すぐにクィレルはセブルスに屈すると思っていたハリー達だったが、クィレルはハリー達が思っている以上の粘りを見せた。常に顔色は悪く、震えているが、それでもどうやらまだ賢者の石はフラッフィーの守りの下にあるらしい。
ハリー達はほぼ毎日禁じられた廊下の前にいき、そっと扉に耳を当て、中のフラッフィーが無事かどうかを確かめた。
ソフィアはルイスにもう一度相談し、ハリーが聞いたというセブルスとクィレルの会話を伝えた。
「ハリーは、父様が嫌いだから…かなり悪意のある捉え方をしていると思う。けど…側から見たら父様が怪しく見えるのも…仕方ないかも。どんな会話が交わされたのか、僕は聞いてないから分からないけど…わかるのは、父様はクィレルが何かを企んでいて、それを止めようとしている…後、クィレルの後ろには誰かが居るんだ…文脈を読むなら、その人につくか、それとも自分側…ダンブルドア側に着くかって事じゃない?」
「でも…そんな、じゃあ黒幕は誰なの?」
「さあ…そればっかりは…クィレルは無理矢理従わされてるのかも知れないし、自分の意志かもしれない…もうちょっとクィレルについて探ってみるよ。ソフィアは大人しくするんだよ?2人とも目をつけられたら動けなくなってしまうからね」
ソフィアは、言いようのない漠然とした不安を感じながらも、ルイスの言葉に頷き一旦クィレルの事を考えるのをやめた。ただでさえ毎日のようにハリー達から父の悪口を聞かされほとほと疲れ果てていた。
暫くはあと数ヶ月後に控える試験勉強をする事にし──ハーマイオニーもその意見に賛成だった──ハリー達と図書館で勉強をして過ごした。
特に筆記試験であれば、苦手科目のない優秀なソフィアは、ハリーとロンに付きっきりになり勉強を教えた。
「こんなのとっても覚えきれないよ!」
うんうん唸っていたロンはついに羽ペンを放り投げ、つまらなさそうに図書館の窓から外を見た。
「ドラゴンの血の十二種類の利用方法だけでも、覚えていた方がいいわよ?」
「あーー!もう僕の頭には何も入らない!今日はもう駄目だ、少しでも詰め込むと今まで覚えたものが溢れちゃうよ!」
ソフィアはちらりと時計を見る。今日はもう2時間は勉強をした、確かに今まですこしの休憩しかしていなかった、この辺りが限界だろう。
「そうね、今日はもうやめておきましょうか」
「それが賢明だよ!…あ!ハグリッド!図書館で何をしているんだい?」
凡そ図書館に似合わないハグリッドは、狭い通路をカニ歩きで進みながらバツの悪そうな顔でもじもじしながら現れた。
「いや、ちーと見てるだけ。お前さん達は何をしてるんだ?まさかまだニコラス・フラメルについて探しとるのか?」
「そんなのもうとっくの昔にわかったさ!それだけじゃない賢者の──」
「シーーッ!」
得意げに話すロンを慌ててハグリッドが制する、キョロキョロとあたりを見て誰にも聞かれていなかった事にほっとため息をつき、厳しい目でロンを見ると声を顰めた。
「その事は大声で言いふらしちゃいかん!お前さん達、まったくどうにかしちまったんじゃないか」
「ちょうど良かった。ハグリッドに聞きたいことがあるんだけど、フラッフィー以外にあの石を守ってる人は誰なの?」
「シーーッ!!」
ハリーの言葉をハグリッドはもう一度制したが、ハリーの声よりもハグリッドの声の方が大きく、何人かの生徒が本棚から顔を出し不思議そうな目でハリー達を見た。
その視線に気づいたハグリッドは見るからに狼狽し、後で小屋に来るように伝え、背中を見せないよう奇妙な歩き方でそそくさとその場から去って行った。
「背中に何を隠してたのかしら?」
「…石関係かしらね?」
なんとなく、ソフィアはハーマイオニーの言葉につぶやいた。途端にハリーとロンは顔を見合わせてハグリッドが出てきた書棚へと走って行った。
「ドラゴンだよ!ハグリッドはドラゴンを探してたんだ!ほら、あの棚にはドラゴン関係の本ばっかり!」
「ハグリッド、初めて会った時からドラゴンを飼いたいってずっと言ってたよ」
「でも、僕たちの世界じゃ法律違反なんだよ?どうしたって庭でドラゴンを飼ってたらマグルが気付くからね」
「でも…まさか、野生のドラゴンなんて居ないでしょ?」
「あら、いるわよ!たまにマグルが目撃して…騒ぎになるでしょ?その前に記憶を消さなくちゃならなくて…大変らしいわ」
「魔法省はかなり苦労しているってパパいってたよ」
ハリーはまさか野生のドラゴンなんて居ないと思ったが、その考えはロンとソフィアの言葉に否定された。
「私、一度でいいから本物のドラゴンを見てみたいのよね…」
ぽつり、とソフィアは呟いた。
ハグリッドの小屋にソフィアも行きたかったが、今日は金曜日。3時から変身術の個人訓練があるためハリー達とは別れた。
いつものようにマクゴナガルの研究室へ向かい、トントンと扉を叩く。
「マクゴナガル先生、ソフィア・プリンスです」
「はい、お入りなさい」
ここ数ヶ月のマクゴナガルの指導によりソフィアはかなり変身術の腕が上達した。今までは失敗してする事も多かった大きなものへの変化も徐々に出来るようになったのだ。
「今日から暫くは鉛筆を象に変える練習をしましょう」
「はい、わかりました」
ソフィアはこの授業が大好きだった。
その授業を受けている間だけ、賢者の石のことを忘れられるからだ。
クィレルの事も、ハリー達が父を何度も侮辱し貶す事も、──ここでは忘れられた。
1時間はあっという間に終わってしまった。
心の底から残念に思い、ソフィアは小さくため息をつく。
そのため息と、いつもよりどこか元気のないソフィアの横顔にマクゴナガルは片眉をあげ、そっとソフィアに近づいた。
「どうしました?ミス・プリンス。今日は少々気が散っていましたね」
「…すみません、…その…マクゴナガル先生は、私の父が…誰かご存知ですよね?」
「えぇ、知っていますよ」
ソフィアは少し、躊躇いながら視線を彷徨わせていたが、椅子に座り込むと疲れたように微笑み、悲しそうに目を伏せた。
「…その…友人が…父を悪く言うので…でも、私は…止める事も、出来なくて…」
「…ミス・プリンス…」
「友人は、悪くないんです。たしかに父は…ちょっと──かなり彼に辛く当たっていますから。でも、やっぱり…その、聞いていて気分はよくありません。…疲れちゃいました」
勿論、最近気に悩んでいることはそれだけではない。賢者の石を誰が狙っているのか、そちらの方が問題は深刻だ。
だが、毎日のようにソフィアにとって辛い言葉を聞かされていて、いつも明るいソフィアも、流石に元気を無くしていた。
ハリー達に対して怒ってはいない。
ソフィアがなによりも怒りを見せるのは、何もできない、否定も肯定も出来ない曖昧な自分自身に、言いようのない怒りを感じていた。
マクゴナガルはそっとソフィアの前に目線を合わせるようにしゃがみ込み込み、肩に手を置いてゆっくりと告げた。
「ミス・プリンス。──私はこの件についてアドバイスは出来ません。あなたを助ける事もできないでしょう。…何も言えませんから。ですが、私はグリフィンドールの寮監であり、あなたはグリフィンドール生です、…本当に辛い時はいつでも来なさい。胸の中にあるものを、今のように吐き出しなさい。
そうしないと、いつか潰れてしまいますからね」
「…ありがとうございます、マクゴナガル先生」
ただ、自分の気持ちを理解してくれている人がいる。
その事実だけで充分嬉しい、とソフィアは少し微笑んだ。