ついに魔法省へ潜入する日になった。
ソフィア達はおよそ1ヶ月の間に毎日決まった時刻に現れる魔法使いを調べ、時には噂話に耳をすませ情報を収集していた。職員の話から、職種により決まった色のローブを制服のように着るものがいるという事や、アンブリッジがいる部屋の場所は一階にあるという事、魔法省に行くには特別なコインが必要だと分かっている。入念に作戦を組み立て、必要になるだろう物をソフィアとハーマイオニーの鞄にそれぞれ2セットずつ用意し、何度も夜遅くまで話し合った。
まず、ハーマイオニーとソフィアがロンと一緒に姿くらましをして、それからソフィアが透明マントを被りハリーを迎えに行った。
ハリーは数回目だったが、未だに慣れることの無い付き添い姿くらましにより一瞬胸が詰まるような感覚になりながら真っ暗闇を通り抜け、いつの間にか小さな路地に現れていた。
ソフィアはハリーの手を引き、大きなゴミ箱の影で身を隠すようにしているハーマイオニーとロンの元へと向かう。路地には彼ら以外の人影は無く、魔法省に一番乗りで出勤する職員たちも、通常午前8時までは表れることはない。
「予定の魔女は、あと5分ほどで来るはずだわ。それで私が失神呪文をかける」
「ええ、私たちはここの扉の影に隠れなきゃね」
ソフィアがゴミ箱のすぐ脇にある南京錠の掛かった落書きだらけの防火扉に杖を向ければ、扉は軋んだ音を立ててパッと開いた。慎重に扉を引き、元通り閉まっているように見せかける。
この扉は閉館した劇場に続いているだけで、これまでの慎重な偵察から誰もこの扉を開けないことが──いや、この場を意識しないと分かっている。
「次は、透明マントを被ったまま、待つ」
ハーマイオニーは試験前のようにひとつひとつ確認し、ようやく落ち着いてきたのか長い息を吐いた。
それから3分ほどして、ポン、という小さな音と共に小柄な魔女がソフィア達のすぐそばに姿現しをした。太陽が雲間から現れたばかりでふわふわとした白髪の魔女は突然の明るさに目を瞬いたが、その日の光に慣れる暇もなくハーマイオニーの無言の失神呪文を胸に受けた。
倒れる直前にソフィアが地面を柔らかいものに変化させたため、悪目立ちする衝突音は出ていなかっただろう。
「うまいぞ、ハーマイオニー、ソフィア」
ロンの小声の賞賛を受けたハーマイオニーはぎこちなく笑う。すぐに魔女を4人で抱え、扉を開けて暗い劇場の中へと運んだ。
ハーマイオニーは魔女の髪を数本引き抜き、ビーズバックから取り出した泥状のポリジュース薬のフラスコに加え、その間にソフィアとロンは小柄な魔女の鞄の中を探り彼女の身元が判明するものを探す。
「マファルダ・ホップカークさん、っていうらしいわ。魔法不適正使用取締局の局次長ね。この証明書は持っていたほうがいいわ」
「ハーマイオニー、これが例のコインだ」
ソフィアは身分証明書を渡し、ロンは魔法省への通行許可証である金色のコインを数枚渡した。
受け取りながら「ありがとう」とハーマイオニーは呟き、決意に満ちた目で薄紫色になったポリジュース薬を飲めば──数秒後には、マファルダ・ホップカークと瓜二つの姿がソフィア達の前に現れた。
ハーマイオニーはぎゅっと眉を寄せ、手探りでマファルダの顔にかかっているメガネを取り自分の顔にかける。ようやく目の前がはっきりと見えるようになったハーマイオニーはソフィアに向かい合った。
「よし──後数分で、もう一人が来るはずよ」
「ええ、ハーマイオニー……気をつけてね」
ソフィアはハリーが広げる透明マントの中に入りながら声をかける。ハーマイオニーは真剣な顔で頷き、姿を隠すことなく外へと出た。
ほんの数秒後、再びポン、と音がして背の高い魔女が現れた。
「まあ、おはようございます」
「おはよう」
現れた魔女は目の前にいるハーマイオニーに驚いたように足を止め、軽く挨拶をする。ハーマイオニーはできるだけ年寄りに聞こえるように震え声で朝の挨拶をした。
その後ろに控えていたソフィアは迷うことなく失神呪文を放つ。マファルダのように魔女はびしりと固まり、ゆっくりとハーマイオニーの方へと倒れた。
「──アリス」
ソフィアは透明マントの外へ飛び出し──ロンとハリーが息を呑んだ──倒れていく魔女、アリスを抱きとめるとそのまま肩で扉を押し開けた。
すぐにロンとハリーが手伝い、アリスをマファルダの隣まで運ぶ。
「ああ……ごめんなさい」
アリスは、ジャックが孤児院を経営していた時のスタッフの一人だった。ソフィアにとってジャックが父親ならば、アリスは母親だと言えるだろう。そのアリスが魔法省に勤めていると知った時は驚き思わず声をかけそうになったが──服従呪文にかけられている可能性が高いとハーマイオニーに説得され、ソフィアは今までアリスに声をかけることはなかった。
ハーマイオニーが言うように服従呪文がかけられている可能性は高いだろう。孤児院にはマグル生まれの子どもも居たのだ、そんな子ども達を愛し育てていたアリスがヴォルデモートの思想に賛同するとは考えられない。アリスは普通の魔女であり特別な能力はなく、閉心術の存在も知らないはずだ。──ならば、服従呪文をかけられヴォルデモートにとって都合の良い行動を取らされているだろう。
ソフィアはアリスの頬を撫で、唇を噛み締めながら髪を数本抜いた。
抜いた髪をポリジュース薬の中に入れ、薄い緑色になったそれを飲む。苦みの後にほのかに甘いような不思議な味が喉元を通過した途端体が熱くなり、身長がみるみるうちに伸び、黒い髪は焦茶色のショートカットへと変わった。
ソフィアはアリスが持っていたカバンを手にし、中を探りコインと身分証明書を取り出しぐっと手のひらの中で強く握った。
「──さあ、後は2人分よ」
ソフィアとハーマイオニーは頷き合い、それぞれ一人ずつ変身する相手の髪を入手するべく奮闘した。
何食わぬ顔でターゲットに近づき声をかけ、それとなく話をして──鼻血ぬるぬるヌガーとゲーゲートローチを使い、突然の鼻血と嘔吐で混乱する魔法使いを半ば無理やり家に帰るように説得し、髪を数本引き抜く。
路地の近くにぶちまけられた吐瀉物と血痕を見てロンは嫌そうに鼻をつまみながらハーマイオニーに手渡されたポリジュース薬を飲んだ。
用意していた濃紺のローブを着たロンは、背の低いイタチのような顔の男になり、ハリーはソフィアが鼻血を噴出させ帰らせた背の高い屈強な男になっている。
互いをまじまじと見ながら、ロンは「おったまげー!怖いぜ」とからかい半分で言いながら肩を上げた。
「かなり大柄だから、新しいローブがいるわね……カバンの中身が見れなかったから、誰かわからないの。ごめんなさいハリー」
ソフィアはカバンの中から大きなローブを取り出しハリーに手渡す。ハリーは首元が苦しくなってしまったローブの代わりにそれを受け取り──薬草のような香りが鼻の奥まで強く吹き抜け、思わず「これって」と言いながら黒くて大きなローブを見下ろす。
「父様のよ。だって、大きいのなんてそれしかないでしょう?」
「……」
複雑そうな顔をしたハリーは歯切れの悪い言葉で「まあ、うん、そうかな」と呟き、物陰に隠れて服を着替えた。
ホグワーツでセブルスが着ていた長い引きずるようなローブではないが、それでもあのセブルス・スネイプの服を着ている。と思うと背中が妙にぞわぞわとして落ち着かなかった。
「さあ。コインを持ってるわね?もうすぐ9時になるわ。彼らの出勤時間より遅くなってしまった……急ぎましょう」
ハーマイオニーは時計を見ながらピリピリとした雰囲気で言う。ソフィア達は慎重な顔で頷き路地を出た。
混み合った歩道を50メートルほど歩くと、先端が鏃の形をした杭が建ち並ぶ黒い手すりのついた階段が二つ並んでいた。片方の階段には男、もう片方には女を示す表示があり一見するとただの汚い公衆トイレである。
不可解なところと言えば、何十人もが次々にトイレへ向かっているところだろう。
「それじゃ。また後で」
ソフィアとハーマイオニーはトイレへ向かう人の流れに乗って女と記された階段を降りていった。
薄汚れた白黒タイルのごく一般的な公衆トイレは洗面台が5つと、その前に個室のトイレが5つ並んでいる。様々な個室から水流音が流れるが待っても扉は内から開かれる事なく、新たな魔女が扉を開いた。
ソフィアとハーマイオニーは列に並びながら無言で目配せをし小さく頷く。
これから始まる就業に、目の前の魔女は疲れたような顔をしながら金色のコインを鍵穴近くのスロットに差し込み扉を開く。このコインはおそらく魔法省への通行証であり、誤ってマグルや魔法省職員以外のものが侵入しないようにしているのだろう。──いや、本当の目的は後者かもしれない。
ついに目の前にいた魔女が水流音と共にいなくなり、ソフィアはコインをスロットに差し込み扉を開いた。
そこにはどこにでもあるような便座があるだけだ。
トイレからの侵入に、ソフィアはスリザリンの秘密の部屋を思い出したがただの偶然だろう。──いや、魔法省に入る方法はヴォルデモートが魔法省を乗っ取ってから変更されたらしい。これを考案したのがヴォルデモートならば、偶然ではないのかもしれない。
ソフィアはそっと足先を便器の水面の中に入れた。汚水かと思ったが不思議と靴や足が濡れることはない。手を伸ばして上からぶら下がっているチェーンを引きながら──なんとなく、煙突飛行ネットワークを思い出した。
チェーンを引き切った途端視界が暗くなり、トンネルの中のような圧迫感があった。すぐに短いトンネルを滑り終え、両足が地面についた時、目の前に広がっていたのは魔法省の玄関ホールだった。
入ったのはトイレだが、出たのは魔法省にある出勤用の暖炉であり、やはり自分の直感は正しかったと思いながらソフィアは暖炉から出てホールの中央に鎮座している黒い巨大な像に近づいた。
威圧的には職員達を見下ろすのは玉座に座る魔女と魔法使いであり、マグルよりも優れていると示したいのだろう。ソフィアはそう考えたが像をよく見て──ぐっと表情を歪めた。
「酷い……」
「本当にね、悪趣味だわ」
「っ──ええ」
思わず呟いたソフィアの言葉に賛同したのは後から近づいて来たハーマイオニーだった。しかし、姿が違うことに一瞬ソフィアは見知らぬ人に呟きを聞かれたのかと狼狽したが、すぐにこの姿はハーマイオニーなのだと思い出し胸を撫で下ろしつつ頷いた。
魔法省に潜入しているのだ。なるべく静かに──誰とも話さずに目的のものを入手しなければならない。
「二人だよな?……あいつはまだか?」
イタチに似た顔の男──変身したロンが声を潜めながらソフィアとハーマイオニーに合流する。
2人が同時に振り返った時、大きな体を動かしにくそうにしながらハリーが暖炉の柵を乗り越え、髭面の顔に似合わない不安げな色をチラリと見せながら像のそばに近づいてきた。
「うまく入れたのね?」
「え?あ、ソフィアか……うん」
「ねえ、これ酷いと思わない?何に腰掛けているのか見た?──マグルたちよ。身分相応の場所にいるってわけね」
皮肉めいた声音でハーマイオニーは吐き捨てる。
魔女と魔法使いが座る玉座は、よく見れば折り重なった人間の姿だった。何千何百という裸の男女や子供が、どれも間抜けな表情で押し潰され、捻じ曲げられながら立派な服を着た魔女と魔法使いを支えているのだ。こんな像は、きっと本来は無かったものだろう。ヴォルデモートが支配してから、その像が作られたに違いない。
ソフィア達は苦い気持ちになりながらホールの奥にある黄金の門へ向かう魔法使い達の流れに加わった。
ソフィア達の作戦は単純であり難しい。
4人でアンブリッジを探し出し、誰かがアンブリッジが持っているだろうスリザリンのロケットを入手する。言葉にすれば単純だが、簡単にはいかないだろうと彼らはわかっていた。
可能性としては、一階にあるという彼女の執務室に保管されているか、身につけているかのどちらかだろう。
ソフィアは魔法大臣政務官であるアリスの姿となっている。そのため、マグル生まれ登録委員会のリーダーであるアンブリッジより、おそらく地位は高いはず。ならば、アンブリッジの執務室をうろついていても「アンブリッジに用がある」と言えば不審がられる事はないだろう。
ハーマイオニーは魔法法執行部のマファルダに変身している。彼女もまた裁判のために様々な情報収集をしにアンブリッジを探していても不審がられることはない。今の魔法省で行われる裁判は殆どがマグル生まれである者を裁くために機能しているのだ。アンブリッジから資料をもらう事だってあるはずだ。
問題はロンとハリーの2人であり彼らが変身した人物が、どんな立場なのか分からない。その場その場で対応していくしかないだろう。
緊張した面持ちでソフィア達は門をくぐり、少し小さめのホールに入った。そこには二十基のエレベーターが並び、それぞれの金の格子の前に行列ができている。
どのエレベーターに行くのがいいのか──人の少ないエレベーターにしよう。そう小声で話し合い、最も人の少ないエレベーターの前に並んだ途端、「カターモール!」とソフィア達に向かって怒鳴り声で呼び掛ける者がいた。
振り返ったその先にはダンブルドアの死を目撃した死喰い人がいてハリーは息を飲む。豪華な金糸の縫い取りのある流れるようなローブとは不釣り合いな獣がかった険悪な顔は、ロンを睨み見ながら大股で近付いてきた。脇にいた魔法省の職員は皆、目を伏せて黙り込んだ。
ソフィア達は恐怖が波のように伝わるのを感じ、動揺を悟られぬようにぐっと奥歯を噛み締めた。