ソフィアとハーマイオニーが談話室へ戻ると何人かの生徒が眠そうな眼を擦りながらソファに座っていた。
昨日はクリスマス休暇最終日であり授業はなかったが、今日から再び勉強と宿題に追われる日々がやってくる。その前に真面目な生徒は少し予習を始めているのだ。
誰もが友人たちと穏やかに話す中、パーバティはひとりポツンと大きなソファの中央に座っていた。
ソフィアとハーマイオニーが肖像画の穴をくぐり現れたことに気付くと彼女はすぐに駆け寄った。
「おはよう、どこ行ってたの?」
「おはよう。フクロウ小屋に行ってただけよ」
ソフィアはそれらしい嘘をつき、不安そうに眉を下げるパーバティを見て首を傾げる。「どうしたの?」と聞けば、パーバティは視線を彷徨わせた後、不安げに胸の前で指を組み呟いた。
「ラベンダー、昨日の夜遅くに帰ってくるって言ってたのに……戻ってきてないの。今日から授業が始まるのに……」
「え?」
ソフィアとハーマイオニーは気が付かなかったが、そういえば昨日もラベンダーを見ていない。昨日は姿現しの授業や不可解な少女の件でベッドが空白だということまで、意識がいかなかった。
「まさか──」
「言わないでっ!」
ハーマイオニーは嫌な予感に顔を引き攣らせ恐々と呟いたが、すぐにパーバティが硬い声で遮る。しかし、彼女もハーマイオニーが何を言おうとしているのかわかっているのだろう。その顔色は悪く、眼を潤ませると唇を震わせながら視線を落とした。
日刊預言者新聞では、耐えず行方不明者や死亡者の報道がされている。ホグワーツ内でも、親戚や家族が死喰い人により殺害されたと噂で聞いた事はあった。生徒が亡くなった事はまだ無かったが──もし、誰か亡くなったのならダンブルドアが皆に説明し喪に付すだろう──クリスマス休暇で自宅に帰っている間に襲われる事は、充分にあり得る。
「……きっと、大丈夫よ。ね?……一緒に朝食に行きましょう?」
ソフィアは震えるパーバティの肩をそっと抱き、支えた。しかしパーバティはふるふると首を振り「行きたくないの」と呟く。
「もし、大広間に黒幕が飾られていたら……ダンブルドアがいて、朝食前にラベンダーの事を言ったら……そう思うと、怖くて……」
「パーバティ……」
ソフィアとハーマイオニーは怯える彼女にかける言葉が見つからなかった。セドリックが亡くなった時、ダンブルドアは喪に伏して彼への言葉を捧げた。もし、あの時と同じ光景が広がっていれば──親友であるパーバティは、想像するだけで足元がふらつき、胃の奥が重くなった。
「どうしたの?」
「ネビル……」
男子寮から降りてきたネビルは不安げな顔をするパーバティに気づくと心配そうに駆け寄ってきた。ネビルだけではなく、グリフィンドール生の何人かがパーバティの異変に気づきチラチラと様子を盗み見ていた。
「その……ラベンダー、まだ来てないでしょう?今日から授業なのに……それで──」
ハーマイオニーが言い難そうに説明すれば、ネビルはきょとんとして首を傾げた。
「え?僕、昨日汽車の中で一緒だったよ」
「ほ、本当に!?」
パーバティは必死さが滲む顔でネビルに詰め寄った。ネビルは少々驚きながら何度もこくこくと頷く。
「でも──荷物検査の時に、なんかフィルチと言い争ってた。夕食の時間が近くて、僕はそこまでしか知らないけど」
「そうなの……はあぁ……よかった……」
パーバティは胸の奥に詰まっていたものを全て吐き出すかのようなため息をつき、近くのソファに座った。
なぜ、今ここにいないのかはわからないが最悪なことにはなっていない。──無事、生きているということが分かっただけでパーバティは十分安心できた。
「持ってきてはいけないものでも持ってきちゃったのね。ほら、今惚れ薬がすごく流行ってるって噂を聞いたし……朝から罰則でも受けているのかしら」
パーバティは同意を求めるようにソフィアとハーマイオニーを見たが、2人は曖昧に笑い言葉を濁した。フィルチが別の瓶にすり替えられたものを、ただの栄養剤か愛の妙薬かわかるとは思えない。彼は魔法道具に頼るスクイブであり、魔法使いではないのだ。
しかし、彼が使う検索センサーは闇の道具に反応する。言い争っていたのが、闇の道具関連ならば──ラベンダーが持ってきたものは愛の妙薬などではなく、もっと悍ましいものなのだろう。
しかし、ラベンダーはそんなものを持ち込む人間ではない。むしろ彼女なら怖がり強く拒絶するはずだ。
もう6年も共に暮らしているのだ、親友ではないとはいえ、ラベンダーの性格を熟知しているソフィアは、昨夜からの出来事を思い出し──そして、やはりハーマイオニーも同じ事を思っていた。
「私、大広間に行くわ。マクゴナガルなら何か知ってるかも。まあ、授業には間に合う罰則だと思うし」
ラベンダーが無事だとわかると、パーバティはいつものような落ち着きと元気を取り戻し、ソフィア達に手を振って肖像画の元へ向かった。
「……ネビル、ラベンダーは何を持ってきていたの?」
「え?うーん。見てないけど、たしか……凄く素敵なネックレスって、ラベンダーはフィルチに説明してたと思う」
ネビルは顔をしかめなんとか思い出しながら言ったあと、男子寮から降りてきたシェーマスと合流するためその場を離れた。
ソフィアとハーマイオニーは顔を見合わせ、互いの顔色がすぐれないのを見て苦く笑う。
「これって、もしかしなくても──」
「ラベンダーも、そうだという可能性は高いわね」
ダンブルドアを好ましく思っていない生徒が闇の道具を持ち込もうとするのなら理解できる。学期が始まるときに、何人かが危険なものを持ち込もうとして没収されているのは確かだ。
しかし、ラベンダーはどう考えても──闇の道具を持ち込む人には思えなかった。
もしもラベンダーがその闇の道具を使い、ダンブルドア殺害を目論んでいたのならば。昨日からの出来事は終わる事なく続いている、という事だ。
ソフィアとハーマイオニーは降りてきたハリーとロンへ朝の挨拶もそこそこに手を引っ張り、寮近くの空き教室の中で昨夜から今まで何があったのかを話した。
ハリーとロンは眠たげな顔をしていたが、徐々に真剣な顔になりソフィアとハーマイオニーが話し切る前に意識を覚醒させた。
「もしかして、マルフォイの計略ってこの事か?マルフォイは、ダンブルドアを──殺そうとしている?」
ハリーはハッとして呟いたが、ソフィアとハーマイオニーとロンは眉を寄せ「それはあり得ない」と声を揃えた。
「ハリー、あなたを殺すのならまだ理解ができるわ。でもダンブルドアを殺すなんてそんな事不可能よ!ヴォルデモートですら、不可能な事だもの」
「言ってみただけ。あり得ないのはわかってる」
ハリーは自分自身、ヴォルデモートがドラコにダンブルドア殺害などという無謀な事を命令するとは考えられなかった。もし、この馬鹿げた予想が当たっていたのなら──ドラコは命令をしくじることが確定し、ヴォルデモートの怒りを買うことが当初から予定されていふようなものだ。
ダンブルドアは聡明で強かな魔法使いだ。誰よりも力を持つと言われている彼を、一人前ですらない魔法使いが殺せるわけがない。
「ドラコが受けた命令はわからないわ。ただ混乱させて不安を煽ったり、世間でのダンブルドア先生とハリーの人気を落としたいのかもしれない。……犯人が誰であれ、問題なのは──」
「方法がわからない事か」
「──そうなのよね」
ソフィアの言葉をハリーが引き継ぐ。
その人らしく無い行動をするのは、魔法薬で錯乱していたり、服従の呪文による可能性がある。しかし、昨夜ダンブルドア殺害を目論んでいたシャーロット・テイラーには闇の魔法がかけられていなかった。
その方法がわからない限り、シャーロット本人の罪になってしまう。
ダンブルドア殺害を目論むのは1人ではなく、今年度に入って複数回あったとダンブルドアは明言した。数年に一度ならば──あるかもしれないが、稀有な事だろう。それがたった数ヶ月の間に頻発のだ、誰か、黒幕の存在を感じざるを得ない。
「ダンブルドア殺害か──あの人って、どうやったら死ぬんだろう」
「え?」
ロンは真剣な顔でぽつりと呟く。ハーマイオニーがぎくりと肩を震わせ訝しげな顔でロンを見たため、ロンは慌てて首を振った。
「いや、その──僕、ダンブルドアって死なないって思ってた。殺されるイメージが無いというか……」
「確かに」
「ダンブルドア先生はお強いもの。そりゃ、いつかは亡くなるわ。けれど……そうね、確かに老衰くらいしかイメージつかないわね」
ロンの考えもわかる、とソフィア達は頷いた。
ダンブルドアは魔法界の光の象徴であり、ヴォルデモートに抗う力そのものだ。彼がこの世を去る時──それは、きっと前線を退いたあとの穏やかな世界。暖炉の前で、大好きな甘いお菓子を食べながらこっくりこっくりと穏やかな眠りに落ちる。きっと、そのような緩やかな死だろう。
「老衰かぁ。……500歳くらいまで生きそうだな」
「ふふっ、賢者の石はもうないけど──わかるわ」
ハーマイオニーはくすくすと小さく笑う。ダンブルドアが易々と殺されるなんて、あり得ない。それがソフィア達の共通認識であり、すぐに話題は薬でも服従の呪文でもなく、他者を操ることができるのか、ということに移った。
「うーん。マグル界では、マインドコントロールとか催眠術とかあるけど」
「マインドコントロール?」
「さいみんじゅつ?」
ハーマイオニーの呟きにマグル界の事に疎いソフィアとロンは首を傾げた。ソフィアはマグル学を受講しているが、その単語は初めて聞いたのだ。
「えーと。マインドコントロールは人の精神とか行動を操るの。厄介なのはマインドコントロールされてる事に気づけないということね。操られているのに、自分の意思で行動してると思い込んでるの。催眠術は……半分寝てて、それでも半分起きてるというか……何をしたのか覚えてなかったり、わからない事が多いらしいの」
「洗脳、みたいなものかしら?」
「うーん。私も詳しくはわからないわ……」
「……もし、魔法使いが他人をマインドコントロールするならどうする?」
状況だけで考えれば、シャーロット・テイラーの様子はマインドコントロールに近いのでは無いか。とハリーは思った。
本人がダンブルドアへの殺意を認めているが、その殺意が他者から埋め込まれたものならば、周りが「そんな事を考える人でない」と狼狽えるのも当然だろう。
「えーっと……自分の意思で行動していると本人も思い込むのよね?うーん……ロンがハリーに幸福薬を飲ませたと思い込ませて不安を取り除いたのも、一種のマインドコントロールになるのかしら?でも、幸福薬じゃないわよね……」
「何か魔法があったかしら……」
「僕はお手上げだからな」
ハリーの問いにソフィアとハーマイオニーは暫く唸りながら考え、ロンはすぐに降参だと手を上げた。
しかし、いくら考えても本人の心を操る魔法など思いつかなかった。もしあったとしても、きっと禁書の類だろう。
人の心の奥底に入り込み、思想を歪め、行動を支配する。
そんな事が本当に可能なのか、ソフィアにはわからなかった。