最後の試験は午後から始まる魔法史だった。
短い睡眠時間しか取れなかったソフィア達グリフィンドール生の殆どは眠たげに目を擦り試験が始まるまで安眠を貪りたかったが、最後の追い込みをしなければならないだろう。
必死に眠たい目を見開き、ソフィア達は午前中いっぱいをなんとか勉強の時間にあて、昼食を取り、時計の針が2時を指す前に玄関ホールに集まった。
これが終われば、とりあえず何も考えずに沢山眠りたい。ソフィアはそう思いながら他の5年生と共に開かれた扉から大広間へと入る。
もはや見慣れた光景になった1人一つの机が並べられ、全員が詰め込んだ知識が溢れないようにぐっと口を結びながら指示された席に座る。
「試験問題を開けて──初めてよろしい」
試験官であるマーチバンクス教授が合図し、巨大な砂時計をひっくり返した。
ソフィアはすぐに今まで通り問題に全て目を通し、簡単に答えられる年号や大きな戦の通称名、そして法律について答え、長々とかかりそうな記述問題は後に飛ばした。
──この試験が終わったら、たっぷり寝て、そのあとは校庭で遊びたいわ。ああ、箒で空も飛びたい。
『杖規制法は18世紀の小鬼の反乱の原因となったか、それとも反乱を掌握するのに役立ったか意見を述べよ』という問題に答えながらソフィアはそんな事を考えていた。
暫くはカリカリと羽ペンを動かす音が響いていたが、少しずつそれは少なくなっていく。
ソフィアはちらりと問題用紙から視線を上げ、机に向かって丸まっている沢山の5年生の背中を見たが──いくつかの頭が船を漕いでいることに気づいた。
昨夜の一件で眠れなかった生徒は多いのだろう。それに、ただでさえ試験の最終日だ。連日の勉強で疲れが溜まり緊張の糸が切れてしまってもおかしくはない。
それに、魔法史の授業は昼寝の時間だと考えている生徒が多い中、試験中だとしてもついつい、反射的に眠くなってしまうのかもしれない。──なんて、ソフィアが思い、つい面白くて小さく微笑んだその時。
「あああああっ!!」
「──ひっ!」
「──きゃあっ!」
布を裂いたような悲鳴が静かな大広間に響き、その声を聞いた何人かが跳び上がり机の裏で足を打ち、悲鳴を上げた。
ソフィアは驚きで心臓がどくどくと嫌な音を立てているのを聴きながら目を見開き、自分の3席前に座っているハリーを見た。
ハリーは叫び、そのまま石床に倒れ込んだ。
苦しげな呻き声を上げ額に手を当て叫ぶハリーは、涙でぼやける目をうっすらと開いた。
「ハリー!」
ソフィアは思わず羽ペンを放り出し駆け寄り、ハリーの肩を揺らした。ハリーは傷痕を抑え苦しげな呻き声を上げて床の上をのたうち回る。
「ハリー、しっかりして!」
「おお、こりゃいかん。ノイローゼかもしれんな、試験期間には良くあることじゃ……きみは席に戻りなさい。ハリー・ポッターは、わしが医務室に連れて行こう」
生徒の見張りをしていたトフティ教授が駆け寄りソフィアの手をやんわりと外すとハリーの肩を支えた。
そのまま混乱し何が起こったのかよくわからないハリーをゆっくりと大広間の外へと連れ出していく。誰もが試験の手を止め叫びのたうち回っていたハリーを見つめた。ある者は心配そうに、ある者は怖々と、ある者は嘲笑を浮かべて。──ようやく意識がはっきりしてきたハリーは、振り返りソフィアの心配そうな目を見て口を開きかけたが、何かを伝える前に目の前で扉が閉まった。
「後15分ですよ」
ソフィアは数秒、閉まった扉を見ていたがすぐに自分の席に戻り、まだ埋め終わっていない箇所を素早く埋め始めた。
そのあとハリーは戻ってくる事は無かった。
試験終了後、すぐにソフィアは答案用紙を提出し、ロンとハーマイオニーに目配せをする。2人ともこくりと無言のままに頷き、ソフィアの後に続いた。
「一体どうしたんだろうな」
「わからないの?決まってるじゃない。また夢を見たのよ。それも今までより強いものをね」
「そうね……とにかく、ハリーに話を聞きましょう。私の予想が正しければ、ハリーはそろそろ神秘部に誘導されると思うの」
3人は険しい表情でハリーが向かっただろう医務室を目指した。
ちょうどすぐ終業のベルがなり、沢山の扉が開き通常授業を終えた生徒達ががやがやと廊下に流れ溢れてくる。その中を掻き分け進むソフィアとハーマイオニーとロンの前に、同じように人を押し退けながら進んでいたハリーが現れた。
「ハリー──」
「見たんだ。夢で──話したいことがあるんだ」
「花を持つ少女の部屋へ行きましょう。ちょうど近いわ」
ソフィアの言葉にハリーは頷き、まだ焼けるように痛む傷跡を手で揉みながら限られた人しか入ることが出来ない部屋へと向かった。
いつものように肖像画に居る少女に花を近づけ──ソフィアは簡単に羽ペンを花に変えた──久しぶりに隠し部屋へと足を踏み入れる。
すぐに4人はソファに座り、顔を突き合わせハリーの言葉を待った。
「さっき、居眠りしちゃって。そこでまた──見たんだ。今までと同じ神秘部の廊下で、幾つもの扉をこえて、沢山の白い球がある部屋に行った。97番目の棚を左に曲がってその突き当たりに……シリウスが居たんだ」
「えっ、そんな──」
「僕は、ヴォルデモートだった。僕の口からはヴォルデモートの声が出ていた。ヴォルデモートはシリウスにその棚にある白い玉を取れって命令していた、けどシリウスは反抗して、とらなくて、ヴォルデモートはシリウスにクルーシオをかけた──シリウスの悲鳴で、目が覚めたんだ」
ハリーはいま夢で見た光景に酷く心を乱されていた。耳にシリウスの苦痛に満ちた叫び声とヴォルデモートの冷酷な笑い声が耳にこびりついてしまって今でも離れない。しかし──思考は冷静だった。
「これって、ソフィアが言っていた通り、僕を誘き出すための罠だと思う」
ハリーは大きく息を吸い、一言で言い切るとソフィアとハーマイオニーとロンの顔を見渡した。ロンは少し怯えと恐怖が滲む顔で、ソフィアとハーマイオニーは強張った表情で頷く。
「間違いないわ」
「神秘部であなたを捕らえるための準備が整ったのかしらね。──ヴォル、デモート本人はいないとは思うけれど、死喰い人は間違いなくいるわ」
「この事、マクゴナガル先生に伝えようとしたんだ。でも、今朝、聖マンゴに搬送されたみたい。勿論僕を呼び出すための罠だとわかってる──何故かはわからないけど──でも──もし、本当だったら……どうしよう、シリウスが今も拷問を受けてるって事なんだ!なんとか無事だって事を確認したいんだけど……」
ハリーは居ても立っても居られず、立ち上がりうろうろと部屋の中を歩き回りながら考えた。わかっている、これは罠であり冷静に考えてみればヴォルデモートとシリウスが夕方の5時である今神秘部に行くなんてあり得ない。沢山の魔法省勤めの人と闇祓いがいるだろう。だが、万が一──万が一、本当なら?
「マクゴナガルはここにいないし、確認することなんて……」
ロンは難しい顔をし腕組みをしながら考え込む。不死鳥の騎士団員であるマクゴナガルが居なくなった今、この事態を騎士団員に伝えることは不可能な事に思えたのだ。
「私たちに出来ることはひとつしかないわ」
「どうすんだい?まさか、またアンブリッジの暖炉か?」
「まさか。流石に2度目は不可能よ。──本当に覚えてないの?このホグワーツには、後1人騎士団員がいるじゃない!」
ソフィアは本気でわかっていないロンとハリーの怪訝な顔を見て呆れたようなため息をこぼした。
「スネイプ先生よ」
「──あ」
「忘れてた」
「でも……ほら、スネイプは僕が不安だからって確認してくれるかな?馬鹿にされて笑われて終わりそうな気がする……」
「まぁ──一応、言いに行きましょう。それに、神秘部に死喰い人がいるのなら捕まえる事が出来るかもしれないでしょう?」
決まり、と言うようにソフィアは一度手を叩いて立ち上がる。ハリーはセブルスしか頼ることが出来ない今の状況が嫌で仕方がなく、間違いなくシリウスが無事かどうかなんて確認してくれないだろう──寧ろ、無事じゃない方が喜びそうだ──とは思ったが、他に頼りに出来る人もおらずのろのろと立ち上がった。
「さあ、行くわよ」
「えっ、僕も?ハリーとソフィアとハーマイオニーの3人で行ってきて、僕は留守番──」
「早く立って!行くわよロン!」
ロンはセブルスの研究室になど近付きたく無かったが、ハーマイオニーに強い口調で言われ無理矢理腕を引っ張られ立たされてしまい、仕方なくぶちぶちと「僕なんて役に立たないのに」と言いながら歩き出した。
5年生と7年生は試験が終わり吹っ切れたような笑顔で、それ以外の生徒はいつも通りの表情で夕食を食べに大広間へと向かう中、ソフィア達は一度大広間をチェックして教師陣が座る席にセブルスの姿がない事を確認し、人の流れに逆らうようにして暗い廊下を進み、地下通路を降りていった。
「スネイプ先生、ソフィア・プリンスです」
真っ先にソフィアが名乗りながら扉を叩いた。ロンは少しも臆する事なくハキハキと声をかけるソフィアを尊敬と畏怖の眼差しで見つめつつ、1番後ろに周りなるべく自分の姿が見えないように背を屈めた。
ここに何度か通ったことがあるハリーだったが、やはり緊張してしまう。──もし、スネイプが取り合ってくれなければどうすればいいだろうか。追い返されるだろうか。
「……入りたまえ」
「失礼します」
低い声が扉の奥から響いた。ハリーとロンはとりあえず追い返されないことに安堵し、扉を開き先に入ってしまったソフィアの後ろをハーマイオニーと共にそっとついていく。
「お話があります、スネイプ先生」
ソフィアの背後からセブルスを見たハリーはぎくりと肩を震わせた。
何故かセブルスは杖をこちらに構えていたのだ。ハリーとロンとハーマイオニーの3人がソフィアの後にぞろぞろと入ってきた途端、セブルスはさっと杖をローブの内ポケットへと戻し何食わぬ顔で4人をじろじろと見た。
「何だ」
「先程の試験中に──ハリー、自分で話したら?」
「えっ、あ、あー。──スネイプ先生、さっきの試験の時につい居眠りしてしまって…また、神秘部に向かう夢を見ました。──疲れていたからです、多分──それで、僕はヴォ……あの人になって神秘部の奥にある、ガラス製の玉が沢山置かれている部屋に入りました。97列目の棚の奥です。その先で……シリウスがいて、あの人はシリウスに棚にある玉を持ってこさせるために、クルーシオで拷問していたんです」
ハリーは緊張からドキドキして背中に嫌な汗が流れるのを感じた。喉が妙に乾く、愚かな夢だと笑われ閉心術が全く出来ていないと馬鹿にされるだろうか。──そう思ったが、セブルスは眉を寄せたまま静かにハリーの話を聞き、その先を無言で促した。
「──それで、今までの夢は…全てあの人本人が神秘部に行っていました。ソフィアがそれはおかしいと気付き、もしかして僕を呼び出すつもりなんじゃないかって。……それで、多分、さっきの夢は僕が神秘部に来る事を望んでいるんだと思います」
ハリーはセブルスが少々驚いているように見えた。少なくとも馬鹿にするわけでも、嘲笑するわけでもなく自分の話を聞いてくれる事が何だか奇妙に思えてハリーはしどろもどろになりながらも、セブルスから目を話す事なく言葉を続ける。
「罠だと、わかっています。だけど──その──万が一、があると思いますので、スネイプ先生からシリウス──騎士団に連絡していただけないでしょうか?」
ハリーはこの言葉が、自分の思いがセブルスにしっかりと届いているのか不安だった。
重い沈黙が研究室に落ちる中、セブルスは腕を組みトントンと指先で腕を叩きながら──無意識だろうか──視線を一瞬ソフィアに向けたが、すぐにまたハリーを見た。
「閉心術の授業を続けているにも関わらず侵入を許すとは。我輩の時間は徒労に終わったようですな」
「……、……先生、どうか──」
「スネイプ先生」
いつもの冷笑を浮かべるセブルスに、ハリーは胃の奥がずしんと重くなったがここで引き下がるわけにはいかずもう一度頼んでみようと思った。しかし、その言葉を遮るようにソフィアが声を上げる。
「ハリーが誘われた。という事は、今神秘部に死喰い人がいるはずです。この情報をどう扱うかは先生たちの自由ですが、少なくとも──無駄にはならない事を、願っています」
「……くだらん事で我輩の時間を無駄にするな。言いたいことがそれだけならさっさと出て行きたまえ。──我輩は、忙しい」
「そんな!」
ハリーは怒りから叫び一歩踏み出したが、すぐにソフィアがそれを手で止めるとそのままハリーの肩を持ち「わかりました。失礼します」と早口で言うとまだ言い足りないハリーの腕を引き研究室の扉へと向かった。
「せいぜい黒犬のように大人しくしておくんだな。ああ、それとも──試験も終わった今、そろそろ荷造りでもしてみてはどうかね。しまいっぱなしのゴミでも詰まっているのではないか?」
ねっとりとした嫌味な言い方にハリーは振り返り怒りのあまり悪態をつこうと口を開いたが、無情にも目の前で扉が大きな音を立てて閉まった。
「っ…!やっぱりダメだった!」
ハリーは無言で階段を駆け上がるソフィアに訴えたが、ソフィアは涼しい顔を──寧ろ、嬉しそうに微笑んですらいた。その表情を見たハリーは信じられず「なんで」と震える声で呟く。
「ハリー、気がつかなかったの?」
ハーマイオニーもどこか安堵の表情を浮かべ、訳がわからず狼狽たのはハリーとロンの2人だった。
「スネイプ先生は、ハリーの話を聞くまでどう見ても忙しくなかったわ。つまり、話を聞いたから、忙しくなったの」
「きっと、今から騎士団に伝えるんだわ。どうやるかは知らないけど、秘密の伝達方法があるんでしょうね。じゃないと外にいるダンブルドア先生と話が出来ないし」
当然の事の様にいうソフィアとハーマイオニーに呆気にとられぽかんとしていたハリーとロンはそれでも信じられず顔を見合わせた。
「それに、荷造りをしろって言ってたわ。つまり、部屋にある何かを探させたいのよ──私、クリスマス休暇の時……ここに戻ってくる前の記憶を、開心術でスネイプ先生に見られているの。だから──ハリー、あなたなら何をすればいいのかわかるでしょう?」
「──!シリウスの小包!……忘れてた!そうだ、それがあった!」
「何だそれ?」
ハリーはソフィアの言葉で頭の中でカチリとピースがはまった音がした。
ぱっと表情を明るくしたハリーだったが、すぐに神妙な表情になり研究室へと続く階段を振り返る。
「……わかりにくすぎない?本当にあってる?」
「あら。スネイプ先生が『わかった、すぐに知らせよう。ブラックとも直ちに連絡をとり無事を確認するから安心したまえ』──なんて言う方が何かあるんじゃないかって恐ろしいと思わない?」
くすりと笑うソフィアに、ハリーとロンはしばし脳内で素直なセブルス・スネイプを想像し気持ち悪そうに顔を顰めぶるりと身震いした。
「そうだね」
「戯言薬でも飲んだのかと思うな」
「でしょう?──ほら、行きましょう。間違いなくスネイプ先生は伝えてシリウスの安否確認してくれるし、この情報を無駄にはしないはずよ。死喰い人の動向はきっととても知りたい情報に違いないわ」
「うん。──小包を探してくる!」
ハリーはまだセブルスの事を本気で信じたわけではなかったが、シリウスからクリスマス休暇の最終日に受け取っていた小包を確認するのが先だとソフィアとハーマイオニーとロンを置いてグリフィンドール塔へと駆け出した。
ソフィアとハーマイオニーとロンの3人が談話室に続く肖像画をくぐり抜けた時、談話室には誰もいなかった。この時間はみんな夕食を食べに行ってるのだろう。すぐに階段を駆け降りてくる音が聞こえ、小さな布切れに包まれた物を手にしてハリーが現れた。
「これ、シリウスがクリスマス休暇が終わる時、スネイプの閉心術の授業で辛いことがあって、自分を必要とする時に使いなさいって言ってたんだ。すっかり忘れてたけど」
暖炉近くのソファに座ったハリーを囲むようにソフィア達は座り、「開けてみて」と囁いた。ハリーは頷きながらそっと包みを開く──その中には、何の変哲もない古い四角い鏡があるだけだった。
「鏡?──両面鏡……だって?」
ハリーはこんなものが何の役に立つのかと愕然としたが、鏡の裏にシリウスからの走り書きを見つけ食い入るようにその文を読んだ。
両面鏡を使ったことがあるソフィアは、確かにこれならどれだけ離れていても距離は関係がなく、沢山の護り魔法がかけられているこのホグワーツに居ても問題なく使うことが出来る事を知って納得したように頷いていた。
「──シリウス!」
両面鏡の使い方がわかったハリーはすぐに鏡に向かって切羽詰まった声でシリウスの名を呼んだ。心臓が興奮と不安でドクドクと煩い中、暫くは自分の顔が映っていたが、突如ゆらりと銀色の波紋が広がる。
「ハリー!聞いたぞ!そこにいるな?ホグワーツだろうな?」
鏡に飛び込んできたのは焦ったようなシリウスの顔だった。
大切な名付け親の顔を見たハリーはぐっと胸の奥から何か大きな感情が迫り上がってくるのを感じ、詰まった息を吐いて微笑み何度も頷いた。──言葉にならない、良かった、シリウスは本当に拷問されてはいなかったんだ。
「シリウスこそ、まさか神秘部にいないよね?」
「勿論だ!俺はここから一歩も出てない。さっきスネイプから知らせが──わかってるリーマス!少し待ってくれ!──すまない、かなり忙しくてな。この鏡を思い出してくれてよかった」
「スネイプが、教えてくれたんだ」
「何?あいつが?何でこの事を──いや、まさか──」
シリウスの近くには何人かがいるのだろう、絶えず足音や短い言葉が聞こえる中、シリウスは何度か視線をうろつかせ一度鏡から顔を上げ叫ぶように「少し待ってくれ!」と叫んでいた。
「今日──いや、明日話しかけてくれ!いいか、くれぐれもホグワーツから出るなよ!」
「うん、わかった」
シリウスは散々ハリーに忠告すると、最後に優しく笑い「じゃあ、また」と言い残すと鏡の前から消えた。
数秒待ち、ハリーは小声で「シリウス?」と呼びかけてみたが、鏡には期待がこもった目を向ける自分の顔しか映らなかった。
ハリーはぱたん、と鏡をしっかり両手で掴んだまま下ろすと深々とソファに背を埋める。実際顔を見て、短い時間だけでも話をすることが出来て──本当に、シリウスの無事を信じられたのだ。
「良かった……シリウスは無事だった、本当に罠だったんだ……」
「良かったわ。きっと、罠だってわかってなかったら……あなたは何とかして神秘部に向かおうとしていたでしょう?」
ソフィアは冗談っぽく言ったが、ハーマイオニーとロンはハリーの人を思うがあまり無茶をするという無謀な勇気を彼が持っている事を知っていて神妙に深く頷いた。ハリー自身も、これが罠だと気が付かなければ何とかしてシリウスを助けに行っていただろうと思い苦笑する。
じわじわと安堵が実感出来たハリーは大きなため息を吐き、鏡を包みなおすと自分のローブのポケットに丁寧に入れた。
「シリウスは、スネイプ先生から知らせが入ったって言ってたわね。なんだか忙しそうだったし……間違いなく、騎士団は動くのよ」
「そうだね……本当に、スネイプは騎士団員なんだ。……何だか、今でも信じられないな」
「全くだ。てっきり黙ってるとばかり思ってたぜ。だってあいつはシリウスとハリーを嫌ってるだろ?」
「もう、いつも言ってるでしょ?スネイプ先生は悪い人じゃないって!ダンブルドアが信じてるんだもの、私たちも信じなきゃ!」
ハーマイオニーはぴしゃりと言い切り、ロンは肩をすくめ「そう言われても、なぁ?」とハリーに同意を求めたが、ハリーはポケットに入れた鏡の形を手で確かめながら「うーん」と小さく唸った。
「信じられないけど、僕の言葉をちゃんと伝えてくれたし、両面鏡の事も、すごくわかりにくかったけど教えてくれた」
「まあ、そうだけどさ」
「スネイプ先生は悪い人ではないわよ。まぁ……あたりはキツイし、スリザリン贔屓だし、シリウスを憎んでるのも本当だけれど、だからといって個人の感情を優先する事はないわ。ちゃんと伝えてくれるわよ。……まぁ、分かりにくい人なのは確かだけどね」
ソフィアはセブルスの名誉を挽回するチャンスだとそれとなく擁護した。ハーマイオニーは大きく頷き、ロンは苦い顔をし、ハリーは何かを深く考え込み「そうかもね」と呟く。
ハリーはシリウスとセブルスの間にある互いを憎み合っている原因が学生時代にあるのだと思っていた。
あの過激な虐めが原因で今もなお憎み続けている。──その気持ちは、ハリーにはよく理解が出来た。自分だって何年も前のダドリーから受けた暴力を忘れる事が出来ない。
だが、それでも──憎んでいても、こうしてちゃんと話を伝え、解りにくいものではあったがシリウスと話すきっかけを作ってくれたのも事実だ。
それに、よく冷静になり考えれば、何度か彼に自分は命を救われていたのだ。
「さあ、シリウスの無事も確認できたし、試験も終わったし、夕食を食べに行きましょう?神秘部で何が起こるのかは気になるし心配だけど……私たちにはどうすることも出来ないわ」
神秘部の奥で待ち構えているだろう死喰い人を捕縛しに行くのだろうか。まさか、ヴォルデモート本人がいるとは思わないが、きっと危険な任務になるだろう。全員が無事に明日を迎えられるのかは分からず心配だったが、遠く離れたホグワーツにいるソフィア達にはどうする事も出来ない。
「そうだね……そういや、空腹だった」
「ああ、早く行こうぜ」
「そうね……明日の新聞に何か書いてあるかもしれないわね」
ソフィア達は立ち上がり、それぞれ神秘部で今何が起こっているのかを考えながらゆっくりと大広間へ向かった。