項垂れたハリーが談話室に戻ってきたのは夕食後の時間だった。
ハリーは何があったのかをソフィア達に説明したが、その説明を聞かずともソフィア達は事件があったということだけ、知っていた。
ルイスがドラコを医務室に連れて行く姿は沢山の生徒に見られ、そしてすぐにパンジーが見舞いに行き何があったかをルイスから聞き出し、それを沢山のスリザリン生に吹聴し──寮の垣根を超えて、ホグワーツ中に広まっていたのだ。
ハリーはクィディッチのチームメンバーに罰則のため次の試合に出られなくなった事を伝えたが、それを伝えるのはかなり辛く胃が捩れるようだった。チームメンバーの失望と怒りの表情が、ハリーにとって何よりの罰だったのは間違いない。
メンバーに説明した後ハリーはマクゴナガルに呼び出され、15分以上も懇々と説教を受け、退学ではなく毎週土曜日の罰則だけで済んだのは幸運だとまで言われた。マクゴナガルも、グリフィンドールチームが優勝してほしい気持ちはある。だが、その気持ちを置いてでもハリーには罰則は必要だろう。
冷ややかなチームメンバーの視線を避けるようにハリーは談話室の端にあるソファに座り項垂れていた。ソフィアは何と言って良いのかわからず──隣に座り、心配そうにハリーの手を握る。
「……ハリー、ごめんなさい。私が、あの本は悪いものじゃないって……持っていても大丈夫だって言ったから……」
「……ううん。あの本は僕を何度も助けてくれた。あれがなければ魔法薬学の授業は散々だったし、スラグホーンの記憶も手に入れることが出来なかった。僕が悪いんだ」
「……本当に、ごめんなさい」
ハリーは静かに言ったが、その声音に失望と怒りが滲んでいたのは事実だ。あの素晴らしい本が──ハリーを何度も助けてくれた、友のように思っていた本が急に裏切ったような、そんな気持ちをハリーは抱えていたのだ。
しかし、あのセクタムセンプラという魔法をソフィアの親戚が生み出したとは限らない。宙吊り魔法も、5年生の時にジェームズが使っていた。当時流行った魔法を、プリンスは書き留めただけかもしれない。
ハリーは何も言わず、ソフィアのいつもより冷たい手をギュッと握った。
グリフィンドール生の怒りは土曜日まで続いた。ハリーは罰則を受けに独りセブルスの研究室に向かいながら、世界中のフェリシスを差し出しても良いという気持ちになっていた。
ソフィアと共に空を駆け最高の勝利を掴む。きっと300点以上の差をつけスニッチを掴めば、ソフィアは抱きしめキスをしてくれるだろうと考え試合を心から楽しみにし、モチベーションを上げていたが、結局ソフィアと試合に出ることは叶わなかった。
生徒達がロゼットや寮の色のスカーフを付け旗を振りながら太陽の下に向かう中、ハリーは憂鬱な気持ちでセブルスの研究室へと向かった。
ソフィアは更衣室で試合用のグリフィンドールカラーの服に身を包み、グローブをはめる。隣のロッカーを使っているジニーの顔色はいつもより悪く表情は堅かった。今回は、ただスニッチを掴めば良いというわけではない。レイブンクローの得点を見つつ、160点以上の差をつけた上でスニッチを掴まなければならないのだ。
「緊張してる?」
「……ええ、流石にね」
ジニーは肩をすくめ、何度か深呼吸を繰り返す。心臓がドキドキと高鳴る高揚感と、後頭部がジリジリと焼けるような緊張感に指先が僅かに震えていた。
適度な緊張は集中に繋がる。しかし、今ジニーの中にあるのは緊張とそして強い責任感や不安だった。
「……160点差で決めなきゃ……160点……」
ソフィアは目を閉じ箒の柄を両手で握り額を強くつけ、ぶつぶつと呟くジニーの背に優しく手を当てた。
「大丈夫よ。ゴールは私に任せて!少なくともマクラーゲンみたいなヘマはしないわ。──さあ、いきましょう!」
鼓舞させるためにジニーの背を強めに叩き、その衝撃で丸まっていた彼女の背は伸びそのまま一歩踏み出す。
ジニーはにっこりと笑うと、ソフィアと共にグラウンドへ駆け出した。
大歓声が選手達を迎える。いつもより表情を引き締めた彼らは真剣な眼差しで対戦相手と相対していた。
フーチのホイッスルと共に彼らは空へと舞い上がる。観戦席では青と赤の旗が振られ、一つの軍団のように蠢いていた。
ソフィアはゴール前でじっとチェイサーの動きを見ていた。300点差で勝たなければいけないのだ。出来る限り失点を少なくしなければ、チームメンバーが最高のプレイを見せたとしても、不可能となる。
「グリフィンドールチームのキーパーは新しくソフィア・プリンス選手。シーカーはジネブラ・ウィーズリー選手、チェイサーはディーン・トーマス選手です。この予期せぬ変更が両チームにとってどんな効果をもたらすのか!」
実況者はグリフィンドールとレイブンクローに中立な立場であるハッフルパフ生だった。ザカリアスやルーナでは実況に難があり、クィディッチに詳しい7年生が選ばれた事はソフィア達にとって幸運だっただろう。少なくとも実況からのからかいに心を乱されずに済むのだ。
「おっと!ケイティ選手、クアッフルを持ったまま激進です!」
ケイティは脇にクワッフルを持ち敵のゴールポストへ稲妻のように進んだ。レイブンクローのキーパーも後を追い必死にケイティの進撃を止めようとしたが、ケイティは素晴らしい動きでビーターが繰り出したブラッジャーを躱し、ゴールポストにクワッフルを叩き込む。
「グリフィンドール10点!先取点はグリフィンドールですっ!」
レイブンクローの選手たちはスリザリン生と違い卑劣なプレイは行わない。寮の特色が出ているのか、攻撃力や積極性はそこまで高くはないが選手同士の統一がどのチームよりも高く、敵の研究を行い冷静に得点を狙う。
だからこそ、彼らにとってグリフィンドールの大幅なポジションチェンジは想定外であった。敵を分析する時間が少なく、ジニーとソフィアの動きは彼らにとって全くの未知数である。
「今度はブラッドリー選手がクアッフルをとらえた──どうだ?──止めた!!ソフィア・プリンス選手、止めました!」
ソフィアは投げられたクアッフルをしっかりと箒の穂先で強く打ち返し、そのまま軽やかに一回転し、高く拳を空に突き上げる。
──絶対に、勝つ。勝ってみせる!
グリフィンドール生からの大きな歓声を聞きながら、ソフィアは油断せず前を見据え身を低くし次の攻撃に備えた。
ー
ハリーは罰則を終え、石段を駆け上がりながら競技場からの物音に耳を澄ませた。しかし、何も聞こえない。もう試合開始から3時間は過ぎている、終わってしまったのだろう。
混み合った大広間の外でハリーは少し迷ったが、やがて大理石の階段を駆け上がった。勝敗がどうであれ、選手達が悔しがったり祝ったりするのは通常、寮の談話室なのだ。
「
まさにその言葉はハリーが聞きたくもあり、聞きたくない合言葉だった。中で何が起こっているのかと恐る恐る合言葉を告げるハリーに、太ったレディは「見ればわかるわ」と答え寮への扉をパッと開く。
肖像画の裏の穴から、祝いの大歓声が爆発していた。ハリーの姿を見つけて叫び声を上げる寮生の顔を、ハリーはぽかんと見つめる。何本もの手がハリーを談話室に引き込んだ。
「勝ったわよ!」
ケイティがハリーの前に躍り出て、銀色の優勝杯の掲げながら叫んだ。
「350対40!!勝ったわ!」
ハリーは辺りを見回した。沢山の生徒達からの喝采を受ける中心にいるのはソフィアとジニーの2人であり、口々に彼らは2人の動きを興奮冷めやらぬ様子で褒めちぎる。
ソフィアとジニーはハリーの到着に気付くとパッと表情を明るくさせ、自信と喜びに溢れ、堂々とした決然たる表情でハリーに駆け寄った。
「ハリー勝ったわよ!ソフィアのおかげね。安心してスニッチを探せたわ!」
「あら、ジニーが最高のタイミングでスニッチを取ってくれたからよ!」
「ソフィア……ジニー……」
ハリーは感謝と喜びで胸が詰まり、彼女たちの名前を掠れた声で呼ぶと2人ごと強く抱きしめた。
「ありがとう!本当に、ありがとう!」
一瞬虚をつかれたような顔をなったソフィアとジニーは、ハリー越しに視線を交わすとにっこりと笑い合い、ハリーの背を優しく叩いた。
その日は夜になっても宴が続いた。ハウスエルフに沢山のお菓子やバタービールをこっそりと頼み、選手達の勇姿を褒め、誰もが明るく笑い、ハリーが出場できなかった不満はグリフィンドールの勝利により、選手達は水に流した。
それは夜中の3時ごろ、見回りに来たマクゴナガルが「嬉しいのはとてもよくわかりますが、もう寝なさい!」と叱りにくるまで続き、グリフィンドール生は翌朝全員が寝坊する羽目になっただろう。
しかし、次の日は日曜日であり特に問題はない。誰もが満足感と幸福感と、温かな布団に包まれ昼まで安眠を貪ったのだった。