【完結】スネイプ家の双子   作:八重歯

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337 大丈夫。

 

 

パーティの参加者をソフィアと共に見ていたハーマイオニーは、その中にふらふらと危なっかしい足取りでハリーに向かうトレローニーを見つけ嫌そうに眉を寄せる。

 

 

「まぁ、トレローニーに捕まってるわ、あんな人も招待されてるのね」

「教師はみんな招待されてるのかしらね?──ダンブルドア先生はいらっしゃらないのかしら?」

「居ないみたいよ。あっちにダンブルドアへのプレゼント置き場があったの。なんでも本当は来るはずだったんですって、大人がそう話していたわ」

「そうなの……」

 

 

ソフィアはハーマイオニーが視線を向けた先を見た。端に置かれた丸テーブルの上空にはふわふわと『ダンブルドアへのプレゼント』の文字が輝きながら浮遊し、その下にはたくさんの色とりどりの箱や高級そうな酒瓶が並ぶ。ソフィアが見ているうちにも、ゲストや生徒が数名その机の周りに集まり、手に持っていたものを乗せていた。

 

 

「最近また姿を見かけないし……大変なのかもしれないわね」

 

 

ソフィアは沢山のプレゼントを見ながら納得した。

ふと視線の端に、この煌びやかなパーティの中で違和感を覚える黒いものが蠢いた気がしてソフィアは部屋の隅に視線を向ける。

 

 

「──あっ」

「どうし──あら」

 

 

ソフィアが嬉しそうな声音で息を呑んだのを聞いたのは隣にいたハーマイオニーだけだった。すぐにその視線の先を見て、パーティの光を避けるようにひっそりとグラスを傾ける人物に気づき、彼女の喜びの意味がわかった。

 

 

「呼ばれていたのね!──うーん、話しかけたら怪しいわよね?」

「それは間違いないわ」

 

 

ソフィアはセブルスを見つけるとそわそわと手に持っていたグラスを撫でる。本当にこのパーティに参加しているとは思わなかったが、スラグホーンはセブルスの魔法薬学の教師だったはずだ。もしかしたら、セブルスもお気に入りの生徒の1人だったのかもしれない。

セブルスは煌びやかなパーティの中でも熱に浮かされる事なくいつものように──いや、いつも以上に不機嫌そうな陰気な顔をしていた。

 

ソフィアの熱視線に気づいたのか、はたまた偶然か、セブルスはソフィアの方を見るとさらに眉をぎゅっと寄せる。

 

ドレスを着たソフィアは美しく、若かりし頃の亡き妻によく似ている。だが──胸元の露出の多さは喜ばしいものではない。下品なほど胸元が大きく開いているわけではなく、ドレスを着ていれば鎖骨や胸元がやや顕になるのは当然であり標準的な露出だが、いつもきっちりとシャツを着て隠されている部分が見えるだけでセブルスは酷く不快──いや、焦りを感じていた。

 

セブルスはソフィアの周りを見て、ハリーは中央で囲まれ、ロンはクィディッチの選手に熱を上げていてこちらに気付きそうもない事を確認すると静かにソフィアとハーマイオニーの側に近づいた。

 

 

「こんばんは、スネイプ先生。良いパーティですね」

 

 

まさかセブルスが自分に近づいてくるとは思わず、ソフィアは喜びいつもより高い声でにこにこと笑いながら軽やかに挨拶をする。

セブルスは強い視線でソフィアの頭の先からつま先までをねっとりと見ると、その眉間の皺をさらに深めた。

 

 

「──実に不愉快だ。媚びるようなその胸元を少々隠すことが、女性としての嗜みではないかね?」

「──あら、そうですか?」

 

 

褒めるのかと思えば、セブルスの口から出たのは苦情であり、ソフィアは気分が下がり冷めた声で呟く。確かに少し大人びたドレスを選んでしまったが、ハリーやハーマイオニー達の評価は上々であり、自分自身悪くないと思っている。

 

 

「誤った色気を覚える暇があるのなら宿題の量を増やしても問題はあるまい」

「まあ!」

 

 

流石にソフィアはセブルスを咎めるように強く睨んだが、セブルスはフンと鼻で笑うとさっと杖を振った。

途端にソフィアが肩にかけていた滑らかな銀色の羽織りは右肩でとまり、長く垂れていた先がくるくると巻かれ大輪の薔薇の形を作る。

 

 

「幾分か、マシに見えるだろう」

 

 

胸元をしっかりと隠すことに成功したセブルスは満足げに低く囁き、黒いローブをはためかせ踵を返す。

自分の胸元を見下ろし、呆気に取られながら銀色の柔らかな薔薇を見ていたソフィアは人混みに紛れようとしていたセブルスの背中に向かって大きくため息をついた。

 

 

「まあ──その、悪くないわ。似合ってるわよ」

「……だからこそ、なんだか癪だわ」

 

 

先ほどより慎ましく上品さをもたらした薔薇を見てハーマイオニーが苦笑混じりに言えば、ソフィアは苦々しく呟いた。

 

首から胸元の露出は一気に減ったが、華やかな薔薇で飾られていて美しい。ハーマイオニーはセブルスのわかりにくい過保護さと、その悪くないセンスに苦笑する以外ソフィアにかける言葉は見つからなかった。

 

 

 

なかなかパートナーが戻ってこない2人は、目の前を通り過ぎるハウスエルフから一口サイズにカットされているサンドイッチや一口サイズのキッシュを摘みつつ談笑していた。パートナーがいなくとも2人はちっとも気にせず妖女シスターズの音楽に耳を傾け、新聞で見たことのある著名人を珍しそうに見物する。楽しげに談笑する生徒の中にはジニーとディーンをはじめ、見知ったものが多くいたがいつものローブ姿でない彼らはどこか知らない人のように見えた。

 

 

「あ、ルイスも呼ばれていたのね」

「そうね、さっきあのパーキンソンと居るのを見かけたわ。あんな女をパートナーにするなんてね」

 

 

同じく招待されていたスリザリン生のザビニと談笑するルイスを見つけたソフィアは嬉しそうに呟いたが、ハーマイオニーは彼がパートナーに選んだパーキンソンのことを思い出し嫌そうに顔を歪めた。

このパーティにはパートナーが必要だが、ルイスの恋人はホグワーツ生ではなく招待することもできなかったのだろう。それならばある程度交流のあるパンジーを選ぶしかなかったのかもしれない。

 

 

ソフィアがルイスの元へ行こうとしたその時、出入り口の扉が開き温かい室内に冷たい風が吹き込む。

もうパーティの時間の半分は過ぎていたが誰かが遅刻したのだろうか、とソフィアとハーマイオニーは何気なく扉を見て驚く。──現れたのは早足で人を掻き分けスラグホーンの元に向かうフィルチと、彼に耳を引っ張られているドラコだった。どう見ても遅刻の類いではなく、彼らの服装は礼服ではない。彼らのその異常な登場に、何かあったのだろうかとゲストや生徒達が囁いた。

 

 

「スラグホーン先生、こいつが上の階の廊下を彷徨っているところを見つけました」

 

 

ハリーとトレローニーとセブルスという、もう2度と揃わないだろう人たちを集め、ハリーの魔法薬学の才能について雄弁に語っていたスラグホーンは現れたフィルチとドラコに驚いて2人を見比べた。

 

 

「先生のパーティに招かれたのに、出かけるのが遅れたと主張しています。こいつに招待状をお出しになりましたか?」

 

 

顎を震わせ、飛び出した目に異常な興奮の光を宿したフィルチが嗄れ声で言い、ドラコは憤慨した顔で自分の耳を掴むフィルチの手を振り解いた。

 

 

「ああ、僕は招かれてないとも!勝手に押しかけようとしていたんだ。これで満足したか?」

「何が満足なものか!お前は大変なことになるぞ、校長先生がおっしゃらなかったかな?許可なく夜間に彷徨くなと。え?どうだ?」

 

 

フィルチは処罰することができる喜びに打ち震えながらネチネチとドラコを責める。周りからの好奇の視線にドラコは屈辱の色を顔中に浮かべるとすぐに部屋から出て行こうとした。

 

 

「かまわんよフィルチ、かまわん。クリスマスだ、パーティに来たいというのは罪ではない。今回だけ、罰することを忘れよう。ドラコ、ここにいてよろしい」

 

 

スラグホーンが手を振りながら朗らかに言い、出て行こうとしていたドラコの肩を叩く。フィルチはデザートが目の前で攫われたかのように憤慨し失望したが──ドラコもまた、失望したように顔色を変え動揺していた。

小声でぐちぐちと文句を言いながらフィルチは踵を返し、生徒達に肩をわざとらしくぶつけながら部屋から出て行き、代わりにすっとルイスが人の合間を抜けドラコの隣に並んだ。

 

 

「スラグホーン先生、すみません。──僕が、もしかしたら参加できるかもしれないと、ドラコに言ってしまって……彼も、この素晴らしいパーティにぜひ参加したいと言っていたものですから」

「そうだったのか、ルイス。ああ、そういえば君たちは友人だったのだな。勿論、いいとも」

 

 

申し訳なさそうに眉を下げるルイスに、スラグホーンは気にするなと手を振りにっこりと笑う。スラグホーンにとってルイスはソフィア以上にお気に入りの生徒であり、彼はスラグ・クラブに招待される事も多々あったのだ。ハリーの次か、それと同等の魔法薬学の腕を持つのだ、スラグホーンがルイスをより目にかけるには十分すぎる理由だろう。

 

 

「……スラグホーン先生。本当に、ありがとうございます」

 

 

ドラコはスラグホーンの寛大に感謝し笑顔を作る。先ほどの失望と動揺は見間違いだったのかと思うほどの表情の変化だったが、それを近くで目撃したハリーは訝しげにドラコの様子を観察した。

ドラコの顔色は悪く、目の下に黒い隈ができていてまるで病人のようだった。クィディッチの試合を病欠したのは何か他に理由があるのではないかと思っていたが、本当に病気なのだろうか。

 

ドラコはスラグホーンに自身の祖父の事を伝え、彼に気に入られようと媚びご機嫌取りに勤しんでいたが、その言葉は唐突にセブルスに遮られた。

 

 

「話がある、ドラコ」

「まあまあ、セブルス。クリスマスだ、あまり厳しくせず──」

「我輩は寮監でね。どの程度厳しくするかは、我輩が決める事だ。ついて来い、ドラコ」

 

 

宥めようとするスラグホーンに、セブルスは素っ気なく言うとドラコの返事を待たず扉へ向かう。ドラコは恨みがましい目で強くその背を睨んだが、一度スラグホーンににっこりと笑い頭を下げもう一度感謝を伝えるとセブルスの後を追った。

 

 

ハリーは一瞬、悩み動けなかったが周りの人たちがドラコとセブルスが消えた先を見つめている内にそっとスラグホーンの元から離れ、身を低くし扉へと向かった。

 

 

「ハリー、どこに行くの?」

「ちょっと待ってて、すぐ戻るから」

「……気をつけてね」

 

 

ソフィアはハリーがセブルス達を追いかけるつもりなのだとわかり着いて行こうかと悩んだが──ロンが戻ってこない中、ハーマイオニーを1人きりにさせるのも気が引け、パーティに残った。

 

 

 

 

パーティから離れたハリーはポケットに入れていた透明マントを被り、廊下を走る。人気が無い廊下に本来ならば足音はよく響いただろうが、部屋から漏れ出るパーティの音楽や声高な話し声が都合良く足音を掻き消していた。

スリザリン寮の談話室に向かったのだろうかと考えながらハリーは扉という扉に耳を押し付け話し声が聞こえないかと確認していく。

廊下の一番端の教室に着いてかがみ込み、鍵穴に耳を傾けて押し付けたとき中から話し声が聞こえ、心が踊り心臓がどくどくと高鳴った。

 

 

「──何を考えている。ミスは許されないぞ、ドラコ」

「わかっています。本当に、パーティに来たかっただけです」

「……君が、我輩に本当の事を話しているのならいいのだが」

「勿論です。──そんな目で見ないで下さい!僕には、わかります。その手は効きません」

 

 

ドラコは苛々とした口調だったが静かに呟く。

ハリーはドラコがこんな冷たく素っ気ない声でセブルスに話しかけているのを初めて聞き驚いた。去年までは好意と尊敬を向けていたはずだが──そういえば闇の魔術に対する防衛術の授業でもマルフォイは去年と違い大人しかった、今までのように媚びる言葉で話さないのは何故なのだろうか。

 

 

「ああ……君の母が閉心術を教えているのか、なるほど。ドラコ、君は自分の主君に対してどんな考えを隠そうとしているのかね?」

「考え過ぎです。僕は何も隠そうとしていません。ただ、僕の計画は誰にも知られるわけにはいかないんです。あなたでさえもね」

「……そういう理由で今学期は我輩を避けてきたというわけか?わかっているだろうが、我輩の部屋に来るように何度言われてもこなかった者は──」

「罰則にしますか?それともダンブルドアに言いつける?どっちでもいいですよ」

 

 

嘲笑い投げやりに答えるドラコに、セブルスは沈黙する。気まずい沈黙と妙な緊張感が流れる中、セブルスは大きくため息をつき、さらに声を低くした。

 

 

「君にはよくわかっていることと思うが、我輩はそのどちらもするつもりはない」

「それなら、部屋に呼びつけるのはやめてください。僕には僕の準備があるんです。それに、あなたの手助けなんて必要ありません」

「よく聞け。我輩は君を助けようとしているのだ。君を護ると、君の母親に誓った。ドラコ、我輩は破れぬ誓いをした──」

「知ってますよ、母から聞きました。でも、僕はあなたの保護なんて必要ない。僕の仕事です。あの人が僕に与えた──僕には計略があります、少し時間がかかっている、ただそれだけです」

「どういう計略だ?」

 

 

セブルスは目を細め低い声でドラコに詰問したが、ドラコは視線を逸らし床を見たまま「言う必要がありません」と呟いた。

 

 

「我輩を信用し、何をしているのか話してくれれば、我輩が手助けする事も──」

「必要ないんです!僕は1人じゃない!」

 

 

明確に拒絶しても食い下がり腹を探ろうとするセブルスに、ドラコは苛つき声を荒げて吐き捨てたが、すぐに今言ってしまった事の重大さに気付き奥歯を噛み締め拳を握る。

セブルスは視線を鋭くさせ、ドラコに一歩近づき──ドラコは怖気付いたように下がった。

 

 

「──ルイスか」

「違──」

「いや、違わない。君を手助けしようとする者、君が信頼している者など、ルイス以外考えられん」

「──違う!僕が任された仕事だ、僕が考えた作戦だ!誰の手助けもいらない!」

 

 

ドラコは叫び、恐怖を滲ませながらセブルスを押し退け、彼の手が自分の腕を掴む前に廊下へと飛び出した。

荒々しく廊下に出ると振り返る事なく──逃げるように──廊下を疾走する。

 

ハリーが息を殺しドラコを見送った後、セブルスがゆっくりと部屋の中から現れた。

暗がりの中ではその表情をよく見ることは叶わなかったが、月明かりに照らされた彼の表情は奇妙なほど怒っているように見える。

 

ハリーは透明マントに隠れその場に座り込み、今聞いた事に関して考えを巡らせていた。

 

 

 

 

 

スリザリン寮へと戻ったドラコは苛立ちと焦燥感から荒々しく舌打ちをし、頭を掻きむしりベットに座り込んだ。

 

 

──焦り過ぎた、ルイスに気をつけるように言われていたのに。

 

 

ドラコが頭を抱え項垂れていると、自室の扉が静かに開き、呆れた目をしながらルイスが現れる。沈黙し顔をあげないドラコに、ルイスはため息をこぼすと窮屈なドレスローブのネクタイを緩めながらその隣に座った。

 

 

「なんで待っていなかったの?」

「それは──心配で、うまくいっているのか……」

「何も問題はないよ」

「だが──だが、何も起こっていないじゃないか!」

 

 

静かで落ち着いているルイスとは対照的に、ドラコは焦り絶望感を滲ませる。ルイスには何か作戦があることはわかっている。その種を蒔いたという事も。だがあれから1か月以上が過ぎ、もうすぐクリスマス休暇だというのに何も起こっていないのだ。

 

 

「それは、どうかな?」

 

 

ルイスは杖を振り脱いだドレスローブやネクタイを空中で畳みながら小さく笑う。

 

 

「間違い無く、起こっているよ。誰も知らない内にね。僕らがしているって、絶対に知られちゃだめなんだ──父様にもね」

「……多分、スネイプ先生はルイスが関わると気付いたと思う。すまない、誤魔化しきれなかった」

「そんな事だろうなとは、思ったよ。開心術をかけてこようとしたから逃げてきたんだし」

 

 

ルイスはドラコを連れ出したセブルスが1人戻ってきた時、視線の強さとその瞳に込められた魔法を受け、パーティを抜け出しこうして逃げ帰ったのだ。

閉心術と開心術という魔法が存在する事はドラコから聞き、閉心術をドラコから教わったが──ドラコほど得意としているわけではなく、心への侵入を許してしまう。すぐに拒絶する事ができ、知られることは少ないとはいえ開心術にかけられ続ければ、秘密としていることまでバレてしまうかもしれない。

 

 

「閉心術、習得しないとなぁ……」

「……多分、僕の教え方が悪いんだ。ルイスに使えない魔法なんてない──そうだろう?」

 

 

どこか縋るようなドラコの必死な言葉に、ルイスは微笑み目を細めながら「そうだね」と頷いた。

 

──ここでその考えを否定すれば、ドラコの芯がぶれてしまうだろう。ドラコにとって、僕は誰よりも聡く、強くなければならない。彼にとって唯一心を開き頼れる存在になった。父様ではなく、ドラコは僕を信じているんだ。

 

 

「スネイプ先生が何もしてこなければいいんだが……本当に協力を仰がないでいいんだよな?」

「うん。どうせ破れぬ誓いがある。父様は最後、ドラコが失敗したならダンブルドア先生を──殺さなきゃならない。でも、それをすると父様の手柄になるでしょう?ドラコがする事に意味があるんだ。少なくとも、ナルシッサさんはそれを望んでる」

「……僕が……」

「父様も、ナルシッサさんも。あの方に気に入られようと必死なんだよ。──自分の子を護るためにね」

「僕は、僕だけが生き残るつもりはない!ルイスがいなければ、僕は──」

「わかってるよ。だからこそ、君があの方に褒められなきゃならないんだ。君が任務を遂行したあと……ドラコは、ナルシッサさんに僕の有効性を教えないといけないから。僕ら2人が生き残るためには、そうするしかないんだ」

「──ああ、そうだな」

 

 

ドラコは唇を強く噛み、祈るように指を組むと目を閉じた。

後、半年と少しでダンブルドアを殺さなければならない。父上と母上、それにルイス達を護るために。ダンブルドアを陥れる本命の計画は当初の予定ではもう始動しているはずだったが、想像以上に時間がかかってしまっている。

焦燥感と不安、苛立ち──そして、人の命を奪うことへの重圧に、ドラコは押しつぶされそうになる気持ちを必死に奮い立たせていた。

もう何週間も悪夢を見続けている、ダンブルドアを殺すことができず、ヴォルデモートの怒りを買いルシウスとナルシッサを殺される夢だ。両親の血に濡れた変わり果てた姿と絶望した空虚な目を見て叫び、飛び起きたのはもう何度目かわからない。

何よりも苦しいのは、それが正夢になる可能性が高いとわかっている事だ。

 

 

「大丈夫、僕がついてる」

「……ああ」

 

 

ルイスはそう言いながら机の引き出しの中から小さなガラス瓶を取り出しコルク栓を抜いた。紫色の液体には銀色の煙のようなものがふわふわと浮かび独りでに渦を巻いている。

漂うほのかに甘い香りにドラコは俯いていた顔を上げ、不思議そうに机の上に置かれた瓶を見た。

 

 

「それは?」

「最近、夢見が悪いんでしょ?安眠できる薬だよ。心を軽くしてくれるんだ」

「そうか……悪くない匂いだな。……この匂い、談話室にも置いているのか?」

 

 

胸いっぱいにすっきりとした甘い匂いを吸い込んでいたドラコは、初めて嗅いだ匂いではないと気づき首を傾げる。このほのかに甘い香りは、確か数週間前から談話室で香っていたものだ。流行りの香水の誰かの残り香だろうとばかり思っていたが、ルイスが置いていたのか。

 

ルイスは優しく微笑むと瓶を指先で撫でながら頷く。「最近、よく眠れない人が多いみたいだからね。世の中で色々あるから」と呟かれた言葉に、ドラコは納得したように頷いた。

スリザリン生全員がヴォルデモートや死喰い人に賛成なわけではない。中には親族が行方不明になっていたり、殺されたものもいると噂で聞いたことがある。彼らが沈黙しているのは、スリザリンで安全に過ごすためのにそうするしかないとわかっているのだ、賢く悲しい処世術と言えるだろう。

 

 

「もう寝なよ。すごく顔色が悪いから。──大丈夫、僕に全て任せて」

「……ああ、そう──だな」

 

 

薬の影響か、頭の奥がぼんやりと霞み眠気が鎌首をもたげる。目を擦りそのままベッドに倒れ込むドラコにむかってルイスは杖を振り布団をかけながら立ち上がった。

 

 

「おやすみ、ドラコ」

「おやすみ」

 

 

ドラコは急激に襲いくる眠気に抗うことなく目を閉じる。

黒く塗りつぶされていく思考の中、ルイスの優しく包み込むような言葉だけが脳の奥に残り、心を緩めた。

 

 

──そうだ、僕はルイスの言葉を聞いていればいい。全てうまくいくんだ。

 

 

最後にそう考え、ドラコは穏やかな寝息を立てる。

ルイスは暫くドラコを見下ろし、口先に浮かべていた優しげな微笑みを消すと自分のベッドに向かい座り込む。

 

 

「──大丈夫、僕は、大丈夫だ。僕しか出来ない。みんなを護るにはこうするしかないんだ」

 

 

脚の上で指を組んだルイスは神に祈るようなポーズで目を閉じ、小さな声で何度も囁いた。

 

 

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