夏休みの残りの1週間のほとんどを、ハリーとソフィアはドラコの行動の意味を考えて過ごしていた。店を出た時のドラコの満足げな表情が気掛かりであり、彼を喜ばせるものが良い話であるわけがない。
ソフィアはドラコの事よりも、それに関わるルイスを気にしていたが今ルイスに聞く事は出来ない──それに、直接聞いても彼は教えてくれないだろう。
頭を悩ませる2人とは異なり、ロンとハーマイオニーはドラコの行動にソフィアとハリーほど関心を持っていない事が3日も経てばわかってしまい、ハリーは気楽な──少なくともハリーにはそう感じた──2人に少し苛ついていた。
「どう考えても怪しい」
「ええ、ハリー、あれは怪しいってそう言ったじゃない。でも色々解釈のしようがあるって、そういう結論じゃなかった?」
納得できずぶつぶつと呟くハリーに、ハーマイオニーは新しく購入した上級ルーン文字翻訳の本に落としていた視線を上げ、呆れたように答えた。
何度もハリーはあのドラコの行動を討論したがり、その度に結局詳しくはわからない。さまざまな解釈があり、他に何か手がかりを得ない限りは判断ができないという結論に至っていた。
「輝きの手を壊しちまったかもしれないし。マルフォイが持ったたの萎びた手、覚えてるだろ?」
ロンは箒の尾の曲がった枝を真っ直ぐに伸ばしながら上の空で言った。
「でも、ドラコは何かを安全に保管したがっていたのよ?つまり、二つで一つの物の可能性が高くないかしら?」
「そうね、でもそれがわからない限りは何も出来ないわ」
ハーマイオニーは辛抱強くソフィアの疑問に答えたが、彼女がこの話を蒸し返すのは何度めかわからない。ハリーだけが真剣な顔をして頷いていたが、ハーマイオニーとロンはすぐにそれぞれの関心がある本や箒に視線を戻した。
「──ソフィア、ちょっと来て」
ハリーは話を聞いてくれないハーマイオニーとロンに苛立ち、ソフィアの腕をぐいと引っ張り部屋から抜け出すと階段をいつもより足音をたてて上がった。三階への踊り場に到着した後、ハリーはソフィアの手を離し向かい合う。
「シリウスに相談しようと思うんだ」
「うーん……。…まあ、そうね、悪くないわ」
ソフィアは少し難しい表情をして腕を組みながら頷く。ハリーにとってシリウスは最も信頼できる大人であり、何か困った事があれば言わずにはいられないのだろう。
シリウスに相談してもとくに良い意見は出ないだろう、とは思ったが、ハリーの考えをシリウスを通して他の騎士団員に共有される事は無駄ではない。──こっそりとモリーとアーサーの監視から抜け出した事は叱られるだろうが、ドラコとルイスの少々怪しい行動は周知されるだろう。
ハリーはソフィアが頷いたことにほっと表情を和らげた後、すぐにシリウスがいる部屋の扉をノックした。
ホグワーツに向かう日が近付くにつれ、シリウスは去年と同様やや寡黙になってしまい、ここ数日、彼はまた長時間部屋に引き篭もりがちだった。
「シリウス?話したい事があるんだ」
「ハリー?──ああ、どうぞ」
すぐに扉が開き、にこりと優しい笑顔を浮かべたシリウスがハリーとソフィアを歓迎し部屋へ入るように促す。
シリウスの両親の部屋だったこの部屋は、去年までは床板が朽ちかけていて、カーテンもボロ衣のようだったがそれも修繕され、それなりの部屋の清潔な部屋へと変わっていた。
「実は──」
ハリーとソフィアはシリウスが出現させた黒い丸椅子に腰掛けながら、数日前に訪れたダイアゴン横丁で何を見て聞いたのかを話した。
「──僕は、マルフォイが何を企んでるのかを知りたい」
全てを聴き終えたシリウスは暫く黙り込み、じっとハリーを見つめていたが、ふっと悪戯っぽく低く笑うと顎に短く生えている無精髭を撫でる。
「ハリー。きみはやはりジェームズの息子だな。気になる事はとことん突き詰めたがる」
「う──ん。それって褒めてる?」
「勿論だとも!俺だってその場にいたら追いかけるさ。──まぁ、それがバレたら大変な目に遭ったかもしれない。一応、きみの後見人として片足を突っ込むだけにしておくように、とだけ言っておこうか。そうでなければモリーが煩いからな」
声を顰め、ウインクをするシリウスに、ハリーは彼が責めるつもりがないとわかるとホッと胸を撫で下ろし、同じようにニヤリと笑った。
「多分、あの店に壊れた何か、もう一つがあって、マルフォイは両方欲しがっていると思うんだ」
「私たちは──二つで一つといえば両面鏡かなって思ったの。珍しいもので、もう生産はされてないんでしょう?アンティークショップくらいにしか売ってないってこの前言ってたわよね?」
「ああ。……それでこの前、鏡について聞きにきたのか」
ソフィアの言葉にシリウスは頷き、机の上に置かれている両面鏡を呼び寄せ指先で冷たいそれを撫でた。
「たしかにこれはその辺の店では置いてない。──ボージン・アンド・バークスの店に売っている可能性は高いだろう。元々このブラック家にあった物だからな──どこから買ったのかは知らないが、まあ……簡単に予想できるだろ?」
「でも、顔を見て話すって……まさか、アズカバンにいる父親とでも話すのかな?」
「うーん……流石に没収されるわよね?」
「そもそもアズカバンにいる囚人に差し入れなんて、余程のコネがなければ不可能だ。ルシウス・マルフォイが死喰い人として捕まっているのなら、どんな些細な物でも調べられ没収されるだろう」
シリウスの言葉に難しい顔をするソフィアを見て、ハリーも同じように唸る。
アズカバンにいる父親と話すために危険なことを冒すだろうか?──いや、昨年末、マルフォイは自分に『ツケを払うことになる』と憎々しげに呟いていたではないか。まさか、マルフォイが考えている事は、それなのか?
「そうだ。──マルフォイの父親はアズカバンだ。復讐したがっていると思わない?」
「復讐?でも──ドラコに出来ることなんて……」
「そうなんだ。そこがわからない。でも何か企んでるのは間違いない。あいつの父親は死喰い人だし、それに──」
ハリーは突然言葉を切り、口を微かに開きソフィアを見つめた。とんでもない可能性を閃いてしまったのだ。
「ハリー?どうしたの?」
「──あいつが死喰い人だ。父親に代わって、あいつが死喰い人なんだ」
ソフィアの問いかけに、ハリーは真剣な顔でゆっくりと言い、シリウスとソフィアを見つめる。
流石にその発想は無く、ソフィアはぎゅっと眉を寄せ「それは無いんじゃない?」と言った。
「だって、ドラコはまだ16歳よ?そんな子どもを例のあの人が受け入れるわけ──」
「──いや、前例がないわけではない」
シリウスは低く唸るように呟き、その目の中にちらりと暗い色を見せた。
「話しただろう?俺の弟は死喰い人だったと。レギュラス・ブラック。──あいつが死喰い人になったのは16歳の頃だ。それに、たいした能力もない奴だった」
「そんな──」
ソフィアは愕然として言葉を無くす。前例があるのなら、ドラコが死喰い人になっていてもおかしいことではない。しかし、もし本当にドラコが死喰い人になったのなら、その隣にいるルイスは──。
何も言えないでいるソフィアの心中を察する事ができず、ハリーは自分の思いつきがまさに当たっているのではないかと奇妙な興奮を感じながら思いつくままに口を開いた。
「マダム・マルキンの店。マダムがあいつの袖をまくろうとしたら、腕には触れなかったのに、あいつ、叫んで腕を引っ込めた。左の腕だった。闇の印がつけられていたんだ」
「そんな……ピンが刺さったんじゃないの?」
「それに、僕たちには見えなかったけど、あいつはボージンに何かを見せた。ボージンがまともに怖がる何かだ。印だったんだ。間違いない!ボージンに、誰を相手にしているか見せつけたんだ。それからボージンは真剣に接していただろ?」
「でも……」
ソフィアはそれでも頷く事はできず狼狽し、不安げに視線を揺らした。ハリーは自分の考えは絶対間違いないと確信する。父をアズカバンへと追いやった原因の1人である自分に復讐するために、きっと何かを企んでいるはずだ。
「こちらで探ってみる。証拠がないと何も動けないからな。──ハリー、明日からホグワーツだろう?ドラコ・マルフォイが直接何かをしてくるとは考え難い事だが、くれぐれも警戒を怠らないように。何かあればすぐに両面鏡で知らせるんだ、いいな?」
「うん、わかった」
「……」
シリウスはドラコが死喰い人であるという意見を全て受け入れたわけではない。しかし前例がある以上、無視できない可能性だとしてハリーに真剣に忠告し、ハリーも同じ表情で頷いた。
しかし、ソフィアはやはりどう考えてもドラコが死喰い人だとは思えなかった、たしかにドラコはハリーに対し恨みを持ち、復讐を望んでいるだろう。だがドラコは──かなりの小心者であり、人の命を奪う度胸も覚悟もないだろう。純血思想ではあるが、かといってヴォルデモートに心からの忠誠を誓うことは無いはずだ。そんな人間が死喰い人になったとしてもすぐに怖気付き裏切るだけではないだろうか。
ソフィアは「そんな事あり得ない」とは思っていたが──ひとつ気がかりな事があるのも事実だった。
ドラコのそばにはルイスがいる。彼もまた死喰い人になるなんて有り得ないとは思うが、内部事情を得るために、大切な者を護るためにスパイとして潜り込む可能性は否定出来ない。
流石にセブルスはそれを良しとしないだろうが、それがセブルスの知らぬところで密かに進んでいたら──?
──流石に、無いわよね。考えすぎだわ。
ソフィアはぐっと拳を握り、不安な気持ちを押し殺しながら自分自身に言い聞かせるため、何度も心の奥で呟いた。
「──ところで、もう2人は卒業後の事を考えているのか?」
重い空気を払拭するように明るくシリウスが言い、手に持っていた鏡をぽんとベッドの上に放り投げた。
ハリーの後見人として、将来どのような道に進むのかは気になるところだ。正直なところ、シリウスは卒業後数年でアズカバン行きになりまともに就職というものもしていない。アドバイスできるとしても20年近く前の情報にはなってしまうが、それでもハリーの未来の話を聞きたかった。
「うーん……まだ、そこまでは──でも、成績はそこまで悪くなかったんだ!あ、まだ見せてなかったよね?ちょっと待ってて!」
ハリーはシリウスに成績表を見せる事を忘れていたことに気付き、すぐに立ち上がると自室へと大急ぎで向かった。
残されたシリウスはその灰色の目を優しく細めハリーが消えた後の扉をじっと見ていたが、ふとソフィアを見ると悪戯っぽく笑った。
「ハリーとは変わらずうまくいってるのか?」
「え?ええ、そうね。とくに問題はないし、多分、その──ハリーも私を愛してくれているわ」
何だか気恥ずかしくて、ソフィアは照れながら答えた。まだまだ恋人としては初心者同士であり、置かれている状況から気軽にデートにもいけず、2人きりにはなれないため──所謂、健全なお付き合い、だったが、2人にはちょうど良いペースだろう。
「それは良かった。間違いなく、ハリーにとって大きな支えになっているのはソフィア、君だ。この先も──ハリーの支えになってくれないか?」
椅子の上で姿勢を正し、真剣な目をするシリウスに、ソフィアはなんだかおかしくてクスクスと笑いをこぼす。
「ふふっ!勿論よ。でもなんだかプロポーズみたいでおかしいわ!」
「そ、そうか?いや、俺は真面目にだな……」
シリウスは気まずそうに頬を掻いていたが、楽しげなソフィアの声につられ、顔をくしゃりと歪め低く笑った。