ハリーは父親の件でかなり思い悩んでいた。
今まで信じていたものが覆され、信じ難いことにセブルス・スネイプの言い分の方が正しかったのだ。
セブルスの記憶を見てしまった次の日、夕方から閉心術の授業があり、あんな記憶を見た後で──セブルスと向き合うなんて、ハリーはアンブリッジに罰則を喰らいにいこうか、と本気で考えたがソフィアに「でも、結局閉心術はいつかくるわよ」ともっともなことを言われてしまい、かなり気が滅入っていたが仕方がなく1日ぶりにセブルスの研究室を訪れた。
ハリーの顔色は悪く、かなり沈みいつもとどう見ても様子が違っていて流石のセブルスもその顔色の悪さに困惑と嫌悪感が含まれていることに気付いたが、どうせドラコがホグワーツ中に言いふらした「ハリー・ポッターとソフィア・プリンスは魔法薬の補習を受けるほどの成績だ」という話を聞き憤っているのだろう、と全く気にしなかった。
ハリーとソフィアは昨夜、憂いの篩で覗いた記憶のことだけはセブルスに知られてならないと必死に心を沈め、閉心術に向き合った。
勿論一日二日でできる技ではなく。そもそもかなり心が乱されっぱなしのハリーは閉心術を取得する事は出来なかったが、なんとか昨夜のことは知られずに済んだ。
そして、ソフィアもまたセブルスがソフィアの想像以上に早く開心術を解除したため、問題の記憶を知られる事は何とか防いでいた。
そもそもソフィアは閉心術を習得する必要はない。そのためセブルスもそこまで熱心にソフィアに指導しなかった。──なにより、もうソフィアとハリーが愛し合っている場面をもう一度見る事は堪え難かったのだ。
イースター休暇中は有難いことに閉心術の練習は無いという。
しかし、今後習得するまでは絶えずこの問題が付き纏ってしまう。ハリーとソフィアはなんとか互いに心を静めようと練習をしたが──そもそも、意識的に心を静めるのは難しく、良い結果には結びつかなかった。
イースター休暇が始まった最初の日に、ハーマイオニーは一日の大半を費やして4人のための学習予定表を作り、ロンは試験まで後6週間しかないことに気づき驚き、ハーマイオニーは呆れつつも「この予定表があれば大丈夫よ!」と胸を逸らしていた。
イースター休暇中に風は爽やかになり、暖かい日が多くなり日が長くなってきた。しかし、外の景色とは裏腹に五年生と七年生は室内に引きこもり連日勉強漬けであり、気が滅入ってしまう者、泣き出してしまう者、不機嫌になり苛ついている者──様々だった。
ハリーが不機嫌なのは勉強の事だけではなく、ジェームズに対する不信感と、本当にリリーと愛し合って結婚したのだろうかという疑念によるものが大きかった。魔法界にはいろんな薬が存在している。もしかして父さんは母さんに薬を盛って無理矢理結婚したんじゃ──と、毎日そんなことを考えては憂鬱な気持ちになっていた。
ソフィアはハリーが時折思い詰めたような顔をし、不機嫌である本当の理由を知っていたが、あの日以来ハリーはソフィアに何も言わなかった。ならば無理矢理悩みを聞くのもおかしいだろう。──それに、聞いたとしても今はその答えを用意できる人間がここにはいない、どうせ堂々巡りをしてまたハリーは憂鬱になるだけだ。
そう思い、不機嫌なハリーの気を紛らわせるために城内を散歩したり、2人でヘドウィグに会いに行ったり、芝生に寝転んだり……その時は落ち着いているハリーだが、ふと暇な時間が出来るとまた思い詰めた顔をする、それは何をしても変わらなかった。
その日の夜はクィディッチの練習があり、ソフィアはいつも通りシーカーとしてスニッチを探していたが──スローパーが何を間違えたのか、自分が持つ棍棒で自分の頭を叩いて気絶してしまい、ロンが医務室まで付き添った。
選手が2人かけた中では練習は続けられないといつもより30分は早く終わった。
暖かくなってきたとはいえ、この時期の風はなかなかにキツく、ソフィアとジニーは私服に着替え終わるとボサボサとした髪を手で撫で、少し震えながら早く温まろうとグリフィンドール塔へ向かっていた。
「あ、私。先にハリーを回収してくるわ。きっと図書館で──沈んでるだろうから」
「五年生って大変なのね。私…今から来年が怖いわ」
ジニーは肩をすくめ、グリフィンドール塔の近くでソフィアと分かれた。
ソフィアは髪をきれいにするのを諦め、図書館へ続く廊下を歩きながら鞄の奥にあったリボンで高めのポニーテールに結い上げる。
図書館の中には夜の8時を過ぎている遅い時間だというのに、五年生と七年生がちらほらと本の山を積み上げ一心不乱に何かを書き込んでいた。
ソフィアは辺りを見渡しハリーを探す。
図書館の奥にある暗い場所にある席にハリーはぽつんと1人で座っていた。見るだけで彼の心を表しているような光景に、ソフィアはなんとも言えずため息をこぼす。
「ハリー」
「……」
「……ハリー?」
何度か声をかけたが、ハリーはぼんやりと本の山を見つめていて何も反応をしない。きっと、またあの日に見た光景のことを考えているのだろう。最近はいつもそうだ──いや、だんだん酷くなっているような気がする。
ソフィアは机を挟み、ハリーの真前に座ると、机に肘を置き、顎を手に乗せてじっとハリーを見つめる。本の山の隙間からハリーの顔はしっかりと見えるし、目も自分の方を見ているが──彼はきっと、過去を眼孔の裏に写しているのだろう。
ピクリとも動かず暗い顔で停止していたハリーだったが、ようやく──時間にして10分以上だ──ソフィアが目の前にいることに気づくと目を何度か瞬かせ驚いたような声をあげた。
「ソフィア、いつからそこに──」
「うーん、10分くらいね。声をかけたけどあなたは気が付かなかったみたい」
「練習は?もう終わったの?」
「ええ、スローパーがちょっと気絶しちゃって。ロンはその付き添いで医務室に行ったから……練習は早めに切り上げたの。──それより、日に日に顔色が悪くなってるわよ」
ソフィアは身を乗り出し、ハリーの目の下にあるくっきりとした隈や、疲れたように下がった目尻を指先で撫でた。ハリーはソフィアの指先が思ったより冷たかったことに、驚きつい目を閉じてしまったが──薄く開くとその冷たい手を握り、「うん」と頷いた。
「ハリー。私は聞く事はできるわ。けど──あなたの気分が軽くなるような答えは持ってないの」
「うん……そりゃ、スネイプが教えてくれるわけがないし、そうなるとシリウスかリーマスしか……」
「──なんの話?」
第三者の声が響き、ハリーはびくりと肩を震わせソフィアの手を離した。
後ろを振り向けば、そこに居たのは小包を持つジニーであり、ソフィアとハリーは今の話を──特に、シリウスという言葉が──聞いたのがジニーだと分かるとほっと胸を撫で下ろした。
「あー……その──」
「あ、これママから小包が届いたの。アンブリッジの新しい検閲を通ってきたばかりのイースターエッグよ」
ジニーはソフィアの隣に座ると持っていた茶色の小包を机の上に置き、ハリーとソフィアに一つずつ、綺麗に包まれた卵型のチョコレートを手渡した。その卵には砂糖菓子で出来た小さなスニッチがいくつも付き彩を添えている。その包み紙にはフィフィ・フィズビー一袋入り、と書かれていた。
「それで、どうしたの?」
「うーん……シリウスと話せないかなって相談してて──出来ない事はわかってるんだ」
ハリーはさっと辺りを見回し誰もいないことを確認し声を顰めて答える。イースターエッグを食べたいわけではなかったが、何かやることがほしくて包み紙を開き、一欠け大きく折って口に入れた。
「そうね……」
ジニーもチョコレートを少し齧りながらゆっくりと呟く。クィディッチの練習で疲れていたソフィアも、チョコレートを一欠け頬張った。
「本気でシリウスと話したいなら、きっと何かやり方を考えられるわ」
「まさか」
「アンブリッジが暖炉を全て見張っているし、フクロウ便も調べられてしまうわよ?」
ソフィアとハリーはその言葉に驚き、やや懐疑的な目でジニーを見た。しかしジニーは臆する事なく不敵に笑い、溶けて指についたチョコレートをぺろりと舐める。
「ジョージやフレッドと一緒に育ってよかったと思うのは──度胸さえあれば、なんでもできるって、そんなふうに考えるようになったことね」
ハリーは呆然としてジニーを見つめた。
本当に、何か方法はあるのだろうか?とても信じ難い事だったが、甘いチョコレートを食べていると少し心が落ち着いてきた。──そういえば、リーマスが吸魂鬼との遭遇の後はチョコレートを食べるようにと言っていた。チョコレートには心を落ち着かせる効果があるのだろうか。
「そうそう、あなたたち。2人の世界に篭るのはいいけれどその世界の周りには色んな人がいるって気付いた方がいいわ」
悪戯っぽく笑ったジニーは、ソフィアとハリーの手を指差す。
先程手を取り合い周りに注意をせずシリウスのことを口にしていた事を揶揄われているのだとわかった2人は気まずさを誤魔化すようにチョコレートを食べた。
「あなたたち、なんて事をしているんです!」
「やばいっ!忘れてた!」
「飲食禁止だったわ!」
マダム・ピンスが怒りで顔を歪めて3人に襲いかかってくるのを見てジニーとソフィアは慌てて飛び上がった。
ぽかん、としていたハリーは逃げ出すのが遅れ、「図書館でチョコレートなんて!」というマダム・ピンスの叫びを聞いてようやく立ち上がり駆け出した。
「出てけ!出てけ!!」
マダム・ピンスは杖を振るえばハリーの教科書、カバン、インク瓶が飛び上がり3人を追い立てる。3人の頭をぼんぼん叩かれながら一目散にグリフィンドール塔へ逃げた。