次の日の朝食前、ハリーはロンとハーマイオニーにコンパートメントで何があったのかをようやく談話室で伝える事ができた。
昨夜ロンとハーマイオニーは監督生としての仕事が忙しく、とてもゆっくりと話す事は出来なかったのだ。
「そりゃ、あいつはパーキンソンにカッコつけたかったんじゃないか?」
「うーん、そうねぇ……自分を偉く見せたがるのはいつものことだわ。それにルイスは近づくなって伝えたならきっとそうした方がいいのよ」
「それは──」
「ハリー」
ロンとハーマイオニーの反応は自分が期待したようなものではなく、ハリーは再び自分の説をきちんと伝えようとした。しかし、それ以上言う前にソフィアがハリーの名を呼びながら袖を引き、意味ありげにちらりと周りを見たのだ。
談話室にいる大勢の生徒たちがハリーを見つめ、ひそひそと囁いていた。いつもなら賑やかな談話室が不気味なほど静まり返っているのは、皆がハリーたちの会話に聞き耳を立てているからだろう。
これ以上ここで話す事は出来ないとハリーは口を閉ざし黙り込んで肖像画の穴から出て行く列へと並んだ。
「おい、指差しは失礼だぞ」
ロンは今まさに肖像画から出ようとしていた身長の低い下級生に向かって後ろから厳しい声で注意する。
手で口を覆いヒソヒソと話しながらハリーを指差していた少年はまさか注意されるとは思わなかったのか、顔を真っ赤に染め、慌てた拍子に額縁に躓き転がり落ちた。
「6年生になるって、いいなあ。それに、今年は自由時間があるぜ。まるまる空いている時間だ!ここに座ってのんびりしてればいい」
ロンは親指で談話室を指差し、ニヤニヤと笑いながら言うがすぐにハーマイオニーが怪訝な顔で「その時間は勉強するのに必要なのよ、ロン!」と咎めた。
「ああ、だけど今日は違う。今日は楽勝だと思うぜ」
「ちょっと!」
ソフィアはロンの言葉で、自分以外に本当に誰も魔法生物飼育学を受講しないのかと思い出し、聞きたかったのだがハーマイオニーが突き出した腕の勢いに言葉を飲み込まれてしまった。
ハーマイオニーは眉を吊り上げソフィアの前を通ると通りがかりの四年生の男子を呼び止め、禁止されている『噛みつきフリスビー』をしっかり両手に抱え──しくじった。という顔をした。
「噛みつきフリスビーは禁止されているわ。渡しなさい」
ハーマイオニーの厳しい口調に、男子はしかめっ面をしたままフリスビーを押し付け、音腕を通り抜けて先に行ってしまった友達の後を追った。
「上出来。これ欲しかったんだ」
「まぁ!何言ってるのロン──」
ロンは男子の姿が見えなくなるまで待ち、ハーマイオニーの腕からフリスビーをひったくるとくるくると指先で回しながら笑った。
勿論ハーマイオニーはすぐに抗議したが、その声は後ろから聞こえた大きな笑い声に呑まれてしまう。
振り返った先にいたのはラベンダーであり、ロンの言い方が彼女的にかなり面白かったらしく、笑いながらソフィアたちを追い越し、振り返ってちらりとロンを見た。
その視線はただの友人に向けるには少々甘さがあり、ロンはかなり得意げになり上機嫌でフリスビーを高く投げた。
ハーマイオニーはこれ以上注意するのが馬鹿らしいと思ったのか、ロンを一切見る事なく大広間へ早足で向かう。ソフィアは慌ててその後を追い、ハリーとロンに「あとでね」とジェスチャーで伝えハーマイオニーの隣に並んだ。
「いつものロンらしいわね」
「……そうだけど!でも、1年経っても監督生としての自覚がないんだわ!昨日だって監督生としての仕事をほったらかして──」
次々と溢れる愚痴に、ソフィアは苦笑しつつそばに寄り添い話を聞いた。
頭の硬い優等生タイプであるハーマイオニーと、面倒なことを嫌い権利だけを求めるロンとではどうしても監督生としての意識に差があるのは仕方がないのかもしれない。
「あのフリスビー!マクゴナガル先生に渡そうと思ってたのに、きっとあれも自分のものにするんだわ。没収品を奪ってばっかりなのよ!今度こそ言いつけてやるんだから!」
去年もロンに何度か没収品を横取りされていた。ロンは欲しいものも満足に買えないし、マクゴナガル先生に預けるまでの数日間なら目を瞑ろう、とハーマイオニーは思っていたのだが──授業の復習をするためにマクゴナガルの元を訪れ、話の流れで没収品がれどうなっているのか聞いたとき、マクゴナガルは怪訝な顔をして「何も預かっていない」とハーマイオニーに伝えたのだ。
呆気に取られたハーマイオニーは、咄嗟のことで何も言う事ができず、今までそのままにしていた。
しかしこう何度も自分のものにしているのなら、そろそろ本気で報告するしかないと思っていたのだ。
「それはどうかしら。ロンはフリスビーを持ち主に返すんじゃない?次はないぞ、って脅した上でね」
「え?……うそ、そんなことある?」
「ええ、去年何度か見たわ。ハーマイオニー、あなたはその時に限って他の子を注意していて──ああ、なるほどね、きっとロンがあなたに気付かれないようなタイミングにしたんだわ」
これを知っているのはソフィアだけではない。ハリーやその場面を見た数名の生徒は、ロンが没収品をこっそりと返している場面を見ていたのだ。
次に同じ事が起これば、寮監に報告する事になる。としっかりと忠告すれば大抵の生徒は真剣な顔で何度も頷いていた。
ロンのように程々にしか注意しない緩い監督生も問題だが、一方でハーマイオニーのように規律に厳しく少しの違反も許さない事もまた生徒の不満と反感を買うこと間違いなしだ。──つまり、なんだかんだいって良いバランスなのだろう。
「──本当に?」
「ええ、気になるなら聞いてみたらどうかしら?」
「……やめておくわ。あの人は私に知られたくないみたいだから」
怪訝な顔をしたハーマイオニーだったが、最後に告げた声は今までの棘が取れたような優しく落ち着いた声になっていた。
大広間のグリフィンドールテーブルへと向かい、先にスコーンやオートミールを食べていると数分遅れてハリーとロンがやってきた。
ロンの鞄の中にはまだライム色の鮮やかなフリスビーが入っているが、ハーマイオニーはそれを一瞥しただけで何も言う事はない。
「あ、そういえば……みんなは魔法生物飼育学を受けないの?」
スコーンにストロベリージャムをたっぷりとつけながらソフィアが聞けば、ロンは信じられないとばかりに目を見開き口の端からスクランブルエッグをポロポロとこぼした。
「えっ、ソフィア受けるつもりなのかい?正気か?」
「失礼ね。魔法生物学者になるためには少しでも多く本物と触れ合う必要があるもの、当然でしょう?」
「そりゃそうか……多分、同学年でソフィアだけだと思うぜ。ハグリッドもそう言ってただろ?」
「うーん、どうやらそうじゃないみたいなんだ」
ハリーは昨夜のハグリッドとのばつの悪い会話をハーマイオニーとロンに伝えた。
ロンは愕然とし、ハーマイオニーは困惑しながらそわそわとオートミールをかき混ぜる。
「そんな、私たちがみんな続けるなんてどうしてそう思ったのかしら。だってそんな事言ってもないのに……1番熱心に見えたのかしら?」
「まあ、たしかに授業で1番努力したのは間違いない。だけどそれはハグリッドが好きだからだよ、じゃないとあんなばかばかしい──おっとごめん──変わった学科を好きで続けるなんてソフィアくらいだ」
「……本当に私1人なの?他の寮にも1人くらい魔法生物好きがいるんじゃないかしら」
ロンの「同学年でソフィアだけ」というのは誇張表現だと思っていたが、ハリーとハーマイオニーの気落ちした表情を見るとその可能性が高いらしい。
流石に一人きりだとは思わず沈黙したソフィアだったがすぐに首を振り、スコーンを口の中に押し込み紅茶で流し込んだ。
「まあ、1人だったらワンツーマンで見てもらえるってことよね?きっと特別な魔法生物を教えてもらえるわ!うん、森の中を見て回れるかもしれないし……」
「それで喜ぶのはきみだけだな」
「ああ!ソフィア、無茶はしないでね」
暫くハグリッドは気落ちするだろうが、一対一の授業も悪くないかもしれない。とソフィアが思い直した時、ハグリッドが教職員テーブルを離れ、すれ違う時にソフィア達に向かって陽気に手を振った。
ソフィアはにっこりと笑い手を振ったが、ハーマイオニーとロンとハリーは目を合わせる事が出来ず、曖昧に手を振りかえしただけだった。
食事の後はみんながその場に留まり、各寮監から時間割を配られるのを待った。
6年生からの時間割は、個人の希望だけではなくそれぞれがNEWTの授業に必要とされるOWLの合格点を取れているかどうか確認しなければならない。
ハーマイオニーはすぐに希望する科目全ての継続を許され、1時間目にある古代ルーン文字のクラスに足速に駆けて行った。
その次にソフィアが呼ばれ、ソフィアはすぐに鞄を掴み立ち上がる。
「薬草学、魔法生物飼育学、呪文学、闇の魔術に対する防衛術、変身術、数占い学、古代ルーン文字──はい、望むすべての科目を継続出来ます」
「ありがとうございます。──あの、それで──」
「わかっています。個人授業の件でしょう?……ミス・プリンス、変身術を受講しない選択はどうですか?あなたのレベルなら通常の授業はつまらなく思うでしょう。ならば週に1度、木曜日の放課後に個別授業を設けましょう。学科を選択しなくても、来年度のNEWT試験を受ける事は出来ます」
「えっ、そうなんですか……。では、それでお願いします」
「わかりました。呪い破りになるにはこのままの成績を維持すれば問題ないでしょう」
マクゴナガルは真っ白な時間割を杖先で叩き、新しい授業の詳細が書き込まれた時間割をソフィアに手渡した。
ソフィアは思ったより空き時間が多い事に、ロンが喜んだのもわかる気がする、とくすりと笑いを一つこぼし大広間から出る。
「ハーマイオニー!待っていてくれたのね、ありがとう」
「ううん、古代ルーン文字は一緒よね?」
大広間から出たすぐの通路で待っていたハーマイオニーに駆け寄り、古代ルーン文字の教室へ向かって歩き出す。
「ええ、私の時間割はこれよ、ハーマイオニーは?」
「これよ、交換しましょう!」
互いの時間割を交換し、書かれている時間割を比べる。それほど科目の量に差はないが、かなり時間割の密度に差がある気がしてソフィアは首を捻った。
「……科目数が同じでも、1週間に何度も授業がある科目が多いと大変ね──あ、今日の魔法薬学と魔法生物飼育学が被ってるのね。魔法薬学は週に4回もあるわ!うわー……頑張ってね、ハーマイオニー」
「ええ、あのスラグホーン先生が誰かさんみたいに贔屓しないことを願うわ」
「まぁ、ダンブルドア先生のご友人だそうだし……大丈夫じゃない?」
悪戯っぽく言うハーマイオニーに、ソフィアはくすくすと小声で笑った。