ハリーが騎士団本部に来てから数週間、彼らは一度も外に出ることなく魔法チェスやゴブストーンをして過ごした。
時折騎士団員が深刻な顔をして本部を訪れ、去年と同じようにハリー達は聞くことができない会議をしているが、かといって今年は全てが秘匿とされているわけではなく、会議に参加したシリウスやジャックが掻い摘んで今何が起こっているのかを話してくれていた。
モリーはそれを納得がいかない目で見ていたが唇をぎゅっと噛み、何も言うまいと自分を諌めているようであった。
「ダンブルドアが、ある程度は君たちに伝えるようにと言ったんだ」
不思議そうにするハリー達にシリウスが低く笑いながらそう伝えた。
昨年、ダンブルドアはハリーを愛し、護りたかったため辛い部分を伝えなかったが、いまのハリーは大人に近くソフィア達の支えにより冷静に物事を考えられるようになったと判断された。全てを教える事はできないがそれでも今騎士団員が何をし、どんな任務にあたっているかハリー達に関わる事は伝えるように、騎士団員に命じていたのだ。
騎士団員は変わらずにヴォルデモートの動向を探り、死喰い人を捕らえるためイギリス中を飛び回っているらしい。それだけではなく何名かが特別な任務に就いているようだが、流石に極秘任務に関わる内容は教えられなかった。──それでも、ハリーは充分満足であり、昨年のような不安な気持ちは今のところ持っていない。
日刊預言者新聞では毎日のように失踪事件や奇妙な事故、その上死亡事件も報道されていたが、それさえなければハリーにとってはじめての幸せで平和な休暇だった。
ハリーの16歳の誕生パーティも前年度のクリスマスに負けないほどシリウスが張り切って準備をし、かなり豪勢なパーティになったといえるだろう。──ただし、参加したリーマスが世間で起きている凄惨な事件をぽつりと漏らした事により、明るいパーティでは無くなってしまったが。
リーマスは吸魂鬼の襲撃事件。
イゴール・カルカロフの死体発見。
ダイアゴン横丁のアイスクリーム店の店長、そして杖職人のオリバンダー2名が行方不明となっている、と伝えたのだ。
ハリーたちにある程度の情報を教えなければならないとはいえ、何も誕生パーティの時に話す内容ではなかったのは明確であり、モリーは不機嫌そうに鼻を鳴らしていた。
この、かなり暗い誕生パーティの次の日にはトンクスが現れハリーへの祝いの言葉もそこそこにソフィア達にホグワーツからの手紙と教科書リストを届けに訪れた。
トンクスの表情はいつもより悪く、髪も溌剌としたピンク色ではなく陰鬱な印象を与えるくすんだ灰色であり──ソフィアたちは、世間の状況が芳しくないからだろうと思った。
去年なら夕食を食べて帰っていたトンクスだったが、モリーの誘いにも「だめ、忙しいの」と低く思い詰めたような声で囁きすぐに本部を後にした。そのこともソフィア達がそう考えた原因のひとつだろう。
「トンクス、変化術にも問題があるんだって。今までみたいに姿を変えられないってママがジャックに言ってた」
トンクスが出て行った扉を見つめ、心配そうにジニーが呟いた。
「そうなの?──かなり、疲れてるみたいだものね…」
生まれつきの変化術が使えなくなる程、彼女にとってショックな出来事があったのかもしれない。それとも、ただ単にヴォルデモートの脅威に神経をすり減らし、闇払いとして多忙な日々を過ごしていて疲れているからだろうか?
「リーマスもかなりやつれて──」
前回見た時よりも白髪が増え、やつれた深刻な表情をしていたリーマスを思い出しながらハリーはホグワーツから届いた封筒を開き──そして、息を呑んだ。
封筒の中には何か硬いものが入っており、ハリーは監督生のバッチかと胸を高鳴らせたが、手のひらの上に転がったバッチは『G』の頭文字が書かれ、赤と黄色に輝く。
それは、紛れもなくウッドやアンジェリーナがつけていたグリフィンドール・クィディッチチームのキャプテンを示すバッチだった。
「わぁ!キャプテンになったのね、おめでとうハリー!」
「これであなたは監督生と同じ待遇よ!私たちと同じ特別なバスルームが使えるとか」
「ワォ、チャーリーがこんなのを着けてたこと、覚えてるよ。ハリーかっこいいぜ!君は僕のキャプテンだ──また、僕をチームに入れてくれればの話だけど」
ははは、と乾いた笑いをこぼすロンに、ハリーはピカピカと輝くバッチを握りしめながらニヤリと悪戯っぽく笑った。
ロンの技術力もメンタルの弱さも、時折見せる奇跡のようなプレイも、ハリーが1番良く知っている。今年がどうなるかはまだキャプテンになりたてのハリーは考えていなかったが、ロンと共にプレイ出来ればどれほど幸せだろうかと思った。
「私は、今年は──クィディッチチームには参加しないわ」
「えっ!?どうして?」
ソフィアの残念そうな微笑みを見てハリーは驚き、バッチを握りしめながらソフィアに詰め寄る。あまりの勢いにソフィアは少し体を逸らせながら苦笑した。
「あら、だってグリフィンドールチームには最高のシーカーが復帰するでしょう?」
「あ……。でも、他のポジションでも──学校が始まったら選抜試験をする事になるし──」
たしかに、アンブリッジはもうホグワーツを去っている。無期限クィディッチ禁止令は破棄され、自分は来年からキャプテンとして、そしてシーカーとしてクィディッチに参加するつもりだ。
誰の目から見ても、ソフィアよりもハリーの方が優れたシーカーである事は間違いなく、シーカーの座を譲るつもりはなかったが、ハリーはロンと空を飛びたい願望以上にソフィアとも同じ時間を過ごしたかった。
「うーん……私、今年はマクゴナガル先生との個人授業も復帰する予定なの。他にも少しやりたい事もあって──マクゴナガル先生と相談してみるわ」
「うん……わかった」
ハリーはがっくりと肩を落としたが、自分よりはるかに多い科目を選択している上、マクゴナガルとの個人授業もあると知ればソフィアを無理に誘う事は──心の底から残念だったが──出来なかった。
「まあ、教科書リストが届いたのね。これが届いたからにはダイアゴン横丁行きをあんまり先延ばしには出来ないでしょうね」
厨房からモリーがエプロンで手を拭きながら現れ、ロンが持つリストに目を通しため息をついた。
「土曜日に出かけましょう。お父さまか、ジャックの時間が空いていればだけど。付き添い無しでは、私はあそこに行きませんよ」
「ママ、例のあの人が書店の本棚の影に隠れてるだなんて、まじで思ってるの?」
ロンが鼻先で笑いからかいつつ言えば、モリーの目は吊り上がりじろりとロンを睨んだ。
「フォーテスキューもオリバンダーも、休暇で出掛けたわけじゃないでしょ?安全措置なんて馬鹿馬鹿しいと思うんでしたら、ここに残りなさい。私があなたの買い物を──」
「だめだよ、僕行きたい。フレッドとジョージの店が見たいよ!」
「それなら坊ちゃん。態度に気をつけることね。一緒に連れて行くには幼すぎるって私に思われないように!」
モリーは顔を赤くし怒りながら勢いよく背を向け、ずんずんと厨房に戻って行った。
「それに、ホグワーツに戻るときも同じですからね!」
扉の向こうに行く前に荒々しい口調でそう言うと、今度こそ本当に厨房の奥へと消える。
ロンはしっかりとモリーが消えたのを確認し、ハリーを見て肩をすくめ「もうここじゃ冗談も言えないのかよ……」と呟いた。
しかし、ロンは土曜日までヴォルデモートに関する軽口をたたかないように気をつけていた。少しでもモリーの怒りに触れてしまえば本当に自分1人だけ留守番になると悟ったのだろう。
土曜日の朝食の時までモリーは落ち着いていたが、さすがにあと数時間でソフィア達がこの安全な場所から離れるとなると緊張と不安が押し寄せているのかピリピリと張り詰めていた。
仕事から久しぶりに戻ったビルはフラーと共に本部に残る事になり、──ジニーは喜んでいるようだった──朝食後片付いた机の上にぎっしりと金貨で詰まった巾着をハリーに渡した。
「僕のは?」
それがビルからハリーへの小遣いだと思ったロンはすぐにビルに聞いたが、ビルは呆れ顔で「ばーか、これはもともとハリーの物だ」と告げる。
「ハリー、君の金庫から出しておいたよ。なにしろこの頃は金を下ろそうとすると一般の客なら5時間はかかる。小鬼がそれだけ警戒措置を厳しくしているんだよ。二日前も、アーキー・フィルポットが潔白検査棒を突っ込まれて──まあ、とにかく、こうする方が簡単なんだ」
「ありがとう、ビル」
「気にするな。……ソフィアは保護者に頼んだのか?」
「ここに来る前にまとまったお金をおろしたの。……朝一番に向かったんだけど、3時間はかかったわ……」
「そりゃ──まだ運が良い方さ」
その時の事を思い出し苦い顔をするソフィアに、ビルはニヤリと悪戯っぽく笑う。ソフィアの顔を見たビルは「そういえば」と思い出したように呟いた。
「ソフィア、将来の仕事は決まったのか?」
「あ!ええ、呪い破りを目指す事にしたの!だから、就職する時に──ちょっとアドバイスをもらえたら嬉しいわ」
「そうか!勿論だ」
ビルはにっこりと笑いソフィアの肩を軽く叩く。誰だって自分の仕事に興味を持ってくれるのは嬉しい事だ。それがただの他人ではなくロンとジニーの友人であるソフィアなら尚更の事だろう。呪い破りは一人前になるまでは一人で任務につく事はない。それほど高くはないかもしれないが、後2年後に自分の直属の部下になる可能性だってある。
「呪い破りは大変だけどやりがいがある。いつでも相談に乗るからな」
「ええ、ありがとう!」
「この人はいつも思いやりがありまーす」
フラーはビルに垂れかかるように腕を絡ませ、うっとりと優しい声で言った。ジニーとモリーがどこか複雑そうな苦々しい表情をしていた事に気づいたソフィアとハリーとロンとハーマイオニーは、なんとも言えず目の前で甘い雰囲気を漂わせる2人と嫌そうな2人が出す空気に居心地悪そうに視線を交わした。