「だって、あなた達は結婚しているわ!あなたが私たちと一緒に行ってしまうことを、トンクスはどう思うかしら?」
「トンクスは、完全に安全だ。実家に帰ることになるだろう」
リーマスは冷静にハーマイオニーの疑問に答えたが、その答えはハーマイオニーが知りたいことからややずれていた。
トンクスは今まで前線で戦ってきた闇祓いだ。彼女の性格的に、家に隠れて安全に過ごす事をよしとするなど考えられない。どちらかといえば彼女もハリーの旅について行きたがる方だろう。
「なぜ、トンクスは実家に戻るの?だって、トンクスは──」
「それは……」
まさか、結婚生活がうまく行かず出ていったのだろうか。いや、昨夜の結婚式でリーマスとトンクスは周りを警戒しつつも仲良く寄り添っていた。リーマスもまた、トンクスを気遣うように見つめていたとソフィアは知っている。
リーマスは言葉を止め、なんとも言えない沈黙が居間に流れる。まさかトンクスは前線に立てぬほどの何か大怪我でもしたのだろうか、とハリーは顔色を変え「怪我、とか?」と震え声で聞いた。
「いや。──トンクスは妊娠している」
蒼白な顔をするハリーに、リーマスは意を決して不快な事を認めるという雰囲気で口を開いた。
途端にハーマイオニーが「まあ、素敵!」と目を輝かせ、ソフィアは「わぁ!おめでとう!」と手を叩き、ロンは「いいぞ!」と喜びながら自分の足をぱしんと叩き、ハリーも「おめでとう」と祝ったが、四人の反応を見てリーマスは作り笑いのまま視線を逸らした。
「だから、トンクスは安全だ。──それで、君たちの旅に私達は連れて行ってもらえるのかな」
「え?──トンクスは妊娠しているのよね」
「……そうだ」
ソフィアは訝しげに眉を寄せ、リーマスはほとんど冷淡と言っていい声音で吐き捨てる。
ハーマイオニーとロンとハリーは同時にソフィアを見て、そして開きかけた口を閉じた。──ソフィアの横顔に激しい怒り悲しみ、そして失望の色を見たからだ。
「リーマス。そりゃあ、あなたが来てくれたらきっと旅は安全なものになるわ。旅の目的を教えられないとはいえ、きっとたくさんの脅威からあなたは私たちを守ってくれる」
「勿論だとも。我々はほとんど誰もが立ち会ったことがなく、想像も出来ないような魔法と対決することになるに違いない」
「そうね。リーマス。でも私はわからないわ」
「何が──」
怪訝な顔をするリーマスを、ソフィアはじっと見つめる。その真の強さを持つ緑色の目に、リーマスはアリッサではなく──何故かセブルスを思い出した。
「何故、あなたはトンクスのもとに──自分自身の子どもと居ようとしないの」
「優先順位の問題だ!トンクスは、あの家で両親に護られる。完全に安全だ!──ハリー、きっとジェームズなら間違いなく、私と一緒に来て欲しいと思ったに違いない」
リーマスは頭を掻き、ソフィアの視線から逃れるためにハリーを見る。しかしハリーの考えもソフィアと同じであり、たとえ親のことを持ち出されたとしてもその気持ちは──シリウスの時とは違い、微塵も揺れなかった。
「僕の父も、あなたが何故自分自身の子と一緒にいないのかとわけを知りたがったと思う。だって、父さん──ジェームズは最後までリリーと一緒に居て、僕を護ろうとしていた。そうでしょう?」
ジェームズは家を出て戦うこともできたが、リリーとハリーと共に家に篭り護る事を選択した。その事実を突きつけられリーマスは喉の奥から鳩尾まで冷たいものが通り過ぎたのを感じる。──同時に、強い羞恥心が沸き起こったがそれに強く蓋をし気付かなかったふりをした。
「……君には──君たちにはわかっていない」
「それじゃ、わからせてください」
リーマスは黙り込み、ぐっと手を強く握る。隣に座っているシリウスはチラリとリーマスとハリーを交互に見るだけで静観していた。リーマスの気持ちを、シリウスは強く理解ができる。妻子を置いてもハリーの助けをしたいのは当然だ。それほど危険な旅になるのだから。──しかし、ハリーが告げた「ジェームズは最後までリリーと共に居た」事は紛れもない事実であり、それを否定するほどの言葉をシリウスは持っていなかった。
気詰まりな沈黙が続いたが、ついにリーマスはごくりと生唾を飲み血の気の失せた顔のまま、口を開いた。
「私は──トンクスと結婚するという、重大な過ちを犯した。自分の良識に逆らう結婚だった。それ以来、ずっと後悔していた」
「そうですか。それじゃ、トンクスも子どもも棄てて、僕たちと一緒に逃亡するというわけですね?」
ハリーの辛辣な言葉に、リーマスはパッと立ち上がりハリーを睨みつけた。その視線のあまりの激しさにハリーはリーマスの顔に初めて狼の影を見た。
「わからないのか!妻にも、まだ生まれていない子どもにも、私が何をしてしまったか!私は結婚すべきではなかった。私は彼女を、世間の除け者にしてしまった!私が背負っている病を知ると、魔法界の大多数が私のような生き物をどのように見るのか知らないだろう!トンクスの家族でさえ、私たちの結婚には嫌悪感を持っていたんだ。一人娘を狼人間に嫁がせたい親がどこにいる?それに、子どもは──子どもは──」
リーマスは目を見開き、自分の髪を両手で鷲掴みにし、ほとんど発狂していた。「リーマス」とシリウスが彼の肩に手を乗せ落ち着かせようとしたが、それでもリーマスは苦痛に満ちた声で唸り全てを拒絶するように首を振る。
「私の仲間は、普通は子どもを作らない!私と同じになる。そうに違いない。それを知りながら、罪もない子供にこんな私の状態を継がせる危険を犯した自分が許せない!もしも奇跡が起こって、子どもが私のようにならないのだとしたら、その子には父親はいない方がいい。恥に思うような父親は、いない方が100倍もいい!」
「リーマス!俺はお前を恥だなんて──」
シリウスは叫ぶリーマスの両肩を掴み、強く自分の方に向けた。リーマスの目には絶望と後悔の色が強く滲み、シリウスはぐっと奥歯を噛み口を開いた。
──バンッ!
が、その先の言葉はソフィアが高く掲げた杖先から出された爆発音により掻き消された。ロンとハーマイオニーはあまりの音に驚き跳び上がり、ハリーは咄嗟に耳を押さえたがあまりの音に耳の奥が痛んだ。
「落ち着いたかしら、リーマス。──トンクスは間違いなくあなたの子を妊娠しているのよね?」
「……あ、ああ」
リーマスは呆然と答える。
あまりの爆音に思考がまとまらなかったが、先程のパニック状態はやや収まっていた。
「あのね、私は思い違いをしていたのかしら?あなたは闇の魔術に対する防衛術の教師で、人狼についても詳しく知っていたわよね。まさか人狼になって数日しか経ってないのかしら」
「は──」
「まさか、わざわざ脱狼薬を飲んで満月の日に子どもを作ったわけではないでしょう?そんな特殊な──」
「当然だ!」
脱狼薬を飲めば人狼にはなるが、人としての理性を保つことができる。だがその状態で性交するという特殊な性癖をトンクスとリーマスは持っていない。むしろその考えは自分たちに対する下衆な侮辱だとリーマスは顔を怒りで歪めたが、ソフィアは揶揄いや馬鹿にするわけではなく、あくまで真剣な目でリーマスを見た。
「人狼からの噛みつきにより人狼になる。それは、あなたがよく知っている事でしょう。もし人間の時のセックスでできた子どもが人狼になるのなら、この世界にもっと人狼はいるわ」
「……」
「子どもは人狼にはならないのはこれでいいわね。まぁ生まれて満月の日が来るまであなたは不安かもしれない。でも、その不安な気持ちを──あなたの言う良識を失ってしまうほど、トンクスを愛したのでしょう?」
「あの時は、冷静では──おかしかったんだ。狂っていた。馬鹿な夢を見ていた」
リーマスは、あの時の自分を殺したいほど憎んでいた。トンクスの事は愛している。紛れもなく幸せだった。しかし──妊娠を告げられた瞬間、リーマスの思考を占めたのは深い後悔だった。
「リーマス。あなたの言う通り、残念だけど人狼に対する世間のあたりは強いわ。これはきっと何年も変わらないでしょう。少なくとも、完璧な薬が発明されるまではね。でも、わざわざ私が言わなくてもいいと思うけれど。トンクスは全てわかって──人狼と結婚する意味、子どもを作る意味をしっかりと理解してあなたに思いを告げた。あなたは、それを受け入れた。世間の除け者にされても、トンクスはあなたの隣に居たいと願った」
「……」
リーマスは両手で顔を覆った。わかっている、トンクスは自分を深く愛している。人狼など関係なく愛してくれている。世間の目がなんだと笑い飛ばしてくれている。その太陽のような明るさに救われた、愛した。しかし──だからこそ、怖いのだ。
まだトンクスは若い。騎士団では人狼に対する風当たりは強くはない。しかし、世間に出て子どもが生まれた後、親が人狼であると言う子どもに向けられた目の強さに──彼女は後悔するのではないかと。マグル生まれですら疎まれる政策になった。ならば人狼を親に持つ者の未来なんてない。トンクスは後悔する、そうに決まっている。だからこそ、自分は
「わかっている──だから、私は──せめて自分が──」
「だから、あなたはただの人狼ではなく。──巨悪に勇敢に立ち向かって死んだ人狼になりたいのね」
「──っ!!」
リーマスは息を呑み、蒼白な顔でソフィアを見る。
図星だった。せめて、少しでもトンクスと生まれてくる子どもが世間から除け者にされないように。彼女の夫は、子供の父は人狼ではあったが、ヴォルデモートに勇敢に立ち向かったのだと世間に認知されなければならなかった。
「リーマス。あなたがただの人狼でも。親を恥だと思う子どもなんていないわ」
「君に──君に、何がわかるんだ!」
「ええ、そうね。私は人狼ではないし、人の親になった事なんてない。でも、私はあなたよりは子どもだった時の事を覚えているの。私は──」
ソフィアは言葉を切り、一度目を閉じた。その後ゆっくりと目を開きリーマスを見つめる。
「私は、父様が死喰い人の時にした罪を知っても、父様を愛している。それは、父様との思い出が──少なくとも──あるからよ。もし、父様が私を棄てて、一切会いにこなかったなら、きっと私は父様を死喰い人として恥じていたでしょうね。それが私のためだとしても。でも、父様は短い時間でも私に向き合ってくれた。あなたはどうなの?リーマス」
「っ──私、は……」
リーマスは強いソフィアの視線に耐えきれず顔を覆い項垂れる。
見て見ぬふりをしていた事実を突きつけられ、リーマスは激しく動揺した。──わかっている。自分は、逃げているのだと。
「あなたが私達と共に来てくれるという気持ちは、嬉しいわ。でもね、あなたは私達を手助けする前に、父親になった責任を果たさなければならないわ。あなたが1番に護るべきなのは、もうハリーじゃないの。生まれてくる、あなたとトンクスの子どもなのよ」
リーマスは反論しようと口を開いたが、その口はぱくぱくと意味もなく開閉しただけで言葉が紡がれる事はない。
「きっとあなたは一方的にここに来たのでしょう?トンクスの元に戻って、話し合って。それで、あなたがどうしたいかを考えて。リーマス・ルーピンが、どうしたいのか」
「私が……」
「ええ、世間とか人狼だとかを取っ払って、あなたがどうしたいのか。真剣に考えてトンクスと話し合って。それでも私たちと共に来たいのなら、私たちを探して合流すればいいわ。強い意志があればきっと出会えるでしょう。そうしないかぎり、私たちはあなたが共に来る事を認められない。失望して、拒絶するわ」
リーマスは呆然としてソフィアを見ていたが、その隣にいるハリーとロンとハーマイオニーに視線を移した。
彼らもまた、同じような目でじっとリーマスを見ていた。一回り以上歳が離れている子どもに、こうも諭されるとは思わず──リーマスは情けなさから薄く自嘲し、疲れ切ったようにソファに深く背を預けた。
「……わかった。私は、トンクスの元に戻る」
絞り出すように答えたリーマスの横顔は、先ほどには無かった強い覚悟がチラリと見えていた。