洋服を着替え終わると、ムーディが持ってきていたもう一つの袋の中からリュックサックと鳥籠を取り出した。中にはヘドウィグのような白フクロウが止まり木に大人しく止まっていたが、これは本物のフクロウではなくソフィアが魔法を使い変身させたものだ。
「よし。次の者同士が組む」
ムーディは8人のハリーを見渡しながら、マンダンガスは自分と、フレッドはアーサーと、ジョージはリーマスと、ハーマイオニーはキングズリーと、ロンはトンクスと、ビルはフラーと、ソフィアはシリウスと──と、組分けた。
「そんでもって、ハリー、お前さんは俺と一緒だ、ええか?俺たちはバイクで行く。箒やセストラルじゃ俺の体を支えきれんからな」
ハグリッドは少し心配そうに言った。
ハリーはハグリッドでも構わなかったが、シリウスと共に向かいたい気持ちがあり、ちらりとシリウスに視線を向けた。シリウスはその視線を受けると低く笑いハリーの肩を叩く。
「ハリー、俺も君と一緒が良かったが……ヴォルデモートは俺とハリーの仲を知っている。きっと、ハリーは俺と箒を使って脱出すると思っているだろう。一番危険なんだ」
「そんな──それじゃあ」
確かに、2年前ヴォルデモートはシリウスを使いハリーを神秘部までおびき寄せようとしていた。誰よりも信頼している大人であるシリウスと共に脱出するに違いないと予想を立てているだろう。まさかハグリッドと共にオートバイに乗るとは考えもしないかもしれない。ハグリッドは、お世辞でも魔法が上手いとは言い難いのだ。
しかし、それならばシリウスと組んだソフィアが最も危険だという事になり、ハリーは不安と信じられない思いでソフィアを見つめる。
「私が自分から志願したの」
「そんな、危険すぎる!」
「そうかもしれないわね。……でも、あなたを無事に届けるために、覚悟は決めてきているの」
ソフィアは真剣な目でハリーを見つめる。自分と同じ姿だが、その表情と瞳はどことなくソフィアその人を想像させた、強い意思のこもる瞳だった。
「それでは、いいな?」
ハリーが黙り込んだのを見てムーディは全員に向けて声をかける。ハリー達は緊張と一抹の不安が孕んだ表情で頷いた。
ムーディは偽ポッター達の服を袋にまとめて先頭に立って裏口に向かう。
「出発すべき時間まで三分と見た。鍵などかける必要はない。死喰い人が探しに来た場合、鍵で締め出す事はできん。……いざ」
皆がぞろぞろと裏口へ向かう中、ソフィアは壁にかけていた自分のファイアボルトを手にしっかりと掴み、シリウスの元へ駆け寄った。
「よろしくね、シリウス」
「ああ。……ソフィアも、ファイアボルトを持っていたのか?」
「ええ、ハリーの代理でクィディッチの選手になった時、父様がプレゼントしてくれたの」
「スネイプが……」
ソフィアは滑らかな手触りの柄を手で撫でにっこりと微笑む。シリウスはセブルスが高級な箒をソフィアに与える事が信じられなかったが──誰だって、愛しい子には最高級の箒をプレゼントしたいものだろう。俺だって、そうだったのだから、と思い直した。
「壊すわけにはいかないな」
「まあ、止めてよ?すっごく良い箒なんだから……」
「わかってるさ。……振り落とされないように注意しないといけないな、君のことはしっかりと守るからな」
ソフィアから箒を受け取りながらシリウスは真剣な声で呟く。ソフィアは少し目を見開いた後、ふわりと微笑み「よろしくね」と柔らかい声で言った。
「全員、無事でな」
ムーディが叫ぶ。
それぞれがペアと共に箒に跨り、セストラルの背に乗っていた。ソフィアは片腕をシリウスの腰に手を回し、もう片方の手にはしっかりと杖を握る。
覚悟はしてきた。
命の危険の覚悟、ではない。
──死喰い人にあったら、殺さなければならない。無理矢理ヴォルデモートに従わされているかもしれない。それでも私は人の命を奪う覚悟をしたわ。
ソフィアだけでなく、誰もが硬い表情をしていた。彼らの殆どは、この後死喰い人が押し寄せてくるだろう事を理解している。だからこその、覚悟だ。
「約1時間後に、みんな隠れ穴で会おう。三つ数えたらだ。いち……に……さんっ!」
オートバイが爆音を上げ、それに尻を叩かれるように彼らは空に飛び上がる。暗い空と、頬を切り裂く冷たい風を受けながらソフィアはすぐに辺りを見渡し死喰い人がいないか探した。
一行は高く、高く空を上がっていく。
その時、どこからともなく振って沸いたような人影が一行を包囲した。
騎士団のメンバーが飛び上がった先には30人余りの死喰い人が待ち受けていたが、彼らは皆冷静に緑色の閃光を躱した。
「大丈夫か!?」
「うん!
ソフィアはハリーとして大声を上げ叫ぶ。
『シリウス』という単語を聞いた7、8人が方向を変えソフィアとシリウスの元へと一直線に向かった。
これでいい、ソフィアとシリウスの役目は死喰い人を欺き撹乱させ、なるべく他の者の生存率を上げる事なのだ。
後ろを振り返り大勢を引き連れているのを確認した。
その中で1人だけ箒に乗らず姿を曝け出し夜の闇の中を滑るように飛んでいるのは──ヴォルデモートだった。やはり、シリウスと共にいるものがハリーだと思いこちらにやって来たのか。
狂気に満ちた歪な笑いを浮かべたヴォルデモートの姿を初めて近くで見たソフィアは背中に嫌な汗が流れるのを感じる。
気味が悪い、本能的嫌悪というべきだろうか。ソフィアは飛んでくる緑の閃光を身を屈めて避けながら自分の首にかけていたチェーンネックレスを外した。
「ティティ、お願い。生きて帰って」
風でチャリチャリと小さな音を立てるネックレスに向かって切ない声でソフィアは呟き、キスを落とす。ネックレスはそれに頷くように輝いた。
ソフィアは一度強くネックレスを握りしめると震える手を開いた。それは風に乗ってソフィアの手から踊るように夜の闇へと消える。それを最後まで見つめたソフィアは唇を強く噛みすぎて血が滲んでいたが、痛みは不思議と感じなかった。──いや、胸の痛みの方が強かったからだろう。
「
鋭く叫び杖を真横に振る。杖先から噴出された黒い霧は死喰い人の視界を遮った。突然の事に一瞬動きを見出した死喰い人達だったが、それが単なる霧だと分かると気にせず突き進む。
しかし、その中には彼らが想像もせぬものが潜んでいた。
「なっ──!」
耳をつん裂くドラゴンの咆哮が響く。霧の中から現れたのは闇色をしたドラゴンだった。
体の表面をびっしりと覆った鱗が月の光を浴びて濡れたように輝く。突然のドラゴンの出現に、先頭を飛んでいた死喰い人は急ブレーキをかけたが間に合わず魔法を放つ暇もなく巨大な尻尾に打たれ、羽虫のように落下した。
ヴォルデモートはそれを見てすぐにその場から姿を消した。──彼はわかったのだ。本物のハリー・ポッターがドラゴンを使役する事はできないと。
唸り声をあげ、ドラゴンは空を舞い残った死喰い人へその牙を立て、爪で切り裂く。
しかし、死喰い人もやられたままで終わるわけではなく、ドラゴンに──ドラゴンに変身したティティに、何本もの緑の閃光が向かった。
ドラゴンをかわした死喰い人はソフィアとシリウスの元へと一直線に向かう。シリウスもまた片手で箒を持ち、後ろを振り返りながら杖を振るった。
ソフィアは、数メートル先の死喰い人を見た。
フードを深く被っていてわからないが、この人はセブルスでも、ジャックでもない、そのはずだ。そういう予定だ。
それでも手が震えていたが、割れるほど強く奥歯を噛み締め心の中で麻痺呪文を唱えた頃にはその震えはおさまっていた。
ソフィアの麻痺呪文を受けた死喰い人はびしりと硬直し、箒の上から落ちる。仲間の死喰い人が落ちた彼を助けるために急降下したのを見ながら、ソフィアは何度も杖を振るい、彼らの行く手を阻んだ。
「ちっ、ヴォルデモートは消えたか」
シリウスは近づいていた死喰い人に切り裂き魔法と失神魔法を放ち無力化した後舌打ちをこぼす。
想定の範囲内だが、他の人たちは、ハリーは無事だろうかという焦燥感が胸を締める。
「多分、ティティでバレたのね、私が本物じゃ無いって──待って!あっち、3時の方向!誰かが追われているわ!」
「行くか?」
「勿論よ!私たちの役目は──」
「──撹乱だ。そうこなくっちゃな。捕まってろ!」
シリウスとソフィアはぴたりと密着し、体を低くすると矢のように飛ぶ。追いかけられている人たちは箒に乗っている。あれはハリーではないが、あちらが本物のハリーだと思わせるためにも彼らを救い出さなければならない。
矢のように突き進む2人が近付いた時、3人の死喰い人に追われているのはリーマスとジョージなのだとわかった。
つまり、あの3人の誰かは──予定通りならば、セブルスがいる。しかし、それが誰かは深くフードを被っているせいでわからなかった。
ソフィアは一瞬、迷ってしまった。
その一瞬、死喰い人の1人がリーマスの背に向けて死の呪いを放とうと腕を振り上げる。
「──危ない!」
「
ソフィアのその叫びを聞き、1人の死喰い人が素早く杖を振り目の前にいる死喰い人の杖腕を狙って魔法を放ったが、それは逸れてジョージの耳に当たった。
悲鳴と共に赤い血がパッと夜空に舞う。
ソフィアとシリウスはその魔法と、声から誰がセブルスなのかを理解するとすぐにセブルス以外の死喰い人に向かって失神呪文を放った。
予期せぬ奇襲を受けた1人の死喰い人は箒から落下する。風に煽られたフードが捲れ上がりセブルスの目がソフィアを捉えた。刹那、2人の視線が絡み合う。
「──ちっ!」
「ああっ!」
失神呪文を避けた死喰い人がソフィアとシリウスに向けて闇雲に放った魔法がソフィアの背中に命中し、爆発した。背負っていたリュックが弾けバラバラになり中身が空に流れていく。
セブルスはソフィアの悲鳴に、その場に凍りついたように停止し何も考えないままソフィアを傷付けた死喰い人を振り返り、まっすぐ杖を振り下ろす。
緑の閃光で打たれた死喰い人は、驚愕に目を見開いたまま夜の街へと落下した。
肉の焦げる悪臭が漂い、背中が激しく痛み視界は白く点滅した。
ぬるりとしたものが皮膚と服の間を流れていくのを感じ、ソフィアは一瞬、手を離しそうになったが強くシリウスの背中にしがみつくと歯を食いしばり唸るように呟く。
「
それは死喰い人の長く黒いマントを燃やした。慌てて水魔法をかける死喰い人を見て、ソフィアは低く笑いそのままシリウスに「行って!」と叫ぶ。
シリウスは遠くに逃げていくリーマスとジョージを確認した後、すぐさま速度を上げ闇の中を突き進んだ。
「大丈夫か!?」
「──っ、ええ……」
「後少しでつく!」
シリウスの必死な声を聞きながら、ソフィアは彼の背に額を押し付け必死に意識を保つために歯を食いしばる。
こんなところで気を失うわけにはいかない。少しでも死喰い人を妨害しなければ、──殺さなければならない。
ソフィアは苦しそうに顔を歪めながら後ろを振り返ったが、今まで追跡していた死喰い人達はいつの間にか消えていた。──近くを飛んでいたセブルスの姿もまた、消えている。
「っ……シリウス、様子が変よ。死喰い人が、いない……」
「何?諦めたのか?──いや、まさか──」
「ええ、その可能性が……高いわ」
「くそっ!」
シリウスとソフィアは囮となるためにハリーと反対の方向へ飛んでいる。今からそちらへ向かうには距離が開き過ぎているだろう。
死喰い人が急に姿を消したのは諦めたからではない、きっと、誰が本物のハリー・ポッターかバレてしまったのだ。
こうなってはどうすることもできない。なるべく早く避難場所へ向かい情報収集するしかない。
耳元を風の唸り声が聞こえる。それとは別に浅く小さな呼吸音が聞こえ、シリウスは振り返ることなく自分の腰に手を回すソフィアの腕を掴んだ。
「ソフィア、しっかりしろ!」
「はぁっ……は、……」
「ソフィア!」
呼吸は徐々に浅くなり、腰に回っている腕の力が抜けていく。
シリウスは必死に呼びかけながら、先ほどよりも強く箒の柄を握り、夜の空を駆けた。