教科書リストが入った鞄を持ったソフィア達はモリーとアーサーとリーマスに『付き添い姿現し』され、漏れ鍋があるチャリング・クロス通りの裏路地へと移動した。
何があっても対抗できるようすぐに杖を構え警戒しながら漏れ鍋へと向かう。
ハリーは守られるようにして彼らの中央に位置していたが、ダンブルドアに言われ身離さず透明マントを持っているし、これ程の警戒は必要なのかと内心で不満を感じていた。
「ああ、よかった。もう来ている!」
ハリーは自分の警護員である闇払いに囲まれて買い物をすると思い込み、気が滅入っていたが──しかしその不満も曲がり角を超えて漏れ鍋の入り口を見た時には遠い彼方へと吹き飛んでいた。
「ハグリッド!」
漏れ鍋の外には巨大な黒髭を持つ半巨人であるハグリッドが立っていた。通りすがりのマグル達が驚くのも気にせず、「ハリー!」と歓声を上げたハグリッドは顔を綻ばせハリーに駆け寄ると、骨も砕けそうな力でハリーを抱きしめた。
「おう、よく来たな!」
「け、警護員がハグリッドだって僕たち知らなかった!」
「うんうん、まるで昔に戻った見てぇじゃねぇか?あのな、魔法省は闇祓いをごっそり送り込もうとしたんだが、ダンブルドアが俺1人で大丈夫だって言いなすった」
痛む肋骨を抑えながらニヤリと笑ったハリーに、ハグリッドはポケットに両手を突っ込み誇らしげに胸を逸らした。
「やあハグリッド。あとはくれぐれも頼むよ」
「おう、まかされた」
リーマスはハグリッドへハリー達を預けると、モリーとアーサーに目配せをし──2人は真剣な顔で頷いた──擦り切れたコートを手繰り寄せ顔を隠すようにしてさっと路地裏へと消えてしまった。彼がなんの任務に就いているのかは知らないが、ソフィアは見るたびにやつれていくリーマスを心配し、何故か胸が騒ついた。
「そんじゃ、行こうか。──モリー、アーサー、どうぞお先に」
2人に続きハリー達が漏れ鍋へと入り、ソフィアは後髪引かれる思いで漏れ鍋へと入った。
以前なら大賑わいしていた店内は亭主のトムが残っているだけで、彼もまた店内の陰気な雰囲気に感染したかのようにすっかり萎びてしまい、もう磨く所のないグラスを磨いている。ホグズミード村だけではなく、イギリスの中で大きな通りに面している漏れ鍋ですらこうなのかと、ソフィアはヴォルデモートがもたらした世間の影に眉を顰めた。
「今日は通り抜けるだけだが、トム、わかってくれ。なんせホグワーツの仕事だ」
トムはソフィア達が現れたのを見てようやく客が来たのかと期待を滲ませていたが、ハグリッドの言葉を聞くとすぐに陰気な表情でため息をつき頷いた。ソフィア達だけでなく、ここを通過点とするだけで足を止めてゆっくりとする者はもう殆どいないのだろう。
ソフィア達は漏れ鍋を通り抜け、肌寒い小さな裏庭に出た。ハグリッドはピンク色の傘を上壁の煉瓦の一つを軽く叩き、ダイアゴン横丁への道を開通させる。アーチ型に開いた壁をくぐり抜け、曲がりくねった石畳の先にあるのはダイアゴン横丁だが──ソフィアが数週間前に訪れた時と比べ物にならないほど人はまばらで閑散としていた。
キラキラと色鮮やかに飾るショーウィンドウの呪文の本や魔法薬の材料、そしてさまざまな雑貨も全てその上に貼られた魔法省からのくすんだ大きなポスターに覆い隠されている。それは夏の間に配布された死喰い人やヴォルデモートの脅威から身を守る方法や、保安上の注意事項が拡大されたものだったが、中にはまだ捕まっていない死喰い人のモノクロ写真もあった。
窓に板が打ち付けられている店もあり、アイスクリーム店はその一つだ。一方で通り一体に怪しく見窄らしい屋台があちこちに出現していた。間違いなく、この混乱に乗じた出店の申請などしていない店だろう。
屋台の一つでは怪しげな風体の小柄な魔法使いがチェーンに銀の符牒をつけたものを腕一杯抱え、少ない通行人に向かってじゃらじゃらと音を鳴らしアピールしている。すぐ脇にある段ボールの看板には『護符 狼人間、吸魂鬼、亡者に有効』と書かれているがどう見ても効果はなさそうだ。しかし、通行人はチラチラと興味深そうに見ている様子から、信じられないとチラリと思いつつそれに見ないふりをし──何でもいいから縋りたい気持ちがあるのだろう。
「奥さん。お嬢ちゃんにお1ついかが?お嬢ちゃんの可愛い首を守りませんか?」
ソフィア達がそばを通れば魔法使いがジニーを見ながらモリーへと媚びた卑しい笑いを浮かべる。すぐにアーサーが2人の間に立ちぎろりと睨みつけ──魔法使いはニヤニヤと笑ったままターゲットを別の通行人へと変えた。
「私が仕事中なら──」
「そうね。でもいまは誰も逮捕なさらないで。急いでるんだから」
アーサーはマグル製品不正使用取締局の局長だったが、世の中の不安につけ込み効果のないものを売る悪人や効き目のない魔法を教える魔法使いが現れ出したことから、新たな職務に就くことになり『偽の防護呪文ならびに保護器具の発見又は没収局』の局長へと昇進したのだ。
苦々しく魔法使いを睨むアーサーに、モリーは落ち着かない様子で買い物リストを見ながら小声で言い、足を先に進める。
「マダム・マルキンのお店に最初に行った方がいいわ。ハーマイオニーは新しいドレスローブを買いたいし、ロンは学校用のローブから踝が丸見えですもの。それに、ハリー、あなたも新しいものがいるわね。ソフィアはシャツね──さ、みんな──」
予め皆に何を買いたいか聞いていたモリーはマダム・マルキンの洋装店へ向かい始めたが、すぐにアーサーが「モリー」と彼女を止めた。
「全員がマダム・マルキンの店に行くのはあまり意味がない」
「ハリー達4人はハグリッドと一緒に行って、我々は書店でみんなの教科書を買ってはどうかね?」
「それは──どうかしら……」
アーサーの提案にモリーは不安そうに眉を寄せた。
早く買い物を終わらせ安全な本部へと帰りたい気持ちはある。それには二手に分かれた方が効率がいいだろう。しかし、一塊になった方が万が一何かがあった場合安全ではないかと迷っているのだ。
「ハグリッド、あなたはどう思う?」
「心配すんなモリー。こいつらは俺と一緒で大丈夫だ」
ハグリッドが巨大な手を気軽に振って宥めるように言った。モリーは完全に納得してはいなかったが、彼女の中で迅速に買い物を終わらせる方に軍配が上がり二手に分かれる事を承知して、アーサーとジニーと共に──ジニーは嫌そうだったが──書店へと足速に走っていった。
ハリー、ロン、ハーマイオニー、ソフィアの4人がハグリッドと共に洋装店へと向かう中、ハリーはモリーが特別に心配性な訳ではないのだと初めて理解した。
通行人の誰もが切羽詰まった心配そうな表情で歩き、買い物客は必要なことだけに集中して気軽にウィンドウショッピングなどしていない。それに、誰もが独りで買い物する事はなく、必ず複数人が一塊りになり行動していた。
「俺たち全員が入ったら、ちときついかもしれんな。──俺は外で見張ろう。ええか?」
到着した洋装店の店の窓から中を覗き見ながらハグリッドが言い、ソフィア達は一緒に小さな店内へと入った。
窓から中を見た時には漏れ鍋と同じく無人かと思われたが、ソフィア達が全員入り扉が閉まったとたん、緑と青のドレスローブが掛けてあるローブ掛けの向こう側から聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「……お気づきでしょうが、母上、もう子供じゃないんだ。僕たちは着いてきてもらわなくても買い物ぐらいできます」
その声の主が誰だか分かったハリーとロンとハーマイオニーは同時に顰めっ面をして黙り込んでしまった。
その声の主は、間違えようもない──ハリーにとって誰よりも嫌な相手であるドラコ・マルフォイだ。
「あのね、坊ちゃん。あなたのお母様のおっしゃるとおりですよ。未成年だけでふらふら歩くなんて──」
「そのピン、ちゃんと見て打つんだ!」
「うわっ、動くと危ないよドラコ!」
マダム・マルキンがドラコを宥める声と、焦ったようなもう1人の声が聞こえる。ソフィア達は再び同時に複雑そうな顔をした。
そうだ、ドラコ・マルフォイといえば、高確率で──ルイスも共にいる。
青白い顔をしたドラコがローブ掛けの後ろから現れ、ドラコに押されるようにしてルイスもまた姿を現した。
ドラコが着ている深緑の端正な一揃いには裾と袖口に何本ものピンが光っている。ドラコは鏡の前に大股で歩いていき、自分の姿を確かめていたが、やがて肩越しにハリー達の姿が映っていることに気づきその薄い灰色の目を細めた。
「──母上、何が臭いのか訝っておいででしたら、たったいま穢れた血が入ってきましたよ」
「ドラコ!そんな言葉──あ……」
ルイスはすぐにドラコに忠告しようとしたが、穢れた血と呼ばれたのがハーマイオニーであり、ソフィアが真っ先に杖を抜いたのを見て慌てて手に持っていた黒色のローブを放り出しドラコの前に立った。
「そんな言葉は使ってほしくありませんね!──それに、私の店で杖を引っ張り出すのもお断りです!」
ローブ掛けの後ろからマダム・マルキンが怒った顔で巻尺と杖を持ち急足で現れ、杖を構えるソフィアとハリーとロンを見て慌てて付け加えた。
ハーマイオニーはソフィアの後ろで「やめて、あいつにそんな価値はないわ」と囁いていたが、ソフィア達はドラコをじっと見たまま杖を下ろす事はない。
「フン、学校の外で魔法を使う勇気なんかないくせに」
「あら、やってみましょうか?残念ながら私はもう何度も使っているし、法律には穴があるって知ってるわ。また、ルイスに守られるプリンセスにでもなるの?」
ハーマイオニーを侮辱する事は、ソフィアの数少ない逆鱗だろう。冷ややかな嘲笑に、ドラコはぐっと眉を寄せルイスの腕を掴み後ろに下がらせようとしたが、それよりも先に口を開いたのはマダム・マルキンだった。
「いい加減になさい!──奥様──どうか──」
彼女は厳しい声でそう言うと、後ろを振り返り加勢を求めた。すっと静かに現れた人を見て──ソフィアは、少し悲しそうに目を揺らせた。そうだ、ハーマイオニーを侮辱された怒りが強くて忘れていたが、ここにいるのはドラコとルイスだけじゃない。
「それをしまいなさい、ソフィア。──あなた方もです」
現れたナルシッサは冷たい声でソフィア達へと告げた。ハリーとロンはドラコの母であるナルシッサに対しても良い感情をカケラほども持っていないため大人しく杖を下げる事は無かったが、ソフィアは一瞬迷うように杖先を震わせたが、すぐに腕を下ろし、俯いた。
「ナルシッサさん。……ドラコの言葉は許される言葉ではありません」
「……さあ、私には聞こえませんでしたね」
「……、……」
ソフィアにとって、ナルシッサは優しい人だった。
しかし今、ナルシッサの目は冷たくソフィアを射抜いている。そのことにソフィアは失望し傷付いた表情をしたが──一瞬ルイスを見たあと、もう何も言うまいと決めたのか諦めたように杖をポケットの中へ押し込んだ。
──わかっている。きっと、ナルシッサさんも、ルイスと同じなんだわ。ただ、ドラコを護りたいだけ。……そうだと分かっていても、どうしても悲しい。
ソフィアの伏せられた瞳を見て、ナルシッサは微かに下唇を噛み拳を握った。
ソフィアは幼い時から知っている、その優しい性格も、過去ドラコと遊んでいた時に見せた明るい笑顔も。知らない存在ではなく、できれば変わらぬ付き合いをしていきたかった大切な存在なのだ。──いや、とくに、今はナルシッサにとって、ソフィアの存在は大切だった。
ある意味でドラコの隣にいる
だが、それを知っていて、護るべき息子のためにどう使うのかを判断するのは自分だけなのだ。
ハリーのそばにいるソフィアの父は、セブルス・スネイプである。
──今はまだ、この切り札をセブルスに対し使う時ではない。既に誓いはなされている。
それを破る事が出来ず、セブルスはドラコを護るしかないだろう。
その後……その後の動きを見て、この事をあの方に告げるかどうかを判断しなければ。最善の時でなければ、きっとセブルスはソフィアを護るために私とルシウス、そして──ドラコを殺すだろう。
ルイスがドラコのそばにいなければ、私はすぐにでも密告するつもりだった。けれどルイスは既にドラコを通して闇の深い部分まで知ってしまっている事だろう。それを知りながら止めることのないセブルスは、何を思っているのだろうか?ソフィアも、いつかこちらへ引き込むつもりなのだろうか?
きっと、セブルスは私と同じなんだわ。護るべき者さえ無事ならば、どちらに着いても構わない。その先の未来がある方へ首を垂れる。愛する者達のために……。
なら、私がソフィアを利用しても、構わないわ。
ナルシッサは痛む心に気づかないふりをしながらソフィアから視線を外し、今もなお杖を向けるハリーとロンに向き合った。
「私の息子を攻撃したりすれば、それがあなたたちの最後の仕業になるようにしてあげますよ」
「へえ?──仲間の死喰い人を何人か呼んで、僕たちを始末してしまおうというわけか?」
「そんな!非難なんて、そんな危険な事を──杖をしまって、お願いだから!」
マダム・マルキンは杖を下ろさずナルシッサを挑発するハリーに恐々とした悲鳴を上げ、心臓のあたりをぎゅっと抑えた。
「ダンブルドアのお気に入りだと思って、どうやら間違った安全感覚をお持ちのようね、ハリー・ポッター。でも、ダンブルドアがいつもそばであなたを護ってくれるわけではありませんよ」
「そうだろうね。ダンブルドアはこの店内にはいないや!でも、僕にはダンブルドアだけじゃない心強い友人達がいるんだ。あんたの息子はどうだい?──ああ、忘れてたや、素敵なプリンスがいるんだったな。プリンセス?」
ハリーは先ほどのソフィアの言葉を使いドラコをからかう。その瞬間ドラコが顔を赤く染め怒りハリーに掴みかかろうとしたが長すぎるローブに足を取られてよろめいた。それを見たロンは大声で笑い、さらにドラコの表情が険しくなる。
「誰が護られるだけの存在になるか!──ルイス、お前も退け!」
「僕が退いたら君は後悔すると思うよ。ナルシッサさんの前で白いケナガイタチにはなりたくないでしょ?」
お互いの悪意を隠すことなく睨み合うハリーとドラコが出す居心地の悪い雰囲気にマダム・マルキンは狼狽していたが、一刻も早くドラコの寸法を終わらせて出て行ってもらった方がいいと判断し、何も起こっていないように振舞おうと決めた。
彼女はまだハリーを睨みつけるドラコに身を屈め長い左袖へと手を伸ばす。
「この左袖はもう少し短くした方がいいわね。ちょっとそのように──」
「触るな!──痛いんだ!」
ドラコは鋭く叫び反射的にマダム・マルキンの手を振り払うと、顔を歪めながらローブを引っ張って頭から脱ぎ、マダム・マルキンの足下に叩きつけた。
「母上、もうこんな物欲しくはありません」
「そのとおりねドラコ。この店の客層がどのレベルかわかった以上……トウィルフィット・アンド・タッティングの店の方がいいでしょう。──ルイス、あなたもそれを返しなさい」
「……はい、ナルシッサさん」
ルイスはドラコが投げ捨てたローブをさっと拾うと、自分のローブとまとめて机の上に置いた。ナルシッサとドラコは一刻も不快な場所から去りたかったのか、ルイスを待つことなく足音も荒く店を出て行ってしまい、ルイスは「ごめんなさい」と申し訳なさそうにマダム・マルキンへと小声で呟く。
「ルイス、君は──」
「さよなら、ハリー」
ハリーは思わずルイスに声をかけたが、ルイスは目を合わせることなくそれだけを言うと静かに店を出て行った。
暫く重々しい沈黙が場に落ちていたが、真っ先に我に帰ったマダム・マルキンがため息をこぼしながら机の上に置かれたローブに向かって杖を振りついてしまった埃を一掃するとハリー達に向き合った。
「──さあ、どんなご用件で?」
マダム・マルキンの店でローブの寸法を直し、新しいドレスローブやシャツが入った袋を持ったソフィア達が店を出るとき、マダム・マルキンは厄介な客がやっと出て行ってくれて嬉しいのかほっとした表情をしながら深くお辞儀をしていた。