クリスマスの日がやってきた。
ソフィアとハーマイオニーは暖かい布団の中で目を覚まし、それぞれあくびを噛み殺し目を擦りながら体を起こす。
「メリー・クリスマス!」
まだ眠っているジニーを起こさぬよう、ハーマイオニーとソフィアは特別な挨拶を小声で交わし、ベッドの脇に視線を落とせばそこには色鮮やかな包みで彩られたプレゼントの小山が出来上がっていた。2人はすぐに1番近くにある包みを持ち心躍らせ、目に見える幸せの形に嬉しくなりながら開く。
クリスマス休暇に会うことができない家族からのプレゼントを嬉しそうに見ていたソフィアは、その山の中に今年はドラコとマルフォイ家からのプレゼントがないことに気付くが──少し悲しげに目を伏せただけで、その事をハーマイオニーに伝える事はない。
ロンからはソフィアがいつも食べているヌガーの詰め合わせ。フレッドとジョージからは彼らの店の人気の品を山ほど。ハーマイオニーからはどんな本の大きさでも合うブックカバー。そのほかにも沢山の友人から贈られたプレゼントがあり──ハリーから贈られていたのは、エメラルドで出来た花形のイヤリングだった。
「まぁ!これ、本物のエメラルドよね?それに…。周りの装飾は──これ、水晶?まさか、ダイアモンド……?」
「凄いわね、色々と」
「……無くさないようにしないとね…」
ソフィアは黒色の滑らかな手触りの小さなジュエリーボックスに綺麗に収まるイヤリングを見て真剣な声で呟く。ソフィアはあまり宝石やジュエリーといったものに興味はなく、熱心に集める事はない。しかし、流石のソフィアでもエメラルドの価値について──おおよそ、理解はしていた。
「でも、その色すっごくソフィアに似合ってると思うわ」
「そうね……あ!ハーマイオニーがくれたネックレスとの相性も良さそうだわ!」
「値段は比べものにならないけどね」
ソフィアは鞄の中を探り、透明な細長いジュエリーケースを取り出す。中に入れられているのはソフィアが持つ少しのアクセサリーであり、その中に以前ハーマイオニーから貰ったネックレスがきらりと輝いていた。
「あら。価値よりも大切なものはあるわ」
ソフィアはネックレスをつけ、ハリーからプレゼントされたばかりのイヤリングをつける。巻き込まれた黒髪を後ろに流し、長髪を耳にかければ美しい緑色が夜の闇のようなソフィアの髪の中で美しく輝いているのがよく見えた。
ハーマイオニーとソフィアが広間へと降りていくと、既にフラーとモリーが朝食の準備をしていた。並んで台所に立つ2人を見て、ソフィアは優しく微笑む。夏季休暇の時と比べても、2人の雰囲気は格段に良くなったようだ。まだモリーがフラーとビルの結婚を認めていないのかはわからないが、以前のような嫌悪感のある目を向けてはいない。モリーはひとりの人として、フラーを尊重しているのだろう。
「メリー・クリスマス、モリーさん、フラー」
「メリー・クリスマス。かなり早起きね?」
「おー!メリー!クリスマース!」
まだ時計の針は朝の6時過ぎを指し、外は夜のように暗い。太陽が光を降り注ぐにはあと1時間はかかるだろう。
「いつもこのくらいに起きていたの。何か手伝う事はあるかしら?」
ハーマイオニーはずれ落ちてくるストールを肩に掛け直し、暖炉の火の前で体を温めながらモリーに告げる。ソフィアとハーマイオニーは朝方にその日の授業の予習をする日課があり、よほど疲れていない限りは目覚まし時計がなくともいつも通りの時間に目覚めてしまうのだ。
「そうね……じゃあ、ポテトを潰してちょうだい」
モリーは茹でたじゃがいもが山盛り入った大きなボウルに向かって杖を振り、広間の机の上に置く。ソフィアとハーマイオニーは「はーい」と軽く返事をすると食器棚の引き出しから銀色のマッシャーを取り出しすぐに作業に取り掛かった。
「……魔法ですればすぐに終わるのに」
「まあ、駄目よ。私たちはもう成人したけれど、ロンとハリーが文句を言って面倒くさくなるって言ったでしょう?」
「今、ここにはいないのに……」
ソフィアとハーマイオニーはもう17歳になり、魔法族の成人を迎え、未成年の
暫くせっせとポテトを潰していたが、あまりの量にソフィアがつい小声で文句を漏らせば、ハーマイオニーは片眉を吊り上げ咎めた。しかしハーマイオニーも途方もない量に疲れてきたのか額にじわりと汗を滲ませ、呼吸をやや乱しながら憎々しげにポテトを見下ろしていた。
ようやくマッシュポテトが出来上がった頃には、ソフィアとハーマイオニーの右腕は限界を迎え、2人とも腕をぷらぷらと振りながら顔を顰めていた。モリーは大きな鍋に匙を入れて魔法で勝手に回すようにしながら小さく笑い、机に温かな紅茶とクッキーを置いた。
「ありがとう、助かったわ!あとはゆっくりしなさいな。きっともうすぐみんな起きてくるから」
「はい……いたたた……」
「ああ……腕がだるいわ……」
ソフィアとハーマイオニーは紅茶を飲もうとカップに手を伸ばしたが、指先が震えていることに気づき、このままでは間違いなくカップを割ってしまう──と、左手でなんとかカップを持って美味しい紅茶を飲み一息ついた。
昨夜遅くまで起き、だらだらと料理やお菓子を食べていたからか、皆が広間に集まった時には朝とも昼ともつかない時間だった。
それなら後少し我慢してクリスマスの特別なランチを食べましょう、とのモリーの提案に、ソフィア達は軽い朝食を済ませ、それぞれ受け取ったクリスプレゼントを見せ合う。
ハリーはすぐにソフィアの耳に自分が贈ったイヤリングが輝いていることに気づき、嬉しくて顔中で笑顔を浮かべながら頭を下げ、ソフィアの白く柔らかい耳朶にキスを落とした。
昼食が出来るまではそれぞれが好きな場所で寛ぎ過ごしていたが、ソフィア達は広間にある大きな机の上にクリスマス休暇中に出た山のような量の宿題を広げ、後数日のうちに完成させなければならない課題と向き合っていた。ソフィアとハーマイオニーは夜寝る前や早く起きた時にコツコツと進めていたため殆どが終わっていたが、ハリーとロンの進捗は芳しくない。
ロンとハリーは休暇中にまで自分達を悩ませる宿題の山に憤り嘆きぶつぶつと文句を言っていたが、何とか昼食までに魔法薬学の宿題を完成させる事ができた。
「素晴らしいクリスマス・ランチの時間でーす!机の上を片付けなさいねー?」
白いエプロンをつけたフラーが大きな皿を浮遊させながら厨房からぱっと現れ、ロンは「待ってました!」と歓声を上げるとすぐに羽ペンを放り出し鞄の中に羊皮紙や教科書をめちゃくちゃに詰め込んだ。隣に座っていたハーマイオニーが嬉しそうに頬を染めチラチラとフラーを見る彼の視線に面白くなさそうに口をへの字に曲げている様子に、ハリーとソフィアは顔を見合わせニヤリと笑った。
「見て!フレッドとジョージがくれたの!綺麗でしょう?」
机に着くソフィア達の前に、扉を開け放ちモリーが現れくるりと一回転する。モリーは小さな星のように輝くダイヤが散りばめられた濃紺の真新しい三角帽子を被り、金のネックレスをつけていた。心の底から喜びを溢れさせ、跳ねるように言ったモリーの言葉に皆が頷く。高価なものをプレゼントできるほど、フレッドとジョージの将来は上手くいっているのだろう。
「ああ、ママ。俺たちますますママに感謝しているんだ。なんせ自分達でソックスを洗わなきゃならないもんな」
ジョージが気楽に手を振りながら答えたが、モリーは何度もジョージとフレッドの頬にキスを落とし、彼らは嫌がりつつも軽くモリーの頬にキスを返した。
「そういえば、トンクスは来ないの?」
マッシュポテトをとりわけながらジニーがようやく席に着いたモリーに聞けば、モリーは残念そうに肩をすくめ頷いた。
「そうなの。昨日も今日招待したんだけど……。リーマス、ジャック、最近トンクスと話した?」
「いや、私は誰ともあまり接触していないが
「学校が始まってすぐに一度会ったきりだな」
騎士団として外で活動しているリーマスとジャックが何か知っている事はないかとモリーは期待したが、2人ともすぐに首を振り、モリーは心配そうに「そうなの……」と呟く。最後に見たトンクスはいつもの溌剌さが消えかなり沈んでいた。多忙のあまり疲れ切り、変身術が使えないほどになってしまったのだろう。
「トンクスは一緒に過ごす家族がいるんじゃないか?」
「んん……。そうかもしれないわ。でも、私はあの子が一人でクリスマスを過ごすつもりだという気がしてて……」
トンクスの話題に、ハリーは今度彼女に会ったら聞きたいと思っていた事を思い出した。この場にトンクスはいないが、その代わりここには守護霊魔法に詳しいリーマスがいる。彼なら守護霊が変化するかどうかを知っているに違いない。
「そういや、トンクスの守護霊が変化したんだ。少なくともスネイプがそう言ってたよ。そんな事が起こるなんて知らなかったな……。守護霊はどうして変わるの?」
「ときにはだがね……強い衝撃とか……精神的な動揺とか……」
リーマスは七面鳥肉をゆっくりと噛んで飲み込んでから、考え込むように話す。守護霊は魔法使い側で決める事は出来ない。その人の本質を見て、自然とどんな生き物になるのか決まるのだ。その本質が大きく変化した時には稀に守護霊をも変わる事がある。
「大きかった。脚が四本あったよね、ソフィア」
「ええ。あれは──そう、大きな犬か……大きな狼に見えたわ」
「そうだ!一瞬だったけど、とっても強そうに見えたのに、スネイプは弱く見えるって言ってたっけ」
ハリーは当時の様子を思い出す。あの守護霊はかなり大型で強く見えたのだが、何故スネイプには弱く見えたのだろうか?
「さあ──私にはわからないな。何かが彼女の中にあったんだろうね」
リーマスは七面鳥肉へ視線を落としたまま呟き、後はその話題に興味が持てなかったのか肉を切り分けることに集中していた。
「ハリー。トンクス本人にその事を聞くのはやめた方がいい。どんな動揺や衝撃があったにしろ──話したくない事かもしれないからな」
ジャックはミートローフを食べながらハリーに忠告し、ハリーも最近のトンクスの様子と守護霊が変化した事は何か密接な関係があるのだろうと察していたため、素直に頷いた。誰だって心に傷を触れられたくはないだろう。
「そういえば、ジャックは孤児院に行かなくていいの?今日はクリスマスでしょう?」
ソフィアは孤児院にいる子供たちがジャックを待っているのではないか、一緒に過ごせるのは嬉しいが、ここでゆっくりとしていていいのかと首を傾げる。2年前の三校対抗試合の時にはクリスマス休暇には子どもたちが待っているからと孤児院に帰っていたのだ。
「ああ──孤児院は閉めたんだ」
「ええっ!?ど、どうして?」
ソフィアは驚きのあまりフォークで刺そうとしていた七面鳥肉から大きくはずれ皿を強く刺してしまった。
ガチャンと大きな音が立ち、何人かが驚きソフィアを見たが、ソフィアはそんな事気にせず愕然とジャックを見つめる。
「不審死や事件が多くて物騒になってきただろ?……俺も、色々と任務があって孤児院にずっといる事は出来ない。何かがあった時に──後悔はしたくないからな」
「そ、そんな──あの子たちは?」
「俺が信用してる外国の孤児院に移した。……落ち着くまでは、イギリスから離れた方がいい」
「でも──ジャックは、本当に子どもたちを愛していたのに……」
ジャックが経営する孤児院には勿論他の大人の魔法使いや魔女が居る。しかし、万が一ジャックの不在時に何かあったとき、被害を被るのは魔法も満足に使えない子どもたちだ。ジャックが死喰い人として潜入しているとはいえ、何があるかはわからない。──それに、ジャックの孤児院にはヴォルデモートが嫌うマグル生まれの幼き魔法使いが多いのだ。
衝撃のあまり小声で囁くソフィアに、ジャックは優しく微笑む。
「勿論、今でも愛しているよ。だからこそ、離れるんだ」
ジャックの芯のこもった言葉に、ソフィアは悲しげに眉を下げていたが彼の気持ちが理解できないわけではない。理解できるからこそ悲しく、ソフィアは項垂れたまま皿の上に乗った七面鳥肉を見つめた。