ソフィアは夏休みの間にロンの家に遊びに行き、わりと充実した日々を過ごしていた。
日刊預言者新聞では毎日のようにヴォルデモートと死喰い人に対する警告と、怪しい魔法道具の広告が載せられ、人々の不安を煽っている。ホグズミード村でもいつものような賑わいはなく、人もまばらだった。週末ともなれば毎晩大繁盛だった3本の箒もすっかり閑古鳥が鳴いている。
ルイスはヴェロニカの家に泊まりに行き数日前から家を出ている。シェイドが届けた手紙と写真では、幸せそうに笑うルイスとヴェロニカ、そして彼女の家族がソフィアに手を振っていた。
ソフィアは明日、午前中にハーマイオニーの家に遊びに行き、そのまま騎士団に連れられグリモールド・プレイス12番地にある不死鳥の騎士団本部で過ごしホグワーツに向かう事になっている。
ルイスとはホグワーツでの日々が始まってしまえばお互いの目的のために会話することもままならないだろう。
とくにドラコの父が死喰い人として逮捕されてしまったのだ、ドラコの精神の安定のために彼はそばにいる事を望むだろう。
ソフィアはそれをもう嘆き悲しむ事はなく一年生の頃と比べれば心身共に成長したが、かと言って寂しさが無いわけではない。ルイスと何の憂いもなく過ごせる唯一の時間をもっと一緒に過ごしたかったが、なかなか願いは叶わなかった。
「……あの人なんて、早くいなくなればいいのに…」
ベッドの上で寝転んでいたソフィアはぽつりと呟いたが、すぐに唇を噛み顔を手で覆い深いため息を吐いた。
あの人──ヴォルデモートがいる限り平穏は訪れない。誰もが彼の失脚を──死を──求めている。しかし、それが出来るのはダンブルドアではなく、ハリーだと知っているソフィアは複雑な思いだった。
ヴォルデモートを倒すのは予言の子、ハリー・ポッターだ。しかし、彼にどんなに悪人だとしても人殺しをさせるなんて、本当にそれが正しい事なのだろうか。
ソフィアは体を起こすと隣で丸まって寝ているティティの柔らかな体を撫で、明日からの用意をするためにベッドの下からトランクケースを引っ張り出し、服や化粧品などを詰め込み始めた。
次の日の朝、ソフィアは大きなトランクケースを転がしながらホグズミード村にある3本の箒へと向かい、マダム・ロスメルタに暖炉を借りてダイアゴン横丁まで移動した。
勿論子ども1人では怪訝な目で見られてしまうため、隣には大人の男性に変身したティティが居る。その目を引く白髪はかなり目立ってしまうために今回は三角帽を目深にかぶっていて少々怪しい見た目でありティティの装いに胡散臭そうに見る魔法使いたちも、そばにソフィアがいれば怪しい人がいると通報する事はない。
子ども連れの死喰い人なんて、いないだろうというのが一般的な考えだろう。
夏休みだというのにやはりダイアゴン横丁はホグズミード村と同じく閑散としていて、去年までは開いていた店のいくつかが閉まっている。シャッター街のようになってしまった寂しさを感じながら、グリンゴッツに向かう。まだホグワーツから教科書リストは届いていないが、そろそろ送られてくるはずだ。時間のある内にまとまった金を下ろさなければならない。
ハーマイオニーとの約束の時間には、あと2時間はある。時間的に余裕はたっぷりあるはずだ。
ソフィアはそう思ったが、グリンゴッツの近くまで来て目の前の光景に唖然と口を開いた。
「な、なにこれ……」
グリンゴッツの開店まで、あと15分程だろう。それにも関わらずしまったシャッターの前には沢山の魔法使いや魔女が押しかけ、列を作っていたのだ。
呆然としながらもソフィアはその列の後ろに並び、目の前にいる高齢の魔女に「おはようございます」と声をかけた。
「ああ、おはよう。お嬢ちゃん1人──では無いようだね。どうしたんだい?」
魔女は誰に話しかけられたのかと警戒していたが、それが子どもだとわかるとすぐに警戒を解いた。そばにいるティティを見て子ども1人では無いとわかるとどうしたのかと優しく首を傾げる。
「あの…どうしてこんなに混んでいるんですか?」
「ああ……小鬼が警戒措置を取っていてね、金を下ろすのにかなり時間がかかるんだよ。大体5時間くらいだねぇ」
「えっ!?そ、そんなに?──どうしましょう、待ち合わせがあるのに…」
戸惑い困り顔のソフィアに、魔女は気の毒そうに、どうすることもできないとばかりに首を振った。
「まぁ、でも今から並べば……そうね、2.3時間で終わるかもしれないよ」
「そうですか……ありがとうございます……」
「大きなトランクケースだけど、これから旅行かい?」
「はい、それでお金をおろさなくちゃならなくて……」
「おやまあ、暇潰しするものはあるかね?」
ソフィアが困り顔で首を振ると魔女はにっこりと微笑み、手持ちの鞄の中から文庫本を取り出した。
「私のおすすめの本でね。お嬢ちゃんにプレゼントしよう。この出会いも何かの縁だからね」
「えっ?そんな──良いんですか?」
ソフィアは手に馴染む大きさのやや古い文庫本を見て申し訳なさそうに眉を下げる。古い本だが、持ち主の魔女が丁寧に扱っていたのだろう、少しも破れているところはなく布で作られたカバーもかけられている。一眼見て、かなり愛着を持っているものだと理解できた。
「ああ良いとも。私はもう内容を全て覚えているし、何よりその本は素晴らしいものだ、1人でも多くの人に読まれるのが私の願いなんだよ。──だから、もしお嬢ちゃんがその本を気に入って、満足いくまで読み切ったのなら、また誰かにプレゼントしてあげてくれないかい?」
「はい、私──大切に読みます、ありがとうございます!」
ソフィアは何度もお礼を言い、魔女は優しく笑うと列の前を向き鞄の中から編み棒を取り出し黙々と暇つぶしの編み物を始めた。
ソフィアは布のカバーを外し、そこに書かれているタイトルを読む。
──光と闇の落とし子
そう書かれたタイトルの表紙には、向かい合うようにして2人の子どもが描かれていた。ただのシルエットであり、その子どもがどんな表情をしているのかも、性別もわからない。ただ何となく──双子かもしれない。そうソフィアは思いながらカバーを付け直し、1ページ目を開いた。
ソフィアがグリンゴッツで金を下ろし終えたのは、ハーマイオニーとの約束の時間から30分は過ぎていた。
長い待ち時間の間は魔女から貰った本を読みそれほど苦痛に感じなかったが、まさか本当に2時間以上も待つ事になるとは思わず時計の針が進むにつれソフィアは焦れったそうに足踏みをし、人の列が早く無くならないかと首を伸ばしていたのだ。
銀行に入ってしまえばティティと離れるわけにもいかず、ハーマイオニーに遅刻を伝えられないもどかしさにソフィアは急いで待ち合わせ場所の漏れ鍋へ走る。
既にハーマイオニーは彼女の両親と心配そうに眉を寄せ漏れ鍋の店の前でソフィアの到着を待っていた。不安げに辺りを見回すハーマイオニーに、ソフィアは必死に手を振り「ハーマイオニー!」と叫ぶ。
「ソフィア!──遅いから心配したわ!」
ハーマイオニーはすぐにソフィアに気づくと駆け寄り、心配そうにソフィアの頭の上から爪先まで見る。ソフィアが時間を守らないなんて考えられず、まさか何かに巻き込まれたのではないかと気が気ではなかったのだ。
「ごめんなさい。グリンゴッツがとても混んでて……開店前から並んだのに、3時間近く待たされてしまったの……」
「えぇ!?そ、そんなに?──パパ、ママ…まだお金を変えてないわよね?」
ハーマイオニーは驚愕し、小声で後ろにいる両親に声をかける。
2人は顔を見合わせ困惑しながら頷いた。
「お久しぶりです。ごめんなさい、遅れてしまって……」
「いや、大丈夫だよ。それより参ったな……まさかそんなに銀行が混んでいるなんて……」
ハーマイオニーの両親はマグルであり、何度かダイアゴン横丁に足を運び少し慣れてきたとはいえ、今あまり彼らが出歩くのは褒められたことではない。魔法から身を守る術を持たず、善良な一般市民である彼らは勿論拳銃やナイフなんて持っていないのだ。
「あ──でも、両替だけならそれ程時間はかからないかもしれません。そちらの列はあまり並んでいなかったので」
「そうかい?なら──少し、様子を見てこよう」
「あなた、気をつけてね。アイスクリーム屋で待っているわ」
心配そうなグレンジャー夫人に見送られ、グレンジャー氏は背中を丸め他の魔法使いの目に止まらぬようこそこそと銀行へと向かった。
「じゃあ私たちは、行きましょうか。──あなたは、ソフィアの保護者かしら?」
グレンジャー夫人は今まで一言も話さなかったティティを見て首を傾げる。
ティティはつられるようにして首を傾げながらニコリと人当たりの良い笑顔を見せただけで何も言わなかった。
「あー…彼は、私のペットなんです」
「ペット……?」
ソフィアの言葉に彼女は困惑し、何度もソフィアとティティ──成人済み男性を見比べた。魔法界の常識では、ヒトを飼う事も当たり前なのだろうか。
「ティティ。元に戻っていいわよ」
「きゅ」
ティティは大きく頷き、ぶるりと体を震わせると軽い破裂音を出し、いつものようなフェネックの姿に戻った。地面には先程まで着ていた大きなローブがべしゃりと落ちてしまい、ソフィアはそれを拾いトランクの上に乗せながらティティを抱き上げる。
「変身が得意なんです!──ティティ、という名前です」
「まぁ…!凄いわね、まるでお伽噺に出てくるキツネみたいだわ!」
彼女は驚いたが納得したように頷き、白いティティの頭をそっと撫でた。
ソフィアとハーマイオニーとグレンジャー夫人は客の少ないアイスクリーム店のテラス席に座り、時々グリンゴッツのある方向を見ながら美味しいチョコサンデーを食べていた。
幸運にもグレンジャー氏は──少しよれよれになりながらも──3人がチョコサンデーを食べ終わるまでには戻り、疲れたように笑いながら金の入った袋を少し掲げた。
「銀行の中は長蛇の列で、混乱しきっていたよ。いやはや、あの小鬼に見られるとどうも身がすくんでしまう──両替の方は人が少なくてね、すぐ終わったよ」
「ああ良かったわ!──さあ、ハーマイオニー、ソフィア?そろそろお家に戻りましょうか」
「うん、ママ」
「ハーマイオニーのお家、とっても楽しみだわ!」
グレンジャー氏がソフィアの大きなトランクを持ち、4人と1匹は太陽の高い内にグレンジャー家へと向かった。
ダイアゴン横丁を出て電車に4駅分乗り、さらにバスを使って到着したのは閑静な住宅街だった。
沢山の子どもが夏季休暇を楽しむように広い公園で遊んでいるのだろう平和な笑い声が聞こえる。もしもヴォルデモートが世界を闇に落としてしまったら──きっと、マグル界の平和もなくなるのだろう。魔法界の事を何も知らないマグルの平和が脅かされるなんてそんな事あってはならない。あの無邪気な表情で笑う子どもたちの顔が曇らぬよう、一刻も早くヴォルデモートを倒し、死喰い人達を捕らえければならない。
ソフィアは今この瞬間も任務につき動いているだろう不死鳥の騎士団員や闇払い達のことを考え、少し胸が苦しくなった。
昼食の準備ができるまで部屋で遊んでいなさい。というグレンジャー夫人の言葉にハーマイオニーとソフィアは頷き、2人はハーマイオニーの部屋へと向かった。
壁にある本棚にはたくさんの本が収まり、彼女の性格を現すかのようにキチンと分類わけされ整理整頓されている。
部屋にあるベッドシーツやカーテン、ソファなども落ち着いた大人っぽいものが多いが、可愛らしいぬいぐるみが数匹ベッドの上に乗っていた。
「これ、マグル界のお菓子なの。私は好きなんだけどどうかしら?」
「ありがとう!」
ベッドに座りながらハーマイオニーは近くにある棚を探り、緑色が鮮やかな箱を取り出す。嬉しそうにお礼を言ったソフィアは一つ受け取り、個別包装されている小さな包みを開けて「チョコレートね!」と目を輝かせた。
「──んっ!?」
「ミントチョコなの」
「んー……驚いたけど、美味しいわね」
外側は普通のビターチョコだったが、噛んだ途端中からどろりとしたゼリーが溢れ口の中を爽快なミントの味が駆け回った。予想外の味だったが甘すぎずスッキリとしていて後味も良い。人は選ぶかもしれないが不思議とクセになる味に、ソフィアはもう一つ包みを開いて口の中に入れた。
「それで?ハリーとのデートはどうだったの?」
「楽しかったわ!遊園地って、ハーマイオニーは行ったことある?」
「何回かパパとママと行ったわ。でも、2人ともジェットコースターが苦手だし、ホラーハウスは怖がって入れないしで……メリーゴーラウンドと観覧車ばっかり乗ってたわ」
ソフィアは目を輝かせ、頬を赤らめ当時のことを思い出しながらジェットコースターの素晴らしさを語り、あの動きをクィディッチに活かせないかと真剣にハーマイオニーに訪ねたが、クィディッチにあまり興味がないハーマイオニーは「うーん、わからないわ」とあっさりと言った。
「クィディッチといえば、ハリーは来学期からは選手に戻るでしょう?ソフィアは……どうするの?」
「あー……クィディッチが好きだし、やっぱり選手になれて嬉しいし今年もやりたいけれど──ハリーの能力と比べると全然だもの。きっとシーカーは降ろされるわね。補欠シーカーになるか、選考を受けるのなら、他のポジションになれるとは思うわ」
「そう……ロンもキーパーの選考を受けなおすのかしら」
「うーん…微妙ね。それは新しいキャプテンが決めると思うわ。もうアンジェリーナは卒業したし……」
そういえばそうだったとハーマイオニーはミントチョコを食べながら今のグリフィンドールチームのメンバーを考えた。
あの中で、次の世代を引っ張っていけるリーダー的役割が出来る選手となれば──。ちらり、とハーマイオニーはソフィアを見て、ソフィアはその視線の意味に気付き「多分、ハリーが新しいキャプテンね」と答える。
「そうね。私もそう思うわ。──うーん、今年もハリーとロンは絶対宿題をやらないわね」
「あはは……まぁ、その可能性は高いわね」
今年もハリーとロン、2人とも選手になるのならきっと宿題はまた白紙のまま提出日を迎える事となり、夜遅くに自分達に泣きつくのだろう。簡単に予想できてしまった未来にソフィアはくすくすと笑い、ハーマイオニーは「学生の本分を間違えてるわ!」と憤った。