ダンブルドアはその日の夕食時に全生徒へ向けて日刊預言者新聞の事は事実であり──昨年末にも告げたが──ヴォルデモートは復活している。各々の警戒を怠らぬよう忠告した。
ダンブルドアが戻った事の変化といえば、アンブリッジは勿論校長職を退きすぐに魔法省へと戻る事になった。そして彼女が作っていた校則は全て白紙に戻され、様々なクラブ活動や組織を作る事も許されるようになった。トレローニーは占い学の教師に戻ったが、ケンタウルスの禁忌を犯したフィレンツェを森に帰す事も出来ず、今後は2人で占い学を教える事になる。
ダンブルドアは次の日には逃亡していたハグリッドを迎えに行き、暖かくホグワーツに再度招いた。来年度も、ハグリッドが変わらず魔法生物飼育学を担当するのだろう。
そしてフリットウィックはすぐにフレッドとジョージが作った沼を片付けた。彼の力をもってすれば簡単な事であり、今までそうしなかったのは単にアンブリッジへの嫌がらせなのだろう。
沼の全てを消滅させる事も出来たが、フリットウィックは窓の下にわずかに沼を残し、ロープで囲い生徒が誤ってはまらぬよう対策をした。「よい魔法だから」とフリットウィックは茶目っ気たっぷりに言ったが、間違いなくフレッドとジョージを讃え記念として残したのだろう。
ルイスは何があったのかを新聞で知り、その次の日の続報を目にした途端隣で蒼白な顔をするドラコを見た。
「ドラコ……」
「そんな、父上が──」
続報には死喰い人として捕えられた人の名前が書かれていた。
いくつかの名前の中にはゴイルとクラッブの父、そしてドラコの父──ルシウス・マルフォイが捕縛され審議にかけられると書かれていたのだ。
「……ルイス、父上が──牢獄に…あんなところに……!」
「……ルシウスさんは、本当に死喰い人だったんだね」
「……、…」
新聞を掴む手が震えていたドラコは顔を歪ませると乱雑に新聞をたたみ机の上に放り投げ、周りの生徒の軽蔑が含まれた視線を振り払うように駆け出した。
すぐにルイスもその後を追う。今、ドラコを1人にする事はできなかった。
「ドラコ!」
ドラコは大広間から出るとすぐにスリザリン寮へ向かう階段を駆け降りた。乱暴な口調で合言葉を唱え、石像で出来た蛇が円を結び道が開けた途端、ルイスの言葉も聞かず飛び込む。
談話室に残っていた何人かの下級生がチラリとドラコを見て囁いた。彼らはスリザリン生だ、だからといって死喰い人の息子を──犯罪者の息子を暖かく歓迎するわけではないのだ。スリザリン生は全員が純血至高主義ではなく、ヴォルデモートの大虐殺を肯定的に見ていない者もいる。ただスリザリンに配属されたが、平穏に学生生活を終えたい者だって勿論いる。純血が多いのは事実であり、その血に誇りを持つものが多いのは確かだが、誰だって犯罪者の息子に向ける視線は温かいものではないだろう。
彼らの視線にたじろぎ、硬い表情でドラコは「見せ物じゃないぞ!」と下級生に噛み付くように叫ぶ。すぐに目を逸らした下級生に舌打ちし、ドラコは自室への階段を降りていった。
「ねぇルイス」
「……何?」
ドラコが降りていった階段をじっと見ていた女子生徒が恐々ルイスに声をかける。
すぐにドラコの元へ向かおうとしていたルイスは一度足を止め振り返った。
「ドラコの父親は死喰い人だったんでしょう?あの人に近いの?……危険じゃない?」
その言葉はルイスのことを心配して告げられたものだった。
ルイスはスリザリン生だけでなく、他の寮生にも公平に優しい。それを面白くないと思っているスリザリン生は多いが、ルイスの優しさに触れてしまえば、誰だってルイスの事を好きになる。勿論それは友人として、憧れの先輩として、秘めた想い人として。
「ドラコはドラコだ。彼は死喰い人じゃない。ドラコのお父さんが誰であれどんな事をしてしまっていても、僕はドラコの親友だ。──それは、変わらない」
「でも──」
「それに、僕はドラコより強いから大丈夫。心配ありがとう。じゃあね」
まだ言い足りなかった女生徒との会話を切り上げ、ルイスはすぐに寝室へ続く階段を降りた。
「──ドラコ」
「……」
ドラコは寝室に入っていると思ったが、階段の1番下で壁に背を預け俯き突っ立っていた。おそらく、先ほどの会話を聞いたのだろう。蒼白な顔を泣きそうに歪め、どこか必死さを漂わせてルイスを見つめた。
「酷い顔だよ。……部屋に行こう」
ルイスは黙り込んだままのドラコの震え冷えた手を握り、静かに2人の部屋へと向かった。
常備していた小さなチョコレートを無理矢理ドラコに食べさせ、ベッドに腰掛ける。ドラコは脚の上で手を組み、じっとその白い手を見つめていた。
「……ドラコは、知ってたの?」
ルイスの静かな問いかけに、ドラコはぎゅっと目瞑り頷く。
ルシウスは息子であっても死喰い人である、と明言する事はなかった。しかし、父の言動からそうなのかもしれない。とはこの一年で漠然と思っていた。
クリスマス休暇の時に、ブラック家のハウスエルフであるクリーチャーが家を訪れその話を聞いてしまってから──すぐに自室に行くよう言われたが──父はヴォルデモートのために動く死喰い人なのだと理解した。しかし、だとしても父に何も言うことが出来ず、ただ暗躍する彼の無事を願っていた。
「ドラコ、僕は何があってもきみの親友だ」
「ルイス……」
「困ったことがあったら言って。力になるから」
「……ありがとう」
優しく微笑むルイスに、つられるようにしてドラコもかすかに微笑んだ。
──そうだ、僕には信頼できるルイスがいる。後ろ指をさされ、噂されようが僕はマルフォイ家として、毅然とした態度を取らなければならない。
きっと、すぐ父上もあんな監獄から出てくる。その時は──犯罪者かもしれないが、それでも、大切な父だ、家族だ。僕が、護らないと。
ルイスは決意に満ちた表情をするドラコを静かに見つめる。
ドラコの心の支えにならなければならない。ドラコはこうみえて、すごく繊細で打たれ弱いから、これ以上辛いことがあると耐えられないだろう。──それに、ドラコは死喰い人ではない。これからも、そうはさせたくない。
ヴォルデモートの存在が世界に認められた今、今後はより熾烈な戦いになるだろう。ヴォルデモートは身を隠しつつ魔法界とマグル界を闇に落としていくだろう。その時に、ドラコの光としてそばに居なければならない。それはきっと、ドラコのためであり──ソフィアのためになるはずだ。
「さ、ドラコ。朝食の続きに行こうよ。僕まだスープしか飲んでなくてお腹すいてるんだ」
「だが──いや、そうだな。僕は隠れ過ごす事はないんだ。──行こう」
2人は立ち上がり、談話室にいる生徒から突き刺さる視線とヒソヒソとした声を気にする事なく大広間へと向かった。
扉を開け、玄関ホールに出たドラコはぴたりと足を止めた。やはり、あまり人のいるところには行きたくないのか、とルイスはドラコの背からその先にいるだろう生徒の集団を見た──しかし、いたのはハリーとソフィアの2人だった。
ハリーは少し警戒しながらドラコを見つめ、ソフィアはちらりとルイスに視線を投げかけると肩をすくめて見せた。ルイスもまた、ドラコの後ろで額を押さえバレないようにため息をつく。
「ポッター、お前は死んだんだ」
「へんだな、それなら歩き回ってないはずだけど」
ハリーはドラコの嫌味に眉を上げさらりと言い返した。すぐに青白かったドラコの顔が怒りで燃え上がり、ハリーは冷めた満足感を感じていた。勿論ハリーも、ドラコの父やその仲間が死喰い人として捕らえられたことを知っている。
「つけを払う事になるぞ。父上はすぐに出てくる。そうすればどうなるか──」
「そうか、それは怖いな。きみに比べればヴォルデモートなんて単なる前座だったってわけだ。あいつはお前の父親の友達だろう?怖くなんてないんだろ?」
ハリーの挑戦的な皮肉に、ドラコはぐっと衝撃を受けたような表情になり拳を握る。──ドラコも他の魔法族と同じくヴォルデモートの事を名前で呼ぶ事も、聞く事も恐れていた。
「自分を何様だと思ってるんだ、ポッター。見てろ。父上を牢獄なんかに入れさせるものか──」
「もう入れたと思ったけどな」
「ディメンターがアズカバンを棄てた。父上も、他のみんなもすぐに出てくる」
「ああ、きっとそうだろうな。それでも少なくとも今は連中がどんなワルだって事が知れ渡った──」
ドラコは顔を怒りで歪め、ポケットに入れてあった杖に手を伸ばした。しかしそれよりもハリーが杖先をドラコに向ける方が早く、ソフィアとルイスもまた、互いに杖を向けた。
「……僕と戦うつもりかな、ソフィア、ハリー」
ルイスはすぐにドラコの前に立ち、庇うように手を広げながら2人に杖先を向け余裕の笑みを浮かべる。ドラコもまた、怒りで震える手に力を込め後ろからハリーに杖を向けていた。
ハリーにとってルイスは友達だ、しかし、いまは──。
「きみがそちら側につくならね、ルイス」
ハリーは前に出てこようとするソフィアを手で制し、真剣な目でルイスを見つめる。その目は戸惑いから揺れる事もない。ただ、大切な者を護るためならば何だってする、その覚悟がこもった瞳だった。
「僕はあの人に賛同はしない。でも──」
「──何をしている!」
玄関ホールに声が響き渡った。
セブルスが自分の研究室に通じる階段から現れ、すぐに視線を対峙するルイスとハリーとの間で移動させると4人の方に大股で近付いてきたのを見てハリーとルイスは同時に杖を下ろし、ソフィアも少し遅れてポケットの中へ杖を入れた。
「何をしているのだポッター」
「お互いの杖を見せて、いい杖だねって言ってただけですよ。──ね、ハリー」
「──そうなんです」
にこり、と人当たりのいい笑みを浮かべさらりと嘘をついたルイスの言葉にハリーは頷く。
──ルイスはヴォルデモートに賛同しないと言った。その先に続く言葉が何か気になるが、おそらくマルフォイを1人に出来ないという言葉だろう。あんなやつにも、ルイスは優しい。それが多分、ルイスの良いところであり、悲しいところなんだ。
セブルスは全く信じられず怪訝な顔をし、ルイスの後ろでハリーを睨み続けるドラコを見た。ドラコが何か理由を言うのならば、その事でハリーを減点しようと思ったのだがドラコは押し黙りいつもの嫌味の一つも言わなかった。
「もういいですか?僕たち、空腹なので。──いこう、ドラコ」
「……ああ」
「じゃあね、ソフィア。──ハリー」
「ええ」
「……ばいばい」
ルイスはドラコの手を引き、軽くセブルスに頭を下げた後何食わぬ顔で大広間へと向かった。
残されたハリーとソフィアとセブルスの間に居心地の悪い奇妙な沈黙が落ちる。
ハリーはじっとセブルスを見て──もしかして、今のもある意味護ってくれたのだろうか。と、ふと考えた。
「スネイプ先生」
「……何だ、ポッター」
「あの──ありがとうございました。パッドフットの件で……」
その言葉を聞いたセブルスは虚を突かれたように一瞬呆気に取られたが、すぐに「何を企んでいるのだ」という懐疑的な目でハリーを冷たく見下ろす。
ソフィアだけがニヤニヤと密かに笑っていたが、その表情に気づいたのはセブルスだけだろう。
「……フン、まさか礼を述べる言葉がきみの思考にあったとは驚くべきことだな」
セブルスの皮肉にハリーはなんとも言えない気持ちになりながら、気まずそうに目を逸らした。自分自身、この人に礼を言う事なんて夢にも思わなかったのだ。しかし──彼に助けられたのは、間違いない。
「おや、こんなところで話し込んで一体どうしたのです」
後ろからの声に、ハリーとソフィアとセブルスは同時に振り返った。その声を聞いた瞬間ソフィアは「マクゴナガル先生!」と喜びぱっと笑顔を見せ駆け寄る。正面玄関の石段を上がっているマクゴナガルは片方の手にタータンチェック柄のボストンバックを持ち、片方の手に杖を持ってはいたがしっかりと一人で歩いていた。
「マクゴナガル先生!これはこれは、聖マンゴをご退院で!」
「私、鞄を持ちます!」
セブルスもすぐにマクゴナガルの元へ進み出て、彼女の退院を心から祝う。
どう見ても喜んでいるセブルスの様子に、後ろで見ていたハリーは「こんな嬉しそうな声を出せるんだ…」と思った。
「よろしくお願いします、ミス・プリンス。もうすっかり元通りですよ」
「それは良かった」
「本当に良かったです!すごく、心配で……」
「ふふ、心配には及びませんよ。──さて、ポッター、こんなにいい天気なんです、朝食が終わったのなら外に出るべきだと思いますよ」
「ハリー、後でね!」
「あ……うん」
ここに居続ける事を納得させる理由も思い浮かばず──それにまだセブルスと2人きりだなんて耐えられない──ハリーはマクゴナガルを囲み嬉しそうにしているソフィアとセブルスの2人を、なんだか不思議な心地で見ながら正面扉へ向かった。