「全部買ったか?」
「うん」
ソフィア達が全員自分のそばに戻ってきたのを見てハグリッドが朗らかに聞いた。ハリーは視線を前の道路の右端から左端まで移動させたが、流石に随分前に出て行った3人の姿はなかった。
マルフォイ親子はともかく、ルイスと一度話し合いその真意を知りたかったがそのチャンスは一度も来ないままだった。ホグワーツではドラコやその他のスリザリン生がいつも一緒にいるため話す事は難しいだろう。
ハリー達はルイスの言動についてどうしようもなくもやもやと燻った感情を持っていたが、ソフィアの目の前でルイスの苦言を言う事は無かった。──ソフィアの目があまりに悲しそうに揺れていたからだ。
「マルフォイ親子とルイスを見かけた?」
「ああ。だが、まさかダイアゴン横丁のど真ん中で面倒を起こしたりはせんだろう。ハリー、あの親子のことは気にするな」
ハリー達は顔を見合わせ、ハグリッドの安穏とした考えを訂正するか悩んでいたが、決断が出るよりも先にアーサーとモリーとジニーがそれぞれ重そうな本の包みを提げてやってきてしまい、彼らは結局、何も言わないことに決めた。
「みんな大丈夫?ローブは買ったの?それじゃ、薬問屋とイーロップの店にちょっと寄って、それからフレッドとジョージの店に行きましょう。──さあ、行くわよ」
モリーが包みを重そうに抱え直しながら言い、彼らは薬問屋へと向かった。
ハリーとロンとソフィアは成績が足りず、6年生は魔法薬学を受講する事が出来ない。そのため何も買わなかったが、ハーマイオニーとジニーはそれぞれ必要なものをチェックしながら購入した。
次に訪れたイーロップのふくろう百貨店ではヘドウィグとピッグウィジョンのためにフクロウナッツの大箱をいくつも購入し、モリーが神経質にも1分ごとに時計をチェックする中──ようやく、ソフィア達一行はフレッドとジョージが経営する悪戯専門店、ウィーズリー・ウィザード・ウィーズを探して大通りを歩いた。
ソフィアは前回ハーマイオニーと待ち合わせをする前にフレッドとジョージの店に寄ろうとしていたのだが、不運にも銀行で金を下ろす事に想定外の時間がかかってしまい、残念ながら一眼も店を見る事が出来なかった。
はたしてどんな店なのだろうか?きっとあの2人のことだから、かなり目を引く店だと思うけれど──そう、考えながら歩いていたソフィアはふいに立ち止まったロンの背中でごつんと鼻をぶつけてしまった。
「いっ──」
「うわー!」
鼻を押さえ、ロンの肩口から顔を覗かせたソフィアは目の前の色鮮やか──いや、ド派手な光景に目が奪われ痛みを忘れた。
ポスターで覆い隠された冴えない店頭が立ち並ぶ中で、フレッドとジョージのウインドウは花火大会のように目を奪った。たまたま通りがかった人も振り返ってウインドウを見ていたし、中には愕然とした顔で立ち止まりその場に釘付けになる者もいる。
左側のウインドウには目も眩むような鮮やかな商品の数々が回ったり跳ねたり光ったり叫んだりしていた。右側のウインドウは巨大ポスターで覆われていて、色は魔法省が発行している同じ紫色だったが、黄色の文字が鮮やかに点滅している。
『例のあの人なんか気にしている場合か?
うーんと気になる新商品。
《ウンのない人》
便秘のセンセーション、国民的センセーション!』
ハリー達はそれを見て声を上げて笑ったが、モリーはそこに書かれた内容に低く唸り「あの子たち、きっとこのままじゃすまないわ!」と囁く。魔法省から勧告が入るだろうか?いや、その前に死喰い人達の不興を買い、消されるのが先だろうか。そう心配しているモリーだったが、ロンは興奮して顔を輝かせながら「そんなことないよ!これすっげぇ!」と叫び、先陣を切って扉を開けた。
扉を開けた途端、洪水のような声の波がソフィア達を飲み込んだ。外の不気味な静けさとは違い、この店だけが活気付き、なにより騒がしい買い物客で溢れていた。
天井にまで積み上げられたずる休みスナックボックスに鼻血ヌルヌルヌガー。騙し杖がみっちり詰まった棚──沢山の商品が山積みされているが、店員らしい女性が並べた途端、周りから手が伸びてあっという間に山は消えてしまった。
人混みの間にできた隙間を逃すことなくソフィア達は店の奥へと進み、色とりどりの商品を興奮しながら眺めていく。
『特許・白昼夢呪文』と書かれたディスプレイがカウンターのそばに掲げられていて、ハーマイオニーとソフィアは聞いたことのない魔法に興味が引かれ箱の裏に書かれた説明を読んだ。
それはフレッドとジョージが新しく生み出した魔法であり、簡単な呪文で最高級の夢の中に30分間旅立つ事ができるというものだ。16歳未満お断りなのは──夢の内容が過激なものになりがちだからだろう。
「うわー!新しい魔法を作り出すなんて!」
「これ、本当に素晴らしい魔法だわ!」
「よくぞ言ったハーマイオニー、ソフィア。その言葉に一箱無料進呈だ」
歓声を上げたソフィアとハーマイオニーの後ろから懐かしい声がした。驚いて彼女達が振り返った先にはにっこりと満足げな笑みを浮かべるフレッドが赤紫色の派手なローブを着て立っている。
ほんの僅かな時間、彼らを見ていなかっただけなのに何故だか大人びて見えドキリとしたのは、きっとソフィアだけでは無いだろう。
「ハリー、元気か?来いよ、案内するから」
フレッドはソフィアとハーマイオニーの手に白昼夢呪文の箱を渡しながら奥へ向かって顎を指す。フレッドにとってハリーはこの店を構える資金援助をしてくれた恩人である。彼は──勿論、ジョージも──ハリーが来るのを心待ちにし、来た時には店の全てを案内しようと決めていた。
夢中になって白昼夢呪文の説明を読むハーマイオニーとソフィアを残し、ハリーとフレッドは店の奥へと向かう。ロンは既にソフィア達の元を離れて店中を周り、目についた面白そうな商品を次々と手に持っていた。
「これって、夢の内容を選べるのかしら?」
「うーん──詳しくは見てのお楽しみ!夢の世界にどっぷりハマらないようにご注意を!──ですって。詳しいことはわからないわね」
「それにしても……悪戯グッズだけじゃなくて魔法の開発までするなんて!どんな論理で出来たのかしら」
「気になるわ…早速帰ったら使ってみましょうよ!」
「ソフィア、ハーマイオニー!こんなところにいたのね。何を見てるの?」
「ジニー、これよ!見て、凄いの──」
人を掻き分け現れたジニーに、ソフィアとハーマイオニーは白昼夢呪文の箱を渡す。訝しんでいたジニーもすぐに目を輝かせ興奮しながら「素敵じゃない!」と叫んだ。
3人がどんな夢を見れるのか、夢の中で自由に思考する事ができるのかと夢中になり話し込んでいると、店内を案内し終えたフレッドと腕一杯に便利な悪戯グッズを抱えたハリーが現れる。
「お嬢さん方、我らが特製ワンダーウィッチ製品をご覧になったかな?こちらへどうぞ」
深々と頭を下げわざとらしく畏まるフレッドに連れられ、ソフィアとジニーとハーマイオニー、それにハリーは窓のそばへと向かった。
そこにはピンク色の商品が所狭しと並べられており、興奮した女子の群が興味津々で品物を見ながらクスクスと笑っている。そのやや異様な光景とピンク色のキツイ色にソフィア達は尻込みし、用心深くそれを見た。
「さあどうぞ。どこにもない最高級惚れ薬さ」
「効くの?」
惚れ薬は効能が怪しいものが多く、ジニーは片眉を上げ疑い深く聞く。しかしフレッドは余裕の笑みを崩さず「勿論」と頷いた。
「一回で最大24時間。問題の男子の体重にもよる──」
「──それに、女子の魅力度にもよる」
突然ジョージが現れフレッドの隣に並ぶと胸を逸らし続きの言葉を伝えた。その言葉はソフィア達に説明している、というよりも惚れ薬を興味深く見ている女子の群れに言っていると言う方が正しいだろう。
「しかし、われらの妹には売らないのである。すでに約5人の男子が夢中であると聞き及んでいるからには──」
「ロンから何を聞いたか知らないけど、大嘘よ」
急に厳しい口調になったジョージに、ジニーは冷静に返しながら手を伸ばしピンク色の瓶を取った。
「これは何?」
「10秒で取れる保証つきニキビ取り。おできから黒ニキビまでよく効く。──しかし、話を逸らすな。今はディーン・トーマスという男子とデート中か否か?」
「そうよ。でも、あの人この前見た時は確かに1人だった。5人じゃなかったわよ。──こっちは何なの?」
ジョージとフレッドからの尋問をのらりくらりと受け流し、ジニーは何食わぬ顔で鳥籠より数周り大きな籠の底を転がっているふわふわしたピンクや紫の毛玉の群れを指差した。
「ピグミーパフ。ミニチュアのパフスケインだ。いくら繁殖させても追いつかないくらいだよ。それじゃ、マイケル・コーナーは?」
「捨てたわ。負けっぷりが悪いんだもの」
ジニーの言葉にフレッドとジョージは片眉を上げ苦い表情をする。どうもジニーは本気で誰かを愛しているわけではなくその時に「まぁいいか」と思えば付き合ってしまうところがあるようだ。
「かーわいいっ!」
「連中は抱きしめたいほど可愛い。うん」
「しかし、ボーイフレンドを渡り歩く速度が速すぎやしないか?」
妹の行動を心配し忠告したジョージだったが、ジニーはくるりと振り返り腰に手を当てて彼らをぎろりと睨み上げる。その表情は、モリーにとても似ていた。
「よけいなお世話よ。──それに、あなたにお願いしておきますけど。この2人に私のことで、余計なおしゃべりはしてくださいませんように!」
商品をどっさり抱えて現れたロンにそう言ったが、話の流れを知らないロンは「なんだよいきなり」と怪訝な顔をしただけだった。
フレッドはすぐにロンが抱えている商品の箱を調べ、たとえ弟であっても無料で譲る事はできない、特別に1クヌートだけまけてやる。と伝えたのだがてっきり無料でもらえると思っていたロンは一気に機嫌を損ね考えられる限りの悪態と、下品な手真似をしてしまい──不運にもその場面をモリーに見られ「今度それをしたら指をくっつける呪いをかけるわ」と脅されてしまった。
「ママ、ピグミーパフが欲しいわ」
「なんですって?」
現れたモリーにすかさずジニーが甘え声を出し、可愛いピグミーパフが入っている籠に引っ張っていく。モリーが脇により、身を屈めた一瞬ハリー、ロン、ハーマイオニー、ソフィアの4人は真っ直ぐに窓の外を見る事が出来た。
外では、ドラコとルイスが通りを急ぎながら歩いていた。時々緊張した表情で後ろを振り返っている様子から、何か無邪気な理由でナルシッサを振り切ったわけではないのは明確である。
ハリーは思わず一歩踏み出したが、すぐにドラコとルイスは窓の外から消え更に通りの奥へと進んでしまい姿を消した。
「あいつのお母上はどうしたんだろう?なんで2人で歩いてるんだ?」
「どうやら撒いたらしいな」
「未成年だけだなんて……バレたらかなり面倒な事になるのに」
「でも、どうしてそんなことを?」
ハーマイオニーが訝しみ囁いたが、ハリーは考える事に必死で答えなかった。
ナルシッサは大事な息子がたとえルイスと一緒であっても別行動を許す事はないだろう。ならば、彼らはかなり無理をしてナルシッサの目を振り切ったという事になる。間違いなく、母親には知られたくない何かをするために──きっと、単なる買い物や母へのプレゼントを選ぶためではないだろう。
ハリーはさっと周りを見て、誰もこちらに意識を向けていないことを確認するとソフィア達に「ここに入って、早く」と囁いた。
鞄の中から引っ張り出し広げられた透明マントに、ハーマイオニーとソフィアは不安げに視線を交わしちらりとモリーとアーサーを見る。
「私──どうしようかしら」
「来いよ、早く!」
既に透明マントに入っていたロンがハーマイオニーとソフィアを呼び、ハーマイオニーとソフィアは一瞬躊躇したがさっと透明マントの中に入った。
誰もが商品に夢中であり、ソフィア達が消えた事に気付かない。ソフィア達は混み合った店内をなるべく急いですり抜け外に出た。
しかし、4人が通りに出た時には既にドラコとルイスの姿はなくどこの店に入ったのかもわからなかった。
「こっちの方向に行った。──行こう」
ハリーは鼻歌を歌っているハグリッドに聞こえないよう低い声で囁き、通りの奥へと向かう。
ソフィアは漠然とした不安を感じていた。ルイスなら、いくらドラコを護るためにそばにいると決めていたとしても、ナルシッサの目から離れることを良しとはしないはずだ。そんな危険を冒す必要がある何か重大な事が起こったに違いない。──もし、危険な事に足を踏み入れているのならば、
マントがはためかないよう気にしながら4人は急足で進み、ドラコとルイスが向かったであろう通りを駆ける。
とある店の曲がり角で見覚えのあるプラチナブロンドと赤毛がちらりと見え、ソフィアは「あそこ、ほら、曲がったわ」とハリー達に囁いた。
「おいおい……ここ、ノクターン横丁だぜ?」
ロンも2人が向かったのを目撃していたため驚きと不安が混ざった声で呟く。誰かにこの通りに入るところを見られてはいないかと警戒し辺りを見回していた2人は、間違いなくこの先にあるノクターン横丁へと向かったのだ。
「早く。見失っちゃうよ」
「足が見えちゃうわ!」
「構わないから、とにかく急いで!」
ハーマイオニーは踝あたりでひらひらとはためくマントを気にしていたが、ハリーはもどかしげに叫びさらに足を早めた。
人混みに紛れてしまったか、と思ったが、ノクターン横丁はダイアゴン横丁よりも人気はなく、左右に並ぶ店の窓を覗いても誰も居ないように見えた。
危険で誰もが疑心暗鬼になっている今、こんなところで闇の魔術に関係するものを購入するなんて、自らの正体を明かすようなものだ。
しかし、そんな危険を承知の上でドラコとルイスは足速に一つの店へと向かい──扉に手をかける前に注意深く辺りを見渡し誰も居ないことを確認して、薄暗い店内に入っていった。
「ここは……」
その店はソフィアが知っている店だった。
2年生になる前の夏休み、ジャックに連れられて来た唯一の店。危険なものがあるから決して触れるなとうるさく言われたボージン・アンド・バークスという闇の魔術に関する商品を取り扱うアンティークショップだった。
髑髏や古い瓶類のショーケースの間に、こちらに背を向けてドラコとルイスが立っている。大きな黒いキャビネット棚の向こう側にようやく見える程度の姿であり、何を話しているのかはわからないが、ドラコは店主に何かを盛んに言っているようだ。店主であるボージンは憤りと恐れの入り混じった奇妙な表情で口を固く結んでいる。
「あの人達の言っている事が聞こえたらいいのに!」
「聞こえるさ!まってて──伸び耳、どうだ?」
「凄いわ!」
「気をつけてね、バレたら厄介よ…扉に邪魔よけ呪文がかかってなければいいけど……」
ロンは抱えていた箱の中から伸び耳を取り出しドアの下に差し込み、紐の端に耳を傾けた。緊張していたロンの表情はぱっと明るく興奮したようになり「大丈夫だ、聞こえる!──ほら、聞けよ!」と紐の端をソフィア達に向けた。すぐにソフィア達は顔を突き合わせ息を押し殺し、じっと紐から聞こえてくる店内の話し声に耳をすました。
「──直し方を知っているのか?」
「かもしれません。拝見いたしませんと、何とも。店の方にお持ちいただけませんか?」
「出来ない。動かすわけにはいかない。どうやるのか教えてほしいだけだ」
ボージンはあまり関わり合いたくなのかそっけなく答える。扉にはめられているガラス越しに、神経質そうに唇を舐めるボージンの姿が見えた。
「さあ、拝見しませんと、なにしろ大変難しい仕事でして。もしかしたら不可能かと。何もお約束はできないでしょう」
「──そうかな?もしかしたら、これで少しは自信が持てるだろう」
せせら嗤いながらドラコが言い、ボージンに近づく。ちょうどキャビネット棚に隠れてしまいドラコが何をしたのかをハリー達は見る事が出来なかったが──ボージンが息を飲むその音ははっきりと聞こえた。
「誰かに話してみろ。痛い目に遭うぞ。フェンリール・グレイバックを知っているな?僕の家族と親しい。時々ここに寄って
おまえがこの問題に十分に取り組んでいるかどうかを確かめるぞ」
「そんな必要は──」
「それは僕が決める」
「……ボージンさん、あまり僕らの手を煩わせないでくださいね」
冷たいルイスの追い討ちに、ボージンは恐怖した目でルイスとドラコを見つめる。ドラコはボージンを見下していたが、ルイスは薄く微笑んでいた。
「ドラコ、もう行かないと。ナルシッサさんがそろそろ目覚めるよ」
「ああ。……こっちを安全に保管するのを忘れるな。あれは僕が必要になる」
「いま、お持ちになってはいかがです?」
「そんなことしないにきまってるだろう。馬鹿めが。そんなもの持って通りを歩いたら、どういう目で見られると思うんだ?」
「間違っても、売らないように。僕たちが買うその日まで」
「──勿論ですとも、若様方」
ボージンは深々とルイスとドラコに頭を下げた。それを見て満足げにドラコは喉の奥で笑い、この事は母は勿論の事、誰にも伝えるなと強く言いつけ、ボージンは頭を下げたまま「勿論です」と再度呟いた。
「行こう、ドラコ」
「ああ」
ルイスに肩を叩かれたドラコはこの店に来た時の緊張した表情を晴らし意気揚々と店を出た。すぐ側にいたハリー達が被っているマントがひらりとはためき、ソフィアとハーマイオニーはぴたりと寄り添い身を強ばらせたが幸運にも彼らは気づかなかったようだ。
店の中で、ボージンは凍りついたように立っていた。ねっとりとした笑いは消え、心配そうに扉を見つめている。
「いったいどういう意味だ?」
「さあ……」
伸び耳を巻き取りながらロンが囁き、ハリーは首を傾げる。何か重要なものを見たのは間違いない、しかし、何をしたのか重要な部分は全くわからなかった。
「何かを直したがっていた。それに、何かを取り置きしたがっていた──こっちを、って言ったとき、何を指していたか見えたか?」
「いや、あいつキャビネット棚の影になってたから──」
「みんな、ここで待ってて」
「ソフィア、何を──」
ハリーが全てを言う前にソフィアは決意のこもった強い目を光らせ、マントの下から出ていた。
扉の前に立つと一度深呼吸をし、胸の上を出て押さえ呼吸と嫌に高鳴る鼓動を落ち着かせ扉をノックすることなく店内へ続く扉を開けた。
「お久しぶりですね」
「──おや、お嬢様はエドワーズ様の……どうも、何かご用ですかな?」
ソフィアはカウンターの裏へ向かいかけていたボージンに声をかけ、商品を物色するふりをしながら何気なくカウンターに近づいた。この店の得意先はルシウス・マルフォイだけではない、ジャックもまた彼にとってのお得意様であり、同伴していたソフィアの事もよく覚えていた。
「ジャックからの伝言を伝えに来たの。今、あの人はとても忙しいんですって。──あら、このネックレス、前来た時もありましたね?売り物ですか?ただの展示品?」
「1500ガリオンで販売していますよ。まぁ、なかなか手が出ない商品ですから」
「そうよね……ジャックも何かを買ってたものね、例えばこの髑髏を触ったら……パパは怒るかしら?」
「ええ、間違いなく」
「あら、じゃあやめておくわ」
ソフィアは水晶で出来た黒い髑髏に伸ばしかけていた手を引くと「これはおいくら?」と何気なく聞いた。すぐにボージンは「16ガリオン。酷い悪夢を見せますよ」と喉の奥で笑いながら答える。
「それで──エドワーズ様の伝言とは?」
「ああ──『同じものをもう一つ用意できるか?』──ですって」
「……承りました。2ヶ月以内に、とお伝えください」
「ありがとう、わかったわ」
深々と頭を下げたボージンにソフィアは柔らかく微笑みかけ、ぐるりと店内を見渡した。恐ろしい何かの乾涸びた死骸に呪いのネックレス、怪しい髑髏に毒薬に使う材料が入った瓶。どれを購入したとしても、いい方向で活用される事はないそれらを見ながらソフィアはドラコとルイスがなんの取り置きを頼んだのか必死に考えた。
「ボージンさん。さっきルイスとドラコがここに来たわよね?彼らもジャックのお使いで来たの?」
戸棚に収められている細々とした瓶を見ながらソフィアは何気なく聞いた。
「それは──」
ボージンは目を微かに細めソフィアを見つめる。暫く気まずい沈黙が落ち、ソフィアは疑われている事をすぐに察するとくるりと振り向き、大袈裟に肩をすくめた。
「ごめんなさい。ルイスが私の兄だとはいえ、きっと顧客の情報は教えられないわよね。今、ルイスはダームストラングの子とお付き合いしているの。あの学校は闇の魔術を教えるから──ドラコもそれを知って、さらにこういうものに興味が出たみたいで。もうすぐ誕生日だし、プレゼントに何かあげようかと思ったんだけど……ドラコが欲しがっていたものだけでも、教えてもらえないかしら?」
「──そこの黒水晶に興味がおありでしたよ。値段は20ガリオンでございます」
先ほどの会話を盗み聞きしていたソフィアにはそれが嘘だとわかっている。ボージンが得意先であるジャックの関係者に嘘をついた。つまり、それは彼の存在以上に、ドラコの存在の方が重いのだろう。
これ以上踏み込む事は不可能だと判断したソフィアは残念そうに微笑む。
「あら、考えていた予算とオーバーしちゃうわ……少し考えなおしますね、ありがとうボージンさん」
「いえいえ。──エドワーズ様によろしくお伝えくださいませ、お嬢様」
ボージンはルイスとドラコにした程にはソフィアに頭を下げなかったが、ソフィアは気にせず扉へと向かいそのままダイアゴン横丁へむかう通りを歩いた。
「──ソフィア」
ハリーの声が響き、何もないところから腕が伸びソフィアに透明マントを被せる。すぐに道の端へと向かったソフィアは小声で「ダメね、あれ以上聞くと怪しまれるわ」と呟いた。
「ソフィア、あなたこの店に来た事があるの?」
「一度だけよ。ジャックは──ここによく来るみたいで、お得意様なの。だから私のことも覚えていたみたいね……ボージンさんに嘘を言っちゃったから、ジャックと辻褄を合わせないといけないわ」
ソフィアはボージンと会話を続けるため──そして、あの店に来店する理由としてジャックからの伝言を口実にしたが、勿論その場で思いついた嘘である。あの場でバレるかとも思ったが、幸運にもジャックは最近ここで何かを買った後だったのだ。
ホグワーツに行く前にこっそりとジャックにだけ伝えなければならないが、その事はあとでゆっくりと考えればいいだろう。
「ドラコが何を直したかったのかわからなかったわ。店内に壊れているものはなかったし、どれを聞いても販売しているっていってたもの……私が気づかなかった物だったのかもしれないわ」
「仕方ないよ、あれ以上聞いてたら多分追い出されてたから」
ハリーはそう言って不安げな表情をするソフィアを慰めたが、ソフィアの表情が晴れる事はなかった。