翌日の朝、退院したハリーはすぐにマクラーゲンを探したが、探すまでもなくマクラーゲンは談話室の前でハリーを待ち構えていた。
マクラーゲンはかなりこってりと絞られたらしくその大きな体をしおらしく縮こめ、ハリーに「すまなかった」と謝った。
毒気を抜かれたハリーはマクラーゲンに「もう選手として参加させることは一生無いと思え」とだけ告げ、それ以上彼を責めることはなく談話室へ続く肖像画を通った。
どうすればマルフォイの尻尾を掴むことができるのか──その考えに支配されたままのハリーは談話室を横切り寝室に戻る。誰もいない事にほっと安堵しながらトランクの一番奥にある忍びの地図を開き、日課となっているドラコの現在地を調べた。
ドラコの姿は今回も見つからなかった。どこか怪しい場所に隠れてはいないかと思ったが、沢山の黒点が蠢く中でたった1人だけを見つけるのは難しく、ハリーは苦々しくため息をこぼしながら地図を終了させポケットの中に突っ込んだ。
そのままベッドに寝転んだハリーはしばらくぼんやりとしていたが、枕の下を探り両面鏡を取り出す。
「シリウス?」
ハリーは小声でシリウスに呼びかけた。
度々こうしてシリウスに話しかけていたが、返答が無い日も多い。シリウスは何か任務で外に出ているのだと思うと嬉しくもあり、なぜか胸が苦しくなるような不安を感じていた。
「──どうした、ハリー?」
「おはようシリウス」
「ああ、おはよう。──頭の包帯はどうした?」
ハリーはシリウスの顔が見えた事にほっとしながらにこやかに笑いかける。しかし、シリウスはすぐにハリーの頭に巻かれた包帯に気づき心配そうに眉を寄せ、もっとよく見ようと顔を近づけた。
「あー。クィディッチで──」
ハリーはまだ少し疼く頭の怪我に触れながらクィディッチで何があったのかを話した。
苦い表情でハリーからなぜ怪我をしたのか聞いたシリウスはすぐに「制裁は加えたんだろうな?」と聞き、ハリーは苦笑し曖昧に言葉を濁した。
「マクラーゲンの事より、マルフォイが何処にいるのかが気になってるんだ。ずっと見張っていられればいいんだけど、そんなの無理だし……」
「……ふむ、どうにかなるかもしれないぞ」
ハリーの悩みにシリウスは短く整えれた髭を撫でながら答える。どうすることもできないと思っていたハリーは慌てて鏡に顔を近づけドキドキと高鳴る鼓動を必死に落ち着かせた。
「ほ、本当?」
「ああ。クリーチャーを使えばいい。あいつは主人の命令には絶対だ。喜んで──とは言わないが俺の命令は断れない。24時間マルフォイを監視するだろう」
「クリーチャー?……でも……」
ハリーはシリウスの提案に口籠る。クリーチャーは一度シリウスを巧妙な手口で裏切った。それにブラック家を出て向かった先はマルフォイ家である。そんなクリーチャーをハリーはとてもではないが信じられず、何かを頼もうとしてもすぐにドラコに伝えるのでは無いかと思ったのだ。
しかしシリウスは低く喉の奥で笑うと、ハリーを安心させるために悪戯っぽく笑った。
「大丈夫だ。今度の命令はしくじらないよ」
「うーん……なら、ホグワーツにいるドビーにも頼もうかな。ドビーに主人はいないけど、多分……僕のお願いなら聞いてくれると思うし」
「ああ、二重に監視があるのは良い。その方が信憑性が増すだろう」
クリーチャーに命令することは少々不安が残るが、ドビーも一緒ならば万が一何かあったとしてもすぐに知ることができるだろう。
ハリーはこれで何か手がかりを掴むことができれば良い、そう考えながら鏡を覗き込んだ。
「シリウスは、今どんな任務をしてるの?」
「ホグズミードの警備だ。……前回、ホグズミード行きが無くなったのは残念だったな」
「えっ!?その日、もしかして会えたかもしれないの?」
「ああ、俺もそれを期待してこの任務についたからね」
シリウスは仕方ないと苦笑していたが、ハリーはシリウス以上に落胆しがっくりと頭を垂れた。シリウスとはクリスマス休暇以来会っていない。鏡を使い顔を見て話せるとはいえ、やはり直接会って話したいことはたくさんあった。
「すっごく、残念だ」
「まあ、次の機会があることを期待しよう」
項垂れ落ち込むハリーに、シリウスはどこか嬉しそうに笑いながら慰めた。
シリウスと鏡を使っての会話を終えてからすぐにクリーチャーとドビーが乱闘をしながら現れ、ハリーは2人を止めるために半純血のプリンスの本に書かれていた魔法を使った。
なんとか宥め、シリウスから「ハリーの命令は主人の命令だと思え」と言われたクリーチャーは早くハリーが死ねば良い、とでも思っているような目つきでハリーを睨んでたが、ドラコを24時間監視するという命令を拒絶することはなく深々と頭を下げた。
ドビーもまた、友人であるハリーのためならと胸を張りドラコを──そして、クリーチャーを──見張ることを約束し、彼らは現れた時と同じようにパチンと姿をくらました。
ハリーは期待と興奮でやや落ち着きをなくしながら鏡をぼすんと枕の下に押し込み、今日使う授業の教科書や書きかけの宿題をカバンの中に突っ込んだあと肩に担ぎ、談話室へと向かった。
「ソフィア、おはよう」
「おはようハリー。戻ってたのね!無事退院できて良かったわ」
ハリーはすぐに身を屈めソフィアの頬にキスを送り、ソフィアも同じように軽くキスを返した。
初めて見た時はニヤニヤと笑っていたロンも、流石に2人が付き合ってほぼ毎日見る光景に慣れたのか茶化すことなくハリーの頭に巻かれた白い包帯をチラリと見る。
「怪我、大丈夫か?」
「うん、今日の昼休みには取れるって言ってた」
ハリーは何だかむず痒くなりつつある包帯を掻きながら軽く笑う。ホッと笑ったロンは横暴な態度を改めたマクラーゲンを面白おかしくからかったが、その話に乗ってきたのはハリーだけだった。
ソフィア達は朝食へ向かい、その後授業のためにいくつも階段を登っていた。角を曲がって8階の廊下に出ながら、ハリーはクリーチャーとドビーにドラコを監視するように命じたことを話そうかと思ったが、ハーマイオニーはきっと嫌な顔をするだろうと考え黙り込んだ。ハウスエルフに対し過激な反応を見せるハーマイオニーだ。きっと彼女は24時間労働させていると知れば烈火の如く怒るだろう。
廊下には、チュチュを着たトロールのタペストリーをしげしげと見ている少女以外誰もいなかった。背の低い少女はハリー達に気付くと驚き、怯えたような顔をして肩を震わせる。持っていた重そうな真鍮の秤が手から滑り、けたたましい高音を立てて割れた。
「まあ、大丈夫?」
「直してあげるわ。──
高学年である自分たちが怖かったのかとソフィアとハーマイオニーはにっこりと微笑み優しく声をかける。すぐにハーマイオニーの魔法により秤は元通りに戻り、ソフィアはそれを拾い上げ少女に手渡した。
少女はオドオドとした目つきで視線を彷徨わせ、一歩後退する。
礼も言わず突っ立ったままの少女に、ソフィアとハーマイオニーは顔を見合わせた後もう一度優しく微笑みかけるとすぐにその場を離れた。きっと、高学年である自分たちに萎縮してしまっているのだろう。そういえばネクタイをつけていなかったためどこの寮生かはわからないが見覚えはない──きっと別の寮なのだ。
「だんだん小粒になってるぜ」
「あなたはだんだん大きくなってきたわね」
廊下を進み、怯えて縮こまる少女を振り返りながらロンが面白そうにからかったが、ハーマイオニーはそれを咎めるように冷たい声で言った。
「ハリー!」
背後から足音と、ハリーの名を呼ぶ声にハリー達は振り返る。
耳に赤いカブのイヤリングを付け、頭に極彩色のサングラスをかけているルーナは跳ねるように走りながら駆け寄り、ぎょろりとした目でハリーの頭の先からつま先までを眺めた。
「病棟に行ったんだけど、退院したんだね。──これを、あんたに渡すように言われたんだ」
ルーナは鞄の底を探り、潰れたひしゃげた羊皮紙を取り出すとハリーの手に押し付ける。ハリーはそれがダンブルドアからの授業の知らせだとわかり、すぐに羊皮紙を開けた。
「今夜だ」
ハリーは羊皮紙を広げるや否や、ソフィア達に告げる。クリスマス休暇明けから事件が続きすっかりとダンブルドアとの授業を忘れていたハリーは羊皮紙を丁寧に折りたたむとポケットに突っ込んだ。
「今夜?それは……大変ね、ハリー」
ソフィアは眉を寄せ心配そうに呟く。もう怪我はほとんど気にならないほど良くなっているし、何が心配なのかとハリーは首を傾げた。
「あなた、ダンブルドア先生の宿題を忘れているわね」
「──あ」
ハリーはソフィアの呆れ混じりの言葉にようやく思い出すと、さっと顔色を変えた。
そうだ、前回の授業の終わりにスラグホーンが持つ重要な記憶について探れと言われていたのだった。スラグホーンが持つ記憶が、ヴォルデモートに関わる最も重要な記憶であると予想しているダンブルドアは、ハリーに改ざんされていない記憶を手に入れるよう求めていたのだ。
すっかり忘れていたハリーは焦りながらソフィアとロンとハーマイオニーを見たが、3人とももちろん──ハリーを手助けする事はできなかった。