結婚式は庭にある果樹園の側に白い巨大なテントを建てて行われた。
ハリーはポリジュース薬を飲み、近くの村に住む赤毛のマグルになりすましていた。その赤毛はウィーズリー家の特徴的な髪色とよく似ていて、姿を表せないハリーは彼の姿を借り、『いとこのバーニー』として親戚の多いウィーズリー家に紛れ込ませる事となったのだ。
客が到着する予定の1時間前には白いローブを着た大勢のウェイターや、金色の上着を着たバンドマンが到着し、すでに待ち構えていたモリーとアーサーと何度も打ち合わせを始める。
ハリー、ロン、フレッド、ジョージは客を案内する役になり、正装し席次表を握りしめながら間違いのないよう客の案内をした。
参加者はウィーズリー家とデラクール家の親族だけではなく、新郎と新婦の関係者達や友人、彼らと縁がある者などかなりの人数が集まり、時間が経つにつれ煌びやかな正装に身を包んだ魔法使いと魔女で賑やかな雰囲気になった。
「もうたくさん集まっているみたいね。──あ、あの子はルーナよ!ルーナも来たのね」
「私が呼んだの。耳に赤い蕪はついてないわよね?」
「うーん。よくわからないわ」
ジニーの部屋にある窓のカーテンの隙間から外の様子を見ていたソフィアは続々と集まる人の多さに胸がドキドキと高鳴った。
死喰い人とヴォルデモートに命を狙われ、ここもいつ安全ではなくなるかわからず、常に警戒し緊張しなければならない──とはいえ、この晴れの日の雰囲気に当てられてしまうのも仕方のない事だろう。
何より、今日は結婚式だ。今日ばかりは──数占いで無視できない結果が出たとはいえ──楽しく過ごさなければ、ビルとフラーに失礼だろう。
「ジニー、ソフィア。どうかしら?」
ふわふわの髪の毛をなんとかサラサラのまっすぐな髪の毛にしたハーマイオニーは髪を後ろに流しながらその場でふわりと優雅に回る。
「とっても素敵!」
「セクシーだわ!」
「ふふっ、ありがとう。ジニーもソフィアも、とっても素敵よ!」
ライラック色のふわりとした薄布のドレスに身を包むハーマイオニーは、いつもよりも艶やかで美しい。
ジニーはその赤毛が映えるような金のマーメイドドレスであり、ソフィアは夏の晴れた空を思い出させるエレガントな青いワンピースドレスを着ていた。
いつもより時間をかけて化粧を施し、いつもより丁寧に髪を結い上げた彼女達は輝く宝石のように美しい姿になっていたのだ。
互いに互いを褒め、気持ちを盛り上げながら階段を降りつつ、ソフィアはそっと革張りの鞄を撫でた。
こんな日であっても、ハリーについていくと決めた日から常に持っていた鞄を家の中に置いておく事はどうしても──ソフィアとハーマイオニーの2人には──できず、様々なものを詰め込んだ鞄を認識されにくくなる魔法をかけ、薄いショールで隠し肩にかけていたのだ。ないとは思うが、万が一何かあればすぐにここから逃げ出せるように薬や食料、資金、服、テントなど思いつく限りをカバンの中に詰め込んでいた。
階段を降りていると、ふいにジニーが足を止めた。ジニーの視線の先には扉があり、半分ほど開かれている扉の奥から人の話し声が聞こえている。
ここは、確か新郎新婦の控室だとして用意されていた部屋のはずだ。ウェディングドレスを着たフラーは絶世の美女となっているに違いない。流石のジニーも見惚れたのだろうか──と、ソフィアは興味深そうな顔でジニーの肩越しにその部屋の中を覗き込んだ。しかし、そこにフラーはいるがビルの姿は無く、かわりに高齢の魔女がフラーに何かを手渡しているところだった。
「ジニー、あの人は?」
「ミュリエル大おばさんよ。ほら、フラーにティアラを渡しに来たんだわ」
ソフィアの囁き声に、同じようにジニーが囁きながら言った。フラーはまだドレスを着ていなかったが、いつもよりも何故か輝いてみえた。それは想い人と結婚する事ができるという幸福感が醸し出しているオーラなのかもしれない、とソフィアが考えていると覗き見をする3人の視線に気付いたのか、老女──ミュリエルが振り向いた。
「なんだい。えぇ?そこにいるのはジニーかい?」
「最悪。口うるさいのよね。──ええ、お久しぶりですねミュリエル大おばさん」
ジニーはソフィアとハーマイオニーを見ながら低い声で呟き、彼女に見えないようにべっと舌を出した。しかしミュリエルの方を振り返る時には愛らしい笑顔になっていて、ソフィアとハーマイオニーは苦笑しつつジニーの後について部屋の中に入った。
「おや、なんだいその服。サイズが合ってないんじゃないかぇ?」
「こんなものなのよ。──大おばさん、こっちがソフィア・プリンスで、こっちがハーマイオニー・グレンジャー。2人とも私の友達よ」
「はじめまして、ソフィア・プリンスです」
「ハーマイオニー・グレンジャーです、はじめまして」
ジニーはミュリエルの視線を自分のタイトな服装から逸らすために、ソフィアとハーマイオニーを紹介した。
2人はこのミュリエルがどのような性格なのかは知らなかったが──どんな性格でも、ロンの親戚であることは間違い無いのだから、と人当たりのいい笑みを浮かべスカートをつまみ、頭を下げた。
ミュリエルは品定めするようにじろじろとハーマイオニーとソフィアを見ていたが、ふん、とつまらなさそうに鼻で笑うと持っていた杖でソフィアの胸元あたりとハーマイオニーの足首あたりを指した。
「おや、幼い子が背伸びをしたドレスを着ても、服に着られるだけぞぇ。──まあ、こっちがマグル生まれの子かぇ?足首がガリガリだぞぇ」
その嗤いとも忠告とも取れぬ言葉にソフィアとハーマイオニーは顔を引き攣らせ、ひくひくと口先を震わせながら「では、またパーティで」となんとか別れ際の言葉を捻り出しジニーに腕を引かれて部屋から出た。
「ごめんね、あの大おば。誰にでも無礼なの」
ジニーは申し訳なさそうに言うが、ソフィアとハーマイオニーは勿論ジニーに怒っているわけではなく、硬い表情を崩しにっこりと笑った。
「いいのよ」
「大丈夫よ」
「そうよね。だってソフィアのドレスは最高だし胸も前よりも大きくなってるわ。それに、ハーマイオニーの足首もきゅっと締まっていて、セクシーだもの」
足首と胸元をみながらさらりとソフィアとハーマイオニーを褒めるジニーに、2人はなんだか恥ずかしくなり目を合わせて照れたように笑った。
人の集まる白いテントの中はやや熱気がこもっていたが、薄着のドレスにはちょうどいいかもしれない。
ジニーはルーナを探しにいくためにソフィアとハーマイオニーと別れ、人混みの中を軽やかな足取りで縫うように走り見えなくなってしまった。ソフィアとハーマイオニーはとりあえずロンとハリーと合流しようと考え通り過ぎる参加者に愛想の良い笑みを浮かべつつ、客の案内に忙しいロンとハリーの元へ駆け寄った。
必死に仕事をしている彼らは、着飾ったソフィアとハーマイオニーがそばにいることに気づかず、ハーマイオニーがトントンとロンの肩を軽く叩き、ようやく気が付いたのだった。
「──うわぁおっ!すっごく綺麗だ!」
「意外で悪かったわね」
ロンが目を瞬かせながら率直に褒め、ハーマイオニーはいつものようにやや捻くれた言葉を返してしまったが、それでも嬉しそうににっこりと笑い頬を桃色に染めていた。
「ソフィア、その──綺麗だ」
「ありがとう」
ワンピース型のシンプルなドレスだったが、この結婚式の主役はあくまで花嫁なのだ。このくらいの慎ましさがある方がむしろ好感がもてるだろう。
豪華に着飾ることはないが、それでもいつもと違う化粧に、いつもと違う髪型。ハリーは4年生の時のクリスマス・ダンスパーティを思い出して胸が締め付けられた。──あの時は、もっとそばに寄れた、愛を囁くことは出来なかったがそれでも共に踊る事が出来ていた。
残念なのは、今どれだけソフィアに「綺麗だ」と囁いても、それはハリー・ポッターではなくバーニー・ウィーズリーが言ったことになってしまう点だろう。
「えーと、あなたはバーニーだったわよね。──ねえ、私の席はどこかしら?」
ソフィアは複雑そうな顔をするハリーに悪戯っぽく微笑み、手を差し出す。ハリーはソフィアの意図がわかり、すぐにその手を下からそっと繋ぎ、恭しく一礼した。
「席までお連れします、プリンセス」
「まあ!ふふっ、ありがとう」
意図が伝わった嬉しさで、ソフィアはくすくすと笑う。ハリーは少々キザなことを言ってしまったかと恥じながらきっと冷やかされるだろうとロンとハーマイオニーをチラリとみたが、2人は2人で楽しそうに話し合っていてこちらに意識を向けていない。
ソフィアはハリーの腕に自分の腕を絡ませ、遠慮がちに寄り添いながら案内された席に向かった。
結婚式開始予定の時刻になり、テント内がピリピリとした期待感で包まれる。テントには入り口から奥まで花道があり、誰もがそこを通るフラーの登場を首を長くして待っている。
そして、ついに高いファンファーレの音が響いた。
ガヤガヤとした話し声に時々興奮した笑い声が混じる。正装したモリーとアーサーが現れ、親戚や参列者に笑顔で手を振りながら花道を歩く──1番奥の舞台前に到着した直後、ビルとチャーリーがテントの正面に立った。
2人ともドレスローブを着て、襟には大輪の白薔薇を刺している。やや緊張した面持ちのチャーリーとは異なり、ビルの表情は幸せそうに緩みにこやかに手を振っていた。フレッドが冷やかしの口笛を吹き、フラーのいとこ達がくすくすと小さく笑う。
ビルとチャーリーが舞台に到着した時、テント中に飾られた金色の風船からは高らかな音楽が鳴り、一気に会場が静まった。
「わあぁっ!」
「きれい……!」
ハーマイオニーとソフィアが椅子に腰掛けたまま入口を振り返り、歓声を上げた。いや、2人だけではなくほぼ全員が息を飲み感嘆の吐息を吐き出したことだろう。
花形であるフラーと、付き添い人であるフラーの母の登場に誰もが目を奪われたのだ。すっきりとした白いドレスは彼女のボディラインがはっきりと出る服だったが露出は少なく下品さは感じさせない。彼女の存在自身が、銀の光を放っているかのようであり、ハリーは思わず眩しそうに目を細めた。
フラーの美貌は一級品であり、隣にどんな美女が並んでも見劣りしてしまう。しかし、今彼女の幸せと愛に満ちた輝きは、他のもの全てをいっそう美しく見せていた。
ソフィアとハーマイオニーはいつにもまして可愛らしく見え、ビルはフラーが隣に立った途端、グレイバックに遭遇したことさえ嘘のように見えた。
「お集まりの皆さん。本日ここにお集まりいただきましたのは、二つの誠実なる魂が結ばれんがためであります──」
神父として1人の魔法使いがフラーとビルの前に立ち、抑揚のある声で静かに問いかける。
ついに、2人の結婚式が始まった。