当初はすぐに家から出て分霊箱探しの旅に向かう予定だったが、探していた分霊箱の一つであるスリザリンのロケットが魔法省に務めるアンブリッジが持っているらしい。ということがわかりソフィア達は家から出ることなくひっそりと隠れ暮らしていた。
あれからリーマスはトンクスの実家へ戻り、シリウスはマンダンガスを連れて姿をくらました。
リーマスが去ってから数日後、トンクスの守護霊がソフィア達の元にやってきて「ありがとう」と伝えて消えたのを考えると──あれから彼から便りはないが──リーマスは、トンクスと我が子のために生きることを決めたのだろう。
シリウスはハリーの身代わりとなるために色々なところで姿を少し見せては消す、を繰り返しているらしく、それはソフィア達が交代で透明マントを被り外に出た際にゴミ箱から拾った日刊預言者新聞でシリウスの行動を知ることができた。
どうやら予定通り、ソフィア達が向かう方向とは反対の方向へと進んでいるらしい。ハリーはシリウスと別れてから毎日日刊預言者新聞を読み、『ハリー・ポッター逮捕』の見出しがないかを確認しなければ不安と焦燥感から落ち着かなくなっていた。
ソフィアの家は護りがあるとはいえ、万全の護りではない。敵がこの家に気づいた時、いつでも逃げることができるように、とソフィア達は毎日リビングで寝て、少しも警戒を解くことはなかった。
その日、ソフィアは透明マントを被り、しっかりと杖を構えたま魔法省の入り口近くで行き交う人を見ていた。
スクリムジョールが死に、ジャックがヴォルデモートの傀儡として魔法大臣になったからと言っても社会は崩壊することなく存在し、仕事は続く。顔色の悪い魔法使いや魔女達が魔法省の入り口の中に消えるのを七時間以上見ていたが、やはりいつもと同じでアンブリッジとジャックは姿を現さなかった。
泊まり込みで仕事をしているのか、それとも、ロンが言ったように今でも役人は煙突飛行ネットワークで自室に出勤しているのだろう。
今日もこれといった収穫が無かった、と思いながらソフィアは誰かがゴミ箱の上に置いた日刊預言者新聞をさっと取り──勿論警戒は怠らなかった──鞄の中に入れた。
路地へ向かい、誰にもぶつからない場所までくると、意識は魔法省の入り口に向けたまま、鞄から新聞を取り出しざっと目を通す。
ハリー・ポッターを確保したという記事も、騎士団員を殺害したという記事もなくホッとしたが次のページを捲った途端、ソフィアは思わず叫びそうになったが──なんとか堪え、食い入るようにまじまじと記事を読み、そして小さく笑った。
──まあ、校長だなんて!似合わないわ。……間違いなくヴォルデモートの指示ね。なら、やっぱりホグワーツは監視下に置かれるのね。その責任者にするくらいなのだから、父様の疑いは晴れたのかしら。
ソフィアは新聞自分を睨むように見ているセブルス・スネイプの大きな写真を指先で撫でた。セブルスは鬱陶しそうにソフィアの指から逃れようとしたが、その表情がそこまで嫌そうに見えないのは、娘だからそう思うのかも知れない。
ソフィアは透明マントを被ったまま姿くらましをしてその場から消え、家の前にたどり着くと大きく扉を開かないようにほんのわずかに開き、するりと体を滑り込ませてすぐに魔法で鍵を閉めた。
「どうだった?」
居間にたどり着けばすぐにハリーが飛び出し、ソフィアの手に新聞がないかと落ち着きなく視線を動かした。
「今日もハリー逮捕もシリウス尋問の記事も無いわ。ちょっと──いつもと違うニュースはあるけれどね」
「何があったんだ?」
ソフィアから新聞を受け取ったハリーはすぐに机の上に新聞を広げる。ソフィアの「ニュース」という言葉にロンとハーマイオニーは不安そうにしながら身を乗り出し新聞を読んだ。
「ホグワーツの校長が決まったみたいよ」
ソフィアは透明マントを肘掛け椅子の背にかけながらおどけた調子で言った。すぐにデカデカと写りこちらを睨んでいるセブルスを見て、ハリーは「えっ、う──うわぁ」となんとも複雑そうな声を上げた。
「スネイプ先生が校長になるの?なら、マグゴナガル先生──騎士団と少しは連絡が取りやすくなるわね」
「そうね。しょっちゅうというわけにはいかないでしょうけど……。ほら、マグル学と闇の魔術に対する防衛術も後任が決まったって書かれているわ。きっと彼らは──」
「ああ、死喰い人だ。あの日に、塔の上にいた連中だ」
マグル学の後任となったアレクト・カロー。闇の魔術に対する防衛術の後任となったアミカス・カローは兄妹であり、二人は副校長でもあるらしい。つまり、セブルスにとっての見張りはこの兄妹なのだろう。その目があるうちはマクゴガナルと連絡を取ることが難しいかも知れないが、校長室は強固な魔法がかけられ定められた合言葉がなければ絶対に扉は開かない。
校長室にある珍しい品々も、セブルスならば無下に扱わないだろう。あの場所には憂いの篩や組分け帽子、それにゴドリック・グリフィンドールの剣がある。
「まぁ、父様が校長になったのなら、なんとか連絡してホグワーツに侵入する手筈を整えないといけないわ。ほら、分霊箱を破壊するバジリスクの牙は秘密の部屋にあるわけだし……父様はパーセルタングを使えないから、持ってこれないもの」
「あっそうだわ!まさか、スネイプ先生はここまでわかって校長に?」
「それは……わからないけれど、少なくとも私たちにしてみればとてもいい人事だわ」
「そうね、見つけ出すこともだけど、破壊するのも同じくらい難しいもの……ひとつの悩みはなんとかなりそうね」
ハーマイオニーは嬉しそうに言いながら新聞に他の情報が書いてないかと次のページを捲り隅々まで目を通す。
ハリーは内心でホッとしていた。分霊箱を探し出すのも、まだ一つの場所しか──それも、あればいいという、希望的観測だ──判明していない。全ての分霊箱を探し出す旅の難しさによる眠れなくなることは多いが、それでも破壊する手段があると思うと幾分か気が楽だった。
「そういえば、私が魔法省を偵察してすぐアーサーさんを見たわよ。とっても元気そうだったわ!」
ロンはソフィアの知らせに嬉しそうに笑い頷いた。
ロンも何度かアーサーが魔法省の入り口へ向かっていくのを見ているが、話しかけたことはない。魔法省にハリー達が忍び込もうとしているとアーサーに伝えれば、きっと手助けしてくれるだろうが、アーサーのそばにはいつも胡散臭く屈強な男が2.3名離れずいた。魔法省の職員に見せかけた、死喰い人がアーサーを見張っているのだろう。
きっと、シリウスとリーマスが言っていたようにハリーに関わりがあった者は皆見張られているのだ。何も行動することができないように、そして、ハリー・ポッターと密かに合流した時にすぐに捕まえられるように。
「でも、アンブリッジとジャックはやっぱりいなかったわ」
「やっぱり、パパが言ってたように煙突飛行ネットワークを使ってるんだろうな。役人はたいていそれを使うらしいし。アンブリッジは絶対歩いたりしないさ。自分が重要人物だと思ってるもんな」
「間違いないわね」
「──ああっ!」
今日の報告をするソフィアの声を遮るほど大きな声でハーマイオニーが叫んだ。布を裂くような酷く高く震える声に、まさか敵が来たのかとソフィアとハリーは杖を抜きあたりを警戒し、ロンはさっとハーマイオニーに駆け寄り護るように肩に手を回す。
「どうした!?」
「あ、ああっ!そ、そんな、し──死んだって──」
廊下や窓を警戒したソフィアとハリーだったが、ハーマイオニーは痙攣するように震えながらその目をこぼれ落ちそうなほど見開き涙の幕をはりながら新聞の小さな記事を見つめていた。
途端、ハリーとソフィアとロンは胸が締め付けられ頭が殴られたかのような衝撃を感じる。ハーマイオニーがここまで狼狽しているのだ、きっと騎士団の誰かが──。
その記事を見たくなかったが、完全にパニック状態のハーマイオニーはガタガタ震えたまま誰が死んだのかを告げることはない。
ソフィアはそっと杖を下ろすと、ハーマイオニーに寄り添い肩を抱きしめながら、新聞に視線を落とした。
「──え?」
「ど──どうし──なんで──」
顔を蒼白にしてぶつぶつと呟くハーマイオニーを見て、ソフィアは目を瞬いた後大きくため息をついて新聞をばしん、と閉じた。
強い音にハーマイオニーは肩を震わせソフィアを見上げる。ロンとハリーもごくりと固唾を飲み誰が死んだのか──聞く覚悟をした。
「なっ──え?──あ、あれ?」
「ハーマイオニー……また寝てないわね。あなた、疲れてるのよ。今日の夜の見張りも、夕食も私が作るからちょっと寝た方がいいわ」
ソフィアはハーマイオニーの両肩を掴み、優しくソファの背に押した。ハーマイオニーは呆然としたまま「……そ、そうだったわ」と呟き、目に溜まった涙を手の甲で乱暴に拭きながら後ろに背を深く預け天を仰ぎ大きく息を吐いた。
ハリーとロンは顔を顔を見合わせ困惑したままソフィアが閉じた新聞を捲る。
ハーマイオニーが読んでいた場所には、よほど読み込まなければ気付かないのでは無いかと思うほどの端も端、誰も読まないような小さな記事があり、『ソフィア・プリンス──またの名を、ソフィア・アリス・エドワーズ──死亡』と書かれていた。
そこにはソフィアの企み通りに人狼により無惨に殺されたソフィアらしき人物の死体があったことや、発見者は唯一の家族である兄のルイスであることなどが淡々とかかれていた。劇的な記事でも、悲惨さを物語る記事でも無い。
本来人狼に殺されたとなれば大々的に報じられ詳しく調査され人狼登録をしている魔法使いは一度尋問にかけられる。しかし、そうされないのは人狼のほとんどがヴォルデモート側にあるからだろう。
そう、ハーマイオニーが見て取り乱すほどの衝撃を受けたのは、ソフィア・プリンスの死亡記事だった。
全てソフィアの姿を隠すための企みなのだが、精神的に追い詰められ疲労していたハーマイオニーは、隣にソフィアがいるにも関わらずそれが本当の事のように錯覚してしまったのだ。
「……やっぱ。疲れてるんだな」
「1ヶ月近くも気を張ったままだもの。……この家がずっと無事だとは限らないし」
ソフィアは青い顔をしてぐったりと目を閉じるハーマイオニーを見つめ、ロンは少し狼狽えながら「紅茶でもいれようかな」と立ち上がった。
キッチンへ向かうロンを見送った後、ソフィアはハーマイオニーの隣に座り自分の太ももの上にハーマイオニーの頭を半無理矢理乗せさせた。ハーマイオニーは唸りながらももぞもぞと居心地のいいポジションに移動し、ふわふわの髪の毛が擦れるたびにソフィアは小さな笑い声を漏らした。
「……このままじゃいけない」
ハリーは遠くでロンがキッチンの棚をがさごそ探る音を聞きながらぽつりと呟いた。
真剣な声に、ハーマイオニーの頭を撫でていたソフィアは手を止めハリーの目をじっと見る。
「そうね……何回も偵察して、分かったことも多いわ」
「ロンが戻ってきて、ハーマイオニーが起きたら話し合おう」
「そうね」
ソフィアは近々作戦を決行しなければならないとは分かっていた。アンブリッジもジャックも姿を見せないのならば、こちらから向かわねばならない。ジャックと会えたなら──アンブリッジが身につけている可能性が高いロケットについて話し、こっそりと取ってきて欲しいと言えただろう。それが最も安全で確実な方法だったが、そのチャンスは敵陣の中に踏み込まなければ手に入れられないようだ。
ハリーとソフィアは覚悟を決め、無言のままこくり、と頷きあった。