ソフィアはフレッドとジョージと面白おかしく踊っていたが、ダンスフロアから離れるハーマイオニーを見て彼らと繋いでいた手を放した。
「ありがとうフレッド、ジョージ!ちょっと休憩してくるわね」
「オッケー。じゃあ俺たちは──」
「次はあの女の子と踊ろうかな」
フレッドとジョージが指差したのは楽しげに揺れるカップル達を羨ましそうに見ているフラーの従姉妹たちだ。英語があまり得意ではない彼女たちは、その美貌ゆえにチラチラと盗み見ている男は多いのだが「我こそは」と自信を持って声をかけないのは──果敢にも声をかけたものの、言葉が通じず気まずい沈黙が流れ情けない顔で去っていく男たちを見ていたからだろう。
しかし、フレッドとジョージは言葉がわからずとも彼女達を十分に楽しませることができる、と自信を持っていた。
いくつか店の悪戯グッズを見せればきっと誰だって笑顔になるだろう。──外国の客を引き込むきっかけになるかも知れない。
商品を口コミで広げるため、そしてもちろん美しい女性と一時の甘い夢を見るために、二人は激しく踊ったせいで歪んだネクタイを整え、疲れを感じさせない爽やかな笑顔で女性達の元へと向かった。
ハーマイオニーはウェイターが配る甘いカクテルが入った細いグラスを手に取ると一気に飲み干し、ふう、と一息つきながら手で顔を仰いだ。
「ハーマイオニー、ロンとはもう踊らないの?」
「ええ、もう足の裏が痛くって……」
「まぁ。私に掴まって?」
ソフィアは立っているのも辛そうなハーマイオニーの腕を掴み、支えた。ハーマイオニーは申し訳なさそうにしたが、足の痛みには耐えられないのかソフィアに体重を預ける。
「楽しかった?」
「それは──ええ、勿論」
「今回は踊れてよかったわね」
弾むように上げられた語尾に、ハーマイオニーは頬を染めながらこくりと小さく頷いた。2年前は踊ることはできなかった。しかし、今──ロンと踊ることができて、こんなにも心が満たされ、胸が緩く締め付けられるようになるのだと初めて知った。
嬉しそうなハーマイオニーに、ソフィアは眩しそうに目を細める。
──なんて、美しいのかしら。こんな顔をさせる事ができるなんて……少し、ロンに嫉妬してしまうわね。
去年、ソフィアとハリーが恋人になった時にハーマイオニーが感じたような甘くて苦い気持ちになりながら、ソフィアは近くに空いている椅子はないだろうか、とゆっくりと人の間を通り抜け辺りを見回した。
「あ、ほら。あそこにちょうど椅子が二脚あるし、ハ──バーニーもいるわ」
「うう、足の裏の感覚が無いわ……」
ソフィアは杖を振りハリーの隣に空いている椅子を二脚引き寄せ、一脚にハーマイオニーを座らせた。途端、ハーマイオニーは靴を片方脱ぎ足の裏を痛そうにさすり出す。
「何か飲み物とか、食べ物でも持って──」
ソフィアはウェイターを探していたが、ふと隣にいるハリーの顔色が悪く目が動揺と困惑で揺れている事に気づき言葉を止めた。
「顔色が悪いわ。大丈夫?」
ハリーの目の前にしゃがみ込み下から見上げれば、ハリーは初めてソフィアがここにいた事に気付いたのか驚き目を見開いた。このテントの中は暑いほどの熱気で満たされているというのに、膝の上で硬く握られた手は白くて凍えるように冷たい。
ハーマイオニーもハリーの異変に気づき心配そうに眉を寄せ、じっとハリーを見つめる。
どこから話し出せばいいのかわからなかった。ダンブルドアの旧友であるドージとミュリエルが話したダンブルドアの確かな過去と、──予想の範囲内をでないが確信がある──家族内で幽閉されていた妹の存在、弟との騒動。それらはハリーが今まで信じていた『アルバス・ダンブルドア』という人物像を揺らせるには十分であり、数々の苦しい思いが胸に詰まり言葉が出てこない。
「その──」
なんとかこの苦しい気持ちを誰かと──ソフィアと共有したい。ソフィアならば、納得ができる素晴らしい答えを教えてくれるかもしれない。縋るような目でハリーが話し始めようとしたその時、銀色の大きな動物が轟音を立てて天蓋を突き破りダンスフロアの中央に落ちてきた。
銀色の生き物──いや、守護霊のオオヤマネコは優雅に光りながら驚く客達を見渡す。何人もがオオヤマネコに振り向き、すぐ近くの客はダンスの格好のまま滑稽な姿でその場に凍りついた。
音楽も止まり、数秒沈黙がその場を支配する。オオヤマネコは大きく口を開き、深い声で話し出した。
「魔法省は陥落した。スクリムジョールは死んだ。連中が、そっちに向かっている」
その声が轟いた途端、ソフィアとハリーとハーマイオニーはさっと立ち上がり杖を抜いた。
ソフィアは冷静に辺りを見回していた。ずっと準備はしていた、今日に何か起こるかもしれないとハーマイオニーと話していたが、まさか本当に──。
事情を飲み込めないまま狼狽える客の間をソフィア達は走り抜ける。突如、客の悲鳴が響き冷たい恐怖と混乱が漣のように広がっていった。
今やソフィア達だけではなく、客は蜘蛛の子を散らすように走り出し、大勢が姿くらましをしてその場から逃げ出していた。本来、強固な護りがあるこの場では境界を超えない限り姿くらましも姿現しもできないはずだ──周囲に施されていた守護の呪文が破られているのだ。
魔法省が陥落したとは、こういう事か。とソフィアは険しい表情で「ロン!」と叫ぶ。ハーマイオニーは今にも泣きそうな顔で必死にロンの名を叫んだが、周囲の悲鳴に掻き消され混乱する場でたった一人を見つけるのは困難だった。
3人がダンスフロアを横切って進む間にも死喰い人の仮面を被ったマント姿が客の中に突如現れ、リーマスとトンクスが「プロテゴ!」と叫んでいた。その声はそこかしこから聞こえ、ハリーは胃の奥がずしりと重くなるのを感じる。この場で誰か怪我をしたり、死んでしまったら──それは僕のせいだ。
「ロン!ロン!!」
ハーマイオニーは怯える客の波に飲まれながら半泣きになり叫ぶ。ソフィアは大柄の男にぶつかりよろめき、咄嗟にハリーが倒れかけたソフィアの腕をしっかりと掴んだ。
「っ──ありがとう」
「ううん──」
倒れかけたソフィアを起こした時、頭上を一条の閃光が飛んだ。赤色の閃光に、ソフィアはすぐにプロテゴを周囲にかけ警戒しながらハリーと離れまいとしっかりとその手を繋ぐ。
「ロン!──ああっ!ロン!!」
ロンはテントの端で硬直していた。
ハーマイオニーの呼びかけにびくりと大きく肩を震わせたロンは、緊張と恐怖の中に一瞬安堵の表情を見せハーマイオニーに手を伸ばす。ロンの手がハーマイオニーの手を取り、ハーマイオニーはすぐにソフィアの肩を掴んだ。
4人が繋がった時、ハリーはハーマイオニー達がその場で回転するのを見た。いや、ハーマイオニー達だけではない、自分もだ。この感覚は──姿くらましだ。
周囲に暗闇が迫る中、ハリーは一瞬、人混みの中にこちらを必死の形相で見ているシリウスと目が合った気がしたが、瞬き一つする間に何も見えなくなり、何も聞こえなくなった。
「──ここはどこだ?」
ロンの声が響く。ハリーは目を開けたが、姿くらましをして隠れ穴から──死喰い人やヴォルデモートの手から逃れたと思ったが、周囲には人が大勢いるままでまだ結婚式場から離れていないのかと混乱した。
「トテナム・コート通りよ。歩いて、とにかく歩いて。どこか着替える場所を探さなきゃ」
ハーマイオニーは息を切らせながら言い、ソフィアの肩から手を離しロンの腕を両腕でしっかりと掴み引っ張る。ソフィアもハリーの腕を掴み、密着したままハーマイオニーに従った。
そこは広く、暗い通りだった。
通りには酔客が溢れ、両脇には閉店しシャッターが降りた店が並び頭上には星が光っている。薄汚れた通りでは不快な臭いが漂い、そばの道路を二階建てバスが轟音を立てながら走っているのを見て、ハリーはようやくここが魔法界では無いのだと理解した。
「ハーマイオニー、着替える場所がないぜ」
「透明マントを肌身離さず持っているべきだったのに、どうしてそうしなかったんだろう。1年間ずっと持ち歩いていたのに……」
パブで浮かれたグループがドレスローブ姿のロンとハリーをじろじろと見ながら冷ややかに笑うその声を聞きながらロンは嫌そうに呟き、ハリーは迂闊な自分を呪いたくなってしまった。
「大丈夫、着替えもマントも、私とソフィアが持っているわ」
「勿論、靴もあるわよ」
「心配しないで。だから、ごく自然に振る舞って。場所を見つけるまで──ここがいいわ」
ハーマイオニーは小声で言うと先に立って脇道に入り、そこから人目のない薄暗い道へ3人を誘った。
「マントと服って?でも、ハーマイオニーが持ってるのはその小さなカバンで……ソフィアは何も……」
「ああ、見えにくいようにしているの。それと、カバンには検知不可能拡大呪文をかけているし」
ソフィアは何も無い場所を掴み、軽く掲げた。ハリーは首を傾げたが、目を凝らしてよく見てみれば確かにそこにソフィアが着ているドレスと同じ色と質感をしている何かがある事に気づいた。去年、ムーディがダーズリーの家から騎士団本部まで目くらましをするために自分に魔法をかけた事を思い出し、ハリーは納得したが──同時に、ムーディの事を考え胸が痛んだ。
ソフィアはすぐに動きやすいスニーカーを出し、ハーマイオニーはロンとハリーとソフィアの服とマントを引っ張り出した。
「ハーマイオニー、私は自分の服を持ってるわ」
「ああ、そうだったわね。──とにかく早く着替えましょう。ハリー、あなたは透明マントを被った方がいいわ。もうすぐ薬が切れる時間だもの……」
「いつの間にこんな事をしたの?」
ロンがドレスローブを脱いでいる間、ハリーは受け取った靴と服を見ながらハーマイオニーとソフィアに聞いた。まさか自分たちの準備まで完璧に済ませているとは思わなかったのだ。
「隠れ穴で言ったでしょう?もう随分前から重要な物は荷造りを済ませてあるって。急いで逃げ出さなきゃいけないときのためにね」
「もうあなたのも、ロンのも全て準備しているわ。ちょっと予感がしてね……まさか、本当に今日起こるとは思わなかったけれど」
ソフィアは注意深く辺りを警戒しながら杖を振り、一瞬で服を着替えた。鮮やかな魔法に呆気に取られソフィアを見つめるハリーの視線に気づいたソフィアは、自分の体を見下ろし肩をすくめ悪戯っぽく笑った。
「何か期待したの?」
「な──いや、そんな──」
「ハリー、さあ、早く透明マントを着てちょうだい!」
ソフィアの言葉を慌ててハリーは否定したが、言葉の最後は無理矢理頭から被せられたマントに遮られ、もごもごと言葉にならなかっただろう。
透明マントを被りドレスローブを脱ごうと手をかけたハリーは、煌びやかな衣装を見て先ほどの出来事の意味を再度理解し気が重くなった。
「他の人たちは──結婚式に来ていたみんなは……」
「今はそれどころじゃないわ。ハリー、狙われているのはあなたなのよ。あそこに戻ったりしたら、みんなをもっと危険な目に遭わせる事になるわ」
「その通りだ」
「ええ、そうよ」
ハーマイオニーの小声の忠告に、ロンとソフィアも同意し頷く。2人の言葉はハリーの表情が見えていないにも関わらず、咄嗟に反論しようとした彼の表情がみえているようだった。
「騎士団の大多数はあそこにいたでしょう?みんな、大丈夫よ」
「──うん」
ソフィアの言葉にハリーは小さく頷いた。そうであってほしい。誰も傷ついて欲しくは無い、しかし、楽観視出来ないのは皆同じなのか4人とも硬い表情をしていた。
「さあ、行きましょう。移動し続けなくちゃ」
ハーマイオニーの言葉にソフィア達は頷き、細く暗い路地裏から再び大通りへと出た。道の反対側の歩道を塊になって歌いながら千鳥足で歩いている男たちを横目で見ながらロンが声を潜める。
「後学のために聞くけど、どうしてトテナム・コート通りなの?」
「ソフィアと決めていたの。逃げるならマグルの世界の方が安全だって。だから……私がなんとなく思いついた場所よ。まさか私たちがこんなところにいるとは思わないでしょう?」
「私の家という案も考えたんだけどね、結局魔法界に変わりはないから……」
急いで逃げ出す場合、どこに死喰い人が隠れ潜んでいるかわからない魔法界よりもマグル界の方が安全だろうというのがソフィアとハーマイオニーの考えだった。万が一、事が起こった場合にはソフィアではなくマグルの世界に明るいハーマイオニーが行き先を決める。そう、2人は何日も前から決めていた。
「ソフィアの家?でも、そこはほら、君の偽物がいるんじゃないか?」
「ああ……私にはね、家が三軒あるの。一軒は長く暮らしているけれど、セブルス・スネイプの家だと死喰い人に場所を知られているわ。もう一軒が私の偽物が居る家。こっちは私とルイス・プリンスが暮らしていたと見せかける家ね。そしてもう一軒は……守護魔法もたくさんかけられているし、多分、死喰い人の手はかかっていないと思うんだけど……ホグズミードにあるの、今は行くべきでは無いわ」
「三軒も?しかも、ホグズミードだって?あそこめちゃくちゃ高いってママが言ってたぜ?」
驚愕するロンに、ソフィアは「ホグズミードと言っても、かなり端だけどね」と肩をすくめた。
「よう、姉ちゃん達!」
道の反対側で、一番泥酔した男が友人達に支えられながら大声でソフィアとハーマイオニーに向かって叫び手を振った。
「一杯飲まねぇか?赤毛なんかより楽しませるぜ、こっちにこいよ!」
男は無遠慮にハーマイオニーとソフィアを舐めるように見つめ、下衆な笑いを浮かべる。すぐに怒鳴り返そうと口を開いたロンを見て、ハーマイオニーは慌てて「どこかに座りましょう!ほら、ここがいいわ!」とたまたま目についた見窄らしい24時間営業のカフェを指差し、ロンの腕を掴むとそのまま扉を押し開けた。