロンが大広間に到着した時には既に姿を消し、ハーマイオニーとハリーが話し終えロンとソフィアの不在に気付いたのはそれよりもさらに遅かった。
走り続けたソフィアは、自分でも無意識のうちに他に頼ることが出来る者の元へと向かっていた。階段を駆け下り、一つの扉の前にたどり着くと、ソフィアは扉をノックする事も忘れ開け放つ。
「──父様!」
ソフィアは部屋の奥にある机に向かうセブルスに気づくと、わっと声を上げて泣きじゃくりセブルスが驚愕し何も言えない間に抱きつく。
いきなりのソフィアの泣き顔に狼狽えたセブルスだったが、すぐに扉が開かれたままである事に気付き杖を振るい、扉を閉め防音魔法をかけた。
「──どうした?」
本来なら他人がいるかもしれないこの場所に、ノック無しに飛び込み「父様」と呼んだソフィアを叱りつけなければならない。
しかし、今のソフィアは見た目は16歳だとはいえ、中身はまだ幼い9歳なのだ。
優しく低いセブルスの声に、ソフィアは泣きじゃくり途切れ途切れに何があったのかを話した。
「ル、ルイスがっ、ルイスっ──ひっく──ルイスが、私を嫌ってるみたい、なの。何で?何でそばに居ちゃダメなの?何で、ルイスは私と一緒じゃ、ないの?」
酷く聴き取り難く要領の得ない言葉だったが、セブルスはしっかりとソフィアの思いを掬い、慰めるように優しく抱きしめる。
ソフィアとルイスがそれぞれの道を、互いのために、互いの護るべき者のために違えたのは過去5年間の積み重ねの結果だ。
それに到達するまでに沢山の人とルイスとソフィアは思い出を重ね、絆を育み、確かな道を作って行った。歩む先は異なれど、目的も求める先も同じなのだが、全てを覚えていないソフィアには──ルイスが自分の事を嫌ったのだとしか思えなかったのだろう。
「…ソフィア。ルイスはお前を嫌ったわけでは、決してない」
「だ、だったら、何で?何でなの?」
ソフィアはしゃくり上げ、苦悶と悲しみに顔を歪めながらセブルスを見上げる。
頬を濡らす涙を優しく指先で撫でたセブルスは、考えながら、一言一言言葉を選ぶように口にした。
「…ルイスとソフィアは、ホグワーツで過ごす5年の間に数多くの護るべき者、幸福になってほしいと願う存在が出来た。それは膨大な時間と感情の積み重ねゆえであり、今のソフィアにはわからぬかもしれん。──ルイスは親友であるドラコを支え、護るため。ソフィアは……、……友人、であるポッター達を護るため、それぞれの道を違えた。しかし、それは2人が何度も話し合い心を通わせた結果であり、見ている先は同じだ。ただ、対象者が異なるだけだ」
「そんな──なんで、私はドラコとルイスも護らなかったの?だ、だって、そんなの、みんなで仲良くすればいいのに…!」
「…今は、それが許される状況ではないからだ」
「…っ!わ、わからないわ!」
ソフィアは首を振り、再度セブルスの胸元に顔を押し付け肩を震わせた。
今までの自分が何を思っていたのか、全く理解ができない。ホグワーツで過ごした5年間にあった事はハリー達から聞いていたがそれも断片的なものであり、その時のソフィアの感情までは伝える事は叶わなかった。──いや、伝えたとして、ソフィアが理解できなければ意味のない事だろう。
「…ソフィア、辛いのなら…イースター休暇を待たず、休学する手もある。こちらにいた方が刺激があり記憶が戻る可能性もあるが……保証はない」
セブルスは静かに言ったが、本音を言えばここで過ごす事を望んでいた。記憶がない今のソフィアを一人で家に置いておく事は不安であり、世界情勢も揺れていることから自分の目が届き、ダンブルドアの加護があるホグワーツから離れるのは得策ではないと考えていたのだ。しかし、ソフィアがここまで参ってしまうのならば、ジャックが運営する孤児院に預けるという手もある。
ソフィアは暫くひっく、ひっくと嗚咽を漏らし黙り込んでいたが、顔を上げると涙で目を光らせたまま口を開いた。
「私……私、ここにいるわ。私がルイスと離れてまで護りたかったものを、ちゃんと、知らなきゃだめだと思うの。それに、私は……忘れた記憶を、思い出したい。逃げたくないわ」
「……ああ、そうだな。それでこそ、私とアリッサの娘だ」
確固たる意志がこもった緑色の目に、セブルスは優しく微笑み、涙で濡れた頬に軽く口づけを落とし抱きしめた。
目元が赤いままグリフィンドールの談話室に戻ったソフィアは、次の授業が行われる魔法史へと向かい、かなり心配していたハーマイオニー達に一体どうしたのか、大丈夫かと聞かれ、やや痛々しさが残る微笑みを見せ「何でもないわ」と笑った。