ハリーは寝る前になるべく心を静かにするよう心がけていたが、大切な試験まで1ヶ月を切りざわついた心ではうまく行かない日も多く、そういった日には決まって神秘部の廊下を旅する夢を見ていた。
もう何度もこの廊下は通った。たしかに、ソフィアの言うようにまるで行き先を詳しく教えているかのような妙に親切な夢であり、よく考えてみれば神秘部に侵入する夢だけを見続けるのもおかしな話だ。
クリスマス休暇前までは、他にも怒りや喜びなどさまざまな記憶と思いが伝わっていたが、今はほぼ神秘部の廊下の夢だけであり、そこにある物を渇望する思いだけが伝わってきている。
ついにハリーは自分が──ヴォルデモートが──求めている玉が、97列目にある事を夢の中で知った。
いよいよソフィアの予想が当たりそうだ、とハリーは夢の内容をしっかりと覚え、ソフィアとハーマイオニーとロンにだけこっそりと伝えた。
クィディッチ・シーズンの最後の試合はグリフィンドール対レイブンクローだった。スリザリンはこの前の試合でレイブンクローに僅差で敗れ、今優勝杯争いをしているのはグリフィンドールとレイブンクローだ。どちらも一度も負けていない、今日の試合で勝てたチームが勝者になる。
だが、グリフィンドールはあまり優勝する望みを持てなかった。勿論本人には言わないが、その主な理由はロンのキーパーとしての惨憺たる成績からきている。
しかし、ロンは以前のような蒼白で緊張に満ちた顔はせず一周回って吹っ切れたようだった。
「だって、僕はこれ以上下手になりようがないじゃないか。いまや失うものは何もないだろ?」
試合の日の朝食の席でロンは暗い表情を浮かべるハーマイオニーとハリーに楽観的に言いトーストを食べていた。
「大丈夫よ、落ち着いてゴールを守ることだけを考えて、周りの歌に耳を貸さなければいいんだわ。──さあ、行きましょう」
紅茶を飲み干したソフィアが立ち上がれば、ロンもトーストを詰め込み立った。
すぐにハーマイオニーはソフィアの手を握り「ブラッジャーに気をつけて!」と真剣な顔で忠告し、ハリーは「頑張ってね」とソフィアとロンを励ました。
ハリーとハーマイオニーはロンとソフィアを見送り朝食を食べ終えた後、観覧しに向かう生徒たちと共にクィディッチのスタンドへ向かう。
風のない澄み渡った晴天であり、これ以上ないほどのクィディッチ日和だ。後は、ロンの耳にスリザリンの大合唱がなるべく聞こえないように、と願うしかない。
ソフィアはもう二度と前のように記憶を失う真似はしない、と集中しながら箒に跨り、フーチの笛の合図で空へと飛び出した。
晴天の暖かさと、頬を過ぎ去る冷たい風が心地よい。ソフィアは一瞬、目を閉じて選手だけが感じられる高揚感と緊張感、そして何よりも胸躍り心弾む楽しさを噛み締めた。
フレッドとジョージが居なくなり、どこか覇気がないリーの解説を聞きつつぐるぐると空を周りスニッチを探す。少し離れたところでレイブンクローのシーカーであるチョウも同じようにスニッチを探しているのが見えた。
試合開始早々ロンがゴールを守れず得点を許し、グリフィンドール生の呻き声とスリザリン生の喜びの歌が上がる。得点される事は仕方がない、どんな試合でもあるものだ。──ただ、私はスニッチを手に入れる。それだけを考えなくちゃ。
ソフィアは何度か弾丸のように突き進むブラッジャーを巧みに避け、ロンがデイビーズに3度目の得点を許し落胆と野次が一際大きくなったその時──。
「ミス・プリンス!動きました!まさか──スニッチです!グリフィンドールのシーカーがスニッチを見つけました!」
リーの実況と共に歓声が響く、ソフィアは視界の端に金色に輝くスニッチを捉え、必死に後を追っていた。直後チョウもスニッチに気付きソフィアの後ろをぴたりと飛ぶ。
ソフィアの箒は最高峰と名高いファイアボルトであり、ソフィアの飛んだ軌跡はその名の通り炎の尾のような物を青い空に描いている。
「ミス・プリンス──ソフィア!ソフィア選手!!早い!!おおっと!レイブンクローのチョウ選手も負けてはいない!追い上げる──ブラッジャーを──危ないっ!かわしました!」
ソフィアめがけてブラッジャーが突撃してきたが、今回ソフィアはきっちりと自分に襲いくるブラッジャーをギリギリのところでかわした。ブラッジャーはそのまま後ろにいたチョウへと突き進み、チョウは思わず箒を上げ方向を変える。
ソフィアはスニッチに手を伸ばし、観客席スレスレを飛び──悲鳴と歓声が上がる──フィールドを飛び交い──ロンが奇跡的な動きでゴールを防いだ──そして、ついにソフィアが懸命に伸ばした手がスニッチを捕らえた。
「ソフィア選手スニッチを捕らえました!60対170!グリフィンドールの勝利です!!」
揺れるほどの歓声が上がり、ロンの完璧なブロックを見たグリフィンドール生は喜び「ウィーズリーは我が王者」を声高らかに歌う。スリザリン生だけはブーイングをしていたが、それを消し去るほどの拍手と合唱だった。
「──良かった!」
「ソフィア!!ああ!ロン!!良くやった!!最高のプレイだった!」
アンジェリーナは芝生に降り立ったソフィアとロンに飛びつき、強く抱きしめ涙に滲む声で叫んだ。
ソフィアとロンはアンジェリーナの肩越しに視線を合わせ嬉しそうに笑い合い、ソフィアはスニッチを掴む右手を、ロンは左手を上げ、強く勝利の拳を晴天へと突き上げた。
アンブリッジは顔を引き攣らせ無理矢理笑みの形を作り、アンジェリーナにクィディッチの優勝杯を手渡す。アンジェリーナは涙で顔をどろどろにしながらも、ずっしりと重い優勝杯を周りにあげて見せた。
選手たちは興奮しているグリフィンドール生に囲まれ口々に祝福の言葉を投げられる。皆にっこりと笑い心地よい多幸感と興奮の中、ロンは選手達に肩車をされ優勝杯を振り回しながら城へと戻った。
「ウィーズリーは我が王者!クアッフルをば止めたんだ!ウィーズリーは我が王者!」
素晴らしい歌詞の歌が声高々に叫ばれる中、ソフィアは他の選手たちともみくちゃになりながら共に高揚感に顔を赤く染め、嬉しそうに笑うロンを見上げた。
「ハリー!ハーマイオニー!やったよ!僕たち勝ったんだ!」
「ちゃんと記憶はあるわよ!」
肩車されていたロンがすぐにハーマイオニーとハリーに気付き、嬉しそうに叫ぶ。
ソフィアは掴んだスニッチを掲げ、人混みの先にハリーとハーマイオニーを見つけ同じように叫んだ。ハリーとハーマイオニーはその満面の笑みを見て、にっこりと笑った。
歌を伴った選手達の凱旋は城の中に入っても絶えず続き、その日のグリフィンドール寮でのヒーローは間違いなくロンとソフィアであり、2人は喉が枯れ疲れ果てるまではしゃぎ騒ぎ、幸せな倦怠感の中ソフィアはハーマイオニーに、ロンはハリーに手を引かれ寝室へ向かい、数秒足らずで眠ってしまった。
グリフィンドールに優勝杯をもたらした一員であるロンは次の日も有頂天が続き、何も手につかず何度も試合の一部始終を誰彼構わず話回った。
ハリーとハーマイオニーは、実は試合を始めの数分しか見ていない。途中でハグリッドに「どうしても」と誘われ禁じられた森へ向かい、ハグリッドの異父弟であり紛れもない巨人であるグロウプと会わされていたのだ。ハグリッドは自分がもうすぐ停職になることを予感しており、自分がホグワーツを追い出された後、巨人であり大切な弟の事をハリーとハーマイオニーに頼んだのだ。英語を教えてほしい──友達になって欲しいと。
勿論、ハグリッドはソフィアとロンもグロウプの友達になる事を望み、まさかハグリッドが巨人を匿っているとは夢にも思わなかったハリーはグロウプに会う前に「必ずしも力になるよ、約束する」と安請け合いをしてしまい──本人は激しく後悔したが後の祭りだ──その事を、今までの人生の中で何よりも幸福な顔をしているロンと、嬉しげにニコニコと何度も話に付き合うソフィアに言わねばならなかった。
ハリーとハーマイオニーは2人を──特に、ロンを──残酷な現実に引き戻さねばならない事はかなり胸が痛んだが、黙り続ける事も出来ない。人の中に居続け喝采を浴びたいロンを何とか校庭の人通りが少ない橅木の根元まで誘い出し、それぞれ本を開いて試験勉強を始めた。
しかし、ロンは本を開いてはいるが、また昨日の試合で自分が行った最高のプレイを話し出し、ソフィアは微笑み楽しそうに聴きながら呪文学の教科書に目を落とす。
「──それで、僕、やつがフェイントをかますような気がしたんだ。一か八か僕は左に飛んだね、そして──まあ、結果は観てただろう」
最後の方は控えめに語り終え、ロンは必要もないのに髪を後ろに掻き上げ、見せびらかすように風で吹かれた効果を出し近くにいた生徒にチラッと視線を向け、自分の噂話をしているか何気なくチェックをした。
「それで、チェンバーズが──どうしたんだ?何をニヤニヤしているんだ?」
「ううん、何でもない」
ロンはハリーの表情を見て話を中断し怪訝な声を上げた。ハリーはロンのその姿に、もう1人のグリフィンドールのクィディッチ選手のことを重ね思わず笑ってしまったのだった。
彼もかつて、この木の下で女の子の気をひくために髪をくしゃくしゃにしていた。
「ただ、僕たちが勝って嬉しいだけさ」
「ああ、僕たちが勝った」
ロンは噛み締めるように呟き、「ソフィアがスニッチを掴んだ時のチョウの顔を見たか?」とハリーとハーマイオニーに聞いた。しかし、彼らは──実は観ていない。曖昧に「悔しくて泣いたんじゃないかな」と答えたが、その答えはロンが想像していた答えではなく眉をきゅっと寄せた。
「あれは殆ど癇癪だったな。その後、チョウが地上に降りたとき、箒を投げ捨てたのは見ただろう?」
「あの……ロン、ソフィア、実は観てないの」
「えっ、そうなの?」
ソフィアは驚き悲しそうな顔をしたが、それ以上にロンは唖然とし目を見開いたまま「本当に?」と掠れ声で呟いた。
「実はね、私とハリーが見たのは、デイビースが最初にゴールしたところだけなの」
「観てなかった…?僕がゴールを守ったとこ、一つも見てないの?」
ロンのくしゃくしゃにした髪がすっかり萎れがっくりと項垂れる。ハーマイオニーは慌てて宥めるようにロンに手を差し出し「あの、そうなの、でも──」と必死に取り繕った。
「でも、ロン、そうしたかったわけじゃないの。本当よ?ソフィアがスニッチを捕まえるたころも、本当に観たかったわ!でも、どうしても行かなきゃいけないところがあったの」
「へえ?どうして?」
項垂れていたロンの顔がだんだん怒りで赤く染まってくる中、ハリーはすぐに「ハグリッドのせいだ」ときっぱりと伝えた。
「巨人のところから帰って以来、いつも傷だらけだったわけを僕たちに教えてくれる気になったんだ。一緒に森に来てほしいって言われて、断れなかった。ハグリッドのやり方はわかるだろ?それで──」
ハリーとハーマイオニーは代わる代わる森で何を見たのかを設定した。
その説明には5分とかからなかっただろう、2人が話し終えたときにはロンの怒りはすっかりと何処かへ消え去り、ソフィアと同じように驚愕しぽかんと口を開いていた。
「1人連れ帰ってきて、森に隠していた?」
「巨人を?そんな、まさか!」
「そうなんだ」
「そんな事しないだろう?」
「それが、したのよ」
ソフィアもにわかには受け入れる事は出来なかった。
巨人は既に絶滅の危機にある、その凶暴な性質ゆえに暴力を振るわずにはいられず、同族で殺し合ってしまうのだ。それに、巨人を誰にもバレずにこの森に連れてくるなんて、かなり難しい事だろう。
「グロウプは約5メートルの背丈、6メートルもの松の木を引っこ抜くのが好きで、私のことは──ハーミーって名前で知ってるわ」
「まぁ……私の事も覚えるかしら…?」
ソフィアは魔法生物全般が好きだ。
巨人は凶暴で殺しを好み、魔法界では忌避される存在である。ソフィアはそのことを深く理解していたがハグリッドの弟ならば、ぜひ会ってみたい。そう思い目を輝かせるソフィアに、ロンは呆れたような視線を向けた。
「そんな、巨人だぜ?いくらソフィアでも、パンチ1発であの世行きだ!」
「それは……たしかに、そうかもね」
「それで、ハグリッドが僕たちにして欲しいことって?」
「英語を教えて、友達になること。うん」
ハリーの答えに、ロンは「正気を失ってるな」と苦々しく吐き捨てた。
「巨人は、とっても好戦的だから…。友好的な子ならいいんだけど」
「それは、うーん。微妙だね」
「ハグリッドですら、制御しきれていなかったわ。でも、残念ながら私もハリーも約束させられたの」
ハーマイオニーは神経質そうに中級変身術の教科書を捲り、フクロウがオペラグラスに変わる一連の図解を睨みながら苛々と言った。
「じゃ、約束を破らないといけない。それで決まりさ。だってさ、いいか?試験が迫ってるんだぜ?しかもあとこれくらいで──僕たちは追い出されそうなんだ。何にもしなくともな。それに、とにかく……ノーバートを覚えているか?アラゴグは?ハグリッドの仲良し怪物と付き合って良かった試しがあるか?」
ロンは親指と人差し指をほぼくっ付きそうなほど近づけ、過去ハグリッドが匿っていたドラゴンとアクロマンチュラの事を言う。確かにハリー達はそれらの生き物により、かなり散々な目に遭っていたのだ。
「わかってるわ。でも──約束したの」
「まあね。ハグリッドはまだクビになってないだろ?これまで堪えたんだ。今学期一杯もつかもしれないし、そしたらグロウプのところに行かなくても済むし──」
ロンはくしゃくしゃにした髪を撫でつけ、元通りにしながら自分に言い聞かせるために呟く。ハリーとハーマイオニーは不安げな顔をしていたため、ロンは口をへの字に曲げて魔法薬学の教科書に目を落とした。
300話目!
こんなに続くとは思いませんでした。これからもマイペースに頑張りますので読んでいただけると嬉しいです。
いつもコメントや誤字報告ありがとうございます!