ソフィアはマグル界にあるロンドンのとある駅近くでマグルが行き交うのをそわそわと落ち着かない気持ちで眺めていた。
後ろにある店のショーウィンドウにぼんやりと写る自分の姿を見て特におかしなところは無いはずだと何度も確認したが、何故か行き交う人がたまに自分を見る視線に、不安な気持ちが拭えない。
今日はハリーと約束していた遊園地デートの日だ。ハリーがダーズリー家を自分の家だと思える間は、護りが続きソフィアと共にいる事で強固になる。マグル界にある遊園地なんて流石に死喰い人もヴォルデモートもいないだろう。
──と、ソフィアとハリーは思っていたが、大人たちがハリーの外出を簡単に許すことはなく、当然のように騎士団員の何人かがマグルに扮し秘密でハリーを護衛する事となっている。
こんな時にのんきにデートだなんて、本来なら褒められたことでは無いのだろう。しかし、ヴォルデモートの企みに気付いたハリーへの褒美として、特別にダンブルドアは許可したのだ。
勿論ハリーとソフィアは大人たちの間でそんな取り決めがあった事は知らされていない。
「ソフィア、ごめん、待った?」
「ううん、私もさっき来たところよ。初めて来る場所で迷いたくなかったから早めに来たの」
息を切らせて現れたハリーにソフィアはにこりと微笑む。
ハリーはそれでも申し訳ない気持ちになったが、ソフィアのいつもとは違う可愛らしい私服と、綺麗に編み込まれた髪型を見るとその気持ちは吹き飛び「とっても可愛い!」と声を上擦らせながら褒めた。
真っ白で柔らかそうなシャツワンピースに歩きやすそうなサンダル。ややオーバーサイズの薄手のデニム生地のジャケットを羽織り、小さな籠バックを持っている。
「マグルの服装を参考にしたんだけど、変じゃない?なんだかいろんな人に見られてるような気がして…」
「それは、可愛いからだよ!」
「あ、ありがとう…ハリー、あなたも素敵よ」
照れながらソフィアはハリーの服装も褒めた。ハリーが持っているマグルの服はダドリーのお下がりばかりで見窄らしいものしか無かったが、流石にソフィアとのデートにこんな服で行くわけにはいかないとシリウスに両面鏡越しで相談したのだ。
シリウスはすぐにリーマスに金を渡し「マグル界にある最高級のスーツを買ってきてくれないか?」と頼んだが──遊園地デートには場違いすぎる真っ白な高級スーツが届いてしまった。
こんなの着ていけるわけがないと愕然としていたハリーだったが、次の日にはジャックから「あれは無かったことにしろ」と一文が添えられ小包で年相応の綺麗めでカジュアルな服が送られてきたのだ。
白のシンプルなシャツに、群青色の七分丈デニムシャツ。ベージュ色のズボンを履いていて、なんだかペアルックのようだ、とハリーは思い気恥ずかしいような嬉しいような気持ちになった。
ソフィアの反応も悪くないし、後でジャックには感謝の手紙を送ろう、そう思いながらハリーはソフィアの手を握った。
「行こうか」
「ええ」
「電車で二駅のところにあるんだ」
「楽しみだわ!」
ソフィアの笑顔を見て、ハリーは今日を必ず最高の一日にしてみせると決心した。
仲睦まじい2人を少し離れた場所から見守っていたトンクスとリーマスは、顔を見合わせ幸せそうに微笑み、ゆっくりと2人の邪魔をしないように──しかし何かあれば対処できる距離で──ついて行った。
遊園地デートはハリーの願い通り何事も起こる事なく楽しい時間だけが過ぎていった。
ハリーはこの時だけは自分が奇跡の子であることや、ヴォルデモートを自分が殺さなければならない事など忘れ、何処にでもいる15歳の男の子として恋人とのデートを楽しんでいた。
遊園地というものは、何度か訪れた事がある人であってもワクワクと心躍りいつもよりはしゃいでしまうものだ。ソフィアとハリーは遊園地初体験であり、見るもの全てに目を輝かせ、いろいろなアトラクションに乗った。
中でも2人が気に入ったのはジェットコースターであり、ぐるぐると回転するコースをきゃあきゃあ叫び笑いながら何度も乗ったほどだ。
「すごく早いわね!」
「それに、あの動きをクィディッチで活かせないかな?」
「いいわね、素早く回転して方向転換──きっと敵を翻弄できるわ!」
その内容はやや普通のカップルとはズレていたが、2人はちっとも気にしなかった。
この遊園地は
昼になれば小洒落たレストランに入り、サンドイッチやハンバーガーを食べ、歩き疲れたら木陰にあるベンチでソフトクリームを舐めながら休憩した。
気がつけば太陽が傾き、遠くの空がオレンジ色に染まっている。楽しい時間は何故こうも過ぎるのが早いのだろうか、この時間が無限に続けばいいのに、とハリーは沈む太陽を恨めしそうに眺め、ソフトクリームのコーンの最後の一口を口の中に放り込んだ。
「時間的に後一つくらいかしら?うーん、もう殆ど体験したわね……」
「最後は──あれにしない?」
ハリーは遊園地の中でも一際大きく目立つ観覧車を指差した。興奮するようなワクワクとしたアトラクションではないが、遊園地の広大な土地とその先の景色を一望できる最後の締めくくりにぴったりなアトラクションだろう。
それに──この観覧車には、カップルにぴったりのジンクスがある。
「そうね、楽しみだわ!あれはなんていうものなの?」
「観覧車だよ」
「観覧…?ああ、あの場所から景色を見るからなのね!」
ソフィアは納得すると、ソフトクリームの最後の一口を食べ、立ち上がりハリーの手を取った。
ゆっくりと回る観覧車に乗った2人は外の景色を見ながら今日の思い出を楽しげに話していた。ハリーはソフィアの隣に座り、ソフィアは窓の外に広がる茜色に染まる景色に目を輝かせた。
「いい景色ね。マグルの世界はキラキラと光っていてとても綺麗だわ」
「もっと暗くなってたら夜景が綺麗なんだけど、その時間まで出てたら──多分、怒られるからなぁ…」
「今でも充分綺麗よ?」
薄暗くなりつつある街並みにポツポツと灯りが灯る中、ソフィアの顔は沈みゆく太陽のオレンジ色に照らされ温かい色に染まっていた。そして、何より──本当に、可愛い。
「──あ、もうすぐ頂上だわ!」
ハリーは輝くソフィアの目から視線を外に移す。ゆっくりと回る観覧車はついに頂上に差し掛かりはじめ、ハリーは緊張からごくりと唾を飲み込んだ。
隣に座るソフィアの手をそっと握る。ソフィアはきょとんとしていたが、すぐに優しく微笑んだ。ハリーの何かを求めるような熱をこもった瞳を見て、何をしたいのかなんとなく分かるとそっと目を閉じた。
初めてのキスでは無いが、ハリーは緊張しながら頂上に到達したところでソフィアに口付ける。柔らかい感触に体の芯が痺れるような不思議な心地になり、そのままもっと長く口付けたかったがそっと離すと、睫毛の房が見えるほど近い距離でソフィアを見つめる。
「──この観覧車の頂上でキスをしたカップルはずっと一緒にいる事ができるジンクスがあるんだって」
「頂上……ああ、なるほどね」
ソフィアはくすくすと笑うと、ハリーの眼鏡に手を伸ばし外した後悪戯っぽく笑った。
「ジンクスに頼らなくても、そのつもりだったわ」
「あー……じゃあ、ジンクスは関係ないけど、もう一回してもいい?」
「そのつもりで眼鏡を取ったのよ。ちょっとぶつかっちゃうのよね」
ソフィアはハリーの首元に手を回し、再度──先ほどより長く──キスをした。
観覧車から降りたハリーはふわふわとした多幸感と愛しさで胸がいっぱいになりながら出口に向かって歩く。踏みしめているはずの地面が、なぜかトランポリンのように感じてしまう。ここはマグル界で魔法はかかってないのに、なんだかとっても不思議な気分だった。
「今日は楽しかったわ」
「うん、僕も。──ずっと今日が続けばいいのに」
「そうね……」
叶わない願いだと分かっていてもどうしても言わずにはいられなかった。薄暗くなっていく空を見上げこの後またダーズリー家に帰らないといけないと思うと心から嫌だったが、ソフィアも自分のように残念だと思ってくれていると思うとまだ気持ちが晴れた。
「また数週間後に会えるわ、多分本部で過ごすことになるんでしょう?」
「うん、そうだと思う。シリ──パッドフットもそう言ってた」
「じゃあ少しの我慢でまた会えるわ」
ソフィアの励ましに、ハリーはにっこりと笑った。
そのまま2人は朝に待ち合わせをしていた駅で別れた。ハリーは──場所は知らないが──ソフィアの家まで送っていくと言ったが、自分よりもハリーが暗くなってから独りで家に帰る方が危険だろう。ソフィアはそう考えハリーからの提案を断ったのだ。一番星は輝いているが、まだ完璧に夜が更けているわけではない。ソフィアは久しぶりに楽しい1日を過ごせたことに幸せな満足感に包まれながらナイトバスを呼び、ホグズミード村へと帰った。