ソフィアは2日ほど額に大きなガーゼを貼り付けていたが、傷は全く残らず綺麗に治った。それも、普通の傷薬ではなく、かなり貴重な物をセブルスが持ってきて6時間おきに塗るという、甲斐甲斐しい手当のおかげだろう。夜中と早朝にこっそりと寮を抜け出し入り口の前で薬を持ち待ちうけているセブルスに会いに行くのは少々嬉しくもあり、かなり眠くて面倒だったが、少しの傷跡でも残ってしまえばきっとルイスと父は酷く心を痛めるだろう。それがわかっていたから文句は何も言わなかった。
トロールの一件で、ソフィアとルイスはハリーとロン、そしてハーマイオニーのかけがえのない友人となった。共通の強い経験がある事で絆が強固となりお互いが好きになる、そんな特別の経験を経て、彼らは真の友人となった。
ルイスは寮が異なっていたため、常に一緒には行動できなかったが、それでも休み時間にハリー達を見つければすぐにルイスは駆け寄って取り止めのない話を楽しそうにした。
気がつけばいつの間にかハリーとロン、ハーマイオニーとソフィアは4人で行動するようになったが、それも当然の事と言えるだろう。
ハーマイオニーはトロールとの一件から、規則を破る事にやや寛大になり、随分と優しくなり、それはハリーとロンにとって途轍もなくありがたい事だった。
膨大な宿題にうなされるハリーとロンに、ハーマイオニーとソフィアは2人がかりでヒントを与え、間違っているところはチェックを入れた。どちらかと言うとソフィアは2人に甘くすぐに答えを教えようとしたのだが、ハーマイオニーは自分で考えなければ身につかない、と当然の事を告げそれを止めた。
ハリーはハーマイオニーから借りたクィディッチ今昔という本を夢中になって読んだ。もうすぐハリーが選手として初めてのデビュー戦を迎える。この本を読んでいると昂りそわそわとした気持ちが少し落ち着いた。
ハリーのデビュー戦の前日。
4人は休み時間に凍りつくような中庭に出ていた。あまりの寒さにソフィアは持っていた羊皮紙を透明なガラスのランプに変え、ハーマイオニーは魔法で鮮やかなブルーの火を出しランプに入れた。
「寒いわ…!」
「本当に…もう冬だもの…うぅ、指の感覚がないわ…!」
ソフィアは鼻を赤くし、ランプに震える手をくっつけた。4人がランプの火で温まっていると、ハリーはセブルスが廊下からこちらを見ていることに気付き、慌ててぴったりとくっ付きランプが見えないように隠した。きっと、火を出すことは禁止されているに違いない、そう思ったのだ。
しかし、ハリーのその隠し事をしているような表情に気付いたセブルスは脚を引き摺りながら4人に近づいてきた。
ソフィアは眉を顰め、その脚を見る。
そういえばトロールが襲った日、医務室へ向かう父の足取りはゆっくりだった。自分の額の怪我を気遣いゆっくり歩いているのかと思ったが、もしかしてあの日脚を怪我していた?でも、あれから一週間はたっている。何故、治さないのだろう。
自分の脚を見つめるソフィアに気付いたセブルスは、苦々しい表情で4人を見る。
そして、目敏くハリーが持つ本に気が付いた。
「ポッター、そこに持っているのは何かね?」
ハリーは渋々、クィディッチ今昔を差し出した。セブルスはすぐにそれを奪い取ると、静かにハリーを見下ろした。
「図書館の本は校外に持ち出してはならん。グリフィンドール5点減点」
悔しそうなハリーの表情を見て、セブルスはどこか勝ち誇ったような顔で──少なくとも、ハリーにはそう見えた──また脚を引きずりながら去って行った。
「規則をでっちあげたんだ!」
「うーん、規則はでっちあげれないと思うわ。…だけど、あの脚…どうしたのかしら」
「知るもんか!でも、物凄く痛いといいよな」
ロンも悔しそうにセブルスが消えた先を睨みながら言う。ソフィアは父のあまりの評判の悪さに何も言えず口を閉じた。ハリーへの対応があまりにも悪すぎて、弁解の余地もなかった。
その夜、グリフィンドールの談話室は明日に控えるクィディッチ戦の話で盛り上がり騒々しかった。
4人は一緒に窓際に座り、ハーマイオニーはロンの、ソフィアはハリーの宿題をチェックしていた。
ハリーはそわそわと脚を動かし、落ち着かないようで、それに気付いたソフィアは首を傾げる。
「ハリー、どうしたの?」
「僕…本を返してもらってくる」
すくっと立ち上がり、宣言するハリーをロンとハーマイオニーは心配そうな目で見た。そんな事、成功するとは思えなかったのだ。
「一人で大丈夫?まだロンの宿題が終わりそうにないの…」
「私も着いていくわ」
ソフィアは立ち上がり、ハリーと共に職員室へ向かった。ハリーには勝算があった、きっと他の先生が居る前ではスネイプは断らないに違いない、それにソフィアもいる、一人で行くよりましだ。そう思っていたのだ。
ソフィアはセブルスの脚の怪我を心配し、ついでに見に行こうと思っていたのだ。ハリーが居れば何も教えてくれないかも知れないが、それでも心配で居ても立っても居られなかった。
ハリーは職員室の扉をノックし、暫く待ったが何も返事はなかった。2人は顔を見合わせ、もう一度ノックをする。だが、やはり帰ってきたのは沈黙だけだった。
「…入ってみよう」
「えっ…それは流石に…バレたらかなり、怒られるわよ?」
「かまうもんか!本があるか確認して…無かったら諦めるよ」
それは、あったら本をこっそり取ると言うことであり、後で父が没収した本が無くなっている事に気付かないわけがない。──余計に怒られるんじゃあ…。とソフィアが言う前に、ハリーはそっと扉を開け中を覗いた。
仕方なく、ソフィアも同じようにこっそりと中を覗いてみた。
誰も居ないかと思われた職員室だが、中にはセブルスとクィレルが居た。
セブルスはガウンを膝までたくし上げ、ズタズタに引き裂かれていた片方の脚を露出させていた。それを見て、ソフィアは口を押さえる。自分の額の怪我よりも深く、広い傷は癒えること無く血を流している。
クィレルは痛々しい傷を見る事すら恐怖なのか、震えながらセブルスに包帯を渡していた。
「いまいましいヤツだ。3つの頭に同時に注意するなんて出来るか?」
そっと、ハリーは扉を閉めようとした。これは、見てはいけない場面だ、直感的にそう判断したのだが。
「ポッター!」
セブルスは薄く開く扉の先にハリーが居る事に気付き怒号をあげるとさっとガウンを下ろした。ハリーはもう隠れることは出来ない、と扉を開くと震えながらセブルスの目をしっかりと見た。
「僕、本を返してもらえたらと思って」
「出ていけ、失せろ!」
ハリーはセブルスが減点しないうちに、全速力で寮まで戻った。
セブルスはハリーの影で隠され今までソフィアが居た事に気が付かなかった、自分の脚を見つめるソフィアに舌打ちを溢し、重い口調で告げる。
「…ミス・プリンス、早く、戻りたまえ」
「…、…私、クィレル先生に伝えなければならない事があって…」
「わ、わわたしですか?」
クィレルはびくりと肩を震わせ恐々ソフィアを見た。ソフィアはセブルスの脚からようやく視線を外し、クィレルを見ると真面目な顔で頷く。
「はい、さっきクィレル先生の教室を通ったのですが…何か物音がして、誰かが忍びこんでいるのかもしれません、…その、見に行かれた方がいいのでは…?」
「な、ななっ…い、行ってきます、あ、ありがとう、ミス・プリンス…」
クィレルは慌てて立ち上がると机にぶつかりながらセブルスとソフィアの横を通りすぐに教室へと駆けて行った。──勿論、今のはソフィアの嘘だ。
「用が済んだのなら、さっさと帰りたまえ」
「…脚、どうしたんですか」
「……何でもない、帰りたまえ」
強く、セブルスはソフィアを見下ろしながら伝える。
ソフィアはため息をつき、扉の方に身体を向ける、ようやく諦めて帰るかとセブルスは思ったが、素早い動きで直ぐに振り返ると驚くセブルスに向かって飛びつき勢いよく机に押し倒した。
「──っ!」
いきなりの事でバランスを崩したセブルスはがつん、と強く背中を打ち、痛みに顔を歪める。いくつかの教科書が机から音を立てて崩れ落ちた。ソフィアは直ぐにセブルスのガウンをたくし上げ、脚を無理矢理露出させるとその傷を見た。遠目で見た時よりも、それは酷く感じた。
「…これの何処が、なんでもないの?」
「…、…ソフィア、ここは人が来る。降りなさい」
静かなセブルスの声に、ソフィアは顔を歪めたままセブルスの胸の上から降りるとすぐにしゃがみ込みその痛々しい傷を見た。
「…ソフィア、帰りなさい。傷は…何でもない、薬草を取りに禁じられた森に入った時に…少しヘマをした、それだけだ」
セブルスは早口にそれだけを言うとガウンをたくし上げるソフィアの手を優しく外した。
ソフィアはガウンで隠されたその脚を暫く見つめていたが、すっと立ち上がりセブルスの目を見つめた。
「…四階の禁じられた廊下にいるケルベロスね」
「なっ…何故、それを…!まさか──」
セブルスはソフィアの口から放たれた言葉に愕然としたが、直ぐに鋭い目つきでソフィアを見る。ソフィアはその視線を受けたまま、まっすぐにセブルスを見上げた。
「ごめんなさい、入っちゃったの。…私、あのケルベロスの足元に隠し扉があるのを見たわ、…何があるのかはわからないけれど、そこにある何かを守っている番犬なのね。……、…待って…じゃあ、まさか…あのトロールの騒ぎは…」
「──ミス・プリンス!」
セブルスは大声でソフィアの名前を、一生徒として呼んだ、ソフィアはびくりと肩を震わせ、口をつぐんだ。
「帰りなさい」
三度目の言葉は、確かな拒絶が含まれていた。ソフィアは暫く黙っていたが、一つ長いため息を吐くと、諦めたように肩をすくめた。
「…、…この事を兄と相談しても?」
「それは許可しない。何も行動するな、大人しく過ごしなさい」
「…はい、…失礼します。…怪我、早く良くなる事を…祈ってます」
ソフィアは静かに職員室を後にした。
魔法生物から受けた怪我は、魔法薬が効きにくい。自身の治癒能力に任せるしか無いのだ。だから怪我がまだ治っていないのだろう。ソフィアはそう考え、少しでも早く治る事だけを祈った。そしてグリフィンドール塔の階段を登りながら、頭の中で色々な考えを巡らせる。
父の怪我はトロールの日からだ。
ケルベロスが何を守っているのかはわからない、が、父がそれを盗みに入ったとは考えられない。
ならば、父はそれが盗られていないか確認しに行こうとしたのだろうか?
トロールの騒ぎに生じて盗もうとした人が居るんだ、このホグワーツ内に…。そして、その人物は…確たる証拠はないが、1人、怪しい人物が居る。
──クィレル先生だ。
そう、ソフィアは考えた。
だが証拠は何もない、ただ漠然と直感でそう思うだけだ。もとから少し怪しく思っていた先入観がそうさせているのかも知れない。ダンブルドアが信頼している先生を疑いたくは無かったが、トロールをホグワーツ内に侵入させるなんて芸当、生徒にはできないだろう。
ソフィアは思考しながら太ったレディに合言葉を言い、談話室へと入る。
ハリー達は顔を突き合わすようにしてこそこそと話していたが、ソフィアが戻ってきた事に気がつくと弾かれたように駆け寄り、無言でその手を引くとまた窓際に戻った。
「ソフィア!遅かったね、どうしたの?まさか…怒られちゃった?」
ハリーが心配そうにソフィアを見る。ソフィアは何でもないと首を振った。
「大丈夫よ、帰る途中でルイスにあって、明日のクィディッチ戦の事で話をしてただけなの。…で、どうしたの?」
「そうなんだ…今、ちょうど2人に職員室で何を見たのか話し終えたところだよ」
ハリーは声を顰めながらロンとハーマイオニーとソフィアを順番に見た。その目は確信と興奮で奇妙に光っている。
「ハロウィーンの日、スネイプは三頭犬の裏をかこうとしたんだ。ハーマイオニーとソフィアを探している時に、僕達が廊下で見たのはそこへ行く途中だったんだよ──あの犬が守っている物を狙ってるんだ。トロールは絶対あいつが入れたんだ。みんなの注目を逸らすために…箒をかけてもいい」
「違う、そんなはずないわ。確かに意地悪だけど、ダンブルドアを守っている物を盗もうとする人ではないわ」
「おめでたいよ、君は。先生はみんな聖人だと思ってるんだろう。僕はハリーと同じ考えだな。スネイプならやりかねないよ。…ソフィア、君はどう思う?」
ロンの問いかけに、ソフィアは少し沈黙したあと口を開いた。
「…私は、ハーマイオニーの意見に賛成ね。スネイプ先生はそんな事をする人じゃないと、私も思うわ」
「なら、誰だっていうんだよ!」
「…それは…その、わたしの直感で…証拠も何も無いんだけど……クィレル先生とか」
ソフィアのその言葉に、三人は顔を見合わせてあり得ないと首を振った。
「クィレル先生が?それは無いね!あんなに怯えてる人がトロールを連れて来れると思うかい?」
ロンが苦笑しながらいう、それを言われて見れば、確かにそうだとソフィアは口を閉ざした。だが、父は絶対そのような事はしていない。
何故かと言えば、至極簡単だ──子どもが通う学校にトロールを放つ愚かな親は居ないだろう。
だが、その確信を、ソフィアは伝える事は出来なかった。
「でも、スネイプは何を狙っているんだろう?あの犬、何を守ってるんだろう?」
ロンはぽつりと呟く。
4人は顔を見合わせたが、誰もその答えを持ち得なかった。