結婚式が終わった後は披露宴になり、待ってましたとばかりに演奏隊が現れ、金の光と共にテントの中央にダンスフロアができた。銀の盆を持ったウェイターがどこからともなく現れカクテルやジュース、タルトやサンドイッチを希望者に配膳する。
祝い客に囲まれてしまい、姿が見えなくなってしまったビルとフラーを探してハーマイオニーが「お祝いを言いに行かなきゃ!」と爪先立ちで言ったが、ロンは近くのウェイターからバタービールを4本受け取りながら肩をすくめた。
「後で時間があるだろ。ほら、テーブルを確保しようぜ、料理もたくさん置きたいしさ」
「うーん……まあ、そうね。そうしましょうか」
ハーマイオニーは押し付けられたバタービール瓶を受け取り、まだ人混みのあたりをちらちらと見ていたがあの中に突撃していく勇気は無かったのかロンの考えに最終的に納得し頷いた。
誰も踊っていないダンスフロアを横切り、空いているテーブルがないかとソフィア達は左右をちらちらと見ながら探したが、どこも人が座って美味しい料理を食べつつ歓談している。やはり誰もいないテーブルを探すのは難しいか──と思われたが、テントの奥でルーナが独りでぽつんと座っているテーブルを見つけることができた。
「ここ、座ってもいいか?」
「うん、いいよ。パパはビルとフラーにプレゼントを渡しに行ったんだもん」
独りでつまらなさを感じていたルーナは嬉しそうに言い、ウェイターが置いていったサンドイッチやローストビーフを指差し「食べていいよ」とソフィア達に勧める。
そういえば結婚式の準備に忙しく、昼はなにも食べていなかった。当然空腹を思い出したソフィア達はルーナに礼を言いつつ一口サイズのサンドイッチを摘んだ。
美味しい料理を夢中になって食べていると美しい音楽が辺りに響き渡った。バンド演奏が始まり、ビルとフラーが拍手に迎えられて最初にフロアに上がり優雅にくるりと回る。
暫くしてアーサーとフラーの母、モリーとフラーの父がフロアに上がり主役の周りで楽しげに踊り始める。
「この歌、好きだもん」
ルーナはワルツの曲調に合わせてうっとりと体を揺らせていたが、やがて立ち上がりダンスフロアに出ていき、目を瞑って両手を振りながらたった一人で回転し始めた。
「あいつ、凄いやつだぜ。いつでも希少価値だ」
ロンが感心しながら呟く。この人の多さに臆することなく、独りでダンスフロアに上がり自由に踊ることは普通の人には不可能だろう。しかし、誰よりも自由であり、他人の目を気にすることのないルーナにとって、今この場にパートナーがいない事など些細な問題なのだ。
ロンは笑顔でルーナを眺めていたが、その笑顔も空いた席にビクトール・クラムが現れた事によりたちまち消えた。
ハーマイオニーはクラムが招待状を持って現れた時、入り口近くにいたため知ってたが、ソフィアは先にハリーに案内されていたためクラムがここにいる事を知らなかった。
クラムはハーマイオニーにとっては過去の甘酸っぱい相手であり、ソフィアにとっては憧れのクィディッチの選手であり──2人とも嬉しそうに慌てふためいた。
それを見て面白くないのはロンとハリーであり、じろりとクラムを睨んだが、クラムの眼光は鋭く不機嫌そうに1人の男を睨んでいた。
「あの黄色い服の男は誰だ?」
「ゼノフィリウス・ラブグッド。僕らの友達の父さんだ」
しかめ面のクラムにロンが喧嘩腰ともとれる口調で答える。確かにゼノフィリウスは、ルーナの父親だと言われて納得するほど奇妙な見た目ではあった。ゼノフィリウスは綿菓子のような白髪を肩まで伸ばし、帽子の房を鼻の前で垂れ下がらせ、着ているローブは卵の黄身のように目に痛い黄色だ。首にかけている金鎖のペンダントには、三角の目玉のような奇妙な印が光っている。
明らかに笑いを誘う姿ではあるが、ロンにとって恋敵であるクラムが少しでも楽しい気持ちになって欲しくない──そんな考えでロンは言ったが、クラムはゼノフィリウスの格好を滑稽だと思っているのではなく、何故か目に嫌悪と憎悪が宿っていた。
「ハーマイオニー、来いよ。踊ろう」
少しでもクラムと離すため──そして、前回のダンスパーティでは踊ることが出来なかったため、ロンは唐突にハーマイオニーを誘った。ハーマイオニーは驚いたような顔をしたが、すぐに嬉しそうに笑いクラムにそれ以上話しかけることもなくロンの腕に自分の腕を絡ませる。
そのまま、ロンとハーマイオニーは混み合ってきたダンスフロアの渦の中に消えてしまった。その後ろ姿を見ながらソフィアは、心の中でロンに賞賛を送った。──まさか、彼が自分の意思でハーマイオニーをダンスに誘うとは思わなかったのだ。しかし、よく考えれば最近妙にハーマイオニーに対して優しく気遣うような視線を向け言葉掛けも穏やかだ。ついに、ロンも自身の中に芽生える感情の意味に気づいたのだろうか。
「あの2人は、今付き合っているのか?」
「んー……そんなような」
「きっとすぐそうなるわ」
クラムの問いかけにハリーとソフィアが答え、クラムは一瞬ハリー──いや、バーニーを見て不思議そうに目を見張った。
「君は誰だ?」
「バーニー・ウィーズリー」
「バーニー、ソフィア。あのラブグッドって男を、よく知っているか?」
クラムはハリーと握手をしながらソフィアとハリーに聞いた。
2人は顔を見合わせ、ルーナの事なら──理解できるか出来ないかは別として──よく知っているが、彼女の父のことは詳しくは知らない。
「いや、今日あったばかり」
「ザ・クィブラーっていう雑誌の編集長って事しか知らないわ、何故?」
ソフィアはクラムの目が、奇妙な格好をしているゼノフィリウスを滑稽だと笑いたいだけではないのだと気づき、声を低くして聞いた。暫く無言だったクラムは、ダンスフロアの反対側で魔法戦士数人と楽しげに話しているゼノフィリウスを、飲み物グラスの上から怖い顔で睨みながら口を開いた。
「何故なら、あいつがフラーの客でなかったら、僕はたった今ここで、あいつに決闘を申し込む。胸にあの、汚らわしい印をヴ──ぶら下げているからだ」
「印?」
ソフィアとハリーは同時に聞き返し、ゼノフィリウスの方を見る。不思議な三角形の目玉が金色に輝いているが、ソフィアとハリーはそれがなぜ汚れた印なのかわからなかった。
「なぜ?あれがどうかしたの?」
「グリンデルヴァルド。あれはグリンデルヴァルドの印だ」
「グリンデルバルド……ダンブルドアが打ち負かした、闇の魔法使い?」
「そうだ。グリンデルヴァルドはたくさんの人を殺した。僕の祖父もだ。勿論、あいつはこの国では一度も力を振るわなかった。ダンブルドアを恐れているからだと言われてきた──その通りだ。あつがどんなふうに滅びたのかを見ればわかる。しかし、あれは……」
クラムは憎悪が籠る目でゼノフィリウスを睨み、彼の胸の上で揺れている印を指差した。
「あれは、グリンデルヴァルドの印だ。僕はすぐにわかった。グリンデルヴァルドは生徒だった時にダームストラング校の壁にあの印を彫った。馬鹿な奴らが、驚かすためだとか、自分を偉く見せたくて、本や服にあの印をコピーした。僕らのように、グリンデルヴァルドのせいで家族を失った者たちが、そういう連中を懲らしめるまでは、それが続いた」
「……あの印は、あなたの国の──ヴォルデモートの、闇の印のようなものなのね」
ハリーはルーナの父が闇の魔術の支持者などどう考えてもあり得ないと混乱したが、ソフィアは静かな目でゼノフィリウスを観察していた。しかし、周りにいる魔法戦士達はゼノフィリウスがつけている印を見ても咎めている様子も、嫌悪を露わにしている様子も無い。きっと、この国ではその印の意味が伝わっていないのだろう。
ルーナは良い子だ。ユニークで、勇気もあり、何より純粋だ。だが、彼女が素晴らしい人だとしても親までもそうだとは限らないものだ。友人の父を疑いたくは無かったが、今までハリーに近づくために善良な人間を装い近づく闇の魔法使いは何人もいた。それがルーナの父である──としても、可能性はゼロではない。
「間違いないのね?」
「間違いない。僕は何年もあの印のそばを通り過ぎてきたんだ」
「そう。あなたの言う通り、ゼノフィリウスさんがグリンデルバルド支持者の可能性もあるわ。でも、ゼノフィリウスさんはもしかしたら何も知らずにつけているかもしれないわね。周りの反応を見る限り、イギリスで暮らしているとそのグリンデルバルドの印なんて知る機会はないようだし……私も、グリンデルバルドとダンブルドア先生についての本は何冊も読んだけれど、印についての記載は無かったもの。ただあの黄色い服に映えると思ったからアンティークショップで買っただけかもしれないわ」
ソフィアの言葉にクラムはまだゼノフィリウスを睨んでいたが、判断しかねるのか何かを噛むように顎をもごもごと動かした。
「ならば、あの男は……僕らの国に来る事だけは辞めた方がいい」
「そうね、今は──結婚式の最中だし、後でこっそりと伝えておくわ」
クラムは渋々と言ったように頷き、そしてふとソフィアを正面から見て目を瞬いた。その表情は狭まった視界が晴れたかのようで、ソフィアは自分の姿がどこかおかしいだろうかとドレスを見下ろし、しっかりと鞄に認識阻害魔法がかかっていることを確認して首を傾げた。
「どうしたの?」
「君。2年前に会った時よりも、ずっと綺麗になった」
「え──まあ、ありがとう」
ソフィアはゼノフィリウスに関する真剣な話題ですっかり意識していなかったが、目の前にいるのは憧れのクィディッチの選手である事を思い出し頬を赤く染め照れながらはにかむ。ハリーは今すぐにソフィアを抱きしめ「ソフィアは僕を愛しているんだ!」と叫びたい衝動に駆られたが、なんとか手のひらに爪を食い込ませその痛みで耐えた。
「ハリー・ポッターは、恋人なのか?」
「いいえ、違うわ」
ソフィアのはっきりとした否定に、ハリーは──苦い事に事実だとしても──衝撃で胸に鋭い痛みが走った。
クラムは期待がこもった目でソフィアを見たが、クラムとハリーが何かを言う前に美しく笑いながら言葉を続けた。
「でも、私はハリーを愛しているの」
ソフィアは頬を赤く染めたままそう言い、堂々たる宣言に唖然とするクラムとハリーをおいて立ち上がり、「フレッドとジョージが呼んでいるみたい、ちょっと踊ってくるわね」と言いながらワルツの曲に合わせて踊る人たちの中へと飛び込んだ。
ハリーは安堵と愛おしさから胸が暖かくなるのを感じつつ、甘いバタービールを飲みチラリとクラムを横目で見た。
クラムは去って行ったソフィアを残念そうな目で見ていたが、小さくため息をついただけでそれほど嘆いているわけではなさそうだ。──つまり、本気でソフィアに恋をしていたわけではないのだろう。
年頃の男女で特定の恋人がいないのならば、熱に浮かされ一夜のパートナーを求めることもある。しかし、それにソフィアが選ばれたのだと思うとハリーは強烈な怒りが込み上げてきてしまい、何とか怒りを抑えるために残りのバタービールを一気に飲み干そうとした。
「──げほっ!」
「大丈夫か?」
「けほっ!──あ、ああ、うん」
盛大に咽せたハリーは口からバタービールを噴出してしまい、それは白いテーブルクロスをまだら模様に染めてしまった。
クラムはポケットから杖を抜くと、軽く振り飛び散ったバタービールを消失させる。ハリーは口元を袖で拭いながら、クラムの杖を見て──脳裏に忘れていた記憶が蘇った。
「グレゴロビッチ!」
その名前をどこで聞いたのか思い出し興奮して叫んだが、クラムは「こいつは一体どうしたんだ」とばかり怪訝な目でハリーを見下ろしていた。