10月半ばに、学期最初のホグズミード行きが許可された。
学校周辺の警戒措置はますます厳しくなっていて、まさか外出が許可されるとは思わなかったが、数時間でも悪夢のような量の宿題や困難な勉強から離れられるのなら十分嬉しかった。
ホグズミード行きの朝。空には分厚い雪雲が広がり朝だと言うのに薄暗く、風もぴゅうぴゅうと冷たい。まだ11月にもなっていないが、季節はだんだん厳しい冬へと向かってるいるのだろう。
ソフィアとハーマイオニーはセーターを重ね着し、マントやマフラーでしっかりと防寒しながら大広間に向かい、ハリーとロンを待たず一足先に暖かいスープを飲んでいた。
「おはよう」
「おはよう、ハリー、ロン」
「うーっ、今日寒いわね。オニオンスープ、あったまるわよ」
ソフィアとハーマイオニーはほぼ2人で占領していた大きなスープ鍋をハリーとロンの前に移動させる。温かな湯気が出ているスープを自分の皿の中に入れた2人は、すぐにスープを飲み、熱いものが体の中を通り過ぎるじんわりとした心地よい感覚に「はぁ」と小さなため息を一つこぼした。
「そういや、聞いてくれよ──」
悴む指先をスープ鍋に近づけ温めながら、ロンが夜明けの頃自身に起こったことを面白おかしく話した。
それはハリーが魔法で自分を宙吊りにし、驚いたロンの叫びに寝室にいた全員が飛び起き、その滑稽な光景を見て大笑いし──ぷかぷかと浮いていたロンはようやく魔法を受けて元のベッドの上に戻ったのだ。
「──それでさ、また閃光が走って、僕は再びベッドに着地したのである!」
ハーマイオニーとソフィアを楽しませようとロンは思ったのだが、ハーマイオニーは「何が面白いのかさっぱりわからない」と冷ややかな目でロンを見た。男子同士が楽しいと思うふざけ合いのほとんどは精神的に大人びた女子には子どもっぽく馬鹿馬鹿しく見えてしまうものだ。
「そんな創作呪文まで書いてあったのね。……あまり、どんな呪文かわからないものは使うべきじゃ無いと思うわ」
「踝を掴んで宙吊りにするだけだぜ?単なるお笑いだよ」
ロンはハーマイオニーとソフィアから笑いが得られなかった事に詰まらなさそうにしながら呟く。ロンは創作呪文に関してあまり危機感が無い。彼の兄であるフレッドとジョージが毎日のように魔法の研究をしていたからだろう。
「そうだよ。僕の父さんもこの魔法を使っていた──リーマスが教えてくれたんだ」
ハリーは憂いの篩の中で自分の父親がセブルス・スネイプに使い逆さ吊りにしているところを見ていた。使い方はロンが言うように──ある意味でお笑いだったわけだが。
「そうね、でも魔法には効果を理解しないまま使うととんでもない事になる場合もあるの。怪我が無かっただけ良かったと考えるべきね」
ソフィアとハーマイオニーの冷静な言葉に、面白くなさそうに顔を見合わせたハリーとロンだったが、あまりに2人の視線が真剣だったため渋々頷いた。
「こんにちは、ハリー!これをあなたに渡すようにって。こっちはソフィア宛ね」
ちょうど良いタイミングでジニーが羊皮紙の巻紙を2つ持って現れ、ひとつをハリーに、もう片方をソフィアに手渡した。
「ありがとうジニー。……ダンブルドアの次の授業だ!」
ハリーは見覚えのある細い文字を見てすぐに差出人に気付くと、ようやく待ち望んでいた授業が開始される喜びに歓声を上げた。
巻紙を勢いよく開き、急いで中を読みながらハリーは「月曜の夜!」とソフィア達に知らせる。
「ソフィアのは?もしかして、またソフィアも一緒にとか?」
ハリーは去年、セブルスから受けた閉心術の授業を思い出し期待を込めて聞いたが、ソフィアは暫く手紙を読むと少し困惑しながら首を振った。
「……スラグホーン先生からよ。次の水曜の夜にディナーのお誘いね」
「やっぱりそうだったの?でも、それに誘われたのは多分ソフィアとルイスだけだわ」
スラグホーンから受け取っていたジニーは気の毒そうな目でソフィアを見つめ軽く言うと手を振り恋人であるディーンの元へ向かった。
「2人だけ?スラグ・クラブとは別に?」
「……うーん……母様はスリザリン生だったでしょう?多分、学生時代のお話とかをしてくれるんじゃないかしら。ほら、あまり他の人の前ではできない話題でしょう?」
ハリー達は不思議だったが、ソフィアの言葉を聞いて納得した。
彼らはソフィアの母が、ハリーの母であるリリーの姉だと知っている。だからなんとも思わないが、それを知っている者は数少ない。いとこ同士だということも知られていない中、ソフィアとルイスをスラグ・クラブに誘いアリッサ・エバンズの懐かしい話をして故人を悼むことなど出来ないのだろう。
「まあ、母様の話を聞けるのは嬉しいわ。母様の話なら、良いんだけどね」
ソフィアは面倒くさそうに肩をすくめると、鞄の中にその手紙を押し込んだ。
朝食を終えたソフィア達はフィルチの検問を突破し──ロンは三度も検索センサーで突っつかれた──風と霙の中に足を踏み出した。
今日はあいにく最低の天気であり、4人はマフラーで顔の半分を覆い、少しでも暖を取るために一塊りになりながらホグズミード行きの道を進む。
悴む寒さのあまり、少しホグズミード行きを後悔し始めたソフィア達はやっと村に到着し目当ての一つだったゾンコ悪戯専門店に向かったが、店には板が打ち付けられていた。
「あっち!」
ロンは手袋に分厚く包まれた手でハニーデュークスを指差す。そこは開いていて沢山の生徒で溢れていたがこの寒さにさらされるよりはマシだとソフィア達は頷きすぐさまハニーデュークスに向かった。
「助かったぁ。午後はずっとここにいようよ」
ヌガーの甘い香りがする暖かい空気に包まれ、ロンが身を震わせながら言った。
ちょうど店の奥には新商品試食会と書かれた派手なポップがあり、皿には不思議な夕焼け色に輝くヌガーが積まれていた。みるみるうちに手が伸びて無くなっていく試食に、ロンは舌なめずりをしながら手を伸ばしたが、それは突如横から現れた人物に押しのけられた。
「やあ、ハリー!」
「──うわ、しまった」
突如驚いた声にハリーは嫌そうに低く呟く。
生徒を押し退け現れたのは毛皮の帽子に毛皮襟がついたオーバーを着て砂糖漬けパイナップルの大きな箱を抱えたスラグホーンだった。
彼は一瞬ソフィアを見て、意味ありげにウインクするとすぐに視線をハリーに戻す。
「ハリー、きみはまだ一度しか私のディナーに来ていませんぞ!それじゃあいけないよ、ぜひまた来てくれ。ミス・グレンジャーは気に入ってくれている。そうだね?」
「はい。──本当に」
この場で否定することも出来ず、ハーマイオニーは無理矢理笑みを作り頷いた。またも全く話に入れないロンが詰まらなさそうに棚の商品を見ながら「くだらない」と舌を出す。
「だから、ハリー、来ないかね?」
「ええ、先生。僕、あれからクィディッチの練習があったものですから……」
「そりゃあ、そんなに熱心に練習したのだから、むろん最初の試合に勝つことを期待しているよ!しかし、ちょっと息抜きするのも悪くない。さあ、月曜日の夜はどうかね?こんな天気じゃあ、とても練習したいと思わないだろう」
「駄目なんです、先生。僕──あの──その晩、ダンブルドア先生との約束があって」
「今度もついてない!──まあ、まあ、きっとまたの機会があるさ、ハリー!」
スラグホーンは両手を広げ大袈裟に嘆いた後、堂々と手を振り店から出ていった。その間中、ロンの事はハニーデュークスにある展示品か何かのように全くもって見向きもしなかった。
「逃れおおせたなんて信じられない。そんなに酷いというわけでもないのよ……まあまあ楽しい時だってあるわ──」
ハーマイオニーは一人でディナーパーティに参加せねばならないと思うと気が重かった。一度目はハリーとジニーがいたが、それから2人はクィディッチの練習を理由に全く参加していない。知り合いが誰もおらず、尚且つ他の参加者のように有名な親戚がいるわけでもないハーマイオニーは──彼女は自身の才能を見出されパーティに呼ばれているのだ──やはり居心地が悪かった。
「あ、見て。デラックス砂糖羽ペンがある。これって何時間も持つわよ!」
ハーマイオニーはロンが手に入れた試食を食べながらつまらなさそうな顔をしていることに気づくとすぐに話題を変え、広いスペースに展示されている新商品のデラックス砂糖羽ペンを指差す。ハリーも話題を変えてくれたことにホッとしながらその商品を普段見せないような強い関心を示して見せたが、いつもなら話題に乗ってくるロンは静かなものだった。
「次、どこに行く?三本の箒は開いてるかな?」
「多分、開いてると思うわ」
ソフィアは夏休みの前半にたまにホグズミード村で買い物をしていたが、その時もしっかりと店が開いていたことを覚えている。あれから世界がより危険に晒されているわけでもなく──危険なことに変わりはないが──村の象徴でもあるあの店はきっと営業中だろう。
「じゃあさ。その──僕たち、少し別行動してもいい?ロンとハーマイオニーは三本の箒で待っててくれないかな?」
ハリーは何気なくソフィアの隣に立ち手を握る。てっきり4人で行動するものとばかり思っていたソフィアは驚いたが、それでもにっこりと笑い手を握り返した。
「まあ、ハリー、あなた少し気が効くようになったのね!勿論よ、ロン、先に行きましょう!」
ソフィア以上に感激して手を叩き喜んだのはハーマイオニーであり、すぐに頷くとロンの手を取り──ロンは少し驚いたように目を開いた──無理矢理引っ張って店から出た。
「どこに行くの?」
「ディーンに聞いたんだけど、ロサ・リー・ティーバックっていうところの雰囲気がいいんだって」
「いいわね、行ってみましょう」
ハリーはこの日のためにディーンにどこか良い場所はないかと聞いており、彼はやはり恋人同士ならばマダム・パディフットの店だが、ソフィアが気にいるのはロサ・リー・ティーバックだろうとにやにやと笑いながら教えたのだ。ハリーはソフィアと二人きりの時間が過ごせるのならどの喫茶店でも良かったが、ピンクとフリルで装飾されたマダム・パディフットではなく、シンプルで落ち着いた純喫茶であるロサ・リー・ティーバックを選んだのは良い判断だと言えるだろう。
ハリーはディーンが教えてくれた道筋を思い出しながら脇道に入り、深い緑色の少々古ぼけた喫茶店の前へとたどり着いた。
店内はほのかな灯りが灯っていて、それほど混んでいる様子もない。ハリーはソフィアの手を引き、そのまま扉を押し開けた。
カラン、と入店を知らせる小気味いい音を聞きながら店内に足を踏み入れれば、すぐにふわりと紅茶の優しい香りが漂ってきた。
「素敵なお店ね」
「うん」
ソフィアとハリーは悴む手を揉みながら店内の奥に空いた机を見つけ、すぐに腰掛ける。近くにある窓には風と霙が叩きつけ、ガタガタと寒そうな悲鳴を上げていた。
温かな紅茶と、少しのクッキーを頼んだ2人はそれから小一時間ほど二人きりの時間をのんびりと楽しんだ。愛を熱く語り合うわけでも、口づけを交わすわけでもなかったが、ハリーはソフィアの美しい目に自分だけが映っている時間がある。そんな事がなによりも幸せだった。──勿論、キスをしたい気持ちはあったのだが。
カップの中の紅茶と皿の上にあったクッキーもすっかり無くなったころ、遠くから雷鳴の低い轟が響きだした。
ハリーはここで時間ギリギリまでソフィアと過ごしたかったが天候がかなり怪しくなってきてしまったため、そろそろ出てロンとハーマイオニーと合流し、嵐が来るまでにホグワーツに帰らねばならないだろうと言うソフィアの言葉にハリーは残念そうに頷いた。2人は脱いでいたコートを着込みマフラーを巻いて風が吹き荒れる店の外へ出た。
「うっ、寒っ!」
「は、鼻が痛いわね……!」
ソフィアは寒さのあまりハリーの腕にひしっと抱きつき、身を縮こまらせ震える。ハリーはマフラーの下に隠された口角をにっこりと上げながらソフィアにしがみつかれるままに三本の箒へと向かった。
マフラーやコートに身を包み、ホグズミードからホグワーツへ戻ろうとしているのはソフィア達だけでは無さそうだ。どの生徒もホグワーツの方向へ足を向け嵐が来る前に帰ろうとする中、ソフィアとハリーは三本の箒にたどり着くと窓の向こう側から不安げに空を眺めていたハーマイオニーとロンに必死に手を振り、「もう帰ろう」と身振りで伝えた。
すぐに出てきたハーマイオニーとロンは二人ともぶるりと体を震わせるとマフラーで目の下ギリギリまでを埋め、切り裂くような冷たい風に逆らい前屈みになりながらハリーとソフィアと合流した。
「うーっ!早く帰りましょう!すぐ冷めちゃうわ!」
「嵐がきそうだものね…」
ハーマイオニーはガチガチと奥歯を震わせながらホグワーツへの道を足速に進み、ロンとハリーとソフィアも震えながら頷くと足速にその後を追った。
それぞれの場所で暖まっていた体は、ホグワーツ城の正面玄関の扉に着いた頃にはすっかりと冷え切っていた。
一刻も早く談話室の暖炉の前に向かって体を温めたかったが、ホグズミードから帰る生徒たちは再びフィルチの検査を受けねばならず、長蛇の列が出来ていた。
「うわっ、これ、かなり待つぜ?フィルチの野郎、わざと時間をかけてるんじゃないだろうな?」
背伸びをして先頭までの人数をざっと数えたロンは嫌そうな顔をして眉を寄せる。
フィルチはニタニタと痛ぶるような相変わらずの嫌らしい笑みを浮かべ、執拗なまでに検索センサーでじっくりと調べていた。
行きよりも帰りの方が厳重にチェックしなければならないのは当然である。どのようなものを持ち込むか判ったものではないからだ──しかし、フィルチのように一度見た鞄の中をもう一度突っ込む事はしなくてもいいだろう。
「まだまだかかりそうね──」
ソフィア達が身を寄せ合い、他の生徒同様ぶつぶつと文句を言ったその時。
「──きゃっ!」「──うわっ!」
薄暗い空が白く光り、次の瞬間には地面が震えるほどの爆音が鼓膜を揺さぶった。遠くからゴロゴロと雷鳴の音は聞こえていたが、いきなり油断していた中での巨大な雷鳴に多くの生徒が耳を塞ぎ叫ぶ。
「──嫌な天気ね」
ソフィアは耳を抑えながら曇天の暗い空に浮かぶ渦を巻くような雲を見てぽつりと呟いた。
同時刻、響く雷鳴を聞きながらスリザリン寮の自室でルイスは静かに独り教科書を読んでいた。暫くして静かに扉が開く音に気付くと視線を上げる事なく「おかえり」と呟く。
「ああ……」
現れたドラコは利き腕を痛そうに揉みながらベッドに腰掛けため息をついた。
変身術の宿題を2回連続で提出しなかったドラコはマクゴナガルに罰則を命じられ、何時間も書き取り罰を受けていたのだ。
いつもと変わらぬ静かに授業の予習をするルイスを盗み見ていたドラコは、ついにそわそわと手を動かしつつ低い声で聞いた。
「……ルイス、何をしたんだ?」
「種を蒔いたんだ」
「……種?」
「うん。あとは発芽するのを待つだけ」
「何をしたのかくらい教えてくれたっていいじゃないか」
どこか不安げな低い声に、ルイスは視線を上げると微かに微笑み首を振った。
「ドラコはすぐ顔に出るから駄目だよ」
「……本当に、大丈夫なのか?ダンブルドアを、殺す、なんて──」
無意識にドラコは自分の左腕を撫でていた。数ヶ月前にこの下に刻まれた印。この印を目にするたびに、自分へかされた重すぎる使命を思い出し胃がシクシクと痛んだ。
「あの人に出来ない事が僕たちに出来るかどうかはわからない。でも、頼りのあれの修理が今年中に終わる保証もない。──出来ることを試さないと、僕たちの命だけの問題じゃないからね」
「……そう、だな」
ドラコはくしゃりと顔を歪め俯く。体を縮こまらせ苦しそうで不安げな表情を見せるドラコに、ルイスは慰めの言葉をかけることは出来なかった。