他に新しい事も思いつかないまま、ソフィア達は安全のために毎晩場所を変えてテントを張りながら地方を巡り続けた。
人里離れた寂しい場所へ、鬱蒼とした森の中へ、崖の薄暗い割れ目へ、ヒースの咲く荒地へ──。
約十二時間ごとに分霊箱を次の人へと渡し、恐怖と緊張に蝕まられながら彼女達は足を止める事は無かった。
ハリーの傷痕は頻繁に疼き出した。分霊箱を身につけている時が一番疼き、痛む事にハリーは気付いていたが止められるものではなく、時には痛みに耐えかねて呻き、体が跳ねてしまう事もある。
その度にロンは「どうした?」と反応し、ヴォルデモートの思いを通じてハリーから何か良い情報が入手できるかもしれないと期待したが、ハリーの脳裏に浮かぶのはグレゴロビッチから何かを盗んだ男の顔だ。
それを告げるたびにロンは失望を隠す事なく落胆し、顔を背けた。ハリーはロンが不死鳥の騎士団や家族の安否を知りたがっているのだと察していたが、ある時点でヴォルデモートの考えを見ることができてもどれを見るのか選ぶ事は不可能なのだ。
分霊箱を探す旅が何日も続き、それは何週間にもなった。ハリーはロンとハーマイオニーとソフィアが、自分のいないところで自分について話しているような気がし始めて心がざわついた。
ハリーがテントに入ってくると、3人が黙り込むといったことが数回あったのだ。それに、食べられる野草や野営に必要な薪を探しているときにハリーは3人が離れたところで額を突き合わせながら早口で話している場面を何度か見てしまった。
しかし、3人はハリーが近づいている事に気づくと話しをやめ、薪を探すのに忙しいといった振りをした。
──きっと、3人は僕に失望しているんだ。多分、僕に秘密の計画があってすぐに分霊箱が集まるのだと思って、それを期待していたんだ。
この旅が目的もなく漫然と歩き回るだけのものに感じられるようになってしまった今、ロンは不機嫌さを隠そうともしなかった。ハーマイオニーとソフィアも、ハリーのリーダーとしての能力に失望しているのではないかと、ハリーは心配になってきたが、それを面と向かって問いただすなんて──そんな恐ろしいこと、ハリーには出来なかった。
「……ハーマイオニーと交代してくる。ソフィア、これ、よろしく」
「ええ。……気をつけてね」
陰鬱とした事を考えてしまうのは分霊箱を身につけているからだ。きっと、これを外せば少しは憂いが晴れるだろう。とハリーは僅かに期待をしながらソフィアに分霊箱を渡し、重い腰を上げてテントの外へ出た。
ソフィアは受け取った冷たいスリザリンのロケットを首に下げ服の下にしっかりと隠す。そうしているうちにハーマイオニーが凍える腕を摩りながら入り口から現れ、暖炉のそばにある古いソファに座った。
「うーっ……だんだん寒くなってきたわね」
ぶるり、と体を震わせたハーマイオニーに、ロンは机の上にある紅茶の入ったポットを押し出した。
「そりゃ、もうすぐ秋だ」
「本格的な冬が来る前に、食料をもう少し手に入れて保存しておかないといけないわね」
冬になれば川魚や食用キノコを手に入れることが難しくなるかもしれない、とソフィアは真剣な声で呟くがそれを聞いた途端ロンは「冬までかかるのかよ」と不満げにこぼした。
ハーマイオニーは暖かな湯気を出すマグを持ちながら、燃える炎を見つめて小さくため息をこぼす。
「この調子だと、そうなるわ」
「僕は──」
「ロン」
ソフィアは硬い声でロンの言葉を遮る。ロンはむっすりとした顔で黙り込み、「わかってる」と呻きにも似た声で呟くと肘掛け椅子に深く座り込み、長い足を投げ出した。
「わかってるさ。──でもさ、正直、ハリーはダンブルドアからもっと聞いてると思ってた。分霊箱の場所とか、壊し方とかさ」
ロンの言葉にソフィアとハーマイオニーは黙り込む。何も知らない、辛く長い旅になる。そうハリーは言っていたし覚悟はしていた。それでもどこかで彼は何か知っていて、旅について行けば秘密を教えてくれるのではないかと期待していなかったと言えば嘘になる。
「それは──そうね、私も正直、期待していた。でもそうじゃなかった。なら、私たちは探し出すしかないのよ」
ハーマイオニーが紅茶を飲みながら言う。それは最近3人の中でハリーを除いて密かに話し合っている事だった。ハーマイオニーとソフィアはハリーは最低限の情報しか知らないのかもしれないことも想定していたが、ロンはここまで分霊箱探しが難航するとは想像していなかったのだ。
暫くテントの中に気まずい沈黙が流れる。微かに聞こえる音といえば暖炉の日が爆ぜる音くらいだろう。
暫く誰も話し出さなかったが、ぼんやりと暖炉の揺れる火を見ながらソフィアが口を開いた。
「ホグワーツに行くのは最後の方がいいわ。味方がいると言っても、敵もたくさんいるもの。たくさんの侵入者避けと加護がかかっているホグワーツに侵入すること自体が、かなり難しいのだけれど……」
ホグワーツに行って隠されているかもしれない分霊箱を探し、破壊するためにバジリスクの牙を手に入れなければならない。今唯一ソフィア達の中に漠然とある目標だったが、しかしホグワーツに侵入する事は、魔法省に侵入する事の比ではないほど難しい。頻繁に出入りする者がいない以上、誰かにポリジュース薬で成り代わるのも不可能だ。
可能性があるとすれば、三年生以上が訪れるホグズミード村から、生徒のふりをして侵入する。それしかないがソフィア達の隠れ家があの場所にあった事はすでに魔法省──いや、死喰い人に──バレているだろう。より厳重な監視がある可能性が高く、迂闊に近づく事はできない。
何度も話し合ったが、行動に移すほどの綿密な計画は作れず、ホグワーツへの侵入は後回しになっていた。
ソフィアは体の芯からじわじわと凍え、不吉な足音が聞こえてくる気配を感じてぶるりと体を震わせると、これは分霊箱が気持ちを落ち着かせなくしているだけだと自分に言い聞かせ──それでも神経質そうにちらちらと扉を見ながら体を縮こめた。
「情報がほとんど手に入らないのは辛いわ……新聞には、特に大きな記事は書いてないけれど、新聞が正しいことを書かないと私たちは知っているもの。情報を渡さないために何も書いていないのかもしれない……」
自分の頭の中を整理するようにソフィアは呟き、気だるげにため息をつくと顔を両手で覆い、そのまま天井を仰ぎソファの背に沈んだ。
ソフィアは完璧な人間ではない。
生まれた環境がそうさせたのか、ソフィアは年齢よりも冷静で聡い部分があるがそれでもまだ成人したばかりのただの魔女だ。
それでも、ソフィアはこのメンバーの中で自分がしなければならない役割や立ち位置をよく理解していた。彼らの心の支えにならなければならない。励まし、落ち着かせて、支えなければ。
それに、こうなってしまったのは
それでも、敵から逃げ続ける緊張と不安や、食料不足で思考がまとまらない事、四人の中に漂い始めた気まずい雰囲気に、なるべく明るくしていたソフィアも流石に──流石に疲れ切っていた。
「……いっそのこと、私は別行動した方が──」
「駄目よ!」
ぽつり、とこぼした言葉にハーマイオニーは即座に反応し、マグを強く机に叩きつける。ソフィアとロンはその音に驚いて体を起こし、真っ赤な顔で怒るハーマイオニーを呆然と見つめた。
「ハーマイオニー……」
「別行動だなんて!そんな──そんなの、絶対にだめ!危険だわ!」
「……私はアニメーガスになれるわ。だから、ホグズミードからホグワーツへの侵入も、私一人なら難しくないはずよ」
「でもっ──あなたは正式に登録されているアニメーガスよ!すぐにバレてしまうわ!」
「フェネックの違いなんて、きっとわからないわ。今のまま何ヶ月も動きがないのなら危険を覚悟して飛び込まなければならない。そうでしょう?」
「それでも──」
ソフィアとハーマイオニーは気付かぬうちに熱が入り言い争いになっていた。ロンは面倒くさそうなため息をつくと立ち上がり自分の寝床にしている二段ベットの上段へと向かう。ロンが呆れながらさっさと引き込んだ事にも二人は気が付かなかった。
「だって他にいい案なんて無いんだもの!」
「ソフィア、あなたらしくないわ!どう見たって冷静さを失っているし、投げやりになってるもの!」
「投げやりなんかじゃ──」
ソフィアはムッとして言い返そうとしたが、ハーマイオニーが素早く「そうよ!」と声を荒げて叫び、立ち上がってソフィアの元に詰め寄る。
ハーマイオニーのあまりの剣幕に息を呑み、ソフィアは無意識の内に下がろうとしたが、ソファに座っていては下がる事もできず中途半端に足を座面に上げただけになった。
「ハー──」
「あなたはスネイプ先生でもルイスでもないわ!彼らがどんな事をしてしまったとしても、あなたがそれを背負う必要はないし、そのために
ハーマイオニーはソフィアの顔の横に手を付き、追い詰めるような体勢で叫ぶ。ソフィアは目を見開き息を呑んだが──すぐに視線を逸らすと口をぐっと閉ざした。
──だって、そうしなければ誰も許してくれないもの。私はせめて、ヴォルデモートを倒すために犠牲にならなければならない。それが、家族が犯した罪を償う唯一の方法だもの。
胸の奥が凍え、その冷たさは思考を暗雲たる方向へと堕としていく。ソフィアは自分ではわからなかったが、分霊箱をつけている時はいつもの明るさがなく、神経質になり、そしてネガティブな思考に支配されてしまっていた。それはきっと、セブルスとルイスの罪が彼女の心の奥をいつまでも苛んでいるからだろう。
「──私、は。そんな──」
「ソフィア、今分霊箱を持っているでしょう?あなた、自分で気が付かないのかもしれないけれどかなり混乱しているみたいね。少し休んだ方がいいわ」
ソフィアの戸惑いと心苦しさに揺れる目を見たハーマイオニーは、今までの激しさを感じさせない優しい声で言うとソフィアの少しカサついた頬を撫でた。ソフィアの頬だけではなく、ハーマイオニーの指先も乾燥している。
指も、髪も、服も──思考も。時間の経過とともに全てが灰色になっていくような気がして、ソフィアは「ええ、」とだけ小さく答え自分が使っているベッドへと移動した。
薄い毛布に包まりながら、ソフィアは目を閉じ体に触れる分霊箱の冷たさを静かに感じていた。
ハーマイオニーは、こんな気持ちになっているのは分霊箱のせいだと言っていた。でも、この思考は本当に本意ではないのだろうか?
ロンが分霊箱を持っていた時に自分たちにぶつける苛立ちや失望も、きっと全て嘘では無い。隠すことが出来ていた真実が──醜い部分が露呈しているだけにすぎない。
なら、この考えもきっと──。
強く目を閉じたソフィアは、頭の上にまで毛布をひっぱり心が落ち着く闇の中に身を投げを出した。