グリフィンドールのクィディッチ選抜は午前中一杯かかり何とか終わった。
ロンはハリーがキーパー志望者に出した、ゴールを5回中最も守れたものをキーパーに決定するという課題に、なんと5回全て守りきるというファインプレイを見せキーパーの座を獲得する事が出来たのだ。
「ロン、すばらしかったわ!」
「おめでとう、ロン」
喜びを顔中に広げたハーマイオニーと、困ったような顔を見せたソフィアがスタンドから競技場に飛び降り、ロンとハリーの元へ駆け寄った。
ハリーは何故そんな困り顔なのか聞こうと思ったが、瞬き一つしている間にソフィアの表情はハーマイオニーと同じような笑顔になってしまった。──気のせいだったのだろうか?
ロンはハーマイオニーの言葉にすっかり気をよくしてチーム全員とハーマイオニーに笑顔を向けながら胸を逸らす。その姿はいつもより堂々としていて、身長がさらに伸びたように見えた。
「メンバーは決まったな。第一回目の本格的な練習日は次の木曜日の放課後だ。よろしく」
ハリーは新たなメンバーにそう告げるとソフィア達の元に駆け寄り、チームメンバーに別れを告げ競技場を出てハグリッドの小屋へ向かった。
先程まで弱い霧雨が降っていたが、いつの間にか止み太陽が雲から隙間を出していた。ロンもなんとかチームメンバーになる事ができ、これからの練習次第では本当にいいキーパーになるだろう。なにより、ジニーもかなり上手かったし、新生チームもなかなかバランスが取れている。──ハリーは大仕事を終えようやく肩の荷が降り、空のように晴れ渡った気持ちで濡れて輝く芝生を踏み締めた。
「僕、4回目のペナルティ・スローはミスするかもしれないと思ったなぁ。デメルザのやっかいなシュートだけど、見たかな、ちょっとスピンがかかっていた──」
「ええ、ええ、すごかったわ」
ロンの自慢したくてたまらないといったような跳ねる声に、ハーマイオニーはくすくすと笑いながら頷いた。
「僕、とにかくあのマクラーゲンよりはよかったな。あいつ、5回目で変な方向にドサッと動いたのを見たか?まるで、錯乱呪文をかけられたみたいに……」
「そうね、きっとちょっと間違えたのね」
ソフィアは苦笑しながら頷き、ちらりとハーマイオニーを見る。ハーマイオニーの顔は赤く染まり先程までの喜びを消し少々気まずそうに目を逸らした。
有頂天になって他のペナルティ・スローをどうやって防衛したかを話すロンは気が付かなかったが、ハリーは「まさか」とハーマイオニーとソフィアを見比べ──彼女達は揃って肩をすくめた。
ハグリッドの小屋に着いたソフィア達はその中からガチャガチャと物音が聞こえてくる事を確認し、扉を叩き「ハグリッド!」と呼びかけた。
呼びかけたのがソフィアでは無くハリーだったからか、暫く扉は開かなかったがハリーが何度も強く扉を叩けば渋々といった様子で扉が開き、仏頂面をしたハグリッドが現れた。
「なんだ、お前さん達か」
「ハグリッド、会いに来たんだ。入ってもいいかな?」
「──ふん、ようやく暇ができたってわけか?」
ハグリッドは不機嫌にちくちくとハリーを責めるような棘のある言い方をしたが、ハリーは気にせずハグリッドが脇によけて会いたスペースに体を滑り込ませ小屋の中に入った。
ソフィアは平然としていたが、ハーマイオニーとロンは見るからに不機嫌なハグリッドに、少し居心地悪そうにその後ろに続き、巨大な木のテーブルに着いた。
「僕たち、ハグリッドに会いたかったんだ」
「ようやく、さっきクィディッチの選抜が終わったところなの。ハリーはキャプテンとして責任重大だったし、ロンは選手になるためにすごく神経を研ぎ澄まさなきゃいけなかったのよ」
それとなくソフィアが遅くなった理由を説明すれば、ハグリッドはむすりとしたままに台所へ向かい巨大なヤカンで紅茶を沸かした。今回は茶葉を入れ忘れる事なく用意を終えたハグリッドは、ハリー達4人分のバケツほどの大きさがあるマグカップと手製のロックケーキを一皿机の上に置いた。
大仕事を終えて疲れ切り、空腹だったハリーはすぐに一つ摘む。
「──そんで、忙しい宿題とかクィディッチの準備は終わったわけか」
「宿題はまだまだ山ほどあるよ。毎日徹夜なんだ」
「そうか」
「ハグリッド、もうソフィアに聞いていると思うけど……私たち、本当は魔法生物飼育学を取りたかったの。でも、どうしても時間割に当てはまらなくて……」
ハーマイオニーが悲しそうにおずおずと言えば、ハグリッドは表情を軟化させる事なく頷く。実際、本当にその時間には当てはまる事はなかったのだ。逆転時計を使えば可能かもしれないが──勿論、そこまでして取りたいわけではない。
「わかっちょる。──うん、まあ、俺ぁみんなが取ってくれるもんだとばっかり……勘違いしてたんだ」
「ハグリッドの授業はとっても素敵よ、みんなが取れなくて本当に残念だわ。私、この前の授業なんて素晴らしくて今でも震えるくらいだもの!まさか生きているあの子に会えるなんて思ってなかったもの!」
ソフィアが紅茶を飲み、興奮し目を輝かせながら言えばハグリッドは機嫌を少し戻すとうんうんと頷きながら髭を撫でた。
「そうだろうなぁ。間違いねぇ、イギリスでの飼育は俺が初めてのはずだ」
ハリーとロンとハーマイオニーは、ソフィアがこれほど喜ぶ魔法生物は一体どれほど危険で凶悪なのか、かなり気になったがせっかくハグリッドの機嫌が戻りつつあるのだ、むやみに突っ込んで聞かなくてもいいだろうと口を閉ざしロックケーキを齧った。
「そういえば── ハグリッド、アラゴグの体調はどうなの?」
「うむ──良くならねぇ。死にかけちょる……エサももう食わんくなっちまった……あいつとは長い事一緒だったんだ……」
ハグリッドはアラゴグの事を思い出し目にうっすらと涙を浮かべると太い親指で部屋の隅をグイッと指差した。
ハリーとロンとハーマイオニーは何があるのかとその先を目で追い──樽の中に入った大きさ30センチはあろうかという蛆虫の大群を見て飛び上がり、その樽から少しでも離れようと急いで席を移動し身を寄せ合った。
「あ、あれがエサなんだ」
「うわー凄く……ぷりぷりしてて──喉ごしが良さそうだ」
ハリーはその巨大な蛆虫を見て胃の奥が重たくなり、ロンは必死に良いところを探そうとしたが、その言葉は弾力を想像させてしまい──ハリー達は込み上げる吐き気を堪えるはめになった。
「そうなの……それは心配ね」
「ああ……アラゴグだけじゃねぇ、あいつの眷属──家族達も気が立ってなぁ、落ち着きがねぇんだ」
「ハグリッド……私たちに何かできることはあるかしら?」
ハーマイオニーは去年の半巨人の時のようにハグリッドによかれと思って寄り添ったが、その言葉を聞いたロンは顔を真っ青に染め顰めっ面で首をブンブンと振った。2年生の時のあの恐怖をもう二度と味わいたくはない。ただでさえ、生きている蜘蛛はどれだけ小さくても苦手なのに──。
「何もねぇ、ハーマイオニー。俺以外の者があいつのコロニーに行くのは……今は安全とは言えねえ」
過去にはアラゴグに会いに行く事や半巨人と近づく事、尻尾爆発スクリュートを育てる事など──数々の安全ではない事を安全だと言い行ってきたハグリッド本人が「安全ではない」というなんて、よっぽどの事なのだろうとハリーは思った。
「そんでも、ありがとよハーマイオニー。そう言ってくれるだけで……」
ハグリッドの目に溜まっていた涙がぽろりと落ち、ハーマイオニーとソフィアは立ち上がると慰めるように左右からハグリッドの肩に腕を回し、優しく叩いた。
大きなハンカチで鼻を噛んだハグリッドは指先で目元を拭くと、今まで見せていた不機嫌さを消し、いつものような──少し寂しげではあるが──雰囲気に戻った。
「お前さんたちが俺の授業を取れない事はわかっとった。まぁ──ソフィアから聞いてたし、宿題の量もはんぱじゃねぇらしいからな。しかし、もうちっと早く会いに来てくれると思っとった」
「ごめんハグリッド……」
「いんや、ええ、ええ。俺がちぃっと意固地になっとったんだ」
申し訳なさそうなハリーとロンとハーマイオニーに、ハグリッドは気軽に手を振るとバツの悪そうな顔で苦笑した。
それからは今まで通りハリー達とハグリッドは話すことができた。主に宿題の多さだとか、セブルス・スネイプが闇の魔術に対する防衛術を教えていることについてだとか、世界にいる死喰い人についての話をしていて、気がつけばすっかり太陽が沈みかけ小屋の中は薄暗くなり始めていた。
夕食の時間前に小屋から出たソフィア達は皆空腹で胃がシクシクと痛むほどだった。手製のロックケーキは市販の10倍は硬く──奥歯が嫌な音を立てた時から食べる事を放棄していたのだ。
「腹減って死にそう」
「早く行こうぜ」
夕暮れの中、ソフィア達は駆け足になりながら、城に向かい、玄関ホールでちょうど大広間に入ろうとしていたコーマック・マクラーゲンがいた。彼は入口の扉に入ろうとしたが、何故か扉の枠にぶつかり跳ね返ってしまった。ロンはクィディッチでの選抜の時の様子を思い出しゲラゲラと肩をそびやかして入って行ったが、ハリーはハーマイオニーとソフィアの腕を掴んで引き戻した。
「どうしたっていうの?」
「なら、言うけど。マクラーゲンは本当に錯乱呪文をかけられたみたいに見える。それに、あいつは君たちが座っていた場所のすぐ前に立っていた」
ハリーは小声でソフィアとハーマイオニーに聞いた。やはりこの事を言われるのだろうと思っていたハーマイオニーは顔を赤く染め小声で囁いた。
「ええ、しかたがないわ。私がやりました」
「もうそろそろ解呪しないと、料理に突っ込んじゃうわね」
ハーマイオニーがあっさりと認めたのを見て、ソフィアはポケットから杖を出すと無言のままに杖を軽く降った。白い光が真っ直ぐマクラーゲンの背中にあたり、彼は「なんだ?」と怪訝な顔で振り返りながら背中をさすったが、すぐに誰かがぶつかったのだろうと気にせずそのまま大股でグリフィンドールの机へと向かった。
「あなたは聞いていないけど、あの人がロンやジニーの事をなんて貶していたか!とにかく、あの人は性格が悪いわ。キーパーになれなかった時のあの人の反応、見たわよね?あんな人チームにいて欲しくないはずよ」
「多分、技術があってもチームプレイができなくすぐにクビになってたとは思うけど……」
ハーマイオニーは自分の行動に悪いところはないとばかり堂々たる態度だが、ソフィアは少し気まずそうに苦笑した。
ソフィアだって勿論マクラーゲンの暴言を聞いていた。ただの暴言だけではなく、ロンとジニーの人格や家族を否定するかのような最低の侮辱をぶつぶつと恨みがましい目をして吐くマクラーゲンに嫌な印象を抱いたのは事実だ。──だが、それでも選抜試験を邪魔するのは、たとえチームのため、ロンのためであっても少々おかしいのではないかと思っていた。
「それってずるくないか?それに、君は監督生だろ?」
「まあ、やめてよ」
「──おーい、何やってるんだ?」
先に行っていたロンは返答がないことに訝しみふと後ろを振り返り──ソフィア達が着いてこず、入口の前でぐずぐずしているのを怪訝な目で見て首を傾げる。
「何でもない」
ハリーとハーマイオニーは同時にそう答え、急いでロンのあとに続いた。美味しそうなにおいが漂う中、今日のメインはチキンにしようかビーフにしようかと悩むハリー達の前に突如スラグホーンが現れ行く手を塞いだ。
「ハリー、ハリー!まさに会いたい人のお出ましだ!」
整った髭の先端を捻りながらスラグホーンは機嫌良く大声で言うとにっこりと笑いかける。
「夕食前に君を捕まえたかったんだ!今夜ここでなく、私の部屋で軽く一口どうかね?ちょっとしたパーティをやる。希望の星が数人だ。マクラーゲンも来るし、ザビニも、チャーミングなメリンダも来る──メリンダ・ボビンはもう知り合いかね?家族が大きな薬屋チェーン店を展開しているんだが──それに、もちろん、ぜひミス・グレンジャーにもお越しいただければ大変嬉しい」
スラグホーンはハーマイオニーに軽く会釈をして言葉を切った。ロンとソフィアには、まるで存在しないかのうに目もくれず、2人はチラリと視線を交わし肩を上げた。
「えーっと……」
「用事はないね?罰則なども?──よろしい、2人とも、後で!」
断られるとは微塵も思っていないスラグホーンはハリーとハーマイオニーの返事を聞く前ににっこりと笑いすぐに大広間を出て行った。
「ああ、行きたくないわ」
「少し食べていこう。コンパートメントでの料理みたいなのだったら、ちょっとしか出てこないから」
ハリーとハーマイオニーはガッカリと肩を落としトボトボとグリフィンドールの机に座ると、少しの料理だけを──腹の虫がもっと食べたいと訴えかけていたが──皿に取り分けた。
「僕たちのことは丸っ切り無視だったな」
「逆に清々しかったわね」
ロンはスラグホーンに無視されたのが気に食わず、ローストビーフを数枚一気に口の中に放り込みこれ見よがしにゆっくりと噛んだ。
ソフィアは朧げな記憶でスラグホーンと会ったと思っていたが、気のせいだったのかと首を傾げる。自分の母のことを知っているとばかり思っていたが、あれは勘違いであり、ただ優秀なジャックに会いに来ただけだったのだろうか。
食事が終わり談話室に戻る時も少し不機嫌なロンだったが、パーティにはソフィアも呼ばれていないためぶちぶちと文句を言うだけに止めながら4人は談話室の空いている机を見つけて腰を下ろした。
まだマクラーゲンとおそらく呼ばれるだろうジニーは談話室にいる。いつどのように呼び出されるのかはわからないが、時間まで少しあるのだろう。
ハーマイオニーは机の上に置いてあった誰かが忘れて行った夕刊預言者新聞に手を伸ばし、ざっと視線を動かした。
「何か変わった事ある?」
「特には……」
ハーマイオニーは新聞を開き、中のページを流し読みしながら答える。
ソフィアはどこからともなく現れたティティを膝の上に乗せ、優しく体を撫でながら少し眠そうにあくびを噛み殺していた。
「あ。ねえ、ロン、あなたのお父さんがここに──ご無事だから大丈夫!」
まさかまた何かあったのかと表情をこわばらせたロンに、ハーマイオニーは慌ててアーサーの無事を付け加えた。
「お父さんがマルフォイの家に行ったって、そう書かれてるだけよ」
新聞にはアーサーがマルフォイの家をもう一度家宅捜索したが、何も成果はなかったらしく無駄な事に人員を割くなんてと批判する記者に、アーサーは秘密の通報に基づいて行ったのだと言った──と、書かれていた。
「そうだ。僕の通報だ!キングズ・クロス駅で調査してくれるっていってた。うーん、もしあいつの家にないなら、そのなんだかわからない物をホグワーツに持ってきたに違いない」
「だけど、ハリー、どうやったらそんなことができるの?ここに着いた時、私たち全員検査されたでしょう?」
「えっ?」
マルフォイの家にないのなら、やはりもうホグワーツに持ち込んでいるのだと睨むハリーに、ハーマイオニーは驚いたような顔で新聞を置きつつ言ったが、驚いたのはハリーの方だった。
「そうなの?僕はされなかった、ソフィアもだ!」
「それは、私たちが遅刻してきたからじゃないかしら?」
「ああ、そうね。遅れたことを忘れていたわ。……あのね、フィルチが私たちが玄関ホールに入るときに全員を詮索センサーで触ったの。闇の品物なら見つかっていたはずよ。事実、クラッブがミイラ首を没収されたのを知ってるわ。だからね、マルフォイは危険な物を持ち込めるはずがないの」
「そうだったのか……フクロウ便も、検査されてる?」
「ええ、勿論。あちこちに詮索センサーを突っ込んでるってフィルチ本人が言っていたわ」
今度こそ手詰まりであり、ハリーは何も言えなかった。
冷静に考えてみれば防衛対策が取られているホグワーツに闇の品物を持ち込むのはかなり難しい事なのかもしれない。
ハリーは「何かマルフォイが使った方法を思いつく?」とソフィア達に聞いたが、ソフィアとハーマイオニーとロンは難しそうな顔で首を振った。
ちょうど会話が途切れた時、新しいチェイサーのデメルザが「ハリー?」と遠慮がちに声をかけ、丸まった羊皮紙を差し出した。
「スラグホーン先生からよ、ハーマイオニーのもあるわ」
「うわ……」
「諦めるしかなさそうね」
永遠と自分にどんな素晴らしい繋がりがあるのかの自慢話を聞かされるとわかっているハリーは心が行きたくなかったが、断るタイミングはとうの昔に逃してしまっている。
2人は諦めつつ羊皮紙を受け取り、呼び出しの場所と時間が書かれた文字を読み大きなため息を吐いた。
「そういや、珍しいよなぁ。僕とソフィアが2人っきりだなんて」
「え?そういえばそうねぇ……うーん、まだ外出禁止時間でもないし、少し夜の散歩にでも行く?」
「宿題するよりは有意義だな」
「勿論、帰ってきてから宿題するわよ」
「げぇー」
楽しげに話しながら立ち上がったロンとソフィアを見て、ハリーとハーマイオニーは2人にチリチリとしたかすかな羨望と嫉妬を感じていたのだが、ロンとソフィアはそう言った事には疎く──とくに、ロンだが──のんびりと談話室の出入り口である肖像画へ向かった。