ソフィアは分厚いカーテンの隙間から差し込む一筋の光を受け目を覚ました。
この家にはソフィアとルイスの自室があるために男女別々で就寝してもよかったのだが、夜中に急に敵に襲われる可能性もゼロではない。固まって休む方が良いだろうということになり、ハリーとロンは居間に寝袋を敷き、ハーマイオニーはソファで、ソフィアは肘掛け椅子に魔法をかけフラットにした状態で眠っていた。
炎が弱く燻る中、ソフィアは灰色の天井を暫くぼんやりと見つめていたが、ゆっくりと瞬きをしながら体を起こした。
ふと、ソフィアはハーマイオニーとロンを見て二人の手がしっかりと結ばれていることに気付く。きっと、心細さと不安から繋いでいたのだろう。二人は、言葉には出さないが深く想い合っているのだ。
そう思えば、嬉しくもあり──そして、僅かに辛くもあった。これから続く旅がどれほどの時間がかかるかはわからない。きっと、ロンとハーマイオニーの二人は自分とハリーのことを考え、遠慮し、秘めた想いを伝える事はないのだろう。
二人が想い合うことの嬉しさと、気を遣わせていることの申し訳なさと歯痒さでソフィアは胸が締め付けられた。
後1時間もすれば、ハリー達も目覚めるだろう。熱い紅茶の用意でもしておこうか、とソフィアは首を緩く振り、なるべく音を立てないように立ち上がったが、僅かな衣擦れの音と肘掛け椅子の軋みの音でハリーはぴくりと瞼を震わせ目を開けた。
「ん……?」
すぐ近くの机の上に置いていた眼鏡を手探りで掴み、欠伸を一つこぼしながらハリーは眠たそうに目を瞬き、ゆっくりと体を起こす。
「おはよう、ハリー」
「ああ……おはよう」
ソフィアはハリーを跨ごうとしていたが、そうする前にハリーが目覚め体を起こしてしまったために足を止めしゃがみ込み、囁きながら微笑む。ハリーは一瞬、今どこで何をしているのか忘れていたが──なんたって目覚めたら目の前にソフィアの顔があったのだ──ロンの低いイビキの音が聞こえてようやく何故ここにいるのかを思い出した。
「私、紅茶を淹れてくるわ。ハーマイオニーとロンは、もう少し寝かせてあげましょう」
「うん、ありがとう。……あ、鏡に誰も映らなかった?」
「ええ、残念だけど……」
ソフィアは立ち上がり、ため息混じりに肩をすくめ机の上に置かれている鏡を見た。
シリウスから連絡が来るかもしれないため鏡を机の上にずっと置いていたが、姿はおろか、呼び声も聞こえなかった。いくら寝ていたとはいえ緊張し気が張っていたのだ。真夜中でもシリウスの声が聞こえたのならば目が醒め飛び起きていただろう。
アーサーの守護霊が言ったように、やはり今でも見張られていて怪しい動きをすれば大変なことになるのだろう。たとえば、反逆者としてアズカバン行きになってしまったり──ハリーは胸の奥がざわつき、言いようのない不安に襲われたがそれを口に出す事は無かった。もし、口に出してしまえば本当にそうなる気がしたのだ。
暖炉の火を大きくし、紅茶の用意が整ったところでロンとハーマイオニーも目を覚ました。顔色は昨夜寝る前と比べると幾分と改善してしていたが、それでもやはり神経質に扉や窓を気にしていて鳥の鳴き声にも驚き肩を震わせていた。
「まぁ、そんなに怯えなくても……少なくとも今はまだ、大丈夫よ」
「でも……僕の家は魔法省の強い魔法がかかっていたのに──ほら、ああなったわけじゃないか?」
ロンは熱い紅茶を飲みながら口籠る。隠れ穴には幾つもの魔法がかけられていた。それを破ることができたのだから、きっとこの家に隠れていることがバレて見つかるのも時間の問題だとロンは考え、気が気ではなかったのだ。
「それは、隠れ穴には魔法省が関わっていたもの。ヴォル──」
「その名前を言わないで!」
ロンは引き攣った顔で大声で叫ぶ。ハリーとハーマイオニーが怪訝な顔をしたが、ロンはみるみるうちに顔色を青くし肩を震わせた。
「わかってる!名前を恐れちゃダメだって、でも──でも、不吉なんだ。嫌な予感がする」
「ロン、ただの名前だ!恐れるのは愚かなことだってダンブルドアが──」
「わかってるさ!でも、でも──」
ハリーはヴォルデモートを畏れ怯えるロンにふつふつとした怒りを感じ苛立ちながら言ったが、ロンはそれでも自分の考えを曲げる事はなく強く目を閉じ拒絶した。
「──そうね、あの人。これでいい?」
「あ──ありがとう」
ソフィアはロンのあまりの怯えた様子を見て『ヴォルデモート』と言うことを止めた。ハリーは苛立ちからカッとして口を開いたが、ハーマイオニーが強い目でハリーを睨み素早く首を振る。「今はダメだ」と、その目が訴えていたため、ハリーは渋々口を閉ざした。
「それでね、あの人が魔法省を乗っ取ったわけでしょう?なら、隠れ穴の守護魔法も簡単に破棄することができるわ。でも、この家にかけられた魔法は魔法省は関わっていない、個人の護りなの。だからあの人も魔法省の人も気付かないわよ。──暫くはね」
「暫く?」
「ええ、とりあえず……なぜ、昨夜死喰い人が私たちの居場所がわかったのか、それがはっきりしないかぎりここもずっと安全とは言い切れないわ。魔法省が陥落した後すぐに何かが起こった……あの人が何かを仕掛けたのだとしたら……ここに留まり続けるのも、あまりよくないと思うの」
ソフィアの言葉にハーマイオニーとハリーは難しい表情で黙り込む。昨夜、何故死喰い人が自分たちの居場所を突き止めることが出来たのかわからないのだ。
あの場所に姿現しをしたのはハーマイオニーの思いつきであり、誰も知らない場所であった。──ハリー本人もだ。
それにもかかわらず何故、あれほど的確に知ることが出来たのか。それとも、たまたまマグルの世界のカフェに、たまたま死喰い人が訪れたという奇妙で不運な偶然だったのか。その予想を立てぬままにこれから行動すれば、きっと再び死喰い人が目の前に現れる事になるだろう。
「うーん……臭いは完璧に消えているのよね?」
「昨日もそうだって言ったじゃないか……」
「たとえば、未成年の臭いと同じメカニズムの、それとは少し違う新しい魔法がかけられているのなら……本当、どうする事も出来ないわね」
深刻な顔で呟き、ソフィアは熱い紅茶を一口飲んだ。その言葉にロンとハーマイオニーとハリーは愕然として顔を見合わせる。
「そんなこと……可能なのか?」
「魔法は、常に進化しているの。新しい魔法だって常に生まれているわ。ヴォ──あの人は強力な闇の魔法使いよ。常識では考えられない魔法を生み出していても不思議じゃないわ」
恐々とロンが呟き、ハーマイオニーは沈痛な面持ちで唸るように答える。
認めたくはないが、ヴォルデモートの力はダンブルドア亡き今、誰よりも強力で恐ろしい。今まで最高で2つしか作られていない分霊箱を7つも作る程なのだ。自分たちが想像もできぬ方法で、ハリーの居場所を知ることが出来る魔法を生み出したのかもしれない。
「でも、とりあえず……ハリーの居場所が常にわかるわけじゃないと思うの。そうならこの家はとっくに戦場になってるわ。何か理由とか、きっかけがあるのかもしれないわね。未成年が魔法を使ったらバレてしまうように」
「たとえば……ハリー個人に魔法をかけてる、とか?」
「うーん……それなら、何かが必要だと思うの。ハリーの血とか肉片とかね」
難しい顔をしてさらりと伝えたソフィアに、ハリーはぎょっとして目を見開き「血?に、肉片?」とソフィアの言葉を繰り返した。
「対象者を呪いたい場合は、その人の一部が必要なの。それが生命に近ければ近いほど強力な呪いを生み出せると、言われているわね」
「なら、それは違うな。僕はそんなプレゼントをした記憶はない」
「うーん……私、昨日の事を何度も考えたんだけど、これと言っておかしな行動もしなかったし、あなたの姿は透明マントで隠れていたし、あなたは死喰い人が襲ってくるまで、魔法を使ってもいなかった」
「……たとえば、滞在時間とかは?」
「カフェでいた時間よりも、ここにいる方が長いもの。それは当てはまらないわ。……本当に、何が原因か──わからないわ」
ソフィアの静かな言葉は重くハリー達の肩にのしかかった。何故場所が知られたのかわからない。しかし、何か理由があるはずだ。そうでなければここがいくら護りのある家だとはいえ、襲われないわけがない。この家は秘密の守り人により護られているわけではないのだ、ヴォルデモートであれば簡単に守りを解く事ができるだろう。
ソフィア達は暫く「どのように居場所を知ったのか」について話をしたが、残念ながら見当もつかない、とう意見で一致してしまった。
「私、この家を片付けるわ。いつ
重い沈黙が落ちてしまい、それを払拭するようにソフィアはわざとらしく明るく言うと部屋中に向かって杖を振り、飾られている写真立てを引き寄せ鞄の中に入れた。子供部屋もただの客間に見えるようにしないと、とソフィアは階段を上がり二階へと向かう。
その軽い足音を聞きながら、ハリーはソファに深く腰掛け重々しいため息をついた。
「……今日か明日には、ここを出た方がいいんだろうな」
「ええ、そうね。一箇所に留まるのはよくない。常に移動するべきね」
ハーマイオニーはハリーの言葉に頷きながら鞄の中を探り、中からビスケット缶を取り出した。途端にロンの腹の虫がぐうと嬉しい声を上げ──ハーマイオニーは少し笑った──三枚ほど一気に掴み口の中に押し込んだ。
「ハリー。あなたの顔色、まだいいとは言えないわ。少しは食べられそう?」
「うん。ちょっとこの紅茶苦いから──ちょうど良かった。ソフィアには言わないでくれよ」
ハリーはいつも飲んでいる紅茶よりも苦く、独特のスパイスか香草の風味がする紅茶に、正直なところあまり好みではないな──とは思ったのだが、ソフィアが淹れたものを「おいしくない」だなんてとても言えなかった。
「確かに独特な味だけど、私は嫌いじゃないわ」
「なんだか、薬みたいな味じゃないか?」
顔を顰め囁くハリーに、ハーマイオニーは味わうようにもう一口飲み、ニヤリと笑うと「そりゃあ、あなたは苦手かもしれないわね、ハリー」と意味ありげに言う。
「どういう事?」
「ほら、フラーが上手く紅茶を淹れられなかった時覚えている?その時自分の家にだけあるブレンドって言っていたでしょう?つまり、この紅茶はソフィアの家庭のブレンドなのよ」
得意げな顔をして説明するハーマイオニーはビスケットを一枚頬張る。
ハリーは眉を寄せカップの中の琥珀色を見つめていたが「なるほど」と呟くと一気に飲み干した。
つまり、この紅茶はセブルス・スネイプが作り出したものなのだろう。その紅茶が飲めないと何故か認めてもらえないような気がしてハリーは挑戦的な気持ちで飲んだのだが、残ったのは苦味だけだった。
「そういえば──マンダン──ガス、の居場所は──わかったのかな」
ロンは口いっぱいにビスケットを詰め込み、もごもごと話す。口の中に物を入れたまま話す様子にハーマイオニーは嫌そうな顔をしたが、ハリーははっとして「本当だ!」と叫び立ち上がった。
「クリーチャーはシリウスに伝えるって言ってた。やっぱりシリウスとなんとか連絡を取らないと」
「話しかけて──うっ──みるか?」
ビスケットが詰まりそうになったロンは慌てて胸を叩き紅茶を飲み干し、目に涙を溜めながら聞く。隣にいたハーマイオニーは「自業自得」とでも言いたげな目でロンを見たが、その手は優しくロンの背中を叩いていた。
「……ここから出る時に、シリウスから連絡が無ければ……話しかけてみよう」
ハリーの言葉にロンは頷き、ハーマイオニーは少々不安げな顔をして頷きもせず、否定もしなかった。
ソフィアは家中を周り家族の痕跡を丁寧に消していった。この家がもし死喰い人に捜索された時に、ただの個人の家だと思われるように──完璧に自分とルイスの痕跡を、そして、出来る限りセブルス・スネイプの痕跡も消した。
まだこの家が家族の戻る場所として存在しているということは、父はこの場は安全であると思っているのだろう。それとも、父とジャック、二人とも家に寄ることができないほどに見張られているのだろうか。
どちらにせよ、この行為に間違いはないはず。そうソフィアは思い、全てを鞄の中に片付け──いつかこの家が家族全員で集まることが出来るようにと願う。
「お待たせ。──あら、ビスケット!私も食べていい?」
ソフィアはハリーの隣に座りながら半分以上減っているビスケットを見て目を輝かせる。ハーマイオニーはすぐに頷き、冷めかけていたソフィアの紅茶に杖を振り温め直した。
「ソフィア、この紅茶ってあなたの家独自のものなの?」
「ええ、そうよ。父様に教わったの。本当は後何種類か薬草をいれているらしいけど教えてくれないのよね……。……あっ!」
ソフィアは答えながら小さく声を漏らし、申し訳なさそうにハリーとロンとハーマイオニーを見た。
「……私は慣れているけど、少し独特な味よね?普通に淹れたら良かっ──」
「そんなことない、すごく美味しいよ!」
この紅茶が万人受けするものではないとわかっているソフィアは眉を下げたが、被せるようにハリーが笑顔で言い空になった自分のカップに紅茶を注ぎ、一口飲んでにっこりと笑った。
「本当?良かったわ、私も大好きな味なの」
ソフィアは嬉しそうに笑ったが、それを見ていたハーマイオニーとロンはハリーのあまりの必死さと健気さに吹き出し笑いそうになるのをなんとか堪えていた。