ハリーの誕生日の日のディナーはいつもより豪華な料理が用意されていた。
せっかくだから、とモリーは声をかけられるだけの騎士団員に声をかけ、その日の夕食の時にはたくさんの人が集まる事になった。
全員がディナーに舌鼓を打つには居間では些か狭く、満足に食べる事はかなわないため、広い庭に長机を並べた。
長机の上にはモリーお手製のバースデーケーキが置かれている。それはビーチボールほどの大きさの巨大なスニッチを模したものであり、たくさんの料理の中で堂々と飴細工でできた美しい羽を広げていた。
フレッドとジョージはいくつもの紫色の提灯に17の数字をデカデカと書き込み魔法をかけて招待客の頭上に浮かべ、シリウスは庭を囲む木にこれでもかと言うほどの装飾を施し、半年早いクリスマスが訪れたかのように煌びやかに飾り付けられた木々が競うように輝いていた。
ソフィアとハーマイオニーもシリウスの装飾を手伝い、杖先から紫と金のリボンを出して灌木の茂みや、テーブルと椅子の脚を飾りつける。
「素敵だ」
ハーマイオニーが最後に大きく腕を振り、野生のりんごの木の葉を金色に染めたときロンが腕組みをし大きく頷きながら言った。
「こういう事にかけては、君はすごく良い感覚してるよなぁ」
「ありがとう、ロン!」
ハーマイオニーは嬉しそうだったが、少し面食らったように見えた。まさか、ロンが直接的に自分を褒めるとは思ってもいなかったのだ。
思わず顔を見合わせたソフィアとハーマイオニーを見て、ロンはにっこりと人の良い笑顔を見せ金色に輝く木をまじまじと見つめ、ハリーは間違いなくロンは『確実に魔女を惹きつける十二の法則』を読み、お世辞の言い方を学んだのだと分かりテーブルの下を覗き込むふりをして隠れて笑った。
太陽が地平の向こう側へと沈みかけ、空が濃い群青色へと変わる午後7時。パーティディナーの開始時刻の時にはモリーが招待した客全員が揃っていた。
隠れ穴と外との境界にはフレッドとジョージが立ち、しっかりと本物かを確認した上で境界の中に招き入れる。
ハグリッドはこの日のために正装し、一張羅のむさ苦しい毛むくじゃらの茶色のスーツを着込んでいた。リーマスはハリーと握手しながら微笑んだが、どこか浮かない表情であり、反対にトンクスは隣で晴れ晴れとした明るい笑顔を見せていた。
トンクスは「お誕生日おめでとう、ハリー」と言いながらハリーを優しくハグし、背中を優しく叩く。
「17歳か。俺たちが出会った日から6年だ、ハリー、覚えちょるか?」
ジニーからバケツ大のグラスに入ったワインを受け取りながらハグリッドが言った。
「ぼんやりとね。入口の扉をぶち破って、ダドリーに豚の尻尾を生やして、僕が魔法使いだって言わなかった?」
トンクスと離れたハリーがニヤリと笑い揶揄いつつ言えば、ハグリッドは誤魔化すようにワインをガブリと飲み「細けぇことは忘れたな」と嬉しそうに笑う。あの強烈な出会いを──それこそ人生を大きく変えた出会いを易々と忘れる事なんて出来ないだろう。
「ロン、ハーマイオニー、ソフィア、元気か?」
「私たちは元気よ、ハグリッドは?」
「ああ、まあまあだ。忙しくしとった。ユニコーンの赤ん坊が何頭か生まれてな。また見せてやるからな、必ず戻ってこいよ」
ハグリッドの柔らかな視線を受け、ハリー達はこくりと小さく頷く。その言葉を聞く限り、ハグリッドも自分達がホグワーツに戻らず旅に出ることを知っているのだろう。彼は隠れ穴にこの数日間顔を見せる事はなかったが、彼も騎士団員なのだ。誰かが伝えていてもおかしい事はない。
「ハリー、お前さんに何をやったらええか思いつかんかったが──これを思い出してな」
ポケットの中を探っていたハグリッドは、少し毛の生えた巾着袋を取り出した。長い紐がついており、首か肩に掛けることができるだろう。包装もされてないプレゼントだったが、ハグリッドらしい、とハリーは思いながらそれを恐る恐る受け取る。
ハグリッドがどんなものを嗜好品としているのか十分に理解しているハリーは、その巾着袋が安全なものなのか判断できなかったのだ。
「モークトカゲの革の鞄だ。中に何か隠すとええ。持ち主以外は取り出せねぇからな。こいつぁ珍しいもんだぞ」
「ハグリッド、ありがとう!」
「なんでもねぇ」
ハグリッドは頬を薄桃色に染めながら大きな手を振り照れたように笑う。ハグリッドは頬を掻きながら辺りを見渡し、チャーリーがいる事に気づくと彼に駆け寄る。
皆が飲み物を片手に談笑する中、モリーだけは浮かない顔をして何度も門をちらちらと見ている。予定されていた時間よりもアーサーの帰宅が遅いことに気を揉んでいるのだろう。
ソフィアは甘い赤ワインを一口飲み、酒のせいで暑くなった頬を手で扇いだ。──いや、酒のせいだけではなく、数時間前のハリーの熱に当てられてしまったからかもしれない。あれからハリーはソフィアに手を出す事はなかったが、どうしても視線が合うとソフィアは胸の奥から形容し難い熱が込み上げてしまうのだ。
「アーサーを待たずに始めた方がいいでしょう」
7時半を回った頃、ついにモリーがため息混じりに庭にいる人全員に呼びかけた。
「あの人はきっと何か手を離せない事が──あっ!」
その先に続く言葉は驚愕の声に飲み込まれた。
皆もそれにすぐ気付き、同時に庭を横切り現れた一条の光を見た。テーブルの上に止まったその光は銀色に輝くイタチに変わり、イタチは後ろ足で立ち上がり真っ直ぐ前を──モリーの方を──見ながら口を開く。
「魔法大臣が一緒に行く」
それはアーサーの声だった。
それだけを告げると守護霊であるイタチはふっと消え、フラーの両親が驚いた目でその消えた辺りを見つめていた。
「私たちはここにはいられない。ハリー──すまない──別の機会に説明するよ──」
間髪入れずリーマスが硬い声で言い、トンクスの手首を握り足早に門へと向かう。境界を超えたところで2人は姿をくらませた。
「大臣──でもなぜ?わからないわ──」
モリーの当惑した声が響く。
当惑しているのはモリーだけでなく、残った者が話し合う暇もなく門のそばに忽然とアーサーが現れた。アーサーだけでなく、白髪混じりの立髪のような髪を後ろに流したスクリムジョールが同行している。
張り詰めた緊張感が一同に走る中、現れた2人は庭を堂々と横切り提灯に照らされたテーブルに近づく。
テーブルにはその夜の会食に参加する者達がじっと沈黙して座っていたが、シリウスはさっと立ち上がるとすぐにハリーの後ろに護るように立ちスクリムジョールを睨み見た。
スクリムジョールの姿が光に照らされた時、ハリーは前回会った時よりずっと老けて見えることに気づいた。頬はこけ、髪の艶はなくなり、厳しい表情を浮かべている。
「お邪魔してすまん。その上、どうやら宴席への招かれざる敵になったようだ」
大臣は取ってつけたように無礼を軽く謝ると、巨大なスニッチ・ケーキを見た。
「誕生日おめでとう」
「ありがとうございます」
「君と二人だけで話したい。さらに、ロナルド・ウィーズリー君、それと、ハーマイオニー・グレンジャーさん、ソフィア……プリンスさんとも、個別に」
「僕たち?」
ハリーだけだはなく、自分達とも話したいとの言葉にロンは驚いて聞き返した。
ソフィアは自分のファミリーネームを言う前に一瞬わざとらしい沈黙があった事に気づき、スクリムジョールの視線から逃れるようにしてハーマイオニーの方を見た。
ハーマイオニーはソフィアの視線に気付き、硬い表情で微かに頷く。聡明なハーマイオニーもまた、その奇妙な沈黙の意味に気付いたのだろう。
「私はハリーの後見人だ。共に話を聞く権利があるんじゃないかね」
シリウスは低い声で挑戦的な眼差しでスクリムジョールを見る。そう言われると初めからわかっていたのか、スクリムジョールは「彼が未成年であったなら、その権利があっただろうな」とさらりと答えた。
「しかし、ハリー・ポッターは成人を迎えた。ならば後見人が同行する必要性はない」
予め用意していただろうスクリムジョールの答えに、シリウスはぐっと奥歯を噛み締める。憎々しげにスクリムジョールを睨むシリウスに、ハリーは冷静な声で「大丈夫だよ」と囁き立ち上がった。
「どこか、個別で話せる場所に行ってから説明する。そういう場所はあるかな?」
「は──はい、勿論です」
スクリムジョールはアーサーに向かって尋ね、アーサーは落ち着かない様子で頷く。個室は何部屋かあるが大臣を案内するわけにはいかない。そうなれば候補として残るのは居間しかなかった。
「居間を使ってはいかがですか?」
「案内してくれたまえ」
スクリムジョールはアーサーではなく、ロンを見下ろしながら言った。「なんで僕が」という表情をありありと浮かべたままロンは立ち上がり、背を曲げ小さくなりながら「こっちです」と呟く。
ソフィアとハーマイオニーも立ち上がり、ハリーとロンと共に家へと向かうその背中を、アーサーとモリーは心配そうに見つめ、シリウスは苛立ちながら乱暴に椅子に座った。
庭には提灯やランプの灯りで柔らかく照らされていたが、居間の中は薄暗かった。ハリーは石油ランプに向かって杖を振り、ぽう、と灯った明かりが質素ながらも心地よい空間を照らした。
スクリムジョールはいつもアーサーが座っているクッションの凹んだ肘掛け椅子に座り、ハリー達はその前にあるソファの並んで座るほかなかった。成人した4人が座るにはかなり窮屈だったが、一人だけ他の離れた椅子に座るのも不恰好だろう。
「四人にいくつか質問があるが、それぞれ個別に聞くのが一番良いと思う。君たちは上の階で待っていてくれ、ロナルドから始める」
「僕たち、どこにも行きません」
ハリーはきっぱりと言い切り、ソフィアとハーマイオニーも大きく頷いた。
「四人一緒に話すのでなければ、何も話さないでください」
「……いいだろう。では、一緒に」
スクリムジョールは数秒間、ハリーを冷たく探る目で見ていたが、肩をすくめ咳払いをして話し始めた。
双方の間に緊張が流れ、ソフィア達は困惑を感じ取られまいとして、自然と背筋を伸ばし挑むようにスクリムジョールを見据えた。
「私がここに来たのは、君たちも知っているとおり、アルバス・ダンブルドアの遺言のためだ」
その言葉に、ソフィア達は顔を見合わせる。遺言があったなんて、騎士団の誰も教えてくれなかった。そんなものがあったなんて想像もしていない。
そんなソフィア達の表情を読み取り、スクリムジョールは鋭い瞳でロンとハーマイオニーとソフィアを探り見た。
「どうやら寝耳に水らしい!それでは、ダンブルドアが君たちに残した物があることを知らなかったのか?」
「ぼ──僕たち全員に?僕とハーマイオニーとソフィアにも?」
ハリーに残された物と遺言があるというならまだわかる。ダンブルドアにとって、ハリーの存在は間違いなく特別であり、これからハリーが行うことを考えればそのヒントを残していってくれたのかもしれない。
しかし、ロンは自分とハーマイオニーとソフィアにもそれがあるとは思わず、信じられないとばかりに呟いた。
「そうだ、君たち全員──」
「ダンブルドアが亡くなったのは、1ヶ月以上も前だ。僕たちへの遺品を渡すのに、どうしてこんなに長くかかったのですか?」
ハリーはスクリムジョールの言葉を遮り、はっきりと通る声で言う。スクリムジョールがロンからハリーへと視線を移し口を開く前に、ハーマイオニーが「見え透いた事だわ」と吐き捨てた。
「私たちに遺してくれたものが何であれ、この人たちは調べたかったのよ。あなたにはそんな権利が無かったのに!」
「私にはきちんとその権利がある。『正当な押収に関する省令』により、魔法省には遺言書に記された物を押収する権利がある」
「それは、闇の物品が相続されるのを阻止するために作られた法律だわ。差し押さえる前に、魔法省は、死者の持ち物が違法であるという確かな証拠を持ってなければいけないはずです!ダンブルドアが、呪いのかかったものを私たちに遺そうとしたとでも仰りたいんですか?」
ソフィアもハーマイオニーと同じく優秀な魔女であったが、流石に法律の事は自身の勉強の範囲外であり、勉学だけではなく何に対しても博識なハーマイオニーに内心で感心していた。
スクリムジョールもそう思ったのか、大人でも詳しくない魔法法の事をハキハキと言うハーマイオニーに目を細め脚の上で指を組み「魔法法関係の職に就こうと計画しているのかね、ミス・グレンジャー?」と、言いながら口先だけでうっすらと微笑んだ。
「いいえ、違います。私は世の中のために何か良いことをしたいと願っているだけです!」
その良いことがハウスエルフ解放であると知っているロンは思わず笑ってしまい、スクリムジョールの目がさっとロンに飛んだが、ハリーが口を開いたため、また視線を戻した。
「それじゃ、なぜ今になって僕たちに渡そうと決めたんですか?保管しておく口実を考えつかないからですか?」
「違うわ。31日の期限が切れたからよ。危険だと証明できなければ、それ以上は物件を保持できないの。そうですね?」
またもスクリムジョールが答えるよりも前にハーマイオニーが即座に言った。スクリムジョールはハーマイオニーの言葉を無視し──否定する必要も無かったからだ──ロンを見る。
「ロナルド、君はダンブルドアと親しかったと言えるかね?」
「ぼ、僕?」
ロンはいきなり名を呼ばれるとは思わず、落ち着きなく視線を彷徨わせた。
その動揺を見て、スクリムジョールはすっと目を細める。短い時間ではあったが、この四人の中で最も
ハリー・ポッターとハーマイオニー・グレンジャーは堂々と自分を睨み、その目には微塵たりとも怖れないぞ、という明確な意思がこもっている。
そしてソフィアは自分のことを静かに観察している。成人して間もない女性が見せるには大人びた瞳だ。──しかし、ロナルド・ウィーズリーは、動揺と恐れ、そして僅かな怯えが含まれている。
崩すのならば彼からだ、と様々な人への尋問を経験しているスクリムジョールはすぐにそれを理解したのだ。
「僕──いや、そんなには……それを言うなら、ハリーがいつでも……」
ロンは戸惑いながら助けを求めてハーマイオニーを見て、彼女の「今すぐ黙れ」という目つきに気付きぱくんと口を閉じたが──既に遅く、スクリムジョールは思う壺の答えを得たとばかりに目をぎらつかせ、身を乗り出した。
「君が、ダンブルドアとそれほど親しくなかったのなら、遺言で君に遺品を残したという事実をどう説明するかね?個人的な遺贈品は非常に少なく、例外的だった。ほとんどの持ち物は──個人の蔵書、魔法の計器類、その他の私物などが──ホグワーツ校に遺された。なぜ、君が選ばれたと思うかね?」
「僕──わからない。僕……そんなには親しくはなかったと僕が言ったのは、つまり、ダンブルドアは、僕の事を好きだったと……」
自分でも先ほどの発言は失言だったとわかったロンはしどろもどろに伝えたが、苦しい言い訳にしか聞こえずスクリムジョールはロンを冷たい目で見据えた。ソフィアはロンを心配していたが、それを表情に出すことはなくスクリムジョールが開心術を使えない事をただ祈った。もし彼が使えるのなら、ロンの言葉が嘘だとバレてしまうだろう。少なくともソフィアの知る限りダンブルドアとロンが親げに話す様子や二人きりになることは一度もなかったのだ。
「ロン、奥ゆかしいのね。ダンブルドアはあなたの事を、とても可愛がっていたわ」
ハーマイオニーが慰めるようにゆっくりと伝えたその言葉は、嘘に近いがぎりぎり真実だと言える言葉だろう。ダンブルドアは──全ての生徒の事を愛し可愛がっていた。
しかし、スクリムジョールはハーマイオニーの助言を聞かなかったように振る舞い、これと言った反応を見せる事なくマントの内側に手を入れハリーがハグリッドから貰ったものより大きな巾着袋を取り出した。その中から羊皮紙の巻物を取り出し、咳払いを一つすると彼は視線を落として読み始める。
「アルバス・パーシバル・ウルフリック・ブライアン・ダンブルドアの遺言書──そう、ここだ──ロナルド・ビリウス・ウィーズリーに灯消しライターを遺贈する。使うたびにわしを思い出してほしい」
スクリムジョールは巾着の中から、ハリーに見覚えのある物を取り出した。一見するとただの銀のライターのようだが、カチリと押すたびに周囲の灯りを全部吸い取り、また元に戻す力を持っている。スクリムジョールは数秒手のひらでそのライターを揉んでいたが、前屈みになって灯消しライターをロンに渡した。
受け取ったロンは唖然として口を微かに開き、手の中でそれをひっくり返した。
「それは価値のある品だ。たった一つしかない物かもしれない。間違いなく、ダンブルドア自身が設計したものだ。それほど珍しい物を、なぜ彼は君に遺したのかな?」
ロンは困惑したように頭を振る。それを見てスクリムジョールは「ダンブルドアは何千人という生徒を教えたはずだ」と食い下がった。
「にもかかわらず、遺言書で遺贈されたのは君たち
「五人?」
ここに居るのは四人だけであり、ハリーは訝しげな顔でその言葉を繰り返した。自分たち以外に、ダンブルドアの遺品を遺贈された者がいるのだろうか。
スクリムジョールは背を正すと、視線をソフィアに移し「君の、兄にも遺贈されている」とそっけなく言い放った。
「ルイスにも?」
「彼は、今イギリスには居ないようなので手渡すのは後日にはなるが、そうだ。遺贈されているのは君たち五人だけだ。何故だ?──ミスター・ウィーズリー。ダンブルドアは、この灯消しライターを君がどのように使用すると考えたのかね?」
「灯を消すため、だと思うけど。他に何に使えるってわけ?」
ロンは口の奥で呟く。
当然その使い方しか思い当たらず、当惑したままのロンの表情を暫くの間スクリムジョールは探るような目で見ていたが、やがてダンブルドアの遺言書に視線を落とした。
「ミス・ハーマイオニー・ジーン・グレンジャーに、わしの蔵書から『吟遊詩人ビードルの物語』を遺贈する。読んで面白く、役にある物である事を望む」
スクリムジョールは巾着袋から小さな本を取り出した。上の階に隠してある深い闇の秘術と同じくらい古い本のように見え、あちこち革がめくれて汚れてしまっている。ダンブルドア本人が繰り返し読んでいた本なのだろう。
ソフィアとロンはちらりと視線を交わした。この年齢になって、その本を目にすることになるとは思わなかったのだ。そのビードルの物語は魔法族の子どもにとって、とても馴染み深い物語だ。誰だって、一度は聞いたことがあるだろう。
ハーマイオニーは本を受け取り、膝の上に置いてじっと見下ろした。
ソフィアもその本を見て、初めてその本が英語ではなく古代ルーン語で書かれていることに気付く。確か今現在出版されているものは改訂版であり、英語で書かれている。
しかし原本は古代ルーン語だったと、古代ルーン語の授業で教師が言っていた事をソフィアは覚えていた。
その文字の上に、ハーマイオニーの涙が一粒ぽたり、と落ちた。
「ミス・グレンジャー、ダンブルドアは、なぜ君にこの本を遺したと思うかね?」
「せ……先生は、私が本好きな事をご存じでした」
「しかし、何故この本を?」
「わかりません。私が読んで楽しいだろうと思われたのでしょう」
「ダンブルドアと、暗号について、または秘密の伝言を渡す方法について話し合った事はあるかね?」
「ありません。それに、魔法省が31日かけてもこの本に隠された暗号が解けなかったのなら、私に解けるとは思いません」
ハーマイオニーは服の袖で目を拭い続け、啜り泣きを押し殺した掠れた声で呟く。身動きできないほど窮屈に座っていたため、ロンは片腕を抜き出してハーマイオニーの両肩に腕を回すのに苦労していた。
スクリムジョールは黙ってハーマイオニーを見ていたが、また遺言書に目を落とした。
「ソフィア・──」
「……?」
スクリムジョールは言葉を区切る。そして羊皮紙の上から視線をソフィアに向けて一度口を閉ざした。
ソフィアは硬い表情でスクリムジョールを見る。この人は知っているのだろうか。先ほどの妙な沈黙を読み解く限りでは、自分の出生を知ってしまってもおかしくはない。ソフィアは密かに脚の上で強く手を握る。
「──ソフィア・
スクリムジョールは巾着袋から黒く細長い匙を取り出すとソフィアに差し出した。ソフィアはそれよりも、告げられた名前に激しく動揺していたが表情には出さず、匙を受け取る。
「これは、とても高価であり珍しいものだ。一般に流通する事は極めて稀であり、たとえ流れたとしても手に入れるには途方もない金額と、幸運がなければならない。何故、このような物を君に遺したのかな?」
「……私は、魔法薬作りが苦手なので、それを憂いてくださったのでしょう。授業ではいつも──」
ソフィアは脳裏に天啓にも似た閃きが走るのを感じ目を揺らした。しかし、すぐに気を取り直すと「──減点と、補習でしたから」と恥じるように呟いた。
スクリムジョールはじっとソフィアを見ていたが、何も言う事はなく再び遺言書に視線を落とす。
「ハリー・ジェームズ・ポッターに──スニッチを遺贈する。ホグワーツでの最初のクィディッチ試合で、本人が捕まえたものである。忍耐と技は報いられるものである。その事を思い出すためのよすがとして、これを贈る」
スクリムジョールは胡桃大の小さな金色のボールを取り出した。銀の羽がかなり弱々しく羽ばたいており、ハリーは落胆を隠し切れなかった。
何か高価なものか、今から困難な旅に向かう自分に向けたものにしては意味のないただの記念品だとしか思えなかったのだ。
「ダンブルドアは、なぜ君にスニッチを遺したのかね?」
「さっぱりわかりません。いま、あなたが読み上げたとおりの理由だと思います……僕に思い出させるために……忍耐となんとかが報いられる事を」
「それでは、単に象徴的な記念品だと思うかね?」
「そうだと思います。他に何かありますか?」
「質問しているのは私だ。君のバースデーケーキも、スニッチの形だった。何故かね?」
「それは、ハリーが偉大なシーカーだからではないでしょうか?ケーキを作ったモリーさんも、それを見た私たちも変に思う事はありません」
ソフィアが静かに言い、ハーマイオニーとロンは同意を示すように頷いた。しかし、スクリムジョールはソフィア達の顔を順番にじっくりと見ながらその言葉に嘘がないかと探っているようであり、ソフィアは何故彼がここまでスニッチに固執するのかがわかり──彼の手のひらの中で羽ばたくスニッチを見つめた。
「スニッチの中に、何か隠されていると思っているんですね?」
「──そうだ、スニッチは小さな物を隠すには格好の場所だ。君はそのことを勿論知っているだろうね?」
君は、と言いながらスクリムジョールはハリーを見たが、ハリーは訳がわからず肩をすくめた。確かに何か隠せそうな気がするが、スニッチがぱかりと二つに割れるだなんて聞いた事がない。
「スニッチは、肉の記憶を持っているのよ」
「え?」
ソフィアの言葉にハリーとロンが同時に声を上げた。ソフィアはスニッチから視線を外す事なく、言葉を続ける。
「スニッチは空に放たれるまで素手で触れる事はないの。作り手も手袋をはめているわ。最初に触れる者が誰か認識できるように魔法がかけられていて……ほら、判定争いになった時のためにね」
「このスニッチは──」
ソフィアの説明に補足する事なくスクリムジョールはスニッチを掲げた。
「君の感触を記憶している。ポッター、ダンブルドアはいろいろ欠陥があったにせよ、並外れた魔法力を持っていた。そこで思いついたのだが、ダンブルドアはこのスニッチに魔法をかけ、君にだけ開くようにしたのではないか」
ハリーの心臓が激しく打ち始めた。間違いない、きっとそうだという確信に嫌な汗が流れる。なんとか素手でスニッチに触れる事なく受け取る事ができるだろうか、と脚の上で指を動かしたが残念ながらその方法は思い浮かばなかった。
「何も言わんようだな。たぶん、もうスニッチの中身を知っているのではないかな?」
「いいえ」
「──受け取れ」
スクリムジョールが低い声で命じた。
ハリーはスクリムジョールの黄色の目をじっと見る。そして、従う他ないと理解した。もし戸惑い拒絶したのなら、このスニッチはまた魔法省の手に落ちもう2度と手に入る事はないだろう。
ハリーは手を出し、スクリムジョールはゆっくりと慎重に、ハリーの手のひらにスニッチを乗せた。