ソフィアとハーマイオニーは翌朝日が昇る前にマグゴナガルに起こされ、校長室へと向かっていた。
まだ空は白みあたりは薄暗い。マグゴナガルは何の説明もしなかったが、2人は昨夜の一件だろうと思い疑問をぶつける事はなかった。
校長室にはダンブルドアとセブルス、ハッフルパフの寮監であるスプラウト、そして蒼白な顔で今にも泣き出しそうな表情をしているハッフルパフ生の男子がいた。
「朝早くにすまんのう。ソフィア、ハーマイオニー。昨日何があったのか話して欲しいのじゃ」
ダンブルドアは立ち上がると机の上に置かれた鳥籠を指差す。その中には昨夜と同じように人形が静かに収められていた。
ソフィアとハーマイオニーは何時ごろ少女に会い、何があったか、どんな会話をしたかの詳細を話す。ダンブルドア達は静かにそれを聞いていたが、少年はぶるぶると体を震わせるとついに顔を覆って啜り泣き始めた。
「──それで、その人形を受け取ると、死ぬと言って……」
「そんな!……シャーロットが、そんな──何かの間違いです!」
悲痛な叫びを上げる少年は恐ろしさに体を震わせながら少女──シャーロットがそんな事をするわけがないと必死に訴える。しかし、ダンブルドア達は彼の言葉に頷く事はなかった。
「……ダンブルドア先生、彼は……?」
「彼はアルフィー・テイラー。ハッフルパフの3年生じゃ。昨夜、この部屋の前に人形を置こうとしたシャーロット・テイラーの兄じゃ。さて、アルフィー。この人形はもともとシャーロットが持っていたものかね?」
アルフィーは顔を覆った指の隙間からちらりと人形を見る。恐々とその人形を観察していたが、すぐに視線を外すと小さく頷いた。
「それは──シャーロットが5歳の誕生日に、僕がプレゼントしたものです。ずっと大切にしていて……でも!それはマグルの普通の店で購入したものです!そんな、闇の魔法なんてかかってません!」
「そうかのう?よくよく、見るのじゃ」
「うっ……はい……」
アルフィーはそろそろと鳥籠に近づき、胸の前で指を組むと極限まで眼を細めてその人形をしっかりと見た。ただの人形だ、クリスマス休暇の時も、ずっと妹が持っていた。変わっているところなんて──。
「──あっ、髪、髪が。人形の髪が!」
それに気付いたアルフィーは背筋に冷たいものが走ったような悪寒を感じ、一歩下がる。プレゼントした人形は愛らしいフランス人形であり、髪はたしか背中の中ほどまであり、ボンネット帽子で可愛くあしらわれていたが──帽子からのぞいている髪は、足首に迫るほど長い。
「そうじゃの。この人形の髪に魔法がかけられておる。ただシャーロットが言ったような相手を死に陥れる程の呪いは込められていなさそうじゃ」
ダンブルドアは震えるアルフィーの肩に手を置き、鳥籠に近づく。そのまま気軽な動作で開閉口を開け、人形を掴んだ。
ソフィアとハーマイオニーとアルフィーがあっと小さく叫んだ瞬間、その人形の髪がダンブルドアの腕に巻き付きギリギリと締め上げる。
心配そうに見るソフィア達を安心させるために優しく微笑んだダンブルドアは、黒い手で人形の頭をひと撫でした。すると人形はぶるりと震え、締め上げていた髪は緩み──ただの人形に戻る。
「この人形の髪が恐ろしく長く、強靭なものであればわしの首を絞めることも可能じゃったかもしれんがのう。人を殺すにしてはちと、長さと強度が足りんようじゃ」
「シャーロットは……そんな、あなたを殺そうだなんて……!すごく優しい子で……」
「ダンブルドア校長。シャーロットは私が知る限り、そんな恐ろしい事はできません。何か──そう、魔法をかけられていたのでは?」
アルフィーとスプラウトはシャーロットがそんな事を考えるはずがないと首を振る。彼女はマグル界出身の一年生であり、闇の魔法を使えるとは思わない。服従の呪文にかけられていたのではないかと暗に伝えるスプラウトに、ダンブルドアは少し真剣な顔をしながら人形を机の上に置いた。
「服従の呪文や、その他の闇の魔術にかかっている様子はない、というのがセブルスとフリットウィック、そしてポンフリーの見解じゃ」
「そんな──」
「目覚めたシャーロットは、何度も『ダンブルドアを殺さなければならない』と呟いておった。ポンフリーが精神安定剤を飲ませ、落ち着かせてもその考えは変わらないようじゃ。──わしも人から恨まれる事は勿論あるがのう。しかし、シャーロットにそれほど強い殺意を抱かせることをした覚えは、残念ながらないのじゃ」
「魔法じゃない?──じゃ、じゃあ。シャーロットは本当に、自分の意思であなたをこ、殺そうと……?」
「人形の髪を伸ばし、手に取ったものを締め上げるように魔法をかけるのはそれほど難しいことではない。一年生でも、優秀ならば可能じゃろう。──じゃが、シャーロット本人の意思かどうかはわからないのじゃ」
ダンブルドアの言葉にアルフィーは不安げな顔で視線を揺らし困惑した。今まさに魔法にかけられていないと言ったはずだ、しかしダンブルドアへの殺意は本人の意思ではないかもしれないとは──どう言う事だろうか。
「つまり……?」
「何にせよ、詳しく検査する必要があるじゃろう。アルフィー、きみの妹になにか違和感はなかったかね?」
「えっと……クリスマス休暇はいつも通りで、あなたに対しての殺意なんて……。それに、クリスマス休暇前も普通で──」
アルフィーは自分の妹があくまで被害者であることを望み、必死に記憶を辿った。特に変わりはなく、友達と学生生活を過ごしていた。入学して暫く経ってからは、親元を離れる不安と勉強の難しさからか不満がちで夢見が悪いとぼやいていたが、それも少し前から落ち着いていた。
「わかりません……勉強が辛くて、よく眠れないとは言っていましたが……医務室に行くほど疲労が溜まっているようにも見えませんでしたし……」
「そうか──ふむ、シャーロットは暫く医務室で入院する方がいいじゃろう」
「はい……その、シャーロットは──妹は、罪に……?」
もし、本当にダンブルドアへの不満と、何か彼女にしかわからない恨みを募らせた上での殺人未遂ならばそれは罪になる。体を震わせ、蒼白な顔で聞くアルフィーを、ダンブルドアは半月メガネの奥の目をキラキラと輝かせながらじっと見つめた。
「彼女とよく話をしなければならんの」
「……そう、ですか」
「アルフィー、君はもう戻りなさい。まだ朝食には早いようじゃな、医務室で妹君と面会するがよかろう。スプラウト先生も、着いて行ってもらえるかの?」
「勿論です。さあ、行きますよ」
「はい……失礼します」
スプラウトはがっくりと項垂れたアルフィーの肩を支え、ゆっくりと校長室を後にした。
ソフィアとハーマイオニーは自分たちも話せる事は全て話した、退出した方がいいだろうか、とダンブルドアをちらりと見つめる。
「さて──ソフィア、ハーマイオニー。君たちの周りであの少女のように言動がおかしなものはいるかな?」
「え?──いえ、特に思い当たりません」
「私もです……」
「ふむ。──これはわしの独り言なのじゃが──」
ダンブルドアは校長机の奥に周り、黒いしなびた手を袖の中に隠しながらゆったりと肘掛け椅子に座った。少し、疲れているように見えるのは気のせいだろうか。
「実はこれが初めてでは無いのじゃ。──中傷の手紙などはまあよくある事じゃが──ここ数ヶ月で三度ほどのう。どれもままごとのような方法じゃ」
「は──それ、は」
「さて、ソフィア、ハーマイオニー。何か異変があればセブルスかミネルバに伝えるのじゃ。よいな?さあミネルバ。寮まで送ってあげなさい」
ぱっと視線をソフィアとハーマイオニーに向けたダンブルドアはにっこりと微笑み、扉へと向かうよう促す。マクゴナガルは硬い表情で頷き、すぐに扉を開いた。
ソフィアとハーマイオニーは黙り込んだまま、静かに校長室を後にする。
残されたのはセブルスだけであり、静かにダンブルドアに近づき人形を手に取る。ダンブルドアによりその魔法が解呪された人形は、ただの少女趣味な物に戻っていた。
「……開心術を試みましたが、テイラーの中にあるのは貴方への強い殺意でした」
「ふむ……魔法がかけられた形跡は無いんじゃな?」
「ええ、残念ながら。この不出来な呪いの人形を使い、本気で殺せると考えていた様子です。誰にも知られる事なく」
ダンブルドアはセブルスの言葉に耳を傾けながら、何も無いところをじっと見つめながら髭を撫でる。
殺意を抱いている者の存在は把握している。しかし、
「引き続き、あの子の監視を頼む」
「……はい」
セブルスは後ろ手に繋いだ手を、強く握りしめた。