ソフィアはハーマイオニーの怒りの叫び声により目を覚ました。近くに時計が無く、何時間寝てしまったのかわからないが、先程より気分は良く吐気や体の倦怠感も無い。
「──あいつはグレゴロビッチを見つけたよ、ハーマイオニー。それに、多分殺したと思う。だけど、殺す前にグレゴロビッチの心を読んだんだ。それで、僕、見たんだ──」
「あなたが居眠りするほど疲れてるのなら、見張りをかわったほうが良さそうね」
「交代時間が来るまで見張るよ!」
「駄目よ。あなたは間違いなく疲れているわ。中に入って横になりなさい!」
2人の声を聞きながらソフィアは体を起こし、近くの肘掛け椅子で目を擦っている──彼もまた2人の大声で起こされてしまった──ロンと顔を見合わせ、肩をすくめた。
ロンとソフィアはハリーがヴォルデモートの侵入を許してしまい、見たくもない光景やからの感情を受け取ってしまう事に対し、ハーマイオニーほど非難的ではない。
見てしまうのなら仕方のない事で、どうする事も出来ないのだ。ならばその得た情報を完全に信用することはできないが──有効活用するしかないだろう。
必死に怒りを抑え込み、しかめ面をしているハリーがテントの入り口をくぐり中に入ってきた。
ハリーはソフィアが目を覚まし体を起こしているのを見ると一瞬怒りを忘れたのか驚いたように目を見開きすぐに2段ベッドの下に駆け寄ると、ソフィアの顔を心配そうに覗き込んだ。
「大丈夫?」
「ええ、かなりマシになったわ」
「うん、顔色も戻ってきたね」
ハリーはソフィアの僅かに朱が灯った頬に触れ、優しく撫でた。ソフィアも払いのけることはせずにっこりと微笑む。
数秒間ソフィアとハリーは何も話す事なく見つめ合っていたが、そのふわりと甘い一時はロンのわざとらしい空咳により途切れた。
「えへんえへん!──で、例のあの人は何をしていたんだ?」
すっかり近くにロンがいることを忘れていたハリーは名残惜しそうにソフィアの頬から手を離すと、そのまま二段ベッドの下段に腰掛けちらりと入り口を見る。
「あいつは、グレゴロビッチを見つけた。縛り上げて拷問していた」
入り口で見張っているハーマイオニーに届かないくらいの低い声でハリーは呟く。
細かいところまで思い出そうと眉根を寄せ、天を仰ぎ、二段ベッドの灰色の床板をじっと見つめた。
「縛られてたら、グレゴロビッチはどうやってあいつの新しい杖を作るっていうんだ?」
「さあね……変だよな?」
ソフィア達はグレゴロビッチが杖職人であるとハリーから聞いて知っていた。
怪訝な顔で呟くロンに、ハリーは目を閉じて見たこと、聞いたことを全て反芻した。
そうだ。ヴォルデモートは僕の杖のことを一言も言わなかった。杖の芯が双子である事にも触れなかった。僕の杖とヴォルデモートの杖が魔法を放った時、僕たちの杖に不思議なことが起こった。でも、それを防ぐにはどうすればいいのかも、聞かなかった。むしろ──。
「グレゴロビッチの、何かが欲しかったんだ」
ハリーは目をしっかりと閉じたまま言った。
そうだ──あいつは、何かを探して、求めていた。
「あいつはそれを渡せと言ったけど、グレゴロビッチはもう盗まれてしまったと言っていた……それから……それから……あいつは、グレゴロビッチの心を読んだ。そして、僕はなんだか若い男が出窓の縁に乗って、グレゴロビッチに呪いを浴びせてから飛び降りるところを見た。あの男が盗んだんだ。例のあの人が欲しがっていた、何かを盗んだ──」
目の裏を過ぎ去っていくのは、白髪に豊かな顎鬚を生やしたサンタクロースに似ているグレゴロビッチが逆さ吊りにされ恐怖に慄いているところだ。
その広がった瞳孔から、引き込まれるようにグレゴロビッチの心の中に開心術で入り、ブロンドの若い男がグレゴロビッチの作業部屋に侵入しているのを見た。
ブロンド髪の、ハンサムな男だった。彼は大きな鳥のような格好で出窓に留まり──狂喜していた。そしてそのギラギラとした喜びの顔のまま高笑いし、後ろ向きで鮮やかに窓から飛び降りたのだ。
ハリーはその笑顔を、どこかで見た気がした。
「──それに、僕……あの男をどこかで見たことがあると思う……」
グレゴロビッチは杖が盗まれたのは何年も前だと言っていた。しかし、自分は間違いなくその顔を知っている──まるで目の前に霧がかかり全てが見えなくなってしまったようだった。
ソフィアとロンは一年生の時、賢者の石の創造者であるニコラス・フラメルを探す時にも同じようなことを言っていたと思い出し、口々に有名な魔法使いの名前を羅列したが──尤も、ロンはほとんど過去に素晴らしい成績を収めたクィディッチの選手の名を言っただけだが──ハリーはわからず首を傾げ唸り続けた。
「その盗人がとっていった物、見えなかったのか?」
「うん……きっと小さなものだった」
「え?杖か、杖を作る材料なんじゃないの?」
「えっ?」
杖職人が持つのは、杖か杖の材料かだ。
ソフィアはハリーからヴォルデモートがグレゴロビッチの何かが欲しかったのだと聞いた時、何の疑問も抱かず杖か材料なのだろうと思っていた。
しかし、ハリーとロンはそんな発想は無かったのか目を瞬かせ虚をつかれたかのように黙り込む。
「だって、あの人が狙ったのは杖職人でしょう?この前も、オリバンダーを狙って……ルシウスさんの杖を使ってあなたを殺そうとしたけれど失敗した。だから、オリバンダーの他に有名な他の杖職人のところにいって、別の杖を奪うつもりだったのかもしれないわ。国によって、杖の材料は違うって本で読んだことがあるの。外国の杖なら、あなたを攻撃できるのだと思ったのかもしれないわ」
「……そうか!あいつは、僕を殺すために杖を欲しがったのか!……でも、杖で使える魔法に差があるわけないよね?最強の杖なんてないよね?」
ヴォルデモートはルシウスの杖を使っていた。
杖には相性があるとはいえ、どんな杖でもヴォルデモート卿であれば皮肉にも使いこなせるのだとハリーは思っていたが、ソフィアは「うぅん」と唸り難しそうに眉根を寄せた。
「私、杖の魔法について詳しくないの……でも、杖によって相性があるのは確かだし──無言魔法が使えない杖がある、と聞いたことがあるわ。ハリーとあの人の杖はオリバンダーの店で買った兄弟杖で……他の店なら、もっと自分に合う杖があると思ったとしてもおかしくないわ」
「どっちにしろ、例のあの人が手に入れることが出来なくて良かったな。最強の杖なんて、それこそ御伽話さ」
ロンは肩をすくめ、マグを持ちもう冷たくなりつつある紅茶を一口飲んだ。
ソフィアとロンはビードルの物語に出てくる架空の杖を思い出したが、童話は童話だと特に気にすることはなかった。
ソフィアはふと、結局ハーマイオニーがダンブルドアから遺贈された本を読み込むタイミングが無かったことを思い出す。ハーマイオニーはもう読んでしまっただろう。時を見てどの童話が書いてあったのかを確認するべきかもしれない。
「ふぁあ──僕はまだ後だよな?上で寝てもいい?」
ハリーが見た内容は哀れな杖職人の悲劇であり自分の家族の悲劇ではなかった。
ロンは安堵から眠気を思い出し、あくびを一つすると膝に手を置いて立ち上がる。
「ええ、おやすみ」
「おやすみ」
二段ベッドの上へと梯子を登ったロンは、ソフィアとハリーにひらひらと手を振りベッドに潜り込む。
ハリーとソフィアは数秒後に聞こえていたロンの寝息に気付き、起こさないようにくすくすと小さく笑うとそっと腰掛けていたベッドから離れ、先ほどまでロンが座っていた肘掛け椅子に座り背もたれにかかっているブランケットを手繰り寄せた。
「おやすみ、ソフィア」
「おやすみ、ハリー」
流石にソフィアと同じベッドで休むわけにはいかない。
ハリーは寝違えないように頭の置き場所に注意しながら目を閉じた。
ハリーの目の裏には、あのブロンドの若者の顔が、まだ焼き付いていた。陽気で奔放な顔であり、どこかフレッドやジョージのような策略の成功を勝ち誇る雰囲気があった。
まるで鳥のように窓際から身を踊らせた──どこかで見たことがある男。だが、あと少しで思い出せそうなのに浮かんでこない。
グレゴロビッチが死んだ今、あの陽気な盗人が危険だ。
ハリーはその若者に思いを巡らせながら、ゆっくりと眠りに落ちていった。