それから暫くして、険しい表情をしたマグゴナガルが扉を開き、ソフィア達に中に入るよう促した。
すぐにハリーが飛び込み、その後にハーマイオニーとソフィアが続く。
ロンはようやく、とんでもないことが起こっているのかも知れないとわかったのか顔色は悪かったが、先程と同じように大人しくベッドの上に座っていた。
「他の2人と同様。私たち全員で考えられる解毒薬や反対魔法を試してみましたがウィーズリーの思考に変化はありません。何者にも支配されていない。そう判断せざるを得ないでしょう」
「そんな……ロンはそんな馬鹿な考えを持つわけがありません!」
「ええ、わかっています。だからこそ、より慎重な判断が必要です」
この思考が第三者の影響なのか、それとも暗に隠していたロンの闇の部分なのか。ロンだけではなく、複数名が同じ状況ということからここにいる誰もが第三者の存在を感じ取ってはいるが、それの証拠は無く、本人は至って正常だと言い張っているのだ。──ロンはダンブルドアを殺さねばならないとは思っているが、その罪をきちんと理解していた。
「僕に、ロンと話をさせて頂けませんか?」
「……ええ、いいでしょう。大まかな尋問は終わりましたが。──私たちの立ち合いのもと、許可しましょう」
ハリーは小さく頷き、ロンのベッド脇にある丸椅子を引き寄せ座った。
向かい合ったロンは青い顔をして動揺し、居心地悪そうに教師達をチラチラと見る。
「あー。ハリー。先生達に言ってくれよ。僕はおかしくなんかないし、魔法にかけられてもないって」
「……僕もそう思いたい。……ダンブルドアを殺そうとしたのか?」
「え?──うーん、だって。老衰くらいしか方法はないだろ?」
「ダンブルドアの死を望むなんて、君の頭にヴォルデモートが現れたのか?」
「そんな怖いこと言うなよ!」
ロンはヴォルデモートの名前に情けない顔をしながら体を縮こまらせた。ヴォルデモートの名前にこれほど恐怖しているのは演技ではないだろう。……そもそもロンは演技や取り繕うことが苦手だ。嘘をついてもすぐに態度に出てしまうのだ。
「誰かに命令されたのか?ダンブルドアを殺せって」
「いや、僕がそう思ったんだ。そうしなきゃって」
「おかしいだろ?ついこの前まで、そんな馬鹿なことあるかって話してたじゃないか!」
「その時は、でも──多分、ずっとそうしなきゃって──」
ロンはしどろもどろに答えていたが、ふと遠い目をした。その目はハリーではないどこか別のものをじっと見ているような、不思議な色を秘めており、教師達にわずかな緊張が走る。
「そう──そうしなきゃ。そうしたいんだって、僕はずっと思ってた」
「……いつから?」
「いつからだろう──10月くらいだったかな……でも、忘れてた……何度もそう思ったのに──僕は、忘れて……なんでこんな大切なことを覚えてられなかったんだろう」
ロンの言葉はどこか夢を見ているようにふわふわと掴みどころがなく、感情の起伏も少ない。
ソフィアは一歩踏み出して、ロンの肩に手を置いた。
「ロン、それはいつ忘れちゃったの?」
「いつ──いつだったかな──そうしなきゃ、と思っていたのに、気がついたら忘れていて。でも頭の奥でひっかかっていて──何をしなきゃいけないのか、わからなかった。……でも、ダンブルドア殺さなきゃってさっき思い出したんだ……」
ロンはゆっくりとソフィアを見て、乾いた唇を微かに開いた。
「──ゆめの、なかで……」
「夢?」
ソフィアが小声で聞き返した時、ロンは目を瞬かせ今まさに目覚めたようにすっきりとした表情で首を傾げる。
「僕、何か言った?」
「……あなた、疲れているのよ」
ロンは今自分が何を言ったのか覚えていないようで、教師達が静まり返り自分を睨み見ている事に気付くと出来る限りその視線から逃れようと布団を手繰り寄せ目の下まで持ち上げる。ロンは、ただ困惑していたのだ。──自分がこうすることは当然なのに、何故皆が怖い目で見ているのか理解が出来ないために。
「……マクゴナガル先生。三人の共通点として、些細な事ですが……大きなストレスと、不眠が挙げられます。他にも見落としている共通点はあるかもしれません。……夢を介して支配する魔法や薬は存在するのですか?」
ソフィアの言葉にマクゴナガルは難しい顔をして黙り込んだ。夢を介して影響を及ぼすと言われて思い出すのは、ヴォルデモートがハリーと繋がり、感情を伝えまやかしの記憶を見せ神秘部へと誘い出そうとした事だろう。しかし、ヴォルデモートとハリーの繋がりは特殊なものであり、他の三人にあるとは考えられない。
「私には見当もつきません。……皆さんはどうですか?」
マクゴナガルはセブルス達を見たが、彼らも暫し沈黙し首を振った。
悪夢を見せる魔法はあるが、夢の中で繋がることができる魔法や薬は存在しないのだ。自分たちが知らぬだけで、新たな魔法や薬が生まれた可能性は十分にあるだろう。ならば、それを特定するのは極めて難しい。
「僕は普通だよ!みんなが認めてくれないだけで──」
「君はちっともまともじゃない!」
「そんな馬鹿な事あるか!」
ハリーの言葉にロンは憤慨し、荒々しい手つきで布団を下ろし顔を真っ赤に染めた。「僕はまともだ!」と叫んだが、それに同意する者は誰もいない。無意識のうちにロンは救いを求めるようにハーマイオニーを見たが、ハーマイオニーは耐え忍ぶような悲痛な面持ちで唇を噛み目を逸らした。
「そんな!ハーマイオニー、言ってくれよ。僕はまともだって!」
「……ロン、どう見ても、あなたは魔法か何かにかかっているわ」
「そんなわけないだろ?……ソフィア!」
「……落ち着いて、ロン」
ロンは目に失望の色を滲ませ、喉の奥で「嘘だ」と呟く。こんなところで寝かせられているからおかしくなるのだと考え、ベッドから出ようとしたがすぐにマクゴナガルが強く肩を押さえた。
「離してください!」
「ダメです。あなたには休息と正しい措置が必要です」
「そんな!」
「まあまあ、落ち着きなさい。ポンフリー、安定剤はあるかね?……皆が落ち着いた方がいいだろう」
「ええ。ありますとも」
興奮するロンだけでなく、ハリーも落ち着かせる必要があるとスラグホーンは判断し、ポンフリーに目配せをする。ポンフリーはすぐ奥にある事務所に戻り、小さなガラス瓶を手にして現れた。
「匂い薬です。皆が落ち着くにはこれが一番です」
ガラスの栓が外され、病室に微かな甘い匂いが広がる。
ソフィアとハリーとハーマイオニーは、その匂いを嗅いだ途端「あっ」と小さく叫び、食い入るようにポンフリーの手に収まる小瓶を見た。
「そ、その匂い──」
「少し──数ヶ月前から、談話室で匂っていたわ!」
「何ですって?そんな、これは──まあ、精神安定作用がありますし、悩みやストレスを抱えている生徒には効果的ですが……」
ポンフリーは怪訝な顔をし、ちらりとセブルスとスラグホーンを見た。
この香り薬は正しく使えば精神を安定させ、心を軽くすることが出来る。ストレスを抱えている者には安らぎを与えてくれるだろう。しかし、この薬の容量を誤ればどうなるのか──それを知っているスラグホーンとセブルスは真剣な瞳でソフィア達を見据えた。
「ミス・プリンス。この匂いがした時間はどれほどだ」
「えっと……日によってまばらで、夜の7時ごろから深夜近くまでずっとだったり、朝からだったり……毎日ではありませんでした。誰かの香水の匂いだと……」
「容量を誤っている。──いや、この場合、正しく使っていたのかもしれませんな」
セブルスの低い呟きの意味がわかったのは魔法薬学に長けているポンフリーと専門家のスラグホーンだけであり、教師といえエキスパートではないマクゴナガルとフリットウィックは怪訝な顔をし、「どう言う意味ですか?」と説明を求めた。
「この香り薬は、容量を誤り長時間匂いを嗅ぐと──心が無防備になり、外部からの侵入を受けやすくなるものだ。本来なら数分使用するだけで事足りる。そうだね、セブルス?」
「そうですな。……スラグホーン教授。在庫が誰かに盗まれた形跡は?」
スラグホーンは少し顔をしかめ、言葉に詰まった。貴重な材料や劇薬の在庫管理はしっかりとしている。だが、ただの精神安定薬の在庫が正しく揃っていたかどうかの確認を、スラグホーンは疎かにしていた。
「──確認してこよう」
もし、盗まれていたのなら、自分の管理責任の問題も生じる──スラグホーンは体を揺らしながら慌てて医務室を飛び出した。
「誰かが、故意にこの薬を使った……?でも、ロンは服従の呪文をかけられているわけじゃないんですよね?」
「ああ、そうだとも!私とスネイプ教授の2人できちんと確認したからね、間違いない」
背の低いフリットウィックがぴょん、と跳ねながらソフィアの問いに答えた。
ならば、何故この薬は絶えず談話室で香っていたのだろうか。ストレスを抱える生徒が多いのを見たものが、ただ善意の気持ちで使用しそれがたまたま容量を間違えていただけだというのだろうか。
何かが引っ掛かる──何かが足りない。
「失礼します!ロンが倒れたって聞いて──」
重々しい沈黙を破り、ハグリッドの声と同時に医務室の扉の蝶番が外れた轟音が響いた。
ハグリッドは集まる教師達を見て面食らったようだったが、すぐにロンを心配そうに見下ろす。
「さっき、ネビルが俺んとこに言いに来よって……」
ソフィアは顎に手を当てじっと考え込んでいたが、心配そうに眉を下げロンを見るハグリッドを見て──脳天に衝撃が走った。
ロンは自分たちとずっと共にいた。誰かに呪われた可能性は低い。
三人に共通することはストレスと、不眠。
本人の思考はまともだが、操られているとしか思えない言動。
しかし、魔法や薬を使った形跡はない。
ダンブルドア殺害への強い渇望。
夢の中で告げられた事。
心を無防備にする香り薬。
マインドコントロールと、催眠術。
「──虫下し薬!──マダム・ポンフリー、寄生魔法生物を駆除する薬はありますか?」
「え、ええ。まあ、ありますが」
時たま腹痛虫や癇癪虫と呼ばれる寄生魔法生物に寄生される生徒が居るため、医務室には虫下し薬が常備されていた。ソフィアの必死さに呆気にとられつつも、マダム・ポンフリーは近くの棚から大きな瓶を取り、ゴブレッドの中に紫色の水薬をなみなみと注いだ。
「でも、これに何の意味が……人の思考を操る寄生魔法生物なんて……」
そんなもの聞いた事がない、とポンフリーは困惑しながらロンにゴブレットを渡す。ロンは受け取るのを躊躇していたが、ソフィアに「早く飲んで!」と急かされてしまい、渋々その不味そうな色の薬を飲んだ。
「うっ苦い……。──ぅぐ」
ロンは嫌そうに舌を出していたが、突如小さく呻き、口を押さえ体を曲げた。
顔はサッと色を失い、何度もえずき生理的な涙を溜める。
「──おえっ」
皆が見つめる中、ロンは込み上げる吐き気と異物感に襲われ、ついに手の中に何かを吐き出した。
「なんだ、これ──」
「やっぱり──これは、夢喰蟲よ」
ロンの手に転がったのは、大きく成長したカタツムリに似た夢喰蟲であり、その殻は赤黒い不吉な色をしていた。
蠢く無数の足に、こんなものが体の中にあったのか、とわかるとロンは小さな悲鳴をあげ全身に鳥肌を立たせて夢喰蟲を放り投げる。
それはぽすん、と白いシーツの上に落ち、うごうごと触手を動かしていた。
「すぐに、シャーロットとラベンダーにも虫下し薬をお願いします」
ソフィアの言葉に、呆気に取られていたポンフリーは慌てて虫下し薬を持ち、奥にあるカーテンが引かれたベッドへ向かった。