ルイスは黒いローブと、普段なら着る事がなかっただろう上質で品のある服に身を包んでいた。鏡に映る顔色は、いつもよりも悪く目の下には色濃く隈が出来てしまっている。僅かに微笑んで見せれば、鏡の中のドラコは同じように疲れた顔でぎこちなく笑った。
「準備は良い?」
「はい。──母上」
同じような衣服に身を包むナルシッサに声をかけられ、ルイスは硬い表情で頷いた。
今、館の中にヴォルデモートは居ない。死喰い人の大半も同胞を解放するためにアズカバンへと向かっている。監視されているわけではないが、出来るだけ敵は少ない時に行動に移すべきだろう。
長い石造りの廊下には豪華なカーペットが全面に渡り覆っており、壁にかかる青白い顔の肖像画達はナルシッサとルイスをじっと見つめていた。
「──おや、お出掛けかい」
玄関ホールへ向かう階段を降りていると、ちょうど近くを通ったベラトリックスが足を止めルイスとナルシッサを見上げた。
戦闘狂であるベラトリックスは、仲間を脱獄させるためにアズカバンへと向かいたかったが──彼女は今、身重であり大切な時期だった。
ベラトリックスの妊娠を知っているのはヴォルデモートと本人だけであり、漆黒のローブで身を包んでいればたとえある程度腹が膨らんでいたとしても気付かれる事はないだろう。
ルイスはナルシッサの後ろでじっとベラトリックスを観察する。そういえば彼女は数週間前、ホグワーツ襲撃の際にも姿を表す事はなかった。性格上きっと来るだろうと思っていたが──それに、今日は沢山の死喰い人がこの屋敷から姿を消している。何か大きな任務があるようだが、その任務にもついていないようだ。
何か失態を犯して謹慎しているのだろうか?いや、それなら自身に失望し鬱々としているはずだ、しかし彼女の顔にはそういった憂いは感じられない。
「言っていたでしょう。ドラコの新しい杖を買いに行くのよ」
「ああ、そうだったね」
杖を無くしてしまった
ナルシッサはなんだか疲れているようなベラトリックスの様子に片眉を上げる。何かの任務帰りだろうか?いや、彼女はずっと屋敷にいる。それに、与えた部屋から出てくる事は少ない。食事の席にも姿を見せない事もある。
「シシー、薬屋で吐き気止めを買ってきてくれないかい?」
「吐き気止め?……まあ、二日酔い?どうりで、ワインが沢山なくなっていたはずだわ」
ナルシッサは呆れ混じりに言う。ワインセラーに収められている高価なワインの殆どが無断で飲み散らかされていた。その中にはベラトリックス好みの辛めの赤ワインも沢山あった事だろう。
ダンブルドアの死に、祝い酒でも飲んでいたのだろうとナルシッサは思ったが、ベラトリックスはふんと鼻で笑い「いや」と一言否定したが──すぐに口を閉ざした。
「じゃあ、頼んだよ」
「ええ、わかったわ。──行くわよ、ドラコ」
ベラトリックスは踵を返しそそくさと自室へ向かうためにゆっくりと階段を上がる。
ルイスは視線を合わせぬよう俯きベラトリックスの横を通り過ぎた。
すれ違う時にベラトリックスのローブがめくれ、手にレモネード瓶を持っていた事に気付き、あんな人でもレモネードなんて飲むんだ、とは思ったが二日酔いには必要なのかもしれないと特に気にする事はなかった。
玄関を出て近くに控えていた馬車に乗り込む。2人が乗った馬車はほとんど揺れずに静かに動き出し、みるみるうちに美しい庭園は過ぎ去り街へ出た。その街の景色も瞬く間に変化している。10分も経たずに窓から見える景色は雑然とした通りに変わり、そして流れる景色は徐々にスピードを落とした。
停止し扉が開いた時、目の前にはダイアゴン横丁の景色が広がっていた。ダイアゴン横丁の店は去年よりもさらにシャッターが降り閑散としている。人目を避けるために深くフードをかぶっていたナルシッサとルイスだったが、そんな工作をせずともよかったかもしれない。
2人は路地裏へと向かい、何度か死喰い人がいないかどうか確認した後硬い表情で視線を交わし頷いた。
暗い路地の奥で姿くらまし独特の音が響いたが、その音を耳にした者は誰もいなかった。
ホグズミードにあるスネイプ家の前で姿を現すと、2人は注意深く辺りを警戒しながらフードを深く被り直し、扉へと走る。
すぐにルイスがノックすれば、待ち構えていたかのように扉が開いた。
「ルイスっ!」
ソフィアは泣きそうな顔をしながら胸を詰まらせて叫び、すぐにルイスとナルシッサを中に入れる。扉を閉め魔法を掛け直したところで、すぐにルイスと向き合った。
「私達の兄様は?」
「リュカ兄様」
ルイスはそう言いながらフードを外す。ちょうどポリジュース薬の効果が切れ、髪色は赤毛へと戻り背が僅かに縮んだ。
ソフィアはたまらずルイスの首元に強く抱きつく、ヴォルデモートの元へ行ってから、いつ企みがバレ殺されてしまうのかと気が気では無かったのだ。
ナルシッサはリビングにドラコとリーマスが居ることに気付く。ルイスとソフィアの保護者達がいないところを見ると、彼らは何か大切な任務にあたっているのかもしれない。
暫く固く抱き合っていたソフィアは、ルイスから離れると唐突にその頬を強く打った。
パン、と乾いた張り手の音が響き、リーマス達は驚いてソフィアを見つめる。
「馬鹿!どうして私に何も言わないの?何をしたか──なんて酷い事をしたのかわかっているの!?」
ソフィアは顔を真っ赤にして叫び、身長差が出来てしまったルイスの胸ぐらを掴み強く揺さぶる。ルイスはじんじんと熱を持つ頬の痛み以上に胸が痛み、表情を歪めた。
「ごめん……」
「謝って済まされる事じゃないわ!」
「うん……わかってる……ごめん、なさい」
どれだけの罪を犯したのか、ルイスははっきりと自覚していた。それでもなお謝る事しかできないのは、今はまだ贖罪の場が無いからだろう。
「ソフィア。──もうやめなさい」
ソフィアの肩をやんわりと掴み止めたのはリーマスだった。ソフィアは辛そうに顔を歪め、まだ何か言いたげに口を開いたがすぐにぐっと閉じるとルイスの胸元からゆっくりと手を離す。
荒れた呼吸を抑えながら、リビングの元へ向かい、机の上にある冷めかけていた紅茶を一気に飲んだ。
「ルイス……すまない」
ドラコがぽつりと呟けば、ルイスはその時初めてドラコと視線を交わし目を細めた。
「ううん、僕こそ……何も言わなくてごめん。ドラコが僕の考えを理解してくれて、嬉しいよ」
ルイスの頬は片方が赤く染まっていたものの顔色は土気色であり、目元には濃い隈がある。ヴォルデモートを欺くために並ならぬ心労があったのだろうと思うと、ドラコは何も言えず俯いた。
「あまりゆっくりする暇はないだろう。ドラコと、ナルシッサはすぐに戻ったほうがいい」
「ええ……さあ、行くわよ、ドラコ」
「……はい、母上」
ドラコはナルシッサに促されるまま玄関へと向かう。これからホグワーツが始まるまでは死喰い人の巣窟であり、ヴォルデモートがいる場所へ行かねばならないと思うと気が滅入るが、これ以上ルイスに任せっきりには出来ない。
今までどこか夢の中での出来事のように感じていたが、これは紛れもない現実であり──避けて通れない試練が待ち受けているのだ。
「ドラコ、気をつけてね」
「……ああ…」
ルイスの言葉にドラコは弱々しく返事をすると、扉から出る事なくナルシッサに腕を掴まれそのまま先ほどルイスとナルシッサが姿を消した場所まで彼女の付き添い姿くらましにより姿を消した。
姿くらまし独特の音が消えた後、気まずい沈黙が僅かに流れた。リーマスはルイスの愚かな行動を許す事は出来ないが、かと言って責める事も出来ない。彼は彼で護る者があり、必死だったのだ。
もし、トンクスかダンブルドアかの命を自分が選択しなければならなくなれば、今のリーマスは正しい選択をできる自信がなかった。トンクスから深い愛を受け、また自分も同じようにトンクスを愛した今──理性ではダンブルドアを生かすべきだとわかっていても、本能が拒絶する。
揺るぎない愛を知っている者は、ルイスの愚行を責めることが出来ないのだろう。
気まずい沈黙が落ちる中、ルイスはふらりと揺れるとその場に膝をついた。怒っていたソフィアは喉の奥で悲鳴をあげて慌ててルイスの肩を抱く。
「ルイス!?ルイス、どうしたの?」
「……立ちくらみ、しただけだよ」
ルイスは弱々しく微笑み立ちあがろうと足に力を入れたが、一度崩れた足は鉛のように重く言う事を聞かなかった。
「1時間ごとにポリジュース薬を飲まなければいけなかったしね。……部屋で休むといい」
「でも……」
リーマスは目線を合わせるために膝をつき、ルイスの背を撫でた。
大きくなったとはいえ、まだ成人したばかりの子どもなのだ。一人前とはいえない子どもが、数週間ヴォルデモートに裏切りを悟られずにそばに居続けたのは偉業と言えるだろう。
労わるリーマスに、ルイスは辛そうに顔を歪める。自分は休むことなんて許されない。罪を少しでも償うためには、どんな危険なことでも行い身を粉にして尽くさなければならないと思っていた。
気丈に振る舞い、「大丈夫」と呟き気を奮い起こし立ち上がったルイスの顔色は蒼白を通り越し土気色をしていた。
何を言っても彼は考えを変える事はないのだろう、切羽詰まった表情をするルイスの痛々しい様子に、リーマスは苦い表情をした。
その時、部屋の中に薄水色に輝く守護霊が飛び込んで来た。
ぴょんぴょんと軽い動作で部屋を駆け回るそれはルイスの元に近づくと身を寄せ頭を脚に擦り付ける。
突然の登場に呆気に取られているソフィア達を見ながらその守護霊はゆっくりと瞬きをし口を開いた。
「囚人が脱獄した。その場を動くな」
その声は守護霊の愛らしい姿からは想像も出来ぬ低い声であった。すぐに誰の守護霊かがわかったリーマスは顔を強張らせ、唸り声を上げる。
「……やはり、そうなったか……」
ジャックから予め言われていて覚悟はしていたがその時が訪れるとやはり衝撃を感じ、苦い気持ちになってしまう。
守護霊は最後ソフィアに寄り添った後、キラキラと輝く粒になり空気に溶けて消えた。
「今のは……」
「死喰い人が脱獄したんだろうね。いつかその日が来るだろうと思っていたが….」
そわそわと落ち着きなくリビングを歩き、暖炉の前を右往左往するリーマスを見てソフィアとルイスは不安げな顔で寄り添う。
そんな2人の顔を見て、リーマスはすぐに表情を取り繕い安心させるために微かに微笑んでみせた。
「大丈夫だ。この日のためにある程度準備はしている。ハリーの家の護りは破られるものじゃないしね」
そう言いながらも、リーマスの脳内では目まぐるしく思考が行き交っていた。
すぐにこの場を離れ情報収集に向かった方がいいのではないか、いや、しかしソフィアとルイスの2人を残して去る事はできない。彼らはまだ学生で、幼い……この家にある程度の護りと侵入者避けがあるとはいえ、万が一があっては困る。この場にいて欲しいと私に伝えたのはジャックだったが、この家に入る事を、私だけが許されたのだ。──セブルスから。
「父様もそこにいるの?──その、アズカバンに?」
ソフィアは青い顔をして恐々と呟く。スパイとして疑われないために脱獄の手助けをする任務を受けたとしても不思議ではないが、凶悪犯を世界に放ったのが父だと思うと、ソフィアの心は激しく動揺した。
「それは──」
リーマスが「おそらく、そうだろう」と答えようとした時、再び部屋の中に姿現し独特の音が響いた。
その音を聞いた瞬間リーマスは反射的に杖を抜き振り返る。ソフィアとルイスもまた、彼よりは遅かったがポケットの中に入れていた杖を手にしていた。
リビングの奥、暖炉のそばに現れたのは漆黒の長いマントに身を包む人だった。顔を隠すようにフードを被り、誰が現れたのか一瞬リーマスはわからなかったが、すぐにソフィアとルイスは駆け出しその人の胸の中に飛び込んだ。
「父様!」
セブルスは2人の遠慮のない突撃により少しよろめいたが倒れる事なくしっかりと2人を抱き抱える。リーマスは相手がセブルスだとわかると、ゆっくりと近づき、杖先を僅かに下げた。
「ソフィア……ルイス……」
セブルスの心から安堵したような低い声が響く。ソフィアとルイスは無性に泣きたくなったが、ぐっと堪えて胸いっぱいに父親の香り──薬草の複雑な匂いを吸い込んだ。
セブルスはルイスと共にホグワーツを去ってからルイスから何をしたのか、どんな企みだったのかを全て聞いていた。ドラコの姿をしているルイスに何度も会いに行く事はできず、彼らが顔を合わすのもまた久しぶりの事で、セブルスはソフィア以上にルイスの事を心配していた。
一瞬でも気を抜けば命を失ってしまう状況に置かれたルイス。そうさせてしまった自分自身にもどうしようもないほどの怒りと苛立ちを感じていたのだ。
ルイスに、護られてしまった。危険な目に遭わせてしまった。
本来ならば、何を差し置いてもそれだけは避けなければならなかったのだ。何があっても子どもたちを護るとアリッサの墓前で誓ったというのに、蓋を開けてみれば護られていたのは私だった。
セブルスは大切な子供達と無事会えた事に言いようのない安堵と喜びを噛み締め、強く2人を抱きしめた。
「君の妻は?」
「……アリッサ」
すぐに警戒を解いてしまった2人とは違い、リーマスはその問いかけをするまでは杖を服の下に戻す事は無かったが、あっさりと吐かれた言葉にようやくセブルス・スネイプ本人なのだと確信し、杖をローブの中にしまった。
ダンブルドアの死後、セブルスとリーマスが会ったのは初めてであった。
あれからセブルスはホグワーツに戻る事はなく、騎士団の元へ現れる事も無かった。
ただ、リーマスは何があったのかを知り、セブルスが裏切ったのだと思ってはいない。セブルスもまたジャックを通してあの後何があったか──ソフィアとセブルスの関係が知られた事や、自分は裏切り者だと思われていないという事──を知らされていたため、セブルスは自分の立ち位置を深く理解していた。
「私は、君のことを信じているよ、セブルス」
リーマスの言葉にセブルスは暫し沈黙した後、ゆっくりとルイスとソフィアの背に回していた腕を離すと大仰な動作でマントを翻し、鼻でいつものように軽く笑い一蹴した。
そんな言葉わざわざ言わなくても良いという意味なのか、それともそんな事はどうでもいい、という意味なのか。リーマスは正しくセブルスの心情を読み取る事はできなかったが──前者だと良いと思った。
「ジャックから全て、聞いている。……私は今以上に向こう側にいる事となるだろう」
「そうだね。この事を知っているのは騎士団でも一部だ。……全員に知らせるには、重大な秘密だからね、漏れるとは考えたくはないが……懸念は少ない方がいいだろうから」
「フン、そもそも誰にも伝えるつもりなど無かった。ルイスが愚かな企みなどせずとも、全ては私の計略通り進む手筈だったのだ」
セブルスは不機嫌な声で呟く。彼らに話してしまったのはソフィアであり、勝手に動いたのはルイスだった。ソフィアは少し申し訳なさそうに眉を下げたが、あの状況で黙っていられるほどソフィアは大人ではなく、沈黙を選べば更に悪い方へと事態は進んでいただろう。
あの場でルイスとセブルスが裏切ったわけではないと伝えるためには、セブルスの娘だと告白するしかなかった。
「ごめんなさい、父様……でも、全てを言わなければ父様とルイスは裏切り者だと思われていたし、ルイスがドラコを置いていかなければ、私は良くて幽閉されていたと思うわよ?」
ソフィアがやや刺々しい言葉で言えば、セブルスは苦い表情で沈黙した。
もしあの場でルイスがドラコを置いていかなければ、事態はどうなったかわからない。一部の者はセブルスがソフィアの父親だと知っているからこそ、裏切ってはいないはずだとは思っただろうが……ダンブルドアを殺した本人なのだ。その確信が得られるまでは娘であるソフィアは幽閉されていた可能性がある。──本当に何も知らなかったのか、真実薬を飲まされていたかもしれない。
「そうだね。あの場では皆が混乱していた。そうなってもおかしくはなかった。……ダンブルドアは、それを防ぐために真実を言って欲しかったんだと思うよ」
「……チッ」
セブルスはリーマスの真剣な言葉に粗暴な舌打ちを溢すと腕を組み指先でトントンと腕を叩いた。
「ルイス、ソフィア。お前達はヴェロニカの元に行け。既にあちらと話はつけている」
騎士団本部はダンブルドアの死により、護りは不十分になってしまった。裏切り者がいるとは思いたくはないが、セブルスは安全が保障出来ない場所にルイスとソフィアを置いておくことができなかった。
仮本部としてウィーズリー家に数多の護りをかけ、ソフィアは夏休みが始まってからそこに滞在しているとは知っている。しかし、護りがあるとはいえ危険な場所に変わりはない。ルイスもまた、この家に独りで置く事はできない。
それならば外国であり、ヴォルデモートの手が及び難いヴェロニカの家に行くのが最も安全だろう。
「うん、わかった。……でも、夏休みの間だけだよ」
「いや、もうホグワーツは──」
「ドラコは行くんでしょう?なら、僕も行かないと。僕だけが、安全な場所で過ごすなんてできるわけないよ」
ルイスはセブルスの言葉を遮り真剣な眼差しで伝えた。
ダンブルドアが死んだ後、ホグワーツは閉鎖されると噂されているが、一向にその知らせは無かった。9月から新しい校長が赴任し、ホグワーツが再開されるのならばルイスはどんな敵が待ち受けようとホグワーツに行き、そこで暮らす生徒達を護らねばならないと考えていた。
「私は、ヴェロニカのところには行かないわ。このまま暫くウィーズリーさんのお家で過ごすもの」
「……駄目だ、許せない」
狼狽し必死に言い聞かせようとするセブルスに向かって、ソフィアもまた真剣な目でセブルスを見つめる。強い意志と決意が込められた美しい瞳に、セブルスはこの眼差しまでアリッサに似なくとも良かった、と内心で呟く。
「その後は、ホグワーツには……帰らないわ。中退か休学か……私は、ハリー達とやらなければならないことがあるの」
「……駄目だ、行くな」
「……父様。これは私たち家族がはじめた罪よ。全てを終わらせるために、赦しを得るために、私は行かなければならないわ」
ソフィアの言葉にセブルスは眉間に皺を刻み、強くソフィアを睨みつけた。しかしその目には狼狽と心配の色が滲んでいる事にソフィアは気がついていたため、少しも臆する事なくその目を見返す。
「危険すぎる。ならば、私も──」
「馬鹿な事言わないで。不可能だとわかっているでしょう?父様、私は……私だって、護りたいものがあるの」
ソフィアはセブルスの言葉を遮り、一歩近づくと背伸びをして苦渋に満ちた表情をするセブルスの青白い頬に手を伸ばし、両手で包み込んだ。ふ、と優しく微笑み視線を逸らす事なくゆっくりと口を開く。
「父様。……私は母様じゃないわ。父様を置いて逝かない」
「──っ……」
セブルスは頬に添えられたソフィアの手を握り、辛そうに表情を歪める。「ソフィア」と彼らしからぬ弱々しい声で呟き、その柔らかな熱を持つ体を抱きしめた。
本当ならば、このまま眠らせてしまいたい。死地へと向かう我が子を易々と行かせることなどできるだろうか?このまま、安全な場所で全てが終わるまで──眠らせてしまいたい。
しかし、ソフィアはそれを望んでいないことも、そうすれば酷く失望するだろうことも理解できている。
いや、それだけではない。これから彼らはヴォルデモートを倒すためにやらなければならないことがある。セブルスはダンブルドアから全てを聞いたわけではないが、ダンブルドアとの約束を護るためにハリーが何かを探さなければならない事は知っている。
それには、きっとソフィアの存在が必要だろう。そのことを知っているのはソフィアを含めた4人だけなのだから。──ソフィアは何を言われてもハリー・ポッター達と共に向かう。それがダンブルドアの、ヴォルデモートを殺すための数年掛けた計略なのだろう。
「──必ず、戻ると約束してくれ」
「ええ」
「……必ず、だ。もう、私は……冷えて固まりゆく体を知りたくない」
「ええ、勿論よ、父様……」
ソフィアはセブルスの胸元に甘えるように擦り寄り、そのゆっくりとした心地よい音に耳をすませた。