ソフィア達が現れた場所はホグワーツにある禁じられた森にも似た鬱蒼とした木々が茂る場所だった。
地面と落ち葉の上に這いつくばっていたハリーは何が起こったのかわからず、頬に落ち葉のチクチクとした感触を感じながら肺に空気を吸い込みぐっと起き上がった。木々の隙間から眩しい太陽の光が降り注ぐ中、ハリーは姿現しの場所がずれてしまい、ソフィアの家の周りにあった森の中に姿を現したのだと思った。
側にはロンとハーマイオニーとソフィアの姿があり、彼らは小さく呻きながらピクピクと四肢を動かしていた。
ロンとハーマイオニーが呻き、頭を押さえながら体を起こし顔を顰めながら視線を交わす。
「ここは──」
ここはどこだろうか。そう聞こうと思ったハリーは隣で横たわっているソフィアの顔を見てその先の言葉を失った。
ソフィアの左半身は血塗れで、その顔は落ち葉の散り敷かれた地面の上で際立って見えた。ソフィアはポリジュース薬の効果が切れかけているのかアリスとソフィアが混じった姿になり、身長が縮むにつれて出血が増えていく。
「ソフィア!」
「ばらけたんだわ」
ハーマイオニーは伸びていくソフィアの髪を払い、肩口を指先でテキパキと探る。──その行動は冷静だったが、声はかすかに震えていた。
ハーマイオニーはソフィアのシャツを破り、1番濃く、濡れている箇所を見つけ出す。左肩の肉がごっそりと無くなっているその様子に、ハリーはソフィアが背中に大怪我を負った時のことを思い出し腑がざわりと嫌に震えた。
「ハリー、急いで、私のバッグ。ハナハッカエキスというラベルが貼ってある小瓶を。ロンはソフィアの鞄から服を──」
「バッグ──わかった」
「う、うん」
ハリーは急いでハーマイオニーが着地したところへ行き、小さなビーズバッグを掴んで手を突っ込んだ。たちまち、次々と色々な物が手に触れる。革製本の背表紙、毛糸のセーターの袖、靴のかかと──。
「早く!」
ハーマイオニーの叫びに、ハリーは地面に落ちていた杖を掴み杖先を鞄の中に入れ「アクシオ!ハナハッカエキス!」と叫ぶ。
小さい茶色の瓶がバッグから飛び出し、ハリーはそれをしっかりと掴むとハーマイオニーとソフィアのところに急いで戻った。ソフィアの目は固く閉じられ、呼吸は浅く早い。
「ハリー、栓を開けて。私──私、手が震えて──」
自分の姿に戻りつつあるハーマイオニーの手はソフィアの傷口を押さえつつも細かく震えていた。ハリーは頷きながら栓をひねり、ハーマイオニーは赤く濡れた手でそれを受け取ると慎重に傷口に三滴垂らした。
ふわりと緑がかった煙が上がり、それが消えた時には傷口から血は止まっていた。皮膚は薄ピンク色に盛り上がり削げるような傷口は数日前の傷のように塞がった。
「増血薬は?」
「──ソフィア、ソフィア。しっかりして!」
「僕、また飲ませるから!」
ハーマイオニーはハリーの言葉を無視してソフィアの白い頬を少し強めに叩く。その叩きに合わせて僅かに頭を揺らしていたソフィアは、数秒後ぐっと眉を寄せ僅かに目を開いた。意識を取り戻したソフィアを見て、ハリー達は小さく歓声を上げる。
「ぅ……」
「ソフィア!」
「ああ──良かった!ごめんなさい、完全に元通りにする魔法もあったけど、私、どうしても使えなくて、ハナハッカエキスを──」
ハーマイオニーはソフィアが目を覚ました安堵から泣きそうに顔を歪め、まだぼんやりとしているソフィアの頬を撫でた。
「……いいの、私、ばらけたのね……ごめんなさい……」
「謝らないで!私がっ──ほら、増血薬もあるわ。沢山出血したから、すぐに飲んで!」
ハリーはソフィアの背に腕を入れ体を起こす手助けをし、自分の胸元に寄り掛からせた。ソフィアからは濃い血のにおいが漂い、ハリーはまた気絶したらどうしようかと内心で酷く焦る。
ハーマイオニーは鞄に手を突っ込みすぐに赤黒い瓶を取り出すと、今度は自分で栓を開けソフィアの薄く開く口元に近づけた。
「──大丈夫、ありがとう」
薬を飲み干したソフィアは、小さく咳をしながら痛々しい笑みを見せる。その頬は先ほどより赤みがさしていたが、傷の酷さは服につく血が物語っている。薬を使っても万全ではないのだろう、疲れたように目を瞬かせるソフィアを、ハリーは強く抱きしめた。
「ハリー、血が──」
「また、大変なことになるかって思った」
「……大丈夫よ、傷はもう治ったし、薬を飲んだから暫くすれば元に戻るわ」
ソフィアは動揺するハリーとハーマイオニーを落ち着かせるために静かにそう言うと、ロンがおずおずと手渡した新しいローブを羽織る。ハーマイオニーは鼻を啜りながらソフィアから流れ出た血液を清め、ソフィアの白い手をぎゅっと握った。
「本当に、ごめんなさい。私が──私が──」
「ハーマイオニーのせいじゃないわ。仕方がなかったの」
「……ソフィアは、どうしてばらけたんだ?それに、ここは……?」
ハリーは辺りを見渡しながら困惑気味に呟く。目に浮かんでいた涙を拭ったハーマイオニーは、重い息を吐くと絞り出すように口を開いた。
「ここは、クィディッチ・ワールドカップがあった森よ。……姿くらましをした時、ヤックスリーが私を掴んだの。あんまり強いものだから、私、振り切れなくて。それで、ソフィアの家に着いた時、まだあの人はくっついていた。だけど、その時──あの人の手が少し緩んだの。私たちがそこで停止すると思ったのね。だから、私やっと振り切って、それで、私がここにあなた達を連れてきたの。どこか囲まれた場所が欲しかったから。ソフィアの意識はあの家にあったから、私の姿くらましに着いて来るのが遅れて、ばらけてしまったんだわ」
「……つまり、あの家にはもう戻れないってことか?」
ロンの恐々とした声に、ハーマイオニーは止まりかけていた涙をわっと溢れさせ、両手で顔を覆うと「ソフィア、本当にごめんなさい!」と涙声で叫んだ。
「きっと、知られてしまったわ!家の保護も、いつか破るにきまってる……!ごめんなさい、あなたの、あなた達の家なのに……!」
「ハーマイオニー……」
ソフィアはハーマイオニーの悲痛な叫びを聞き、ハリーに寄りかかっていた体をぐっと起こすと背を丸めて震えるハーマイオニーを柔く抱きしめた。ひっく、とハーマイオニーの啜り泣きが静かな森の中に響く。
「泣かないで。仕方のないことよ。私だってそうするわ。あの場所で捕まってしまうのが1番避けなければならないことだったもの。……あの家には、私たちが住んでいた痕跡は消したわ。大丈夫よ」
「っ……ソフィア……」
あの家はソフィア達にとって唯一の安息地でもあった。十分な保護魔法がかけられているあの家は1ヶ月以上もの期間、ソフィア達の安全を守っていた。
今、森の空き地の中に人の気配は無いが、ハリーはどうしても初めて死喰い人から逃げた時、ハーマイオニーが思いついて姿現しした場所に死喰い人が現れたことを思い出さずにはいられなかった。
あの時死喰い人はたった数分で自分たちを見つけたのだ、その仕組みがどうなっているのかいまだに自分たちは予想もできていない。
「移動した方がいいと思うか?」
ロンが硬い声でハリーに問いかける。ロンの表情から、ハリーはロンも同じことを考えているのだと思った。いや、ロンだけではなくソフィアもハーマイオニーを抱きしめて慰めながらも周囲への警戒を怠っている様子はない。
「わからないけど──しばらく、ここにいよう。無理に動くのはよくないと思う」
ソフィアの瞳はつよい意志を持っていたが、まだ顔色は悪く青ざめ、じっとりと額に汗が浮かんでいた。きっとソフィアはどれだけ辛くとも、すぐにこの場から移動すると決めたならば弱音を吐かず辛い体に鞭打ってついて来るだろう。
敵に居場所を知られる前に逃げ出さなければならない、しかし──それよりも、ハリーはソフィアの体調の回復を待ちたかった。
ハリーの言葉を聞き、ハーマイオニーは目元を手で乱暴に擦るとソフィアから離れ──ソフィアは再びハリーの腕の中に戻った──ぐっと唇を結んで立ち上がった。
「どこに行くの?」というロンの不安そうな声に、ハーマイオニーは森を見渡しながら「ここにいるのなら、周りに保護呪文をかけないといけないわ」と答える。
杖を上げ、真剣な声音で呪文を唱えながら、ハーマイオニーはソフィアとハリーとロンの周りに大きく円を描くように歩き始めた。
「
周囲の空気に小さな乱れが生じ、一瞬、空き地一帯が陽炎で覆われたかのようにぼんやりと不透明になった。
「──ロン、テントを出してちょうだい」
「オッケー」
ロンはハーマイオニーの鞄の中に手を突っ込みごそごそと中を探っていたが、数秒で諦め「アクシオ!」と唱えた。テント布や張り綱、ポールなどが一包みとなった大きな塊が鞄の中から飛び出た瞬間、周囲に鼻につく獣臭い──猫の匂いが漂い、ハリーとロンはこのテントはクィディッチ・ワールドカップの夜に使用したものだと分かり微妙な顔をした。
「これ、貰ったんだ?」
「返して欲しいと思わなかったみたい。腰痛がひどいらしくて。だから、あなたのパパに貰ったの。──
ハーマイオニーは杖先を8の字に動かしながら一塊のテントへ向ける。すると流れるような動きでテントが宙に昇り、ハリーの前に降りて完全なテントが一気に建ち上がった。ロンが手に持っていたテントのペグが一本あっという間にその手を放れ張り綱の先端に突き刺さる。
「
ハーマイオニーは仕上げに天に向かって華やかに杖を打ち振った。