城の庭はペンキを塗ったばかりのように鮮やかに青々と繁り、陽の光に輝いていた。雲一つない空がキラキラと輝き、暖かい日差しと柔らかな風を運んでくる。
もう、6月になっていた。5年生にとっては清々しい天気とは正反対の、追い詰められ暗い時期が──試験の季節が、とうとうやってきたのだ。
教師達はもう宿題を出さず、代わりにOWL試験の過去問や試験に出題されそうな予想問題の練習と課題を出していた。
試験が近づいてくるとハーマイオニーは流石にハウスエルフの服を編む事をやめ、深刻な顔をしてブツブツと何時間も教科書を読んでいた。3年生の時の追い詰められていた雰囲気までは言わないまでも、何か別のことを話しかければ爆発しそうな雰囲気は、あった。
まだ時折──2時間に一度ほどだが──小休憩を挟んでいることから、3年生の時のソフィアの忠告が生かされているといえるだろう。
挙動不振になっているのはハーマイオニーだけでなく、5年生の半分は精神的に参り医務室のお世話になっていた。
誰よりも同級生をイラつかせ混乱させたのは2人いる──アーニー・マクミランは誰彼構わず捕まえては1日何時間勉強したか質問し、自分が行っている8時間より多いか少ないかをかなり気にしていた。
そして、ドラコは魔法薬学の授業前に「試験は知識ではなく
それを嫌そうな顔で聞いていたハリーに、試験の試験官と親しかったとしても合格する訳ではない、とネビルは声を顰めて伝えた。何故ならネビルの祖母と試験官は昔からの友人であるが──忖度されるような事は一切ないと確信している。試験官であるグリゼルダは厳格であり、不正を嫌うのだ。
5年生と7年生の間では精神集中、疲れ取り、眠気覚まし、頭の回転に役立つ物がこっそりと闇取引きされ──紛い物の薬を飲んでしまった生徒が医務室に連れ込まれるようになって数日。もう気がつけば試験まで残り1週間を切っていた。
この年代の生徒たちがパニックとノイローゼになるのは最早風物詩であり、長年医務室勤務しているマダム・ポンフリーは狼狽える事なくテキパキと神経過敏になってしまった生徒を介抱していた。
流石に、セブルスも6月になれば閉心術をする事はなく、ただ毎日心を静かにして眠るようにとハリーに強く伝えるだけにとどまった。
ハリーとソフィアの勉強に配慮したわけではなく、単純にこの時期の教師は5年生と7年生に質問責めにあい、誰もが多忙を極めているのだ。人から嫌われいつもなら誰も近づかないセブルスでさえも、毎年この時期は沢山の生徒に囲まれる事となる。
ハリーとロンは成績優秀な優等生であるハーマイオニーとソフィアに触発されいつもよりかなり長時間勉強した。脳の皺に全ての情報を刻み、試験まで後三日を切った頃には勉強のし過ぎで気持ち悪くなったほどだ。
勉強に集中しているためか、眠っている時も呪文や論理や調合方法が脳内を駆け巡る夢しか見なくなり、ハリーは久しぶりにヴォルデモートの事も、額の痛みのことも忘れていた。
日曜日の昼食後。
グリフィンドール寮の談話室で変身術の勉強をするハーマイオニーとロンを残し、ソフィアとハリーは図書館に借りた本を返却しに向かった。
両手で抱えるほどの本を返却し、代わりに幾つかの参考書と、ハーマイオニーから頼まれていた本を借りて元きた道を戻る。
明日は月曜日であり、ついにOWL試験が始まるのだ。
「ついに明日が試験か……早く終わって欲しいよ」
「まだ始まってもないわ。──けど、ちょっとわかるわ……勉強は嫌いではないけど、みんなピリピリしていて雰囲気が良くないもの」
ソフィアは図書館がすっかりと見えなくなったのを確認し、抱えていた本に浮遊呪文をかけふわりと浮かべた。本に魔法をかけるところを司書に見られたら、間違いなく試験中にも関わらず出禁になってしまうだろう。
長時間勉強していて固まった首や肩を回せば、ごきりと嫌な音が響き、ソフィアは眉をひそめ「うーん……疲れたわ」と呟いた。
「試験が終わった後──ホグズミード行きはもう無いのかなぁ」
ハリーは何気なさを装いながらぽつりと呟く。
クィディッチの練習があったソフィアは何度もホグズミード行きを逃していて、結果ハリーと恋人らしくデートするタイミングは一切無かったのだ。
しかし、もうクィディッチシーズンも終わり、2週間後には試験も終了する。その後、夏季休暇までには1週間はあるが、その時の土日に少しでも一緒に出かける事はできないかとハリーは思っていたのだ。
「うーん……ホグズミード行きがあるなら、きっともう告知されてると思うわ。だから多分あるのは来学期じゃない?ハニーデュークスにでも行かたかったの?」
そういえば、買い溜めていたチョコレートやキャンディももうすぐ底をついてしまうわ。今年はあまりホグズミードに行けなかったし、早く行きたいわ──そうソフィアは言いながらハリーを見たが、ハリーの表情は少し残念そうであり、ソフィアは首を傾げた。
「君と、行きたかったんだ」
「え?──そうね……」
ソフィアはハリーの考えがわかりくすりと笑うと少し前方にぷかぷかと本の山を浮かべたままハリーの前に周り、足を止めて行手を阻み悪戯っぽく笑った。
「ソフィア?」
「私、夏休みの予定何にもないの」
「え──あっ!僕と、遊びに行かない?」
「ええ!とっても楽しみだわ!」
ソフィアの嬉しそうな声と明るい笑顔にハリーは頬を少し赤く染めて幸せそうにはにかんだ。
ホグワーツでは常に一緒に居たが、2人きりになれるタイミングは殆ど無かった。いつもそばにはハーマイオニーとロンが居て、甘い雰囲気になる事もなかったのだ。
「場所はどこがいいかしら…ホグズミードは、ハリーは遠いし……ダイアゴン横丁でもいいけれど……」
ソフィアはハリーの隣に並びゆっくりと歩きながらどこに行こうかと考える。ホグズミードは家からはかなり近いのだが、ハリーが向かうには苦労するだろう。かと言ってダイアゴン横丁は少々デートには味気ない。
「そうだなぁ……遊園地とかは?」
「遊園地?あっ!マグル学でその場所について学んだわ!先生は、マグルの場所だっておっしゃってた!──楽しいところなの?かなり勇敢なマグルしか行く事を許されないって聞いたけど…?」
興奮しながらも不安そうにするソフィアに、ハリーはいったいマグル学の教師は遊園地をどのように説明したのかと苦笑しつつ、「楽しいらしいよ」と答えた。
「らしい…?」
「うん、ダドリーがいつも自慢してたんだ。僕は行ったこと無くて……ずっと行ってみたかった」
ダドリーとその両親は何度も遊園地に行っていたが、勿論ハリーは連れて行ってもらえるわけもなく、毎回居残りを命じられていた。自慢げにジェットコースターやゴーストハウスの事を話すダドリーに、幼いハリーはどうしようもなく羨ましくなり夜にテレビの中で見た遊園地のコマーシャルの映像を思い出しては悔しさから──涙を流していた。
「そう──楽しみね」
ソフィアはハリーの寂しげな笑顔を見て何故行ったことが無いのか理解したが触れる事は無く、そっと寄り添い優しく囁く。
ハリーはにっこりと笑い、腕に抱えた本を持ち直しながらソフィアの頬に軽くキスを落とした。
ついに試験の朝がやってきた。
5年生は朝食時も口数少なく最後の追い込みをかけ教科書を開き、脳の隙間に知識を無理矢理詰め込んでいく。
朝食が終われば生徒はみんな教室に行ったが、5年生と7年生は玄関ホールに集められそわそわと落ち着きなく試験開始を待った。
9時半になると大広間の扉が開き、クラスごとに呼ばれた。大広間にあった長机は無くなり、代わりに個人用の机が沢山並んでいる。ソフィアが憂いの篩で見た光景と全く同じであり、奇妙な緊張に包まれる中生徒たちはそれぞれ机に着き、静かに前を見る。
大広間の1番奥にマクゴナガルが向かい合う形で立ち、生徒全員が着席し静かになったのを確認すると「はじめてよろしい」の掛け声と共にマクゴナガルは自分の側にある机の上に置かれた巨大な砂時計をひっくり返した。
ソフィアは直ぐに伏せられていた問題用紙をひっくり返し、初めから最後の問題までざっと目を通した後、1番初めの問題に取り掛かった。
試験が終了した2時間後、問題用紙を掴んだ生徒達は大広間から出されぞろぞろと玄関ホールに再び集まった。
「まあ、それほど大変じゃなかったわよね?」
「そうね、引っ掛け問題は無かったわ」
ハーマイオニーは不安げに問題用紙と睨めっこをしながら呟き、鞄の中に問題用紙をいれながらソフィアが言った。ハリーとロンも終わった試験の事を考えたくはなく──そんな余裕もなく──すぐに問題用紙を鞄の奥に突っ込んだが、ハーマイオニーだけはぶつぶつと自分の解答に間違いはなかったかと何度も問題用紙の上で視線を滑らせていた。
「ハーマイオニー、もうこの事は了解済みのはずだ。終わった試験をいちいち復習するなよ。本番だけで沢山だ」
ロンが嫌そうに言えば、ハーマイオニーはぶつぶつ言う事はやめたが問題用紙からは頑なに目線を上げなかった。
5年生は他の生徒と共に昼食を取り、一度大広間の脇にある小部屋へと移動させられ、午後からの呪文学の実技試験に呼ばれるのを待つことになった。
数人ずつが名簿順で呼ばれる中、残った生徒は呪文を口の奥でぶつぶつと唱え、杖の動きを確認する。
ハーマイオニーが呼ばれ、他に呼ばれた3名と共に震えながらの部屋を出て行く。試験を終えた生徒はこの小部屋に戻る事はなく、試験がどんな内容だったかは誰にもわからなかった。
ハーマイオニーが出て行った10分後、再び扉が開きフリットウィックが手元の名簿を見ながらパンジーとパドマとパーバティを呼び、彼女たちは硬い表情で部屋を出て行った。
名簿順ならば、呼ばれるのはそろそろだとソフィアは緊張で高鳴る胸を手で押さえ、一度深呼吸をする。
そしてまた10分後、扉が開きフリットウィックが声を上げた。
「プリンス・ルイス──プリンス・ソフィア──ポッター・ハリー」
「頑張れよ」
ロンがハリーとソフィアに小声で声援を送り、二人は緊張しながら頷く。
大広間にはまだ試験中だった数名がそれぞれ試験官の前に立ち様々な魔法の試験を受けていた。
ソフィア達はフリットウィックに空いている席を告げられ、それぞれの試験官の前に立つ。
「プリンス・ソフィアだね」
「はい」
ソフィアの試験官は高齢の魔女だった。魔女はシワが多く刻まれた顔にちょんと乗っている小さなメガネを押し上げながら羊皮紙を見て「じゃあ、この本を浮遊させてもらおうかね」とゆっくりとした嗄れ声で言った。
浮遊呪文、転がし呪文、変色呪文、光呪文などなど、様々な呪文を難なく終えたソフィアに魔女は満足げに大きく頷き、羊皮紙にカリカリとメモをするとにっこりと笑った。
「試験はこれで終わりだよ。さあ、あっちの扉から退出するように」
「はい、ありがとうございました」
ソフィアはちらりとハリーを見た。ハリーは穴熊をオレンジ色に変えるはずが何故か大きくするというミスをしていたが、すぐに間違いに気付き元に戻しているところだった。
ルイスもほぼ同時に試験を終え、2人は玄関ホールへ続く扉へ向かう。
「どうだった?」
「余裕だわ」
ルイスは小声で囁き、ソフィアも同じように囁く。くすり、とお互い小さく笑い合い、扉を開けた先でそれぞれの友人が待つ方へと向かった。
その日の夜はのんびりとする余裕もなく、談話室へと直行しすぐに翌日の試験の勉強を開始する。1日1科目しか行われないため、まだ気持ち的な余裕はあるとはいえソフィアは占い学以外の全てを受講している。たった1日しか休みはなく、他の5年生と同じように夜遅くまで勉強をした。
火曜日は変身術、水曜日は薬草学、木曜日は闇の魔術に対する防衛術、金曜日は古代ルーン語の試験があり、古代ルーン語の試験を終えたソフィアとハーマイオニーは問題用紙を見ながらグリフィンドール寮へ向かった。
「ああ──やっぱり、ひとつ間違えたわ!」
「ひとつなら良いじゃない。私は3つわからなくて……自信がないわ」
玄関ホールを通り廊下を歩いていると、アンブリッジがカンカンに怒りながら「誰ですか!ニフラーをいれたのは!足を怪我するところだわ!」と癇癪を起こしながら黒い丸々としたニフラーをぶらぶらとさせ自室から現れた。
ソフィアとハーマイオニーはすぐに目を逸らしたが、アンブリッジは憎々しげに2人を睨むと暴れるニフラーを外に放り出すために玄関ホールへと足音を響かせながら大股で歩いて行ってしまった。
「……誰かしらね」
「さあ、わからないけれど、犯人を誤解しなきゃいいわ!」
ハーマイオニーは鼻息荒く言うとまた問題用紙と睨めっこを始めてしまった。