ソフィアとハリーは夕食後、閉心術の授業を受けるためにセブルスの研究室へ向かっていた。
玄関ホールを半分ほど横切った時、「待って!」と声がかかり振り向けば、そこには余程慌てて来たのか荒い呼吸をしたチョウが居た。
「あの……その──マリエッタの事なんだけど…」
何を言いたいのか察したソフィアはチョウの手を引き玄関ホールの端にある巨大な砂時計の近くへ移動した。今、マリエッタの話題はかなり他人の生徒の関心を集めている、あまり人の多いところで話す話題では無いだろう。
チョウは表情の硬いハリーを見ると眉を下げ、本当に申し訳なさそうに謝った。
「本当に、ごめんなさい。マリエッタのこと……。私、告げ口するとは夢にも思わなくて……ほら、あの子のお母さんは魔法省に勤めているから……」
「もう起こってしまった事は仕方がないわ。確かにマリエッタは、よくないことをした。それで失った人は──大きすぎるわ」
チョウはソフィアの言葉に項垂れ小さく頷く。
チョウにとってマリエッタはとても仲の良い友人だった。だからこそ、自分を裏切る事はないだろうと無理に──セドリックを殺した不条理を許さないために、彼女はハリーとソフィアの考えに賛同したのだ。
だが、よく考えればマリエッタは初めから嫌がっていた。母親が魔法省の人間であり、もしバレたらクビが飛んで今まで築き上げた物を失ってしまう。マリエッタがこんな暴挙に出たのはきっと、母親のことに深く関係があるのだろう。
「本当に、ごめんなさい……」
「あなたに謝ってほしいわけじゃ無いのよ、チョウ。だってあなたが密告したわけじゃ無いもの。──それに、マリエッタは密告したけれど、私たちを本当の意味で裏切る事は無かったわ」
「……ソフィア…」
ソフィアは優しく微笑みチョウの震える手を握る。チョウは目に涙を溜めて「ありがとう、本当に、ごめんなさい」ともう一度震える声で言うと頭を下げて手を振り、大広間へ駆けて行った。
その後ろ姿をハリーは何とも言えず僅かな怒りと苛立ちを含む目を向けていた事にソフィアは気付き、そっと身を寄せた。
「チョウは悪くないわ」
「……マリエッタの親が魔法省で働いているからって、密告するのはおかしい。ロンのお父さんだって魔法省勤めだけど、ロンは密告しなかった」
憤慨しながらハリーが言えば、ソフィアは「そうね」と否定する事なく頷き、すっと目を細めチョウの消えた扉を見つめる。
「だから、罪があるのはマリエッタだけよ。──文句を言うのもね」
「……」
まだハリーは納得していなかったが、今ここに居ないマリエッタに対して怒っても意味のない事だ。これから心を静めなければならないというのに、苛立ちや怒りを感じていたらきっとまた閉心術はうまくいかないだろう。
ハリーは大きくため息をつくと、ソフィアと向かい合い頭ひとつ分は小さなソフィアの瞳を見つめ、その華奢な肩に頭を乗せた。
「……ソフィアって、考えが大人だよね」
「そうかしら?ハーマイオニーにはもっと大人になって!って言われちゃうけどね──ドラコの事とかで」
昨日のドラコを懲らしめたいソフィアと、ドラコを護りたいルイスの攻防を思い出したハリーは喉の奥で苦笑し「確かに」と言うと、軽くソフィアを抱きしめた後、体を離した。
「落ち着いたかしら?今から閉心術だもの、あまりイライラするのは良くないわ」
「うーん。わかってるんだけど。最近──色々あったし、ヴォルデモートの感情は流れ込むし……どうすれば静かに出来るのかわからないんだ」
「それは──まぁ、私もあまり得意ではないから、何とも言えないわね」
ソフィアは肩をすくめ、ハリーの手を取るとゆっくりと研究室へ向かう。
ソフィアも感情の起伏が激しい方であり、記憶を失う前に何度か行った閉心術の授業では全くうまくいっていない。尤も、ソフィアの場合は静める静めないとは関係無く、セブルスに対して心を防御する事が難しいと言えるのかもしれないが。
研究室の扉までたどり着けばハリーはまたも重いため息を吐き、ソフィアと繋いでいた手を離すと心から嫌そうに顔を歪めゆっくりと扉を開いた。
ハリーとソフィアが研究室の中に入った時、「遅刻だぞ、ポッター」と冷ややかなセブルスの声が響く。セブルスは扉に背中を向けて立ち、机の上に置いた憂いの篩に自分の記憶をいくつか取り出し注意深くしまっているところで、ソフィアもいる事に気がついていなかった。
最後の銀色の一筋を石の篩にしまい終わるとセブルスは振り返り、そしてソフィアがいる事にようやく気付き片眉を上げた。
「ミス・プリンス。君は記憶が戻るまでは休止だと伝えたはずだが?」
「私、2日前に全ての記憶が戻りました。ハーマイオニー達に何度かテストをしてもらい、特に記憶に大きな抜けは無いと確認しています。──ご心配おかけしました」
ソフィアは微かに微笑み、セブルスにだけ伝わるようにウインクを送る。セブルスは暫く無言だったが、その表情が安堵しているように見えるのは、きっとソフィアの勘違いでは無いだろう。
「ならば、数ヶ月分の遅れを取り戻すように。今日からまた励みたまえ。──さてポッター、練習はしたのか?」
「はい」
「まあ、すぐにわかる事だがな。──まずはポッター、杖を構えろ。ミス・プリンス、下がりたまえ」
ハリーは頷いたが、勿論練習は全く出来ていない。何度か試みた事はあるが、毎日悩み事はあり様々なことで心を乱されている。寝る前に心を静かにする事なんて一度たりとも成功する事はなく、今も変わらずヴォルデモートの記憶を夢を通して見ていた。
ソフィアは扉の前まで下がり、ハリーはいつもの場所に移動し机を挟んでセブルスと向き合った。
「では、3つ数える。──1、2──」
セブルスが杖を構えそこまで言った時、研究室の扉が勢いよく開きドラコが走り込んで来た。
「スネイプ先生──あっ──すみません」
ドラコは真っ先に扉の前にいたソフィアに気付き、親子としての時間過ごしているところだったのか、邪魔をしてしまったかと思いすぐに謝った。
しかし、その先にいるハリーに気付くと怪訝な顔をして3人を見比べる。
「かまわん、ドラコ。ポッターとミス・プリンスは魔法薬の補習授業に来ている」
セブルスは杖を下ろしながらさらりと言い、ローブの内ポケットに杖を戻した。ドラコはまさか二人が補習授業を受けるだなんて思わずにやにやと意地悪げに笑い「知りませんでした」とソフィアとハリーを馬鹿にした目で見つめた。
ハリーは羞恥と怒りからカッと顔を赤らめ、今すぐ本当のことを叫びたかったが何とか歯を食いしばって耐え、その代わりに呪い殺さんばかりの視線でドラコを睨んだ。
「さて、何の用かね?」
「アンブリッジ先生のご用で──スネイプ先生に助けていただきたいようです。モンタギューが見つかったんです、先生。5階のトイレに詰まってました」
「どうやってそんなところに?」
「わかりません、先生。モンタギューは少し混乱しています」
「よし、わかった。──ポッター、ミス・プリンス。この授業は明日の夕方にやり直しだ。
モンタギューはスリザリン・クィディッチチームのキャプテンであり、彼を失っては優勝杯を獲得する事は困難になる。一刻も早く正気に戻さなければならないと考えたセブルスはさっと体の向きを変えると足速に研究室を後にした。
ドラコはその後について部屋を出る前にセブルスの背後で一度振り返り、にやりと笑い口の形だけでハリーとソフィアに言った。
「ま・ほ・う・や・く・の・ほ・しゅ・
う?」
いやらしくそう言ったドラコは声無く嘲笑し、扉を閉めた。
バタン、と閉まった音の後2人の足音が遠くなりついに聞こえなくなった時、ハリーは苛立ちを隠さず舌打ちをこぼし杖をローブの中に仕舞った。
「最悪だ。明日には僕たちが魔法薬の補習を受けてるって噂になるんだ!」
「間違いなくそうでしょうね。──仕方ないわよ。だって補習以外に怪しまれずスネイプ先生と過ごす理由は無いもの。……例えば、お茶会だなんて言えないでしょう?」
「スネイプとお茶会なんて、アンブリッジとの方がまだマシだね。少なくとも毒入りじゃ無いから」
ハリーは皮肉のつもりでそう言ったが、その想像はあながち間違いではない気がしてソフィアは苦笑した。
閉心術の練習が24時間は出来る、しかしその代償に明日の朝にはドラコにより魔法薬の補習の事を広められると思うとハリーは全く喜べず、寧ろ陰鬱とした気持ちで研究室の扉へと向かった。──しかし、ふと足を止め扉の枠にちらちらと踊る銀の明かりを見つめた。
「ハリー?どうしたの?」
扉に手をかけていたソフィアは振り返り不思議そうな声を上げたが、ハリーは「ちょっと待って」と言いじっとその不思議な色を見据える。何か、思い出しそうだった、これに似た物をつい最近どこかで見たような気がする──。
その灯りは、昨夜の夢で見たものに似ていた。神秘部を通り過ぎるいつもの夢で、2番目に通り過ぎた部屋の灯りも、確かこんな色をしていた。
ハリーは振り返り憂いの篩に近づき、銀白色のもやのような物が渦巻く篩を見下ろした。後ろでソフィアは息を飲み「駄目よ」と囁いたが、緊張と興奮から鼓動がドキドキと煩くなっているハリーはそれに気づかず、食い入るような目でそれを見続けた。
「この色、昨日の夢で──いつもの神秘部の夢で──見たんだ。スネイプは神秘部にある武器のことで、何か重要な事を知っていて、それを僕に隠したいのかもしれない」
「え?それは……。…あり得るわね。スネイプ先生は騎士団員だもの」
騎士団員は皆、間違いなく何かを知っていてそれを故意に隠している。ハリーに関わるだろう武器のようなもの、については全く情報を与えてくれない。きっと未成年の自分達を深く関わらせたくないのだろうとはわかっていたが、ハリーは自分に関わるのならその武器が何なのか知りたかった。
それに、頻繁に夢を通して見るヴォルデモートの思いがハリーに伝わり、彼もまた神秘部の奥の扉に隠されている物を強く──渇望しているのだ。
「少し確認するだけだ。神秘部に何があるのか……」
「……これは、どうやって使う物なの?」
憂いの篩を覗き込むハリーにソフィアは静かに聞いた。ハリーは過去ダンブルドアが使っていた様子を思い出しながら「顔を突っ込んで触れるだけで、中の記憶を見る事が出来るんだ。多分、戻る時は引っ張ればいいんだと思う」と答えた。
暫くソフィアは黙っていたが、そっと篩に近づき銀白色のもやを覗き込む。そこにはどこかの部屋が写っているような気がしたが、瞬きをする間にくるくると景色が変わっていて、一体どこなのかはよくわからなかった。
「ハリー、透明マントは今あるの?」
「え?うん、アンブリッジに会って難癖をかけられないように……最近は地図とマント、持ってるよ」
「なら、透明マントを貸して?もし、スネイプ先生が戻ってきたらすぐにハリーを引っ張って透明マントで隠すわ。──もし、神秘部の記憶じゃなかったらすぐに戻る事、いい?」
「うん、わかった」
ハリーは鞄の奥に突っ込んでいた透明マントを引っ張り出しソフィアに手渡す。
ソフィアもまた、ハリーと同じように神秘部に隠されている武器が何なのか、知りたかったのだ。
「じゃあ──見てくる」
「ええ、気をつけてね」
ハリーは篩に手をかけ大きく息を吸い込み、顔をセブルスの想いと記憶の中に沈めた。
ソフィアはそっと憂いの篩の中を覗き込み、漂う景色を眺める。ぼんやりとして酷く分かりにくい光景だったが、そこは魔法省でもハリーから聞いていた神秘部の廊下でもなく、見覚えのある景色──ここ、ホグワーツの大広間だった。
「……大広間…?この記憶は──」
ソフィアは目を細めじっとその景色を見つめる。間違いなく、ハリーと自分が望んでいた神秘部に関わりは無さそうだ。これならすぐにハリーは戻ってくるだろう。そう、思ったが篩の中にぼんやりと広がる光景を見てソフィアは息を呑んだ。
「──父様……これは……学生の頃の……」
篩の上から俯瞰している状態だとその表情まで詳しく見ることはできないが、間違いなくあの猫背、髪質は父であるセブルスだ。
それなら──と、ソフィアは銀白色の物に触れぬよう注意を払いながらなるべく顔を近づけ一人一人机に座り、何かを書き込んでいる様子の生徒を見る。
その中に写真でしか見たことがないたっぷりとした赤毛の美しい女性を見つけ、ソフィアは息を止め囁いた。
「母様……?」
似ているだけで妹であるリリーの可能性もあるだろう。だが、セブルスの座る列がスリザリン生のみで纏められているのならば、彼から机三つ分離れた場所にいるのは母であるアリッサだろう。
隣の列の前方には同じ赤毛の女性が羊皮紙を眺めている──あれが、リリーだろうか。
「試験かしら…五年生か、七年生ね……」
ソフィアはハリーを止めることも忘れ、覚えていない母の姿を食い入るように見ていた。
数分後、試験が終わったのか生徒達は立ち上がり鞄を持つとぞろぞろと移動する。アリッサは友人らしい男子と──あの髪色は、ジャックだろうか──セブルスに話しかけに行ったが、何かを話した後すぐにその場を離れた。この記憶はセブルスのものだ、離れてしまえばアリッサを見続けることは出来ず、ソフィアはアリッサが篩に映らなくなった事に残念そうに肩を落とし、1人で校庭へと向かったセブルスを見ていた。
セブルスは問題用紙をじっと見つめながら玄関ホールを横切り校庭へと向かった。湖の近くにある灌木の茂みに着くとそこに座り込み、まだ問題用紙に没頭している。もう試験は終えたはずなのに、何をそんなに見ることがあるのか──まるで、ハーマイオニーみたいね。と、ソフィアはくすりと小さく笑いを零した。
暫く問題用紙を見ていたセブルスだったが、ようやく満足できたのか鞄の中に問題用紙をしまい、立ち上がると来た道を戻り始めた。ようやく母様に会いに行くのか、とソフィアは心を躍らせながらそれを見ていたが、すぐに異変が訪れる──セブルスが素早く杖を取り出したのだ。
しかしその杖先から魔法が放たれる事はなく、ソフィアが声もなく悲鳴を上げたのと同時にセブルスは2つの魔法を受け芝生を転がった。
いつのまにいたのだろうか、2人の男子生徒がセブルスを見下ろし笑っている。
あの人には見覚えがある。ハリーが見せてくれたアルバムの中にいた人だ──ジェームズとシリウス。そして、その後ろにいるのはきっとリーマスとペティグリューだろう。
「…酷い……」
ソフィアは声を怒りで震わせた。眼下に広がっている光景は、何もしていないセブルスが虐められ辱めを受ける様子が映っている。遠巻きに見ている生徒は助ける様子は無く見守り囃し立てている。
これは紛れもなく──セブルスが、誰にも見せたくなかった記憶なのだろう。
もう過ぎ去った過去の話だとしても、目の前で若き父親が酷い苛めに遭っていることにソフィアは胸の奥がぐらぐらと煮えたぎるような気がした。ドラコに感じた怒りとはまた別の──何があっても許せない強い怒りだ。
清め魔法を口に喰らったセブルスが薄桃色の泡を吐いたとき、視界の端から女生徒がセブルスに駆け寄った。見間違えようのない赤毛にソフィアは
リリーがジェームズとシリウスに何かを言い、セブルスを助け起こそうとしたがセブルスはその手を払い強く睨む。
そして、一瞬リリーは動きを止め、立ち上がる──その瞬間、篩の端から無数の黒い影が現れジェームズとシリウスを襲った。
慌てて杖を振るう2人の前に現れたのは、リリーと同じ髪を持つ女性──アリッサだ。
アリッサは杖を振るいジェームズとシリウスに向かって無数の黒い影──烏の大群、だろうか──を襲わせると、セブルスを助け起こすのだと、ソフィアは思っていた。
しかし、アリッサは立ち上がりかけていたセブルスに向かい大きく腕を振りかぶりその細い腕にどれだけの力を込めたのか、思い切りセブルスの腹を殴る。セブルスは再び芝生に尻もちを突き、呆然とアリッサを見上げていた。
「…あら……私の手が早いのは、母様に似たのかしら…」
そのままアリッサはジェームズとシリウスに向かい何かを叫んでいる。
何が起こるのか、ソフィアはまだ見ていたかったがふと遠くからこちらへ向かう微かな足音が聞こえ、慌ててハリーの肩を掴み憂いの篩からぐっと持ち上げた。
「──っ!」
「ハリー時間よ、静かにして!」
ソフィアは蒼白な顔をしているハリーに小声で注意すると透明マントを被せ手早く鞄を引っ掴む。自分もその中に潜りハリーの腕を引き研究室の奥へと素早く移動し壁に背をつけた。
ちょうどその時、勢いよく扉が開きセブルスが現れる──間一髪だった。
注意深く辺りを見渡したセブルスはすぐに憂いの篩へ近付き杖を取り出しそのまま中にある幾つかの思いを掬い上げ、自分の中に戻した。
慎重に篩を棚の中に入れたセブルスは、薬棚へ向かうと幾つかの小瓶を手に取った。
自分の顔のそばをセブルスの手が通った時、ソフィアとハリーは息を顰め出来るだけ身を寄せ合い縮こませた。
セブルスはすぐに踵を返し足速に研究室を後にする。おそらく、モンタギューの治療をする前に憂いの篩を出したままにしていたことに気づき回収するために一度戻ってきたのだろう。
足音が遠ざかり、何も聞こえなくなった頃、ようやくソフィアとハリーは止めていた呼吸を吐き出し、そのまま顔を見合わせた。
「……帰りましょう」
ソフィアは狼狽と失望で凍りついたハリーの腕を引き、透明マントを被ったままそっと扉を開け階段を上がる。グリフィンドール塔へ帰るためいくつかの曲がり角を曲がったところで、ハリーが足を止めソフィアの手を強く握り返した。
「ハリー──」
「戻りたくない」
「……、…でも──」
「戻りたくないんだ」
俯き床を見つめ、か細い声で呟くハリーに、ソフィアは優しく「ええ」と頷き、人通りのなく見通しの良い渡り廊下へと向かった。
途中で誰もいない事を確認し透明マントを外しハリーに渡そうとしたが、ハリーは俯いたまま受け取る事はない。仕方なくソフィアは自分の鞄の中に押し込み、肖像画もゴーストも居ない渡り廊下で足を止めた。
「……ハリー?顔、真っ青よ」
「ソフィアは……見た?記憶を──スネイプの──」
「ええ…でも、見ただけで、話し声は聞こえなかったわ」
「……ぼ、僕──」
ハリーはよろめき壁にもたれ、傷ついた顔でぽつぽつと何があったのかを話した。
ただ退屈だったから、存在そのものが嫌だったから、そんな──ハリーにとって到底理解出来ない馬鹿らしい理由でセブルスは虐げられ辱めを受けていた。そのセブルスの屈辱の気持ちが、ジェームズに嘲られた時の憤怒の感情が、ハリーには痛いほど良くわかった。
ソフィアは遠くに見える禁じられた森から野鳥が数羽飛び立つのをじっと見ながらハリーが途切れ途切れに話す言葉を聞いていた。
ハリーの話を聞く限り、自分の見た限りではセブルスに非は無かった。それも、あの様子では屈辱を受けたのが一度や二度では無いと簡単に読み取ることができる。
確かに、あれは許し難い光景だった。──しかし、それよりもソフィアはセブルスが言ったという「穢れた血」の言葉の方が信じ難いものだった。
だから、アリッサは──母様はあれほど怒って父様を殴ったのね。OWL試験ならちょうど五年生の今頃。父様と母様は既に恋人だった筈だけれど……まぁ、それでも許せない言葉はあるもの。
ソフィアはふと、三年生の時にセブルスに「出来損ないだ」と愚弄された時のことを思い出した。
その時に、セブルスは「アリッサと友人を酷く言葉で傷つけた」と言っていた。──間違いない、先ほどの「穢れた血」と言う言葉を吐いた、あの日のことを指していたのだろう。
「父さんは──本当に、嫌なやつで──母さん、凄く嫌ってたように見えた。あと二年で2人が結婚するなんて、そんなの──」
「…多分、その時は嫌っていたのかもしれないわ。でも、今あなたはここにいる。ジェームズとリリーが愛し合った証拠でしょう?」
ソフィアは失望と困惑から項垂れるハリーに寄り添い、慰めるようにハリーの頭を引き寄せ自分の肩に乗せた。
しかしハリーはソフィアから何を言われて慰められようが、心の奥に湧いてしまった失望と疑念を払う事は出来ず、苦しげに顔を歪め、目の奥が熱くなりじわじわと溢れてくる涙をバレないように指で擦る。
この5年間ハリーにとって、偉大で誰に聞いても素晴らしいと言われていた父親のことは誇りであり、慰めでもあった。しかしその父親の像がガラガラと音を立てて崩れていく。彼は今まで全く信じていなかったが──セブルスが言うように、とてつもなく傲慢な性格をしていたのだ。
信じられなかった、信じたく無かった。父さんはあんな奴だったのか。──僕が、スネイプを可哀想に思うなんて。
ハリーはソフィアの背に手を回し、強く抱きしめ泣き声が溢れないよう歯を食いしばり、小さく呻いた。