ハリーとダンブルドアは分霊箱の一つであるロケットを手に入れることが出来た。
しかし無事とは言えないだろう、そのロケットを手に入れるためにダンブルドアは恐ろしい毒の水を飲み、疲弊し切っていた。なんとかハリーが支え、姿現しをしホグズミード村に戻ったとき、ダンブルドアは一人で立つことが出来ぬほど困憊しその場に崩れる。
ホグワーツまで歩いて帰る事すらできないダンブルドアに、ハリーは戦慄し心臓が嫌な鼓動を打った。こんなにも弱りきっているダンブルドアなんて初めて見た。早くマダム・ポンフリーのところに行って薬か何かをもらわないと、もしここに死喰い人が来たら──。
嫌な想像をしてしまうハリーだったが、幸運にもロスメルタが二人の話し声に気付き小走りで駆け寄って来た。ロスメルタにダンブルドアを任せ、人を連れてこなければ──ダンブルドアがポンフリーでなくスネイプを望むのならば、そうしないと。
ハリーはそう思ったが、ハリーとダンブルドアを見つめ困惑しながらも蒼白な顔をし恐怖に慄くロスメルタの言葉を聞き、震える指先が指した先を見て──ハリーは今見ているものが現実とは思えなかった。
ホグワーツ城のはるか上空に闇の印が上がっていたのだ。緑色の髑髏が蛇の舌を出し不気味に輝いている。それは死喰い人が侵入した後に残す印であり、誰かを殺した証だった。
「いつ現れたのじゃ?」
ダンブルドアが聞いた。立ちあがろうとするダンブルドアの手が、ハリーの肩に痛いほど食い込んだ。
「数分前に違いないわ。猫を外に出した時にはありませんでしたもの。でも、2階に上がった時に──」
「すぐに城に戻らねばならぬ。ロスメルタ、輸送手段が必要じゃ。箒が──」
「バーのカウンターの裏にありますわ。取ってきましょうか?」
「いや、ハリーに任せられる」
ダンブルドアの言葉を聞き、ハリーは直ぐにアクシオで箒を呼び寄せた。たちまち大きな音がしてパブの入り口がパッと開き、二本の箒が勢いよく飛び出す。その箒はハリーの脇まで飛んできて微かに振動しながら腰の高さでぴたりと止まった。
「ロスメルタ、魔法省への連絡を頼んだぞ。ホグワーツ内部の者は、まだ異変に気づいておらぬやもしれぬ……ハリー、透明マントを着るのじゃ」
ハリーはポケットからマントを取り出して被ってから箒に跨り、ダンブルドアと共に夜の空へ舞い上がった。ダンブルドアが落ちるようなことがあればすぐさま支えられるようにとちらちらと横を見ていたが、ダンブルドアにとって闇の印は刺激剤のような効果をもたらしたらしい。先ほどの弱々しさは微塵も感じさせず──顔色は蒼白だったが──しっかりと箒を掴み、身を低くして印を見据えていた。
闇の印はホグワーツで1番高い天文台の塔の真上で光っていた。そこで殺人があったのだろうか、DAのメンバーは───ソフィアとロンとハーマイオニーは無事だろうか。見回りなんか頼んでしまった、もし、誰かが死んだらそれは僕のせいだ。誰かを失うなんて、そんなの耐えられない。
ダンブルドアは塔の屋上の防壁を飛び越え、箒から降り辺りを注意深く見回していた。ハリーもその隣に降り、空に上がる闇の印を見上げる。
壁の内部には人影はない。城の内部に続く螺旋階段の扉は閉まったままで、争いや死闘が繰り広げられた形跡はなく静まり返っていた。
「どういうことでしょう?あれは本当の印でしょうか?誰が本当に──先生?」
印が放つ僅かな緑の光に照らされたダンブルドアは、黒ずんだ手で胸を押さえ、苦しげな息を吐き壁に寄りかかっていた。
「セブルスを起こしてくるのじゃ。何があったのかを話し、わしのところに連れてくるのじゃ。ほかには何もするでないぞ。他の誰にも話をせず、透明マントを脱がぬよう。わしはここで待っておる」
「でも──」
「わしに従うと誓ったはずじゃ、ハリー──行くのじゃ」
躊躇うハリーにダンブルドアは小さな声で、しかしはっきりと伝えた。ハリーはぐっと唇を噛み頷くと、螺旋階段の扉へと急いだ。
しかし、扉の鉄の輪に手が触れた途端、扉の内部から誰が走ってくる足音が聞こえた。
振り返るとダンブルドアは退却せよと身振りで示しており、ハリーは杖を構えながら後退りした。
「
扉が勢いよく開き、誰かが飛び出して叫んだ。
ハリーはたちまち体が硬直して動かなくなり、まるで不安定な銅像のように倒れ塔の防壁に衝突し、そのまま石床に転がった。ぴくりとも体は動かず、声も出せない。エクスペリアームスは武装解除で硬直呪文ではない、ハリーは困惑しながらダンブルドアの杖が弧を描いて防壁の端を超えて飛んでいくのを視界の端にとらえた。
──そうか、ダンブルドアが僕を動けなくしたんだ。僕を隠すために、護るために……その術をかける一瞬のせいで、自分を護るチャンスを失った。
ハリーは目を動かさずとも、誰が入ってきたのかがわかった。
ダンブルドアに負けず劣らず蒼白な顔をしているドラコと、そして──ルイスだ。
蒼白な顔で、防壁を背にして立ちながらも、ダンブルドアには恐怖や苦悩の影すらなかった。扉から入ってきた2人を見て、ただいつものように柔らかく声をかけたのだ。
「こんばんは、ドラコ、ルイス」
ダンブルドアを武装解除したのはドラコだった。ルイスはその後から入り、素早く部屋の中を見回す。壁にかけられた箒に気づいたのはドラコが先だった。
「他に誰かいるのか?」
「わしの方こそ聞きたい。君たち2人だけの行動かね?」
「……援軍がある。今夜この学校には死喰い人がいるんだ」
「ほうほう。なかなかのものじゃ。君たちが連中を導き入れる方法を見つけたのかね?」
「そうだ、校長の目と鼻の先なのに気づかなかっただろう!」
「よい思いつきじゃ。しかし、失礼ながら……その連中はどこにいるのかね?援軍とやらは、いないようだが」
「そっちの護衛に出くわしたんだ、下で戦ってる。もうすぐ来るだろう……僕は先に来たんだ、僕には──僕にはやるべきことがある」
「ほう、それなら。疾くそれに取り掛からねばなるまいのう」
ドラコの声は恐怖に慄き震えていたが、ダンブルドアの声は軽い世間話をするように穏やかだった。
暫くドラコとダンブルドアは沈黙し、ただ見つめあっていた──そして、ダンブルドアは優しく、微笑む。
「ドラコ、ドラコ。君には人は殺せぬ」
「わかるもんか!」
その言い方がいかにも子どもっぽいと気づいたのか、ドラコはカッと顔を赤らめる。一度杖を握り直したが、杖の震えを止める事はできない。
「僕に何ができるかなど、校長にわかるものか。これまで僕たちがしてきた事だって、完全に防ぐ事はできなかった!」
「そうじゃのう。まさか夢喰蟲を使うとは思わなんだ。君の行動は見張っておったがその他の者に対しては注意を払っていなくてのう」
「あれは、目眩しだった。……この一年間、準備してきた事を気づかれないように──」
ずっと城の下の方から押し殺したような叫び声が響く。ドラコはぎくりと体を強張らせて後ろを振り返り、ルイスもまた、青い顔で扉を見た。
「誰かが善戦しているようじゃの。……しかし、君が言いかけておったのは……おおそうじゃ、死喰い人を首尾よく案内してきたという事じゃのう。それは、わしも流石に不可能じゃと思うておったのじゃが……どうやったのかね?」
ダンブルドアは茶飲み話でもしているかのように軽く聞いたが、ドラコは下の方で何が起こっているかに耳を澄ませたまま、ハリーと同じ程体を硬直させ黙り込んだ。
「……姿をくらますキャビネット棚ですよ。去年、モンタギューがその中で行方不明になったものです」
何も言わないドラコの代わりにルイスが小声で呟く。それを聞いて全てを悟ったのか、ダンブルドアはため息とも感嘆とも取れぬ声を出すと暫く目を閉じた。
「──賢い事じゃ。たしか、対になっておったのう?」
「ええ、もう片方はボージン・アンド・バークスにあり、二つの間に通路のようなものが出来るんです。それはホグワーツの護りの影響を受けない──モンタギューがキャビネット棚に押し込まれたとき、ホグワーツと店の出来事の両方が聞こえたと言っていました。壊れたキャビネット棚を修理すれば、行き来できるのではないかとドラコが気づいたんです」
「それで、死喰い人はドラコの応援にボージン・アンド・バークスからホグワーツに入り込むことが出来たのじゃな……賢い計画じゃ、実に賢い」
「そうだ!」
ドラコはダンブルドアに褒められたことで、皮肉にも勇気と慰めを得たかのようだった。階下から聞こえてくる爆発音や叫び声に気を取られつつも、声音は先ほどよりしっかりとしていた。
「そうなんだ!僕たちは今日、やり遂げた。闇の印を塔の上に出して、誰が殺されたのかを調べに校長が急いでここに戻るようにしようと決めたんだ。そして、うまくいった!」
「ふむ、そうかもしれぬし……そうではないかもしれぬ。──それでは、殺された者はおらぬと考えて良いのじゃな」
「……まだ、だが……わからない、時間の問題だ!」
ドラコがそう言った直後、下から聞こえる騒ぎや叫び声が一段と大きくなった。今度はこの屋上に繋がっている螺旋階段の直ぐ下で戦っているような音だった。怒号と破壊音、そして恐怖に怯える悲鳴に、ドラコはまた恐怖に顔を引き攣らせ、小さく震え出す。
「いずれにせよ、時間がない。君の選択肢を話し合おうぞ」
「僕の選択肢!僕は杖を持ってここに立っている、校長を殺そうとしている─」
ダンブルドアの静かな言葉に、ドラコは泣きそうな声で叫んだ。選択肢などない、殺すしかないのだ。僕にはそれができる。そう、何度も心の中で呟くが、喉は乾き頭は痺れ、口からいつまで経っても死の呪文は吐かれない。
葛藤し苦しむドラコを、ダンブルドアは変わらぬ優しい瞳で見つめ、僅かに首を振った。
「ドラコよ、もう虚勢はおしまいにしようぞ。わしを殺すつもりなら、最初に武装解除をした時にそうしていたじゃろう。方法論をあれこれ楽しくお喋りして時間を費やす事は無かったじゃろう」
「ぼ、僕には選択肢なんてない!僕はやらなければならないんだ!あの人が僕を殺す!僕の家族を皆殺しにする!」
「きみの難しい立場はよくわかる。わしが今まで君に対抗しなかった理由が、それ以外にあると思うかね?わしが君を疑っていると、ヴォルデモート卿に気づかれてしまえば、きみは殺されるとわしにはわかっておったのじゃよ。君に与えられた任務の事は知っておったが、それについて君と話をする事ができなんだ。あの者が君に対して開心術を使うかもしれしれぬからのう。
しかし、今やっとお互いに率直な話ができる……何も被害はなかった。君は誰をも傷付けてはいない。少々操りはしたがのう。……ドラコ、我々が助けてしんぜよう」
ドラコの杖を持った手が一段と大きく震えた。ドラコの目に迷いと後悔がある事を読み取ったダンブルドアは優しく微笑む。
「ドラコ、我々の側に来るのじゃ。さすれば君のご両親も、君が想像もつかぬほど完璧に匿おう」
ダンブルドアの優しい声と瞳に、ドラコはついに口を戦慄かせ、杖をダンブルドアの心臓から下げた。そして、一歩よろめきながら後ろに退く。
「ほ、本当に……?」
「ああ、本当だとも」
「で、でも──ルイス……ルイスと、ソフィアは……?」
ドラコは助けを乞うように──救いを求めるように喘ぎ喘ぎ言った。
ダンブルドアはゆっくりと瞬きをし、ルイスを、見る。
「ルイス、君の選択を聞こうかのう」
ドラコは呆然と、ルイスを振り返った。
ルイスは杖先をドラコに向け、そのまま何も言わずに振り下ろした。