ドラコの無事を確認したナルシッサはなるべくその姿を見られぬよう家へと帰ってきた。
広大な屋敷の中には黒いフードを被った死喰い人が我が物顔で振る舞いながら屋敷の中を闊歩している。
姿形が異形な者や浮浪者のように汚らしい者。殆どの者がマルフォイ邸に相応しくない装いであり、ナルシッサの中に嫌悪感が生まれる。
姉のベラトリックスだけならば許せた。いくらでも匿うつもりだったが、各地に散らばっている死喰い人を集め、更にヴォルデモートまで滞在するとなると、流石に苦い気持ちを抱かずにはいられない。
ナルシッサは死喰い人ではなく、彼らが何の任務に赴いているのかを知らされる事はない。ドラコがルシウスを助けるために死喰い人にされてしまったが──末端も末端の彼に、重要な案件は話されることなく会議にも出席していない。
それは、ナルシッサにとって僅かに安堵できる事ではあったが、彼らが滞在することにより本来心休まる家の機能が無くなり、先祖代々続く美しいこの屋敷が穢されているような気がして、ナルシッサは沸々とした苛立ちを感じていた。
ドラコの部屋の扉を叩けば、数秒後に「はい」と小さな声が聞こえた。自分の子どもの声ではあるが、やはりよそよそしさと違和感があるように思うのは自分が母だからだろうか。
「気分はどう?」
「……まだ、倦怠感があるかな」
ドラコ──いや、ルイスは天蓋付きベッドの上でふかふかとした大きな枕に背を預け小さく微笑む。
今まで誰にも出来なかった死喰い人をホグワーツに連れ込み、ダンブルドアを殺すという任務。
ダンブルドアを殺したのは正しく言えばセブルスだが、そのきっかけを作ったルイスはプレッシャーと心労から家へ戻った途端発熱し、体調を崩していた。
解熱薬を飲めばすぐに熱は下がるが、体調が優れないと言えば死喰い人達はルイスに近づく事はなかった。──いや、そもそもルイスに死喰い人達は近づかない。もとより、彼らもまたヴォルデモートに与えられた任務をこなすのに必死であり、子どもの様子に興味など無いのだ。
この家に戻ったルイスは、できるならばヴォルデモートと会うことは避けたかったが──一度も会わずに過ごす事は不可能だった。戻って数日後にはヴォルデモートが現れ、冷たい目に狂気と歓喜を滲ませながらルイスを見下ろし、信じ難いことにルイスの行動を褒めたのだ。
僅か数分の謁見だったがルイスは必死に企みを気付かれないように心を閉ざし、ただ彼の前で跪き頭を垂れた。その顔色は悪く体は小さく震えていたが、ヴォルデモートを前にした者は大抵畏れを抱くためヴォルデモートも、周りにいた死喰い人も気にする事はない。以前、死喰い人の証を腕に刻まれたドラコもまた同じように怯え震えていたからかもしれない。
ルイスは広い部屋の中で、近くをつまらなさそうに歩いていた孔雀の背を撫でる。ルシウスの愛玩品であるこの孔雀は、本来なら好きに庭を歩いていたが──死喰い人達がいる中で放っていれば、すぐに無惨な姿になり木に吊るされるか、夜の食卓に並んでしまうのだ。
「あと、何日ほどで
ナルシッサは静かにルイスに近づき、やや不安げな自分の息子と同じ顔を見下ろす。その言葉の意味を正しく受け取ったルイスは暫く考えた後「1週間くらいかな」と答えた。
「そう……なら、それくらいに少し早めに来年度の学用品を買いに行きましょう。あなたの杖を買いに行かなければならないわ」
「そうだね」
当然だがルイスはドラコの杖を持っていない。ドラコの杖は独特の意匠もなく誰もどんなものだったのか覚えてはいないだろうが、念には念を入れてルイスは逃げる時にハリー・ポッターに阻まれ、杖を落としてしまったのだと死喰い人達に説明した。
魔法使いの命といって過言では無い杖の紛失を、死喰い人達は嘲り馬鹿にしたが怪しまれることは無かった。
「……顔色が悪いわ」
ナルシッサはベッドの端に座り、ルイスの手を取る。ルイスはその冷たい手に少し驚き、戸惑いながらナルシッサを見上げた。
ルイスはドラコを自分の目的のために利用した。そうするしか無いと思っての事であり、ドラコの安全は騎士団で保証されていると信じているが──ナルシッサの心情を思えば、こうして彼女が触れてくるとは思わなかったのだ。
同じほど冷たい手をとったナルシッサは、ルイスの手を優しく開かせるとその手のひらに文字を書く。どこで誰が見聞きしているかわからない今、ナルシッサが誰にも気づかれずルイスと話すには魔法を使わず原始的な方法しか残されていなかったのは、皮肉な事だろう。
──ドラコと騎士団達に会ったわ。私たちは、帝王を裏切り、騎士団に忠誠を誓います。
指先で一言一言書かれた文字を読んだルイスは、にっこりと笑い「ありがとうございます」とナルシッサの手のひらに書いた。
──ルシウスにはその事は伝えないと決まったわ。
──どうして?
──あの人、閉心術が得意では無いから。
文字を読んだルイスは真剣な顔で頷いた。ただでさえヴォルデモートはルシウスの失態を許していない。
予言を知る事は不可能になり、複数の死喰い人が捕らえられ、本来の予定ならばまだ姿を明かすつもりではなかったヴォルデモートの存在が知られてしまった。──それに、ルシウスに預けていた大切な日記を破壊されてしまったのだ。ルシウスはその日記の重要性と隠された真実を知らなかったが、その日記はヴォルデモートの魂が収まる分霊箱であり、その損失への怒りは凄まじく殺されなかったのが奇跡だと言える。
数々の失態のツケをドラコが払わねばならなくなり──一応、なんとか与えられた任務をこなす事が出来てマルフォイ家として一定の評価は上がったが、何か気に入らないことや不審な事があればすぐに死の呪文が体を貫くだろう。
「……もう寝なさい」
「はい」
ナルシッサはそっと手を離し立ち上がると、ルイスの痩せた頬をそっと撫でてから部屋を出た。
ルイスは閉じられた扉を見た後、長いため息を吐くと柔らかな布団を頭の上まで被り固く目を閉じた。
ポリジュース薬の効果は1時間で切れてしまう。長い睡眠をとることは不可能だが、この敵の本拠地で無防備に眠ることなどできないため問題はない。むしろ、この家に来てから気が張り詰めているのかちっとも眠くならなかった。
それに──目を閉じ僅かに休めば、その度に悪夢に魘されていた。
自分の罪を訴えかける悪夢の数々に、夢で現れなくてもわかっているのに、とルイスは強く目を閉じ唇を噛み締める。
──ごめんなさい。もう、誰も死なないで。
何度吐いたかわからないその言葉は、またルイスの体の奥で反響し重く沈殿した。