土日は試験は無いが、次の週も最終の金曜日まで続く。残すのは月曜日に魔法薬学、火曜日に魔法生物飼育学、水曜日に天文学と占い学、木曜日に数占い学とマグル学、金曜日に魔法史──と試験が軒並み続き、選択科目で最低限の3科目しかとっていない生徒はともかく、ソフィアとハーマイオニーは土日もほぼ勉強をして過ごした。
ソフィアは魔法薬学と魔法生物飼育学、天文学の筆記試験を順調に済ませ、夜の11時に他の五年生と共に天文学の実技試験を受けていた。
星を観測するには最高である雲一つない静かな夜。夜気が少々肌寒く、ソフィアの頬を撫でていく中、腕に抱えていた望遠鏡を窓のそばの席に設置し、マーチバンクス教授の合図で空に浮かぶ恒星や惑星を用意されていた星座図に書き入れ始めた。
時々望遠鏡を動かす音と羊皮紙の上を羽ペンが走るだけの静かな空間。夜の11時、それに連日続く試験に少々眠気が来ていたソフィアは欠伸を1つ噛み殺し、ぼやけた目を擦った。
深夜0時を周り、眼下の校庭に映っていた城の窓明かりがひとつ、またひとつと消え出した頃、ソフィアは星座図の8割を埋めていて後は難しい小さな星々のみとなっていた。
霞む目をぎゅっと細め、微かな光を捉え慎重に書き留めていると、突然遠くから犬の吠え立てる声が天文学塔の頂上まで聞こえてきた。
ソフィアはその鳴き声を聞き望遠鏡から目を離し少し離れた場所にあるハグリッドの小屋を見下ろす。あの鳴き声は、聞き間違えようもないハグリッドの飼い犬であるファングの声だ。
気がついたのはソフィアだけでなく、何人もが「こんな夜更けにどうしたんだろう」と望遠鏡から目を離し不思議そうに小屋を見下ろしていた。
「みなさん、気持ちを集中するんじゃよ」
コホン、と咳払いをしながら教授が優しく忠告し、ソフィアは再び望遠鏡を覗き込む。
しかし、どうしても気になってしまい何度もチラチラとハグリッドの小屋に視線を落としていた。まさか、ハグリッドが匿っているというグロウプが森から抜け出して小屋にきてしまったのだろうか?──いや、5メートルもの巨大だ、流石にあの小屋には入らないだろう。
突如校庭から大きな音が上がり、生徒の何人かが驚き跳び上がり、望遠鏡の端で顔を打ち悲鳴を上げた。
ソフィアは試験中だと言う事を忘れ、呆然としてハグリッドの小屋を見下ろす。先ほどの音はハグリッドが扉を勢いよく開いた音だったのだろう。
ハグリッドは5人の魔法使いに囲まれながら巨大な腕を振り回し怒号を上げていた。すぐに5人の杖先から失神魔法が鋭く飛びハグリッドの体に当たった──しかし、その光は弾かれ、彼は失神する事なく近くにいた魔法使いに向かって拳を振り上げた。
「やめて!」
ハーマイオニーが思わず悲鳴を上げ叫ぶが、すぐに教授が「慎みなさい!試験中じゃよ!」と咎める。だが、今教授の忠告を聞くものはいなかった。皆が驚愕と恐怖の表情でハグリッドの小屋の周りで赤い光線が飛び交うのを見つめ、息を飲み小さな悲鳴を上げていたのだ。
「大人しくするんだハグリッド!」
「大人しくが糞食らえだドーリッシュ!こんな事で俺は捕まらんぞ!」
双方の怒鳴り声とファングの吠える声が響く。ファングはハグリッドを護ろうと周りの魔法使い達に何度も飛びかかっていたが、ついに失神呪文に撃たれバッタリと黒々とした芝生に倒れた。
ソフィアは試験などすっかり忘れ悲鳴を上げる。ハグリッドは怒り狂いファングに魔法をかけた男を掴むと投げ飛ばした。男は数メートルは吹っ飛びそのまま気絶してしまう。ハーマイオニーは口を手で押さえ顔を引き攣らせ、ロンもまた恐怖に目を見開いていた。
初めて、本気で怒っているハグリッドを見たのだ。
「見て!」
「マクゴナガル先生!」
手摺壁から身を乗り出していたパーバティが金切り声を上げ城の真下を指差した。正面扉から現れた人に気付いたソフィアもハッとしてその人の名前を叫ぶ。
背後でトフティ教授が「あと16分しかないのですぞ!」と気を揉み叫んだが、誰も教授の話は聞いていない。むしろ、教授もそう言ったものの心配そうにハグリッドの小屋を見下ろしていた。
「何という事を!おやめなさい!やめるんです!」
マクゴナガルはハグリッドの小屋を目指し、叫びながら疾走していた。手に杖を持っているが、その戦いの中にアンブリッジがいる事に気付くと躊躇い杖先を下げる。
「何の理由があって攻撃しているんです?何もしていないのに。こんな仕打ちを──」
その先の言葉はソフィア、ハーマイオニー、パーバティ達女生徒の叫びで遮られた。
小屋の周りにいた魔法使い4人がマクゴナガルに向かって同時に失神魔法を貫き、赤い4本の光に貫かれた彼女はその場で一瞬不吉な赤い光を放ちそして──跳ね上がり仰向けに落下するとピクリとも動かなくなった。
「不意打ちだ!けしからん仕業だ!」
トフティ教授が試験をすっかり忘れ叫び、信じ難い所業に体を震わせ憤る。ハグリッドも「卑怯者!」と怒鳴り、その声はホグワーツ城を震わせた。消えていた窓明りがあちこちで点き始め、窓がぱっと開く。
「とんでもねぇ卑怯者め!これでも食らえ!──これでもか!」
倒れるマクゴナガルを見たハグリッドは顔を赤黒く染めて憤怒の表情のまま近くにいた魔法使いを思い切り殴った。手加減を一切していない
遂に残ったのはアンブリッジと、もう1人の男の魔法使いだけになった。
ハグリッドはすぐに近くで気絶しているファングを背中に抱えると、一歩、その魔法使いに近づく。
「捕まえなさい!──捕まえろ!」
アンブリッジは少し離れた安全な場所で杖を振り威嚇し叫んだが、魔法使いの男は今まさに目の前で魔法を使わずにハグリッドが精鋭の魔法使い2人を倒したのを見てしまった。足がすくみ、じりじりと後退りした男は気絶し横たわっていた仲間の1人で躓き転んでしまった。
その隙を逃す事はなく、ハグリッドはくるりと向きを変え走り出した。アンブリッジが失神呪文を放ち最後の追い込みをかけたがハグリッドには当たらなかった。
ハグリッドはファングを抱えたまま遠くの校門へと暗闇の中を走り、ついに見えなくなった。
静寂に震えが走り、長い沈黙が続いた。
ソフィアは人が集まりつつあるマクゴナガルを蒼白な顔で見下ろし、ハーマイオニーは口を手で覆ったまま固まっていた。
「うむ……みなさん、あと5分ですぞ」
気まずそうにトフティ教授が弱々しい声で言ったが、その後望遠鏡を覗く者も、正座図に何かを書く者もいなかった。
みんなが唖然としたまま、騒ぎになりつつある校庭を見下ろしていたのだ。
何度も時計を見ていたトフティ教授がついに試験終了を告げた時、ソフィア、ハリー、ハーマイオニー、ロンはいい加減に望遠鏡をケースに押し込み、螺旋階段を飛ぶように降りた。
「あの悪魔!夜中にこっそりハグリッドを襲うなんて!」
「信じられないわ!酷すぎる…!ハグリッドは何もしていないのに!マクゴナガル先生もよ!──心配だわ、大丈夫かしら……」
ハーマイオニーとソフィアは怒りで震えながら言った。不条理なアンブリッジの蛮行に、沢山の生徒が今見た事をガヤガヤと話しマクゴナガルの体調を心配していた。
「ハグリッドはよくやったよな?どうして呪文が跳ね返ったんだろう」
ロンは感心する、というよりも恐々とした顔で呟く。マクゴナガルが一撃で気絶してしまった失神呪文を、ハグリッドは四つ同時では無かったとはいえ何度も跳ね返していたのだ。
「ハグリッドは半分巨人の血が流れているわ。巨人は魔法が効きにくいの。だからハグリッドも無事だったんだわ……」
ソフィアは時々現れる窓の外を見てマクゴナガルが既に沢山の生徒により運ばれた事を知ると、心配そうなため息を吐いた。
「少なくとも、連中はハグリッドをアズカバン送りに出来なかったな。ハグリッドはダンブルドアのところに行ったんだろうか?」
「そうだと思うわ。──ああ、本当にひどいわ。ダンブルドアがすぐに戻ってらっしゃると本当に思っていたのに、今度はハグリッドまで居なくなってしまうなんて」
ロンの呟きにハーマイオニーが涙ぐみながら答える。
ソフィア達は足取りも重く、ほぼ全員が目を覚まし興奮と不安が渦巻くグリフィンドール寮に戻ってきた。マクゴナガルはグリフィンドールの寮監であり、厳粛な教師だが生徒からは好かれている。そんな彼女の体調を誰もが心配していたのだ。そして、ハグリッドも比較的グリフィンドール生には好かれている。そんな2人が攻撃されただなんて──。
ソフィア達より先に戻っていたシェーマスとディーンが、何が起きたのか正確に知らない生徒達に見た事を詳細に話す中、アンジェリーナが心配そうに眉を下げながら言った。
「だけど、どうして今ハグリッドをクビにするの?トレローニーの場合とは違う。今年はいつもよりずっと良い授業をしていたのに!」
「アンブリッジは半人間を憎んでいるわ。前からずっとハグリッドを追い出そうと思っていたのよ」
「それに、多分ハグリッドが自分の部屋にニフラーを入れたと思っているの」
ソフィアとハーマイオニーは肘掛け椅子に疲れたように腰掛け、重々しい口調で呟く。その言葉を聞いた途端、リーが「げっ、やばい」と小さな声を上げ、皆がリーを見た。
「ニフラーをあいつの部屋に入れたのは俺だよ。フレッドとジョージが2.3匹俺に残していったんだ。浮遊術で窓からいれたのさ」
「アンブリッジはどっちみちハグリッドをクビにしたさ。ハグリッドはダンブルドアに近すぎたもの」
ハグリッドに対し申し訳なさそうな表情をするリーの背中をディーンが軽く叩き慰める。たしかに、例えリーがニフラーをアンブリッジの部屋に入れることがなかったとしてもハグリッドは遠くない未来に同じ運命を辿っていただろう。
「その通りだ」
ハリーはソフィアの隣の肘掛け椅子に座り苦い表情で呟く。「マクゴナガル先生が大丈夫だといいんだけど」と、パーバティと寄り添い合っていたラベンダーが涙声で言い、グリフィンドール生はくらいで表情で視線を交わした。
「みんなが城に運び込んだんだよ。僕たち、寮の窓から見ていたんだ。……あんまり良くないみたいだった」
「マダム・ポンフリーが治すわ。今まで治せなかった事はないもの」
アリシアの言葉に、誰もが「そうだよな」と小さく頷き合う。だが、連れていかれるマクゴナガルを近い距離で見ていたコリンなどはなんとも言えない表情をしていた。彼らはマクゴナガルがぴくりとも動かず白い頬をしていた事も、垂れた腕が力無く運ばれる動きに合わせて揺れていたのも、全て見ていたのだ。
マクゴナガルとハグリッドを心配するグリフィンドール生がそれぞれの寝室に戻り、談話室が空になったのは明け方の4時ごろだった。
ソフィアとハーマイオニーは後数時間後に迫る試験の勉強をする気が起きず、ただ言葉少なく寝室に戻り仮眠を取りに行く。パーバティとラベンダーは3時ごろに寝室に戻っていたため、2人分の微かな寝息が聞こえてきていた。
「……本当に、許せないわ…」
ソフィアは億劫そうに服を着替えながら何度目かわからない呟きをこぼし、ハーマイオニーも「ええ」と小声で頷く。
アンブリッジが半人間を憎んでいる事は知っていたが、それにしても奇襲をするなんて夢にも思わなかった。それに、止めに入ったマクゴナガルを一切の躊躇なく攻撃するなんて。──もし、ダンブルドアがいたならばこんな事にはならなかっただろう。
「わ──私が、私があの会合を思いついたからだわ!」
「ハーマイオニー……」
ハーマイオニーはベッドに座り込み、がっくりと肩を下げ顔を手で覆い震えていた。
もし、会合を作らなければ、ダンブルドアは逃亡する事にはならなかっただろう。アンブリッジに対し不満はあっただろうが、それでもこんな事態は起こらなかった。
ずっと、悩んでいたのだ。ダンブルドアが逃亡したときからずっと──自分の発案のせいだと。
すぐにダンブルドアは帰ってくるものと思っていた。だが、蓋を開けてみれば未だに帰ってくる気配は無く、その間にアンブリッジは我が物顔で城を歩き、親衛隊が出来て、フレッドとジョージは自由へ飛び出し、ハグリッドは無理矢理追い出され、マクゴナガルは倒れた。
「私が、私が──!」
「……それは、違うわ。あの会合を考えたのは確かににあなたよハーマイオニー。でもね、みんながそれに賛同した、私も、ハリーも、ロンも、みんないい考えだと思ったわ。誰かの責任だというなら、それはみんなの責任よ」
「でも……!」
「ハーマイオニー……ずっと自分を責めていたのね」
ソフィアはハーマイオニーの隣に座り、優しく震える肩を撫でた。
あの会合は、やはり少人数で信用できる者だけに限るべきだったのかもしれない。しかし、あの時はそれが最善だとみんなが思ったのだ。マリエッタが密告した事も──本来なら、リーダーであるハリーと自分がもっと目をかけ心に触れ合い不安を聞き出さなければならなかったのだ。彼女は彼女で、会合に参加してしまってから、言い出せない不安と恐怖に戦っていたのだろう。
「ソフィア、私、どうしたら──」
「…ダンブルドア先生は、きっとすぐに帰ってくる。ハグリッドも、マクゴナガル先生もすぐに元気になる。──それを、信じて待ちましょう。それに、ここにはまだ私たちの味方がいるでしょう?」
「味方って……?」
ハーマイオニーの涙を指で拭いながらソフィアは小声で「父様よ」と囁いた。
すっかり忘れていた人の事に、ハーマイオニーは一瞬涙を流すのを止め、ソフィアの緑色の目を見つめる。
「大丈夫よ、本当に最悪な事態にはまだなってないわ。もし、このホグワーツが安全な場所じゃないのなら、きっと私はここにいないもの。すっごくわかりにくいし、信じられないかもしれないけど……父様は優しいの、あれでもね。だから、何かあれば必ず私たちの力になってくれるわ」
ソフィアは誰よりも父の事を信じていた。
その父がこのホグワーツにいる限り、ソフィアには本当に怖い物など何も無い。勿論ハグリッドがいなくなった事やマクゴナガルの事は悲しく胸が痛んだが、それでもセブルスが側にいるのだと言うことだけで、ソフィアは前を見続ける事ができた。
セブルスは父であり、今このホグワーツで誰にも怪しまれていない不死鳥の騎士団員だ。きっと、アンブリッジはセブルスがまさか魔法省に対抗するダンブルドアの私設組織の一員だとは思うまい。
そのセブルスがここに居るのだ。
ホグワーツの外で何かが起きた場合には必ずダンブルドアや騎士団から連絡が来るだろうし、こちらの異変を迅速に伝えることだってできる。間違いなく、騎士団には煙突飛行ネットワークやフクロウ便ではない方法で連絡を取り合うことが出来ているのだろう。──そう、例えば守護霊を使って。
「そう──そうね、まだ、味方がいるわ」
「ええ、だから大丈夫よ。……さあ、もう寝ましょう。明日も──もう今日ね──試験があるし」
「ええ……おやすみ、ソフィア──ありがとう」
「おやすみなさい、ハーマイオニー」
ハーマイオニーは泣き腫らした赤い目で微笑み、ソフィアの頬におやすみのキスを落とすと泣いて重くなった目を閉じ布団に潜り込んだ。
ソフィアは数回ハーマイオニーが被った薄い毛布をぽんぽんと叩くと自分のベッドに寝転んだ。
目は重く疲れているのに、脳は興奮して中々眠気を連れてきてくれない。──ソフィアは寝返りを打ち、体を丸めると柔らかな毛布を中に頭の上までかぶせ、薄暗い中でそっと目を閉じた。