7月31日。その日はハリーの誕生日であり、魔法族にとって特別な17歳の──成人を迎える日だ。モリーはハリーのために大々的な誕生日会を企画しようとしていたが、次の日はビルとフラーの結婚式であり、準備に忙しい彼女の手をこれ以上煩わせたくなかったハリーは「いつもと同じで大丈夫です」と遠慮した。
そのため、その日は奇跡の子であり、英雄であるハリー・ポッターの成人の日としては慎ましく祝われる事となっただろう。
とはいえ、シリウスは太陽が出る前から張り切って家の中を飾り付けしていたのだが。
ハリーはその日、目覚める前に夢を見ていた。それがただの夢ではなく、ヴォルデモートの意識と思いが見せている夢だとわかったがハリーは特別気にする事はない。閉心術が上手くいった試しがない彼は、自分の意思でヴォルデモートを追い出せない事を理解していたのだ。
ただ、ヴォルデモートが探しているグレゴロビッチという名前に聞き覚えがあるような気がしたが、目覚めてからいくら考えてもその人物が誰なのか全くわからなかった。誰だかわからないが、不運な人だとは思う。──あのヴォルデモートに探されているのだから。
ロンから『確実に魔女を惹きつける十二の法則』と書かれた本を貰ったハリーは、後で読めばもう少しソフィアに気の利いた言葉をかけられるようになるのだろうかと考えながらロンと共に台所に降りていく。
結婚式のために昨夜訪れたフラーの両親とビルが朝食を取っており、暖炉の前のソファにはシリウスが座っていた。
居間にある広いテーブルの上にはプレゼントの山があり、壁には色とりどりの飾りつけが施されている。結婚式の飾りではなく誕生日を祝うフラッグに、ハリーは目を瞬かせまじまじと自分のための誕生日飾りを見つめた。
「ハリー!誕生日おめでとう」
ハリーに気付いたシリウスは誰よりも早くハリーの元に駆け寄り溌剌とした笑顔で言った。片腕でハリーを引き寄せ軽くハグし、祝う気持ちを目一杯込めて背中を叩いた。ハリーはなんとなく気恥ずかしくてこそばゆくなりながらも嬉しそうに笑う。
「ありがとうシリウス」
「俺からのプレゼントは、これだ」
「わぁ!なんだろう?」
シリウスは用意していたプレゼントの箱をハリーに手渡す。手のひらよりも一回り大きい四角い箱であり、わくわくしながら包みを開けたハリーは一眼見て息を飲んだ。
物の価値に疎いハリーでも、その箱の重厚感と高級感を感じてしまうほどだった。何が入っているのかはわからないが艶やかな黒い漆塗りの木箱であり、ハリーはごくりと生唾を飲みそっと蓋を開いた。
「時計……」
中に収まっていたのは黒革ベルトの時計であり、シンプルな銀時計の文字盤には細長い文字が輝いていた。
「魔法使いが成人すると、時計を贈るのが習わしなんだ」
「ありがとう!……なんだか、高そうな時計で緊張しちゃうな」
箱の中から取り出し、しげしげと眺める。太陽の光を受けたその文字盤は、夜の星空のように美しく輝いていた。
ハリーの感想にシリウスは低く笑うだけでその時計の価値までは伝えなかったが──その時計一つで家が一軒建つ程の値段だ。
ハリーは数年前にソフィアから時計をプレゼントされ、それからずっとその時計を気に入って着けていた。ソフィアが贈った時計は普段使いし易いものであり、フォーマルな場では些か釣り合わないだろう。
明日の結婚式や、何か特別な時にはこの時計をつけよう、とハリーは傷をつけないように慎重に箱の中に時計を戻した。
「なんだ、普段使いしないのか?」
「明日の結婚式とか、特別な日につけるよ。だって、こんな高そうなの……トイレの後に手も洗えないよ」
「そうか?」
シリウスは少し残念そうだったが、特別な日に着けてもらえるのならば良いかとすぐに気を取り直した。
「もう一つ、プレゼントがあるんだが──ハリー、こっちへおいで」
シリウスは声を顰め、モリーがまだ台所にいる事を確認するとハリーを手招きする。ハリーは首を傾げながらシリウスのあとを追い、他の人から目が届かない部屋の隅へと向かった。
「これだ」
「これ?……なんだろう」
「これはな──」
シリウスがポケットから出したのは、プレゼントらしくない普通の小包だった。不思議そうな顔をするハリーに、シリウスは少年のような悪戯っぽい顔でニヤリと笑うとハリーの耳に顔を近づけ囁く。
きょとん、としていたハリーはシリウスからの言葉を聞き──カッと顔を赤らめ飛び上がり、危うくその包みを握りつぶしそうになってしまった。
「なっ──」
「上手く使えよ?」
「そ、そんな──」
上手く、と言われてもこんなものを使う機会なんてあるのだろうかと、ハリーは反論しようと思ったがその言葉は階段を降りてくる足音により消された。
居間へ入ってきたのはソフィアとハーマイオニーとジニーであり、楽しそうに二人と話していたソフィアは、ハリーに気付くとにこりと笑って小さく手を振った。
その途端ハリーの顔は先ほどよりも赤くなり両手で小包を強く握った。ソフィアは不思議そうな顔をしてシリウスとハリーの元に駆け寄る。
「おはよう、顔色変えキャンディでも食べたの?」
「えっ、あーそうかも!あ、朝ごはん食べに行こうよ」
ハリーは慌ててポケットの中にその包みを突っ込み、必死に誤魔化したが、乱雑に突っ込まれた包みは半分以上ポケットからはみ出ていた。
「それは?」
「な、なんでもない!」
勢いよく首を振り、包みが見えなくなるまで完全に押し込んだハリーに、シリウスはニヤニヤと一人楽しげに笑い──ハリーはすぐにソフィアの腕を引き皆が集まりつつあるテーブルに向かった。
「ハリー、お誕生日おめでとう。プレゼントはあの山の中の青い包装のものよ」
「う、うん!ありがとうソフィア」
シリウスが渡した二つ目のプレゼントの衝撃で誕生日だと言う事が吹っ飛んでいたハリーはぎこちなく笑い、目の前の大皿に積み上げられていた白いパンを取って勢いよく食べ始めた。
ハリー達の朝食が終わるころ、居間にフラーと彼女の妹のガブリエールが訪れかなり狭くなってしまったため、ハリーとロンとハーマイオニーとソフィアの4人はそれぞれの腕にハリーのプレゼントを持ちながらその場を離れた。
「私とソフィアで全部荷造りしてあるわ」と、階段を上がりながらハーマイオニーが明るく言う。その次に「後は洗濯しているロンのパンツが戻ってくるのを待つだけ──」と続き、ロンは途端に咳き込みその言葉が聞こえないフリをした。
「プレゼントも全部開けてしまわないと。私のかくれん防止器もちゃんと使ってね」
「うん、ありがとう」
部屋に戻ったハリー達は腕の中いっぱいにあるプレゼントをきちんと片付けられたベッドの上に広げた。
「私のは──これ。誕生日おめでとう、ハリー」
ソフィアは山の中から青い包装紙に包まれた小さな箱を取り、にっこりと笑いながらハリーに渡した。
他のプレゼントを開けようとしていた手を止めたハリーは慌ててソフィアと向き合い、両手でしっかりとそれを受け取る。
「ありがとう、開けても良い?」
「ええ、勿論よ」
「……あ!私たち、ちょっと用を思い出したわ!」
「え?お、おいハーマイオニー……」
わざとらしく唐突にハーマイオニーが手を叩きながら叫び、唖然とするロンの腕を引き足早に部屋から飛び出した。扉が閉められる前に向こう側から、ハーマイオニーの「二人きりにさせてあげましょう」という言葉が微かに聞こえ、ソフィアとハリーは顔を見合わせ少し気まずそうに肩をすくめ笑った。
今、ソフィアとハリーは恋人ではない。
甘い言葉を囁く事も、その暖かな体に触れる事も出来ない。しかし、互いにまだ愛し合っているのだと理解していたし、愛の言葉を言わずとも、視線は雄弁に愛を語っていた。
ハリーは既にセブルス・スネイプが裏切り者だとは思っていない。だが、それでもソフィアと以前のような関係に戻る事は今はまだできない、と漠然と感じていた。
ソフィアの事は愛している。誰よりも大切にしたい。だが、同時に他の全てへのけじめとして──恋にうつつを抜かしている場合ではないのだろう。ヴォルデモートを倒し、全てが終わった後にもう一度告白をしよう。
そう、ハリーは考えていた。
ハーマイオニーの気遣いは嬉しいが、なんとなく気まずい沈黙が落ちる中、ハリーはベッドに腰掛け隣をぽんぽんと叩いた。
ソフィアは小さく微笑み、その隣に座る。肩が触れそうな程近かったが、決してその肩は触れる事はないだろう。
それでも、隣で──側に居られる事だけで、ソフィアとハリーは十分幸せだった。
「プロミスリング?」
小さな箱に入っていたのは赤色を基調とした
ソフィアは足の上で手を組み、指先をもじもじと忙しなく動かしながら彼女にしては珍しく、口ごもった。
「その、フラーに作り方を教えてもらって、えーと──作ったの」
「ソフィアが?」
「ええ、その、
ソフィアは足の上に下ろしていた手を胸の前まで上げ、祈るように目を閉じた。
旅の無事を願い、その後の幸せを願い。──その隣にいるのが自分ならばいいと、少し思いながらソフィアは丁寧にそれを作り上げた。
確かに既製品と比べるとやや粗があるが、それでもソフィアの手作りならこんなに嬉しい物はない、とハリーは早速左手首につけた。
「ん?──あれ。よっと……」
「ふふっ」
時計と違い片手ではうまく結べず四苦八苦するハリーに、ソフィアはくすくすと小さく笑いながらハリーの手を取った。
「つけてあげるわ」
「ありがとう」
「……よし、緩さはこれくらいで──」
しっかりと外れないように結んだ後、ソフィアはぱっと顔を上げた。ちょうど覗き込むように見ていたハリーと唇が触れそうなほど近づいてしまい、2人とも目を見張り息を止めた。
先ほど考えていた覚悟など思考の端に吹っ飛び、ハリーはソフィアと何度も交わした口付けや、彼女の柔らかな熱の事で頭の中が完全にいっぱいになってしまったのも、年頃なのだから仕方がないといえるだろう。
「あ──」
ハリーは無意識のうちにソフィアの手を強く握った。その瞬間、ソフィアの瞳が揺れる。ハリーが引き込まれるように体を近づけたとき、ベッドがきしり、と僅かに軋んだ。
「──だめよ、ハリー」
ソフィアは悲しげに笑いながら掴まれていない方の手で、ハリーの口を覆う。
ハリーはそれでもソフィアを抱きしめ押し倒してしまおうか──と、とんでもない欲望が湧き上がったが必死に自制し、自分の口を覆い隠すソフィアの手を優しく掴み、そのまま指先にキスを落とした。
ソフィアの指先と瞼がぴくりと震える。愛情と、情欲に染まるハリーの──大人の男の表情を見て、ソフィアは羞恥から顔を赤らめた。
数分後、目を潤ませ顔を真っ赤にして部屋から飛び出したソフィアは勢いよく階段を駆け上がり自分が寝泊まりしている部屋に引きこもった。
階段の踊り場でソフィアとハリーを待っていたハーマイオニーとロンは脱兎の如く駆け上がったソフィアを呆然と見送り、開け放たれた扉の向こうでベッドに座るハリーを見る。
肩をすくめ「何もしてない」と上機嫌な笑顔を見せわかりきった嘘をつくハリーに、ロンは呆れたような視線を向け、ハーマイオニーは眉を吊り上がらせ「ソフィアに何したのよ!」と叫んだ。