ソフィアはセブルスからの許しを得てウィーズリー家の隠れ穴に戻り、ルイスはヴェロニカを頼って外国へと向かった。
ウィーズリー家には彼らの家族だけではなく沢山の騎士団が入れ替わり立ち替わり訪れ、深刻な顔で会議をしていく。隠れ穴にもそれなりの護りはあるが十分とは言えず、24時間体制で騎士団員が警備にあたっていた。
セブルスとジャックが入手した情報はすぐに共有されているが、セブルスが裏切り者ではないと知っているのはリーマス、シリウス、マクゴナガル、アーサー、モリー、ビル、フラー、ムーディだけであり一部の騎士団員はジャックのみがスパイとして死喰い人内部に入り込みセブルスは裏切り者だと考えている。
シリウスは彼らに説得され、セブルスが裏切り者だと表立って言うことはないが信じきっているとは言えないだろう。──彼もまた、ハリーと同様突然知らされた事実に戸惑っているのかもしれない。
騎士団員ではなく、ソフィアとセブルスが親子だと知ったのはウィーズリー家の子ども達だけであり、フレッドとジョージは「ソフィアが母親似で良かったな!」と言い、ジニーは「娘ならグリフィンドールへの減点をどうにかできなかったの?」と揶揄うだけでそれ以上何も言ってこなかった。その気遣いと、優しさがソフィアにはたまらなく嬉しかった。
ロンは時々「あんなのが父親ってどんな気持ちなんだい?」と無遠慮に──残酷な言葉を吐いたが、その言葉に嫌味な色はなくただ純粋に気になっているのだろう、とソフィアは考え率直に「最高よ」と笑って伝えていた。
隠れ穴で数日過ごしたソフィアはある日、夜明け前に目が覚めてしまい同室であるジニーを起こさないようにベッドから体を起こし、カーディガンを羽織り部屋を出た。
廊下や階段はランプの薄ぼんやりとした灯りで照らされていて、完全な暗闇ではなく、手摺りを持ちながらゆっくりと階段を降りる。
やや古い階段は踏み締めるたびにミシミシと音を立て、その音に気づいたのかリビングへ続く扉がパッと開いた。
「──誰?」
「私──ソフィアです」
「まあ……どうしたの?まだ5時にもなってないわよ」
硬い声で囁くモリーに答えれば、モリーはすぐにほっと表情を緩め、階段の一番下まで降りてきたソフィアにリビングへと入るように促す。リビングでは暖炉の火が燃え温かい。そこにはモリーだけではなくビルとアーサーがホットワインが入ったコップを持ちながら肘掛け椅子に腰掛けていた。
「なんだか、目が覚めてしまって……」
「そう……そんな時もあるわよね。何か飲むかしら?ホットワイン?蜂蜜酒?」
「んー……ココアが欲しいです。ありますか?」
「ええ、すぐに用意するわね」
「ありがとうモリーさん」
ソフィアは数年前の酒での失敗を忘れてはいない。成人した後少しだけ飲んだ事はあるが、寝起きに飲酒をすると──たとえ軽くとも気持ち悪くなってしまいそうだった。
モリーはにっこりと笑い頷くと、肩にかけていたショールをかけ直しキッチンへと向かう。ソフィアは空いていた暖炉前のソファに座り、爆ぜる火の粉をぼんやりと眺めながら手のひらを揺れる炎へ近づけた。
「眠れなかったらよくココアを飲んでいたのかな?」
「そうですね……」
アーサーはかけていた眼鏡を外し、机の上に置いてある布巾で曇ったレンズを拭きながら聞く。
「昔はよく作って飲んでいました。紅茶を上手く淹れることが出来るようになってからは、嬉しくてずっと紅茶を飲んでいましたね」
「そうか。──君の家にも、作り方が特別なブレンドがあったのかな?」
「ええ、ルフナとディンブラのブレンドでした。……父様が淹れるとまた少し味が変わったんですよ」
「へえ……」
アーサーは何気なく返事をしたが、その声には驚きと興味が含まれていた。イギリス人ならば紅茶を淹れるのは当たり前だが、あのセブルス・スネイプが淹れている場面がなぜか想像出来なかったのだ。
そんなアーサーの考えに気づいたソフィアは小さく微笑むと、ぽつぽつとセブルスの事を話す。──きっと、アーサーはセブルス・スネイプが同じように生活をし、子を育て慈しんでいた事を知りたいのだろう。
「多分、幾つか薬草をいれていたんでしょうね。何かは教えてくれませんでしたけど」
「薬草か……セブルスは魔法薬作りの名人だ。それらしいといえばそれらしいな」
「父様は料理やお菓子作りなんかもとってもうまいんですよ?性格的に細々とした作業が好きでキッチリしているから、失敗する事はありませんし」
「お菓子作り……?」
「ええ、私の誕生日には私の好物のブラマンジェを作ってくれました」
懐かしさに目を細めるソフィアに、アーサーと密かに聞き耳を立てていたビルは驚き目を瞬いた。あの、セブルス・スネイプがお菓子作りなど、料理以上に信じられない。そんな事面倒くさがって適当に済ませてしまいそうなものだが、彼は本当に普通の──人の親だったのだ。
「──いい父親だったんだね、セブルスは」
「ええ、勿論です」
アーサーは嬉しそうに笑うソフィアを見て、今ならばセブルスともう少し踏み込んだ話が出来るかもしれないと考えた。同じように子を持つ親なのだ。きっと、同じ目線で語り合うことができるだろう。
「──おまたせ」
「ありがとうございます!──ん、美味しい……」
モリーから暖かな湯気を登らせるマグカップを受け取ったソフィアは、両手で受け取り一口飲んだ。口内に広がる優しい甘さに目元を緩め呟けば、モリーはニコリと微笑みソフィアから一人分距離を空けてソファに座った。
「ソフィア、今日ハーマイオニーが来るの。部屋が他には無くて……ジニーと3人で寝ることになるわ」
「大丈夫ですよ、後で部屋を片付けて……ベッドに拡張魔法をかけますね」
ブラック家とは異なり、隠れ穴は大勢の人数が寝泊まりするにはやや狭く何人もが同じ部屋で過ごさねばならなかった。ソフィアにとってジニーとハーマイオニーは気の置けない友人であり、少しも困る事はなく頷けば、モリーは安堵したのかほっと表情を緩める。
ハーマイオニーとは数週間ぶりである。例年よりも早くホグワーツでの暮らしが終了してから、敵に知られることを恐れ手紙を出すこともできなかった。
何時ぐらいに来るのだろうか。昼間だろうか──危険な旅に出るという事を、ハーマイオニーの両親は承諾したのだろうか。
ソフィアはハーマイオニーの両親を思い出し、カップの中で揺れる水面をじっと見下ろす。とても温かい両親だった、魔法界では成人しているとはいえまだ一人前には程遠い。きっと、説得は一筋縄ではいかなかっただろう。
「──さて。そろそろ迎えに行こうかな」
「あなた、気をつけてね」
アーサーは立ち上がり杖を振りコートを引き寄せ腕を通す。座っていたモリーはアーサーのそばに駆け寄り心配そうに眉を下げながら、その頬にキスをした。ビルもまたアーサーと同じく立ち上がり大きく伸びをしてモリーの頬にキスをして扉へ向かう。
「アーサーさん、ビル。行ってらっしゃい」
「ああ、行ってくるよ」
「すぐに帰ってくるからな」
「本当に本当に気をつけてね」
ソフィアはカップを机に置き、モリー続いてアーサーとビルを玄関まで見送った。
空は暗い群青色であったが遠くの方が白みはじめ、無数の星が溶けるように消えかけている。夏ではあるが明け方はまだ寒く、ソフィアは扉を開けた途端吹き込んできた風に体を震わせながらアーサーとビルに小さく手を振る。
2人はにこりと微笑んだ後、心配して何度も「気をつけて」と言うモリーに頷き、姿くらましをして消えた。
「……さ、ソフィア。中に戻りましょう」
「はい」
不安げな顔をしていたモリーはまだ強張った表情をしていたが、それでもソフィアの前では弱音を吐く事なく気丈に振る舞い扉を閉める。
しっかりと鍵をかけた後、モリーは無意識のうちに大きなため息をこぼし、ソフィアはそれに気づいたが何も言わずにリビングへと戻った。
モリーはその後忙しなくリビングとキッチンを行き交い、色々なものを持ってきたり片付けたりを繰り返したがそれに意味はなさそうだった。おそらく不安でどうしようもなく、何かをして気を紛らわせたいのだろう。
ソフィアは部屋に戻る気にはなれず、かといって1人でぼうっとしているのも気が引けてしまい、空になったカップを下げ、かなり早めの朝食の下準備を始めたモリーの手伝いをすることにした。
ウィーズリー家にある家族の顔が映し出されている時計の針は去年からずっと『命が危ない』を差し続けており、彼らに何かあったとしても分かる事はない。
モリーの緊張と不安が伝わってしまい、ソフィアは場の空気が重くなるのを感じ、少しでも気持ちを楽にさせてあげたい、と取り留めのない会話をして場を和ませようとしたが、あまりその効果はなかっただろう。
杖を振り茹で上がったじゃがいもを大きなボウルに移動させ、マッシャーで潰していく。
モリーとソフィアの小さな足音と家事をする音が響く中、突如ガチャリと玄関の扉が開く微かな音がした。
2人は同時に振り返る。ソフィアは不安げな表情で胸の前で指を組むモリーを緊張した面持ちで見ながら持っていた杖を扉に向け小さく頷く。モリーもまた、同じことように震える手で杖を出し頷いた。
ビルとアーサーが出て行ってからまだ30分程度しか経っていない。もう戻ってきたのか、それとも予期せぬ来方者か。
「ただいま!──おや、しっかりと警戒しているようだね」
「アーサー!まあ、早かったわね?」
扉を開けたのはアーサーであり、モリーとソフィアから杖を突きつけられ少し驚いたものの、彼女たちの警戒心に満足げに頷き「本人確認も忘れてはいけないよ。かわいいモリウォブル」と言いながらモリーの頬にキスをし、モリーは気恥ずかしさから頬を染めた。
「滞りなく終わったんだ。死喰い人の気配も無かった。モリー、ハーマイオニーにもココアを用意してくれるかな?」
「ええ、うんと甘いのを作るわ」
アーサーはそう言いながら後ろを振り返る。その後ろにはビルと、見慣れぬビーズバックを肩にかけ、強張った表情しているハーマイオニーがいた。促されるままリビングに入ったハーマイオニーは、ソフィアを見て一瞬ホッとしたように顔を緩めたがすぐに暗い顔に戻りぎこちなく微笑む。
「えーと。先に荷物、置いてきます」
「部屋に案内するわ」
ソフィアはハーマイオニーと会えて嬉しかったが、いつもの彼女らしからぬ表情に違和感を覚え、リビングから出て行こうとするハーマイオニーを追いかけた。
階段を登りかけていたハーマイオニーに追いついたソフィアは、後ろから声をかける。
「ハーマイオニー、どうし──きゃっ!?」
後ろから声をかけた途端、ハーマイオニーは勢いよく振り返り腕を広げ、ソフィアの首元に抱きついた。階段を登りかけていたソフィアはぐらりとバランスを崩したが何とか片腕で手摺にしがみつき、転倒を免れた。
いきなりの事で心臓が嫌な音を立てて早鐘を打ち、背中に冷や汗が流れる。
それでも拒絶したり怒る事がなかったのは自分の首元にハーマイオニーの震えと温かな涙が流れているのを感じたからだ。
「ソフィアっ……!」
「……ハーマイオニー、どうしたの?」
「う、ううっ……!」
必死に声を抑えて泣きじゃくるハーマイオニーの背中をソフィアは優しく撫でた。
このままジニーが眠る部屋には行けそうにもない、とソフィアは判断し大粒の涙を流すハーマイオニーの手を引き肩を支え、階段の踊り場まで上がるとそこに腰掛けた。
「わ、私──」
「うん」
「パ、パパと、ママの記憶を──け、消したの。2人は、マグルだから、きっと私がする事を死喰い人が知ったら……危険だわ。外国に逃すために、私の存在を消して、それで──記憶も弄って、別人だと思い込ませて──」
ソフィアはハーマイオニーが何故こうも悲痛な表情で苦しげに泣いているのかがわかり、ぐっと眉を寄せハーマイオニーを抱きしめた。
ハーマイオニーはハリーと共に分霊箱を捜索し破壊する旅に出る事に決めた。
ハーマイオニー・グレンジャーというマグル生まれの魔女がハリー・ポッターと共に行動しているという事は、遠くないうちに知られてしまうかも知れない。そうなった時、魔法を使えぬ両親が殺されないために──自分の弱点とならないように、自分の親であるという痕跡を消したのだ。
親に忘れられる。その事がどれほどまで苦しく痛みを伴うのか、ソフィアには想像もつかず、ただハーマイオニーを抱きしめるほかなかった。
忘却魔法で記憶を失った者を正常に戻すのは難しい。きっと、全てが終わったあと、ハーマイオニーはなんとしてでもその方法を探すだろう。しかし──確実に全てが元通りになる保証は無いのだ。
それでも、ハーマイオニーは愛する両親のために自分の存在を、共に過ごした思い出と時間を消したのだ。
「ハーマイオニー……ごめんなさい……」
「ソ、ソフィアは悪くないわ。悪いのは、ヴォルデモートよ!」
ハーマイオニーは溢れる涙を手で拭いながらきっぱりと言い切る。しかし、ソフィアは苦しげな表情で首を振り、「ごめんなさい」と再度呟いた。その目には涙の幕が張られていたが、ギリギリのところで涙が溢れる事はない。
「……危険な旅に行かなければならないのは、私の家族のせいよ。本来なら、きっと必要は無かったんだわ」
ハーマイオニーは袖で目元を乱暴に擦ると、じっとソフィアの目を近い距離で見つめる。互いに身を寄せ合い、その睫毛の一本一本まで見え、吐息まで感じられるほどの距離だった。
「いいえ。ダンブルドアは──全てをわかっていたのよ。ルイスの行動も、スネイプ先生が自分を殺すこともわかっていた。それで、自分が死んだ後ハリーが分霊箱を探すだろうことも。そして……それを知っている私たちが、共に行くということもね。最近、思うの。ダンブルドアは
それに、パパとママを安全なところに避難させるために記憶を消したのは私の判断よ。愛してるからこそ、ね。……ソフィアの責任じゃないわ」
「……たとえ、ダンブルドア先生の考えでも、もっといい方法だって──」
「スネイプ先生が死ねばよかったの?」
「……それは……そんな事は、ないわ」
ソフィアは俯き、涙が溢れぬうちに目元を擦った。
ハーマイオニーは小さくしゃくりあげた後、ソフィアをもう一度抱きしめ、今度は自身が慰めるように背中を撫でる。
「悪いのは、ヴォルデモートよ。だから──だから、私たちは何としてでも見つけ出さないといけない」
「……」
「あなたが気にし続けるのはわかるわ。いろいろなことをね。でもね、私たちはそんな事を思っていない。──少なくとも、私はあなたにそばにいて欲しいわ、ソフィア」
ソフィアは全てのきっかけは自分の家族──セブルスとルイスにあるのだと思っていた。
昨年末の事だけではなく、世界に分岐点というものが存在するのであれば、間違いなくここ十数年そのきっかけを作ったのはセブルスであり、そしてルイスであると。
だからこそ、ソフィアは不安に思い苦しかったのだ。
皆が心の奥で自分たち家族を恨み、呪っているのではないかと。ここにいる事を選んだのは自分だが、彼らに近づき側にいる事が間違っているのではないかと。ずっと、思っていたのだ。
「ハーマイオニー……ありがとう」
ハーマイオニーの言葉だけで心の中に巣食う疑念と不安が晴れるわけではない。ソフィアがそんな単純な思考を持つ楽観的な人ならばそもそもはじめから思い悩んでいないだろう。
それでも、その言葉は嬉しくかすかに微笑み、久しぶりにハーマイオニーの頬に親愛を込めてキスを落とした。