魔法生物飼育学の授業が終わり、ソフィアは大広間へと向かっていた。
ちょうど玄関ホールでハリー達を見つけ駆け寄ったのだが、どこか浮かない表情を浮かべるハーマイオニーに気付きソフィアは心配そうに顔を覗き込む。
「どうしたの?やっぱり……ダンブルドア先生のご友人とはいえ、スリザリンの元寮監だし……贔屓していたの?」
ソフィアは先ほど受けていた筈の魔法薬学で、また不当な扱いを受けて気が落ち込んでいるのかと思ったが、ハーマイオニーはふるふると首を振った。
「違うの。スラグホーン先生は差別もないし、とってもいい先生よ。その時の授業で1番うまく生ける屍の水薬を調合出来た生徒に、フェリックス・フェリシスの小瓶を褒美として提供してくださったの」
がっかりと肩を落とすハーマイオニーに、きっとソフィアはルイスがそれを手に入れたのだと思った。ルイスは誰よりも調合が上手く、セブルス直々の指導も受けている。きっとハーマイオニーはその稀有な薬が欲しくてたまらなかったのだろう。
「誰が獲得したの?ルイスかしら?」
「それが──」
ハーマイオニーはちらりとハリーを見た。
ハリーは少し居心地が悪そうに視線をずらしたが、彼らの表情の動きだけで誰が最も優れた調合を行ったのか一目瞭然だろう。
「まあ!ハリー、あなたなの?すごいわ!」
「あー……ありがとう」
今まで魔法薬学を苦手としていたハリーが、まさか調合が難しい生ける屍の水薬をルイスよりも完璧に調合できるとはソフィアも思わず、たとえ一度きりの奇跡だとしても十分にすごいとハリーを褒め称えた。
しかし、ふと首を傾げる。──ハリーは、魔法薬学が取れないはずだ。
「あれ?ハリー……あなた、魔法薬学でOだったかしら?」
「あ、ううん。スネイプはOしか受講させてくれなかったみたいだけど、スラグホーンはEでも大丈夫なんだって。闇祓いになるには魔法薬学が絶対に必要だから、ぎりぎりで申し込んだんだ」
「僕も魔法薬学を取ったぜ」
「まぁ……ということは、私だけ取ってないのね。魔法生物飼育学と被っていたから仕方がないけれど少し残念だわ」
ソフィアは自分だけ魔法薬学を受講していないため、魔法生物飼育学と被っている先ほどの授業はともかく、週に3回は一人きりになる時間があるのだと気付く。
いつも4人か、ハーマイオニーと共に過ごしていた。これほどの時間を一人きりで過ごすのは初めてだったが今年は去年習得出来なかった魔法を練習するつもりであり、逆に都合が良いかもしれない。
ソフィア達は夕食を取るためにグリフィンドールの席に着き、大皿からポテトや骨付きもも肉を自分の皿の中に乗せる。
ハリーは辺りを見回し近くに誰もいない事をよく確認した上で、魔法薬学の授業で何故完璧な薬を調合出来たのかを話した。
「──実は、僕が借りた教科書に書き込みが沢山あって。その指示に従ったんだ。小刀の平たい面で催眠豆を砕いたり、攪拌を一度別方向にしたり……そうしたら、完璧に出来上がったんだ」
「まぁ……その文字は浮かび上がってあなたに話しかけたわけではないのよね?」
「うん、元々の書き込みだ。きっと熱心な生徒だったんだろう」
ハリーは二年生の時のリドルの日記を思い出し、これとあれは全く違うと弁解したがソフィアとハーマイオニーとロンは固い表情でハリーが鞄から取り出した古い上級魔法薬の教科書を睨む。
「誰の本なんでしょうね。少なくとも過去のホグワーツの生徒でしょう?もし、またトム・リドル、なんて書いてあったら──ダンブルドア先生に言わないといけないもの」
たしかにトム・リドル──ヴォルデモート卿は学生時代かなり優秀な生徒だったとダンブルドアが言っていた。この本に何も呪いがかかっていないとしても、もし元の持ち主がトム・リドルならば、流石に素晴らしい成果を残せるとしても手元に置きたくはない。
ハリーは本を1番最後のページを捲ったり、本をひっくり返したりしてどこかに記名は無いかと探す。教科書に記名欄はなくとも、同じものを持っている生徒が多い中、無くさないように自分のものに、名前を書く生徒は少なくない。
「──あった!小さい文字だなぁ、ええっと……半純血のプリンス蔵書……」
ハリーは裏表紙の下に読みにくい小さな字で書かれていたその文字を読む。ハーマイオニーとロンとハリーは驚いたようにソフィアを見たが、ソフィアも彼らと同じく目を見開き驚愕していた。
「つまり、これはソフィアの親戚のものってことか!」
こんなところでソフィアと繋がりがあるとは思わずハリーは少し興奮しながら叫ぶ。
プリンスなんて珍しい姓そう多くない、近い親戚ではなくとも、血が繋がっている可能性は高いだろう。
ただ自分の事を
「うーん、そうかもしれないわね。少し見てもいい?」
「うん、勿論!」
ハリーはすぐに教科書をソフィアに渡した。
ソフィアは1ページ目を開き、欄外だけではなく行間にまで及ぶ緻密な書き込みに「凄いわね」と感嘆しつつ何ページか捲った。
「流石に他に手がかりがなければわからないけれど、そうね。私の親戚の物かもしれないわ」
「もしかして──ソフィアのお父さんの本とか?それともお爺さん、とか?」
ソフィアは父親について一切話さず、ハリーも無理に聞こうとはしなかった。しかし、予想もしなかった方向からソフィアの父親について知れるかもしれない、とハリーは期待しながら本に書かれた文字を撫でながら聞いた。
「さあ、わからないわ。──あっ!ほら、デザートが出てきたわ」
ソフィアは首を傾げ、本をハリーに渡しながら現れたケーキを自分の近くに引き寄せた。
ケーキを食べながら、ソフィアはハーマイオニーにパチンと一つウインクをし、それを見たハーマイオニーは目を瞬かせつつ、納得した顔をするとハリーが持つ教科書についてそれ以上何も調査することはなかった。
──なるほど、父様の教科書だから、ルイスはハリーに勝てなかったのね。
ソフィアは気付いたのだ。
あの独特の細い文字は、父であるセブルス・スネイプのものであると。
父の両親──つまり、ソフィアは自分の祖父母について何も知らなかった。もう随分前に亡くなり、親戚とは縁が切れているのだと教えられていたし、とくに気にする事はなかった。
今ならなぜ伝えなかったのかがわかる。きっと片方がマグルだったのだ。
父親が半純血だったとは知らず、てっきり純血だと思っていたがソフィアは血にこだわりは一切なく、何も気にせず二つ目のケーキを食べ始めた。
「そういえば──」
ハリーは教科書を大切そうに鞄の中に戻しながら、ふと授業での事を思い出しソフィアの髪を一房手で掴んだ。
「どうしたの?」
「──授業で魅惑万能薬があったんだ。僕には糖蜜パイと箒の木の香り、後もう一つ甘い匂いがして何かなぁって思ってたけど、やっぱりソフィアの匂いだったみたいだ」
髪を鼻に近づけたハリーは、魔法薬学の教室で香った甘くて胸がそわそわするような匂いの正体が分かり満足げにっこりと微笑む。
それを聞いてソフィアは驚き少し頬を染め、ロンとハーマイオニーはニヤニヤと笑いハリーとソフィアを見た。
「ソフィア、魅惑万能薬の匂いの意味知ってる?僕忘れちゃったみたい」
「……ハリー?あなた知ってて聞いてるでしょ!」
「え?何のこと?」
笑みを深めたまま飄々と嘘をつくハリーに、ソフィアは頬を膨らませながら「その人が惹かれるものの匂いがするんでしょう?」とボソボソと呟き、ハリーは満足げに「そうだったね」と頷いた。
夕食後、就寝時間までは1日目にして山のように出されてしまった宿題を就寝時間ギリギリまで行った。
ハリーとロンは全てを終わらせることはできなかったが、明日もまた空き時間があると楽観的に考え夜更かしするのを止め早めに寝室に引き上がった。
ハーマイオニーとソフィアは彼らがこのまま宿題を毎日少しずつ残していたら、最後に手が回らなくなると知っていたが──初日は流石に疲れているだろうと大目に見て黙っておく事にした。
「ソフィア、あのハリーが持ってる教科書って……」
ハーマイオニーは近くに生徒がいない事を確認してから声を顰めソフィアの耳元で囁いた。
「ええ、間違いないわ。──父様のものよ」
「やっぱり!」
「私のこの姓は、父様のお母さんの姓なの。──全く知らなかったけど、父様のお父さんは多分──」
「あっ!……本当だわ……そうなるわよね」
ハーマイオニーは半純血の意味に気付きはっとした顔で口を押さえ、神妙な顔で考え込んだ。その口先が少しひくひくと動いていたのは、きっと良い事を知ったとほくそ笑みたいのだろう。セブルス・スネイプはスリザリン生を贔屓し、彼女にとって屈辱的な事を散々言ってきた。──しかし、ソフィアとの友情に影を落としたくなかったハーマイオニーは必死に表情に出すまいと気をつけたのだ。
「だから、まあ。あの教科書を持っていても変な事にはならないと思うわ。多分うっかり自分の教科書を入れてしまって長い時が経って忘れてるんだと思うの。だってあの人の授業で忘れ物をするなんて命知らずの生徒、いたとは思えないわ」
「……確かに。なら持っていても大丈夫そうね」
「そうね、呪いはかかってないはずよ」
ハーマイオニーは頬を揉みながら「それならまぁ……」と渋々頷く。
ハリーに何か悪い事が起こるような呪いがかかっていないのならば、彼が持っていても問題はない。
「ねぇ、ハーマイオニーはどんな匂いがしたの?」
「え?」
ソフィアはニヤリと悪い笑みを浮かべると隣に座るハーマイオニーに接近し、耳元で「魅惑万能薬よ」と低く囁いた。
途端に顔を赤らめ視線を彷徨わせるハーマイオニーに、ソフィアは笑みを深め目を輝かせる。
「い、言わない!」
「えー!どうして?私たちの仲でしょう?」
「だって──」
「まぁわかりきってるかもしれないけれど、どうせロ──」
「しーっ!!」
慌ててハーマイオニーはソフィアの口を塞ぎ、誰かの耳に入っていないかと辺りを見渡したのだった。