9月1日。
ハリー達はそれぞれの大きなトランクに荷物を全て纏め、個々のペットを籠やバスケットに入れて魔法省の車を使いキングズ・クロス駅へと向かった。
騎士団本部はダンブルドアが秘密の守人として護られ限られた人間しかブラック邸を見る事ができないため、ソフィア達はモリーとアーサーとトンクスから護衛され少し離れた大通りまで向かいそこで待っていた車に乗り込んだのだ。
キングズ・クロス駅に到着した後の付き添いは陽気なハグリッドではなく、マグルの黒スーツを着込んだ厳しい2人の闇祓いであり、一言も話さぬままハリー達を挟むと粛々と駅の中へと向かう。
「早く、早く。柵の向こうに。ハリーが先に行った方がいいわ。誰と一緒に──」
モリーは効率の良さに少々面くらいながら、隣にいる大柄の闇祓いを見上げる。その闇払いは軽く頷くとハリーの上腕をがっちりと掴み9番線と10番線の間にある柵に誘おうとした。
「自分で歩けるよ。せっかくだけど」
ハリーはそこまで介抱してもらわなくても大丈夫だと少し苛立ちながら腕を振り払い、代わりにソフィアをぐいっと引き寄せ──ソフィアは驚いたものの何も言わずに寄り添った──自分のカートを柵の向こうへ突っ込んだ。
次の瞬間、ハリーとソフィアは9と4分の3番線のホームに立っていた。紅色のホグワーツ特急が白煙を吐き出しながら、別れが済んだ生徒達を受け入れている。毎年見る光景だが、ハリーはいつも胸を高鳴らせていた。──ようやく、ホグワーツに帰れるんだ。
すぐ後にハーマイオニーとウィーズリー家一行が現れる。ハリーは強面の闇祓いに相談する事なく空いているコンパートメントを探そうとロンとハーマイオニーを誘った。
「早く行こう。埋まっちゃうから」
「駄目なのよハリー。私とロンはまず監督生の車輌に行かなきゃ。だからソフィアとコンパートメントを探してくれる?」
「ああ、そうか、忘れてた」
すっかりロンとハーマイオニーが監督生だという事を忘れていたハリーは残念そうにしたが、それでも後でまた合流出来るだろうとさして気にしなかった。
「みんな、すぐに汽車に乗った方がいいわ。後数分しかない──じゃあロン、ジニー楽しい学期をね」
アーサーが腕時計を見ながらロンとジニーに別れを告げる。その後アーサーはハリーに視線を移すと身を屈めモリーを気にしながら小声で囁いた。
「ハリー、ソフィア。──彼から聞いたよ。少し話そう」
「あ……はい」
アーサーに誘われた2人は先日のノクターン横丁の件だと察し、みんなに声が聞こえないところまで離れ大きな柱の裏に身を寄せた。
「私たちの監視を抜け出して別行動をとった事は──今更何を言っても意味がないだろう。ただもうしないとだけ約束してくれるかな?」
「はい」
「すみません、アーサーさん……」
「よろしい」
片眉を上げて真剣な声で言うアーサーに、2人は流石に心配させただろうと申し訳なくなったが──何かがあればすぐにその約束を破ることになるだろうと思っていた。アーサーも同じように思い少々疑いの目で2人を見ていたのも仕方のない事だろう。
「私は、ドラコ・マルフォイが死喰い人だとは思えない。それにあの館は強制捜査し、危険だと思われるものは全て持ち帰った。だが──今までハリー、きみの直感に救われた事が多い事も事実。シリウスの弟が16歳で死喰い人になったことも、事実だ。時を見てもう一度館を捜索するよ」
「ありがとうございます」
ハリーはてっきり完全に否定されるかと思ったが、悪くない言葉に安堵して頷いた。何か見落としがあったのか、それとも見た目は危険な物ではないのかもしれない。それでももう一度隅から隅まで調べれば何かわかるだろう。
「2人とも、もしホグワーツで何かあればすぐに両面鏡を使い知らせるんだ。それか──マグゴナガル先生か、スネイプ先生。可能ならダンブルドア校長に直接伝えるように」
「……はい」
「わかりました」
ホグワーツには騎士団員がいる。彼らの力を借りる事が起きなければいいのが1番だが、今までの経験上何があってもおかしくはない。ハリーとソフィアが素直に頷いたとき、ホグワーツ特急が出発の汽笛を鳴らした。
「ああ、急いだ方がいい」
汽笛に促され、すぐにハリーとソフィアは汽車へと走った。どこに行っていたのかと慌てながらぶつぶつと苦言を漏らすモリーにも手伝ってもらい、何とか大きなトランクを通路に押し込んだハリーとソフィアは振り返り、ホームの上に立つモリーとアーサーを見る。
「さあ、クリスマスには来るんですよ。ダンブルドアとはすっかり段取りをしていますからね。すぐに会えますよ」
ハリーがデッキの扉を閉め、汽車が轟音を立て動き出すとモリーが焦ったそうに窓越しに叫んだ。
「体に気をつけるのよ。それから、いい子にするんですよ。それから、危ない事をしないのよ!」
「モリーさん!アーサーさん!また会いましょう!」
汽車が速度を上げるにつれ、小走りになっていたモリーに向かってソフィアは叫び、手を大きく振った。その瞬間モリーは泣きそうに顔をくしゃりと歪め、大きく手を振り「元気で!」と叫ぶ。
ハリーとソフィアは汽車が角を曲がり、モリーとアーサーが見えなくなるまで手を振り続けた。
「……さあ、空いているところを探しにいきましょうか」
「うん、そうだね」
2人はトランクを転がし、コンパートメントを一つ一つ覗き空いているかどうかを確認した。少し離れたところでジニーが友人と喋っているのを見つけ、ソフィアはすぐに駆け寄り肩を優しく叩く。
「ジニー、もうコンパートメントは探した?一緒に行かない?」
「駄目なの。ディーンと落ち合う約束をしてるから」
「あ、そうなの。わかったわ、またね」
「またね」
ジニーは明るく言うと喋っていた友人達とソフィアとハリーに手を振り、長い赤髪をふわりと揺らしながら軽い足取りで立ち去った。
夏休みの半分以上ずっとそばに居たジニーが居ないとなると、何だか不思議と寂しい気持ちになったが、誰だって久しぶりに会う恋人と過ごしたいだろう。ソフィアは残念そうに少し笑い、ハリーの手を取った。
「さあ、行きましょう」
「うん、そうだね」
ソフィアとハリーは2人で通路を歩き、空いているコンパートメントを探したがなかなかうまくいかなかった。単純にどのコンパートメントも既に人が座っていると言うこともひとつだが、ハリーが見知らぬ女子生徒達に熱い視線を向けられ囲まれ身動きが取れにくくなってしまうのだ。
「やあ、ハリー、ソフィア」
「ネビル!久しぶり!」
「こんにちは、ハリー、ソフィア」
「ルーナ、こんにちは。久しぶりね、元気だった?」
うっとりとした目をしている女子を掻き分け現れたネビルとルーナに、ソフィアとハリーはほっとして近付く。ルーナの腕に大切そうに抱えられているザ・クィブラーの雑誌に気づいたハリーは『
「ザ・クィブラーはまだ売れてるの?」
「うん、そうだよ。発刊部数がぐんと上がった」
「まぁ!良かったわね」
嬉しそうなルーナの声を聞いてソフィアもにっこりと笑う。4人となったソフィア達は空いているコンパートメントを探すために無言でハリーを見つめる生徒の群れの中を歩き出し、ようやく後方にひとつだけ空いているコンパートメントを見つけることが出来た。
「──ふう!すごい人だったわね」
「うん。──まあ、一時的なものだとは思うけど」
ハリーはソフィアのトランクを荷物棚に上げるのを手伝いながら苦笑した。
去年までは誰も自分とダンブルドアの言葉を信じなかったが、昨年の末に魔法省がヴォルデモートの存在を認め、魔法省の神秘部での戦いがどうやらハリーの言葉がきっかけらしいという噂が囁かれ──気がつけば誰もが羨望と興味を孕んだ熱い眼差しでハリーを見るようになっていたのだ。
他人の視線には良くも悪くも慣れているハリーは少しも気にしなかったが、注目されなれていないネビルは扉の向こう側でこちらを覗き込む生徒を見て気まずそうに視線を彷徨わせた。
「何だか僕まで注目されてるみたいで……気まずいや。──おい、こっちにおいでトレバー!」
ネビルは身を縮こまらせていたが、自分のポケットからぴょんと飛び出したトレバーに気づくと慌てて立ち上がり座席の下に潜り込んだ。
「ハリー、ソフィア。今学年もまだDAの会合をするの?」
ルーナは雑誌の中央にあるサイケな色彩の眼鏡を外しながら2人に聞いた。ソフィアとハリーは顔を見合わせ、少し考え込んだ。既にアンブリッジを追い出しているし、今年はおそらくダンブルドアの友人だというスラグホーンが闇の魔術に対する防衛術の教師になるのだろう。ダンブルドア直々の誘いであり、友人ならば可笑しな授業はしないはずだ。
「もうアンブリッジを追い出したからなぁ」
「まぁ、今年はクラブ活動を禁止されないでしょうし、決闘クラブ、と名前を変えてするのも悪くはないけれど…」
「僕、DAが好きだった!君たちから沢山学んだ!今年も集まりたいなぁ」
ネビルは座席の下に潜り込んでいたトレバーを両手でしっかりと掴み、懇願するような熱い視線をソフィアとハリーに向ける。ルーナも「私もあの会合が楽しかったよ」と同調し頷いた。
「友達が出来たみたいだった」
「まあ!ルーナ、私たちはDAがなくても友達でしょう?」
ルーナの言葉にすぐにソフィアが明るく言いにこりと笑いかける。目を飛び出さんばかりに大きく開いたルーナはゆっくりと2回瞬きをすると、「そうなの?うわぁ友達なんてはじめて」と噛み締めるように呟いた。
今年度も去年のような会合をするかどうか、ハリーとソフィアが決断する前にコンパートメントの外が騒がしくなった。四年生の女子が扉の外に集まりヒソヒソと囁き合い、こちらまで聞こえるかすかな笑い声が響く。
「あなたが聞きなさいよ!」
「いやよ、あなたよ!」
「私がやるわ!」
その言葉が聞こえた直後、大きな目に黒髪の大胆そうな顔立ちの女子が自信ありげな表情を浮かべ扉を開けて入ってきた。
「こんにちは、ハリー。私、ロミルダ。ロミルダ・ベインよ。私たちのコンパートメントに来ない?ねえ、私あなたと仲良くなりたいの」
「せっかくだけど、遠慮するよ」
「あら。──そう、オーケー」
ロミルダは驚き、プライドが傷ついたような表情をしてツンと顎を上げ、入ってきた時と同じように堂々とした態度でまた出ていった。
「みんな、あんたの恋人になりたいんだ」
「なんだって?」
「恋人」
ルーナの率直な言葉にハリーは心から嫌そうな顔をし黙り込む。そういえば汽車に乗ってから受けていた視線はいつもの視線とは少し違って女子からのねっとりとした視線が多かった。
「僕はソフィアと付き合ってるのに!」
「えっ!?そうだったの?うわー、言ってよ!」
「気が付かなかったなぁ」
ハリーの言葉にネビルとルーナは驚き、じろじろとハリーとソフィアを見た。2人は恋人になったとはいえ、場所を選ばず愛を語り合い密着する事はない。変わった事といえばおやすみのキスくらいだろうが、それも頬にするだけでありもともと他者とハグやキスをしていたソフィアを知っているネビルはまさか2人が付き合っているとは思わなかった。──いや、ネビルだけでなく他にも知らない人は多いだろう。
「じゃあもっと見せつけた方がいいのかな」
ハリーはニヤリと悪戯っぽくソフィアに笑いかけるが、ソフィアは何とも言えない気持ちで曖昧に笑った。
もし場所を選ばずキスやハグをすれば自分達の関係は周知されるものになるだろう。しかし、その場面をもし
「うーん…でも、人前で──その──キスをするのは恥ずかしいわ。──あ、ねえ!ネビルはOWL試験の結果、どうだったの?」
顔を赤らめ恥ずかしそうに目を逸らしたソフィアはあからさまに話題を変えた。ハリーは勿論その事に気づいたが、ソフィアの恥ずかしがっている顔を見れた事で満足し、それ以上追求することはなかった。
話題はOWL試験の内容からクィディッチへと変わり、汽車がほとんど真上に上がった明るい太陽の下を走る頃、ロンとハーマイオニーが疲れた顔をしてコンパートメントの扉を開けた。
「ランチのカート。早く来てくれないかなぁ、腹ペコだ」
ロンは腹を撫でながら勢いよくネビルの隣に座り足を投げ出す。ハーマイオニーはコンパートメント内にいるルーナがつけている極彩色の眼鏡を胡散臭そうに見ながらソフィアの隣に座った。
「やあ、ネビル、ルーナ。──ところでさ、マルフォイが監督生の仕事をしてないんだ。他のスリザリン生と一緒に、コンパートメントに座っているだけ。通り過ぎるときにあいつが見えた」
ロンの言葉にハリーは怪訝な顔をしながら座り直す。先学期は嬉々として監督生の権力を濫用していたあいつが、新入生に向かって力を見せつけるチャンスを逃すなんてらしくない。
「君を見た時、あいつ何をした?」
「いつもの通りさ。だけど、あいつらしくないよな?まあ──こっちの方はあいつらしいけど」
下品な手真似をして舌を出すロンに、ソフィアとハーマイオニーは嫌そうな顔をして眉を寄せる。
「でも、なんで一年生をいじめにこないんだ?」
「さあ?」
「多分、尋問官親衛隊の方がお気に召してたのよ。監督生なんて、それに比べるとちょっと迫力が欠けると思ったんじゃない?」
ロンとハーマイオニーはとくに気にする事はなかったが、ハリーは不可解なドラコの行動に眉間に皺を寄せたまま考えを巡らせた。
きっと、監督生の仕事を──下級生いじめを──する事よりも、大切なことがあったのではないだろうか?
「たぶん、あいつは──」
ハリーが持論を述べようとしたとき、再びコンパートメントの扉が開き、三年生の女子が息を切らせながら入りハリー達を見回した。
「私、これを届けるように言われて来ました。ネビル・ロングボトムとハ、ハリー・ポッターに」
ハリーと目が合うと、少女は顔を真っ赤に染め言葉につっかえながらそれぞれに紫のリボンで結ばれた羊皮紙の巻紙を押しつけた。
ネビルとハリーは「これが何か知ってるか?」と無言のうちに視線を交わしたが、2人とも巻紙が何なのかわからない。
少女はそれぞれにしっかりと渡し終えると、足を引っ掛け転びそうになりながらコンパートメントを出て行ってしまった。
唖然としつつ、ハリーは手の中にある巻紙に視線を落とす。
「何だい?それ」
「招待状だ」
怪訝なロンの声に促され巻紙を開いたハリーはそこに書かれている内容を読み呟いた。ハリーはスラグホーンがどういう人か僅かに知っていたため、何故自分が招待されたのかをなんとなく察していたが、ネビルは顔を蒼白にし何かしでかしてしまったのかと困惑していた。
「スラグホーン教授って、誰?」
「新しい先生だよ。うーん、たぶん行かなきゃならないよな?」
「だけど、どうして僕にきて欲しいの?」
「わからないな。──そうだ、透明マントを着て行こう。そうすれば途中でマルフォイをよく見ることができるし、何を企んでいるのかわかるかもしれない」
ハリーはトランクの奥から透明マントを取り出し、怖々としているネビルと共にコンパートメントを出て行った。
いったい何故ハリーとネビルが呼び出されたのかわからないソフィア達は顔を見合わせたあと、不思議そうに首を捻る。
「スラグホーンって、まともな教師なのかな?」
「さあ……まあ、少なくとも今までの教師達とはちょっと違うみたいね」
最後まで扉に嵌め込まれている窓を覗き、通路の様子を見ていたロンにハーマイオニーは少し肩をすくめながら言うとすぐに鞄の中からルーン語の教科書を取り出した。
「ねえソフィア。ここの訳ってどう思う?」
「ああ……これは、朝に白き月が輝く──だと思うわ」
「やっぱり?じゃあ──」
「きみたち。まだホグワーツにもついてないんですがね?」
学校以外で勉強の事を耳にしたく無いロンは嫌そうに眉間に皺を寄せたが、ハーマイオニーはちっとも気にする事なくルーン語の辞書を引っ張り出し、ソフィアは苦笑しながらハーマイオニーに付き合った。